05.-1


それから魔法薬の時間はハリーの得意科目になった。
教科書と違う指示があればそれに従い、それが誰よりも良い結果を残したからだ。
その結果をスラグホーンはこんなに才能ある生徒は滅多に教えた事はないと褒めそやしたくらいだ。

けれどロンとハーマイオニーは喜ばなかった。
ハリーが教科書を一緒に使おうと言って、申し出を受け入れたのは名前だけだった。
ロンは書き込みの判読に苦労したし、ハーマイオニーは教科書の指示が正しいのだと聞き入れなかったからだ。
しかし書き込みの指示者の結果には劣る出来になるので、ハーマイオニーは次第に不機嫌になっていった。





『教科書にだって誤字や脱字はある。それに説明されている事よりもっと良い方法があるかもしれない。教科書のやり方を鵜呑みには出来ないって事が、よく分かった。』





名前はむしろ勉強に意欲を示しており、時間があればハリーから「上級魔法薬」を借りてノートにメモしていた。
とはいえ名前はやる事があったし、「上級魔法薬」の殆どの頁にびっしり書き込みがしてあったし、宿題の為に借りられない事も多々あった。
それに書き込みの指示者───プリンスと名乗る者の、創作したらしい呪文の使い方まで彼方此方に書いてあったのだ。

土曜日の夜。
宿題をこなす片手間で、ハリーはその種の書き込みをロンに見せていた。




「彼女自身かもね。
女性だったかもしれない。その筆跡は男子よりも女子のものみたいだと思うわ。」
ハーマイオニーは苛々言った。



「『プリンス』って呼ばれてたんだ。
女の子のプリンスなんて、何人いた?」




ハリーの質問にハーマイオニーは答えられなかった。
眉間に皺を寄せて、ロンの手から自分の書いたレポートを取り返していた。

ハリーが腕時計を確認した。
すると急いで「上級魔法薬」を鞄にしまう。





「八時五分前だ。もう行かないと、ダンブルドアとの約束に遅れる。」



ハーマイオニーが顔を上げた。もう眉間の皺は無い。
「わぁーっ!
頑張って!私達、待ってるわ。ダンブルドアが何を教えるのか、聞きたいもの!」



「うまくいくといいな。」



『いってらっしゃい。』





三人はハリーを見送った。
けれど名前はハリーが戻ってくる前に眠りこけてしまった。















ここ最近、名前の眠気は酷いようだ。
ハリーは何度か名前にダンブルドアが教えた事を話そうと試みたが、名前はお守り作りの為に消えたり居眠りして起きなかったりで、その度に機会が失われていった。

それに何より山のように出される宿題がある。
授業の内容も今まで以上難しくなっており、ハーマイオニーですら説明の繰り返しを求める程だった。
そして殆どの生徒に難関だったのは無言呪文だ。
無言呪文は「闇の魔術に対する防衛術」だけに求められる技術ではなく、「呪文学」や「変身術」でも必要とされた。
皆、授業中ではない談話室での自由時間や大広間での食事時でも、無言呪文の練習にあくせくしていた。

そうしてもう一つ困った事があった。
ハグリッドの事だ。
宿題と呪文の練習に時間を取られてハグリッドの所へ訪ねる合間が無かったのだ。
今や食事時、ハグリッドは教職員テーブルに姿を現さなくなった。
それに廊下や校庭で擦れ違っても名前達に気が付かず、挨拶する声も聞こえていないようだった。





「訪ねていって説明すべきよ。」




二周目の土曜日の朝食時。
教職員テーブルを眺めてハグリッドの姿が無いのを確認して、ハーマイオニーはそう言った。
ところがロンは乗り気じゃなかった。





「午前中はクィディッチの選抜だ!
なんとその上、フリットウィックの『アグアメンティ 水増し』呪文練習しなくちゃ!どっちにしろ、何を説明するって言うんだ?ハグリッドに、あんなバカくさい学科は大嫌いだったなんて言えるか?」



