16.-1






夜、十一時。

ハリーとハーマイオニーは、震えるネビルを連れて玄関ホールに向かった。

玄関ホールには既に、フィルチとマルフォイの姿があった。

フィルチは、いつも不機嫌そうな顔をしているのに、今は不気味な笑みを浮かべている。

マルフォイは青白い顔を一層青くしている。
まるで幽霊のようだ。





「ついて来い。」





フィルチはランプに火を灯し、先頭に立って外に出る。



闇に染まった空には、大きな満月が浮かんでいた。















ハグリッドの小屋の側までやって来た。

満月は明るく足元を照らしたが、時折叢雲がそれを隠した。

ランプの火だけではとても頼りないほどに辺りは闇に変わる。

ネビルは暗くなるたびにつまずいて、ハリーのローブの裾を掴んだ。

どこに向かっているのかは知らないが、いい加減転びそうだ。

ハリーは早く目的地に着くよう願った。





「フィルチか?急いでくれ。俺はもう出発したい。」



「ハグリッド!…ナマエ!?」





ハグリッドの姿は見えないが、遠くからした大声は、確かにハグリッドだった。

ハリーの心は一気に踊った。

声のした方に目を凝らして見ると、何故か月明かりに照らされた名前の姿があった。

眩しそうに目を細めてハリー達一行を見ている。





「どうしてナマエがいるの!?」



『………』



「おお、ハリー。それがな…。ナマエは昼間俺のところまでやって来て、罰則に一緒に行くって言うんだよ。
そりゃ、人手があった方がありがてぇが、まさか理由もなしに生徒を森に連れてくわけにもいかねぇ。」



「森だって?」





マルフォイが素頓狂な声を出して、ハグリッドの声を遮った。





「そんなところに夜行けないよ……それこそいろんなのがいるんだろう……狼男だとか、そう聞いてるけど」





ワオーン、と、遠吠えが辺りに響き渡る。

まるで図ったようなタイミングだ。

ネビルが体当たりでもするかのような勢いでハリーに抱きつき、小さな悲鳴を上げた。





「そんなことは今さら言っても仕方がないねぇ。
狼男のことは、問題を起こす前に考えとくべきだったねぇ?」





笑いを隠しきれないのか、フィルチの声は震えている。

遠吠えのした方向を見て、ハリー達を見て、とても嬉しそうに笑った。





「もう時間だ。俺はもう三十分くらいも待ったぞ。
ハリー、ハーマイオニー、大丈夫か?」



「こいつらは罰を受けに来たんだ。
あんまり仲良くするわけにはいきませんよねぇ、ハグリッド。」



「それで遅くなったと、そう言うのか?
説教をたれてたんだろ。え?説教するのはお前の役目じゃなかろう。お前の役目はもう終わりだ。ここからは俺が引き受ける。」



「夜明けに戻ってくるよ。こいつらの体の残ってる部分だけ引き取りに来るさ。」





フィルチはそう言い残し、ランプをゆらゆら揺らしながら城に消えていった。

ハグリッドは不機嫌そうに、ふんと鼻を鳴らした。





「僕は森には行かない。」





マルフォイが俯きがちにきっぱりと言う。

いつもの威張りくさった態度が鳴りをひそめ、今は見る目もない。
まるで別人のようだ。

ネビルと同じように震え、怯えている。

ただ、主張する声だけは強かった。

ハリーはざまぁみやがれ、と思った。





『………』



「…なんだ、この手は。ミョウジ。」



『…行くしか、ない。』





ハグリッドが口を開きかけたところで、名前が静かに言った。
マルフォイの手をやんわりと掴みながら。

しかも、所謂恋人繋ぎだった。





『悪いこと、したから。行かなきゃいけない。それで許される。』



「でも、だからって、生徒にさせることじゃない。森に行くのは召使いがすることだよ。
同じ文章を何百回も書き取りするとか、そういう罰だと思っていた。
危険すぎるよ。君も聞いたろ?さっきの声。きっと狼男の声だ。
もし僕がこんなことをするってパパが知ったら、きっと……」



