06.


朝食の席でまず教職員テーブルを眺めるのが、名前の一種の日課だった。
チラとでもスネイプの姿を見るという理由もあったが、ここ最近はダンブルドアの姿を探していた。
二、三週間経過したが、ダンブルドアは二回しか姿を見せていなかった。

不安と心配が交錯したままそうして十月半ばとなり、学期最初のホグズミード行きが訪れた。
外出許可日の朝。
名前はいつも通り早朝にトレーニングを行ったが、生憎と天気は荒れ模様だった。
冷たい空気が肌を刺し、分厚い灰色の雲が空を覆っている。
ラッキーだったのは名前がトレーニングを終えて城に戻った直後、雨が降り出した事だ。

寮に戻るとシャワーを浴びて服に着替える。
それから朝食を摂りに大広間に向かうと、ハリーとロンが何やら楽しげにハーマイオニーに語っていた。
けれどハーマイオニーの表情は何とも冷たいものだ。
この様子を見て名前はここ最近のパターンを思い浮かべた。
プリンスの「上級魔法薬」の余白に走り書きしてある、おそらくプリンス自身が考案したであろう呪文をハリーが試すと、ハーマイオニーは決まって冷たい態度を取ったのだ。
足の爪が速く伸びる呪文(廊下で擦れ違ったクラッブに試していた)や、舌を口蓋に貼り付ける呪文(フィルチに二度も仕掛けて喝采を受けていた)、それからマフリートという耳塞ぎの呪文だ。
これは近くにいる者に正体不明の雑音を聞かせて、授業中に盗み聞きされる事なく長時間私語出来るという効果だった。

それらの呪文をハーマイオニーは受け付けなかった。
特にマフリートの呪文を使うと頑なに口を閉ざした。
だから名前はこの冷戦状態を、またハリーがプリンスに呪文を使った事で起きているかと考えたのだ。





『おはよう、何かあったの。』



「聞いて!ナマエ───」





三人は一斉に名前を見た。
そしてハリーとロン、ハーマイオニーは互いの顔を睨み合った。
ハーマイオニーが顎をしゃくって二人を指した。
そして最初に口を開いたのはハリーだった。





「僕、今朝は早く目が覚めて、『上級魔法薬』を読んで過ごしてたんだ。」





ハリーはやはり、プリンスの創作した呪文を解読しようと、「上級魔法薬」を読んでいたという。
その際に無言呪文で、「レビコーパス」という身体浮上の呪文を試してみてしまったのだ。
偶然にも呪文は成功してしまった。
部屋中に閃光が走り、まだ眠っていたロンを宙釣りにしてしまったのだ。
ロンはこの手荒な目覚ましを最初のうちはショックを受けていたようだが、次第に面白がってハーマイオニーに話した。
それが事の顛末だった。





「どう思うかしら?ナマエ。」



ハーマイオニーの刺々しさに名前は縮こまる。
『……無事で良かったね。』



「そうでしょう。そうでしょうとも。」
フンと鼻を鳴らす。
「ハリー、あなたは、手書きの未知の呪文をちょっと試してみよう、何が起こるか見てみようと思ったわけ?」



「手書きのどこが悪いんだ?」



「理由は、魔法省が許可していないかもしれないからです。
それに、
私、
プリンスがちょっと怪しげな人物だって思い始めたからよ。」



「笑える冗談さ!」
ソーセージの上にケチャップをかけながらロンが言った。
「単なるお笑いだよ、ハーマイオニー、それだけさ!」



「踝を掴んで人を逆さ吊りにする事が?
そんな呪文を考える為に時間とエネルギーを費やすなんて、一体どんな人?」



「フレッドとジョージ。
あいつらのやりそうな事さ。それに、えーと───」



「僕の父さん。」



「えっ?」





ロンとハーマイオニーが揃ってハリーを見た。
名前もサラダを装う手を止めて見る。





「僕の父さんがこの呪文を使った。
僕───ルーピンがそう教えてくれた。」



「あなたのお父さまも使ったかもしれないわ、ハリー。
でも、お父さまだけじゃない。何人もの人がこれを使っているところを、私達見たわ。忘れたのかしら。人間を宙吊りにして。眠ったまま、何も出来ない人達を浮かべて移動させていた。」




ハーマイオニーが何の話をしているのか、名前には分からなかった。
というのも、クィディッチ・ワールドカップでの死喰い人の行動だったからだ。
居合せなかった名前には知る由もない。