「大嫌いだったんじゃないわ!」



名前は頷いてプチトマトをフォークで刺す。
『大変だったけれど、良い時もあった。』




「君らと一緒にするなよ。僕は『尻尾爆発スクリュート』を忘れちゃいないからな。
君は、ハグリッドがあの間抜けな弟の事をくだくだ自慢するのを聞いてないからなあ。はっきり言うけど、僕達は危ういところを逃れたんだぞ───あのままハグリッドの授業を取り続けてたら、僕達きっと、グロウプに靴紐の結び方を教えていたぜ。」



「ハグリッドと口もきかないなんて、私、嫌だわ。」



「クィディッチの後で行こう。
だけど、選抜は午前中一杯かかるかもしれない。応募者が多いから。」




ハリーはクィディッチのキャプテンになったので、選抜については、少しデリケートになっているようだ。





「どうして急に、こんなに人気のあるチームになったのか、分かんないよ。」



「まあ、ハリーったら、しょうがないわね。」
ハーマイオニーの声が急に苛立った。
「クィディッチが人気者なんじゃないわ。あなたよ!あなたがこんなに興味をそそった事は無いし、率直に言って、こんなにセクシーだった事はないわ。」





ハリーはポカンと口を開けて、まじまじハーマイオニーを見た。
名前は無表情でプチトマトを咀嚼している。
ロンは燻製鰊の大きな一切れに咽せて、ハーマイオニーが軽蔑した目でそれを見た。





「あなたの言っていた事が真実だったって、今では誰もが知っているでしょう?ヴォルデモートが戻ってきたと言った事も正しかったし、この二年間に二度もあの人と戦って、二度とも逃れた事も本当だと、魔法界全体が認めざるを得なかったわ。そして今は皆が、あなたの事を、『選ばれし者』と呼んでいる───さあ、しっかりしてよ。皆があなたに魅力を感じる理由が分からない?」





ハリーは急激に頬を染め上げた。





「その上、あなたを情緒不安定の嘘吐きに仕立て上げようと、魔法省が散々迫害したのに、それにも耐え抜いた。あの邪悪な女が、あなた自身の血で刻ませた痕がまだ見えるわ。でもあなたは、兎に角節を曲げなかった……。」



「魔法省で脳味噌が僕を捕まえた時の痕、まだ見えるよ。ほら。」



「それに、夏の間にあなたの背が三十センチも伸びた事だって、悪くないわ。」



「僕も背が高い。」





ロンの呟きは独り言のように受け入れられなかった。

梟便が到着する。外は雨模様で、梟達は雨粒を生徒の頭上で振り払った。
この頃殆どの生徒が普段より多くの手紙を受け取っていた。
親が子どもを心配して様子を知りたがり、家族が無事だという事も知らせていて、そういうやり取りが増えたからだ。

ハリーの元にもヘドウィグがやって来た。
大きな四角い包みを持っている。
すぐ後に全く同じ包みを持ったピッグウィジョンもやって来て、大きすぎたのか包みの下敷きになった。





「おっ!」




ハリーの声に名前はそちらを見る。
包みが開けられ、中には真新しい「上級魔法薬」が入っていた。





「良かったわ。
これであの落書き入りの教科書を返せるじゃない。」



「気は確かか?
僕はあれを放さない!ナマエだって使っているし。ほら、もうちゃんと考えてある───」





ハリーは鞄から使い古された「上級魔法薬」を取り出して杖を向けた。
「ディフェンド!」と唱えると表紙が外れ、真新しい教科書にも同じようにする。
今度は外れた表紙を交換して「レパロ!」とそれぞれ唱えると、プリンスの教科書は真新しい雰囲気を醸し出し、届いたばかりの教科書は中古本のような雰囲気を纏った。





「スラグホーンには新しいのを返すよ。文句は無いはずだ。九ガリオンもしたんだから。」





当然ハーマイオニーは納得出来ない顔をして唇を結ぶ。
そこへ三羽目の梟が舞い降りて、ハーマイオニーの気はそちらへ逸れた。
梟が「日刊予言者新聞」を運んできたからだ。
ハーマイオニーは新聞を広げて読み始めた。