『大丈夫。』





名前が妙にきっぱりと言った。





「何を根拠に、そんなきっぱり言い切れるんだ。」



『いざとなったら、走って逃げる。ドラコを背負って。足は速い方。…たぶん。』



「…」



『……ドラコ、行こう。
それとも、それでも、だめか。』





雲の切れ目から月の光が溢れる。

風が吹き、森の樹木はざわざわと音を立てた。

月光に照らされた名前の黒髪は、風に踊りきらきらと輝く。
丸い頭には、見事な天使のわっかが出来ている。

ドラコは目を細めてた。
眩しいほどの月光だ。

それでも、名前の瞳に光は映らなかった。

照らされた肌は、黒いローブと相まって、発光しているのではないかと錯覚するほど白い。

じっと見つめてくる白目の部分は青白く、ぽっかりと浮かぶ黒目はまるで洞穴のようで、相変わらず冷ややかだった。

ドラコは耐えきれなくなって目をそらす。

勝手にしろ、とだけ答えた。

繋がれた手だけは、信じられないくらい温かかった。





「…………」





そこには別世界が築き上げられている。

当人たちは気付いていない。
これほどに迷惑なことがあるだろうか。

巻き込まれた人々は、目のやり場と自分の立ち位置に非常に困っていた。

頼むからよそでやってくれと言いたいが、この世界に入り込む勇気がない。

頭に浮かんでいた疑問は最早、
あれ?二人っていつ仲良くなったの?
から、
あれ?二人ってそういう関係なの?
に変わりつつある。





「よーし、それじゃ、よーく聞いてくれ。」





ハグリッドが大きな声で言った。

天の助け!と思った者は、ここに何人いることだろうか。





「なんせ、俺たちが今夜やろうとしていることは危険なんだ。みんな軽はずみなことをしちゃいかん。しばらくは俺について来てくれ。」





ハグリッドが先頭に立って森に入っていった。
ハリーが続き、ネビルやハーマイオニーも恐る恐るといった様子で跡をついていく。

森は濃い霧に包まれている。

少しでもよそ見をしたらあっという間にみんなを見失い、迷子になるだろう。

後方にいる名前には、ランプの明かりはぼんやりとしか見えない。

杖に光を灯し、キョロキョロと辺りを見渡すドラコの手をとって、名前も跡をついていく。





「あそこを見ろ。地面に光った物が見えるか?銀色の物が見えるか?」





どれほど歩いたかはわからない。

不意にハグリッドは立ち止まり、獣道を指差してそう言った。

見てみると、銀色の、水銀のような液体が水溜まりになっている。

この濃い霧の中だというのに、その液体だけは、きらきらと輝き、名前たちの目にはっきりと映った。

あれはなんだろう。
名前はぼんやりと見つめる。





ズ、

ズ、

ズ、



『………』





真後ろから音がする。

何かを引き摺っているような音がする。

名前は後ろに振り向いた。
そして、奥深い森の先をじっと見つめる。

何もいない。
耳を凝らしてみる。





「ユニコーンの血だ。
何者かにひどく傷つけられたユニコーンがこの森の中にいる。
今週になって二回目だ。」





聞こえない。
何もいない。

名前はぐるりと辺りを見渡す。

空耳だったのだろうか。
少しだけ首を傾げた。





「水曜日に最初の死骸を見つけた。
みんなでかわいそうなやつを見つけだすんだ。助からないなら、苦しまないようにしてやらねばならん。」



「ユニコーンを襲ったやつが先に僕たちを見つけたらどうするんだい?」



「俺やファングと一緒におれば、この森に住むものは誰もお前たちを傷つけはせん。道を外れるなよ。
よーし、では二組に別れて別々の道を行こう。そこら中血だらけだ。ユニコーンは少なくとも昨日の夜からのたうち回ってるんじゃろう。…ナマエ?おい、ナマエ。
お前さん、どうかしたのか?」

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