「あれは違う。
あいつらは悪用していた。ハリーとかハリーの父さんは、ただ冗談でやったんだ。君は王子様が嫌いなんだよ、ハーマイオニー。
王子が君より魔法薬が上手いから───」



「それとは全く関係ないわ!
私はただ、何の為の呪文かも知らないのに使ってみるなんて、とっても無責任だと思っただけ。それから、まるで称号みたいに『王子』って言うのはやめて。きっとバカバカしいニックネームに過ぎないんだから。それに、私にはあまり良い人だとは思えないわ。」



「どうしてそういう結論になるのか、分からないな。」





ハリーの声に熱がこもってきた。
名前は不安げ(無表情)に二人の顔を見比べる。





「もしプリンスが、死喰い人の走りだとしたら、得意になって『半純血』を名乗ったりしないだろう?」



「死喰い人の全部が純血だとは限らない。純血の魔法使いなんて、あまり残っていないわ。
純血のふりをした、半純血が大多数だと思う。あの人達は、マグル生まれだけを憎んでいるのよ。あなたやロンやナマエなら、喜んで仲間に入れるでしょう。」



「僕を死喰い人に入れるなんて有り得ない!」




瞬間湯沸かし器のように怒り心頭になったロンは、食べかけのソーセージが刺さったままのフォークを振りかざした。
ソーセージはフォークから吹っ飛び、近くにいたアーニー・マクラミンの頭に命中した。





「僕の家族は全員、血を裏切った!死喰い人にとっては、マグル生まれと同じぐらい憎いんだ!」



『俺の父親もヴォルデモートを裏切っているから憎まれているだろうな。』



「だけど、僕の事は喜んで迎えてくれるさ。
連中が躍起になって僕の事を殺そうとしなけりゃ、大の仲良しになれるだろう。」





ハリーの皮肉めいた言い方にロンが笑った。
ハーマイオニーも仕方無く微笑んだ。
名前は空気が和んだ事に安堵し、ようやくサラダを皿に盛り付ける。
そこへジニーがやって来た。




「こんちはっ、ハリー、これをあなたに渡すようにって。」




ジニーは持っていた巻紙をハリーに手渡す。
見覚えのある細長い字だ。





「ありがと、ジニー……ダンブルドアの次の授業だ!
月曜の夜!」
ハリーは途端に上機嫌になった。
「ジニー、ホグズミードに一緒に行かないか?」



「ディーンと行くわ───向こうで会うかもね。」





ジニーは手を振って四人から離れていった。
名前はホグズミードへは行く予定は無かった。勉強もあるし、宿題もあるし、何よりお守りを作るのには良い機会だったからだ。
だからフィルチの検査に向かうハリー達と途中で別れた。

寮に戻った名前は談話室を通り過ぎて寝室へ向かう。
そこでお守り作りの為の道具を取り出して、一人黙々と作業を始めた。
寝室はお守りの鈴を作る為の熱源であっという間に暖かくなり、窓が曇って外が見えなくなる。
一人カンカン鈴を叩く名前を、窓辺からネスがじーっと眺めていた。

それからどのぐらいの時間が経っただろう。
談話室から人の気配が増えていくのをドア越しに感じて、名前は道具を片付けた。
代わりにハリーから借りた「上級魔法薬」を取り出して、事細かなメモを解読してはノートにメモをしていく。





「ナマエ、良かった。ここにいたんだ。」





寝室のドアが突如開き、ハリーの姿が現れた。
時計を確認すると思っていたよりも早いお戻りだ。





「話がある。ちょっと来てくれる?」



『うん。』





返事と共に頷いて、名前はハリーの後に続く。
談話室に行くとかなりの生徒がホグズミードから戻ってきており、暖炉で暖まったり談笑したりしていた。

ハリーは暖炉の側の肘掛椅子に名前を連れて行った。
そこにロンとハーマイオニーが、既に座っていた。
二人もそれぞれ椅子に腰掛ける。





『それで、話って何。』





名前がスパッと話を切り出す。
ハリー達三人は互いに顔を見合わして、誰が話し出すかアイコンタクトで相談しているようだった。





「この悪天候でしょう。私達、少しお店を見て回ってから帰ろうって事になったの。」





結局、最初に口を開いたのはハーマイオニーだった。
談話室にいる誰にも話を聞かれないようにしてか、その声は暖炉の薪が燃える音に隠れてしまうぐらい小さい。
話は続き、三人はホグワーツに向かって歩いていたと言った。





「その時、僕達の前の方を、ケイティ・ベルとその友達が歩いていたんだ。
最初は普通に話してるだけのように聞こえた。けどだんだん、それが口論に変わっていったんだ。」





ケイティは何か包みを持っていて、それについて友達と口論していたようだったと、ハリーは続けた。
二人の口論はますます激しさを増し、包みを引っ張り合うまでに発展した。
そしてケイティが引っ張り返した時、包みが地面に落っこちた。





「そうしたらケイティが宙に浮いたんだ。レビコーパスとは違う、まるで空中に磔にされたみたいに。」





その光景を思い出すかのようにロンが呟いた。
ケイティは少しの間両眼を閉じていたが、ハリー達が呆然と眺めていると、突然カッと両眼を見開き、ものすごい悲鳴を上げたという。
何を見ているのか、何を感じているのか、その場にいる四人には分からなかった。
ケイティの友達は、ケイティを空中から引きずりおろそうと踝を掴み、そこへハリー達三人も加勢した。
四人の上にケイティは落下して、その場でのたうち回り続けた。
その激しさに誰もケイティに近付けなかった。





「僕は助けを呼びに行った。そこでハグリッドに会って、ケイティの所へ連れて行ったんだ。」





ハグリッドはケイティを抱いて城へ走り去った。
その場に残されたのはハリー達三人と、ケイティの友人であるリーアンだ。
ハーマイオニーはリーアンを慰めながら、こうなった経緯を聞き出した。
それは引っ張り合った包みが破れた時だという。
三人が包みを見てみると確かに破れていて、そこからオパールのネックレスが顔を覗かせていた。





「随分前の事だけど、僕、それをボージン・アンド・バークスで飾ってあったのを見た事があったんだ。説明書きに、呪われているって書いてあった。
ケイティはそれに触ったんだ。」





リーアンの話では、「三本の箒」のトイレから出た時、ケイティが包みを持っていたと言う。
ホグワーツの誰かを驚かす物で、それを自分が届けなければいけないと言ったらしい。
その時の様子がおかしく、もしかしたら「服従の呪文」がかけられていた可能性があるとも。
そしてその包みは一体誰から渡されたのか、ケイティは頑なに教えず、それでリーアンと口論になったようだ。





「僕はマフラーでネックレスを覆って持った。マダム・ポンフリーに見せる必要があると思ったんだ。
それに、マルフォイはネックレスの事を知っている。
四年前、ボージン・アンド・バークスのショーケースにあった物で、僕がマルフォイや父親から隠れている時に、マルフォイはこれをしっかり見ていた。僕達があいつの跡をつけて行った日───」



「ハリー、いまはそういう話じゃないでしょう?
ナマエ。兎に角、ハリーはネックレスを持った。そこへマクゴナガル先生がいらっしゃったの。」





マクゴナガルはハリーからネックレスを受け取り、遅れて現れたフィルチに、スネイプのところへ持っていくよう預けた。
そして四人はマクゴナガルに連れられてマクゴナガルの私室へ行き、これまでの経緯を話した。
リーアンがショック状態なのを気遣って、マクゴナガルは医務室へ行く事を勧め、その場にはいつもの三人組が取り残されたのだ。





「僕は先生に、マルフォイがネックレスを渡したんだって言った。」




ロンとハーマイオニーは困ったように名前を見た。
きっとその時も同じような顔になったのだろう。
ハリーはマルフォイを追跡した話もマクゴナガルに言ったという。
それで今度はハーマイオニーと口論になりかけて、マクゴナガルがピシャリと止めた。
マクゴナガルは話を聞いたが、信じたかは分からなかった。





「でもマルフォイはホグズミードに行かなかったんだ。
マクゴナガルが罰則を出してたから。
それによく考えりゃ、あれはうまい襲い方じゃなかったよ、ほんと。
呪いは城まで辿り着く事さえ出来なかった。成功間違いなしってやつじゃないな。」



「その通りよ。
熟慮の策とはとても言えないわね。」



「だけど、マルフォイはいつから世界一の策士になったって言うんだい?」





ハリーはマルフォイ犯人説を推し続けた。
けれどロンとハーマイオニーは答えず、名前も首を傾げるだけだった。

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