「誰か知ってる人が死んでるか?」
ロンが気軽に尋ねた。



「いいえ。でも吸魂鬼の襲撃が増えてるわ。
それに逮捕が一件。」



「良かった。誰?」
ハリーが聞いた。



「スタン・シャンパイク。」



「えっ?」



「『魔法使いに人気の、夜の騎士バスの車掌、スタンリー・シャンパイクは、死喰い人の活動をした疑いで逮捕された。シャンパイク容疑者(21)は、昨夜遅く、クラッパムの自宅の強制捜査で身柄を拘束された……』。」



「スタン・シャンパイクが死喰い人?
馬鹿な!」



「『服従の呪文』をかけられてたかもしれないぞ。
何でもありだもんな。」



「そうじゃないみたい。
この記事では、容疑者がパブで死喰い人の秘密の計画を話しているのを、誰かが漏れ聞いて、その後で逮捕されたって。
もし『服従の呪文』にかかっていたのなら、死喰い人の計画をその辺りで吹聴したりしないじゃない?」



「あいつ、知らない事まで知ってるように見せ掛けようとしたんだろうな。
ヴィーラをナンパしようとして、自分は魔法大臣になるって息巻いてたやつじゃなかったか?」



「うん、そうだよ。
あいつら、一体何を考えているんだか。スタンの言う事を真に受けるなんて。」



『それだけピリピリしているって事じゃない。』
ミルクを一口飲んで言う。



「それか多分、何かしら手を打っているように見せたいんじゃないかしら。
皆が戦々恐々だし───パチルのご両親が、二人を家に戻したがっているのを知ってる?それにエロイーズ・ミジョンはもう引き取られたわ。お父さんが、昨晩連れて帰ったの。」



ロンは驚いて目を見開いた。
「ええっ?
だけど、ホグワーツはあいつらの家より安全だぜ。そうじゃなくちゃ!闇祓いはいるし、安全対策の呪文が色々追加されたし、何しろ、ダンブルドアがいる!」



「ダンブルドアがいつもいらっしゃるとは思えないわ。」





ハーマイオニーは「日刊予言者新聞」の上から顔を覗かせて、目だけで教職員テーブルを見た。
名前も見てみると、校長席には誰もいない。





「気が付かない?ここ一週間、校長席はハグリッドのと同じぐらい、ずっと空だわ。
騎士団に関する何かで、学校を離れていらっしゃるのだと思うわ。
つまり……かなり深刻だって事じゃない?」





名前達男子三人は何も答えなかった。
事態が着々と深刻化しているのは実感していたからだ。
と言うのも、昨日「薬草学」でハンナ・アボットが呼び出され、母親が死んでいると知らされたのだ。それ以後ハンナの姿を見てはいない。

それから五分後。
朝食を終えてクィディッチ競技場に向かう途中、ラベンダー・ブラウンとパーバティ・パチルに出会した。
いつも仲良しできゃあきゃあとお喋りしている二人が、今は沈んだ様子でひそひそ話をしている。
けれどロンが二人の側を通り過ぎようとした時、突然パーバティに小突かれたラベンダーが、ロンに向かって笑いかけたのだ。
ロンは曖昧に笑い返して、その後急に、ふんぞり返って歩き始めた。
ハリーは笑うのを堪えていたけれど、ハーマイオニーの態度は冷たくなった。





『ハーマイオニー、どうしたの。』



「何でもないわ。ほら、選抜が始まるわよ。」





クィディッチ競技場のスタンド席に着いてから名前は尋ねてみたが、ハーマイオニーはつんけん答えるだけだった。
名前は諦めて言われた通り競技場に目を遣る。

見ている限り、選抜は簡単にはいかなかった。
ろくに箒に乗った事が無い様子の生徒やら互いにしがみついてきゃあきゃあはしゃぐ女子生徒やら、箒を持ってこない生徒もいたし、しまいには他寮の生徒すら出てくる始末だ。
ハリーはその度に大声を放って生徒を退出させた。

そうして二時間が経過した。
苦情、癇癪、事故数件。
結果として名前の目から見ても良いチェイサーが三人現れた。
ケイティ・ベル、デメルザ・ロビンズ、ジニー・ウィーズリーの三人だ。
そしていよいよキーパーの選抜が始まった。





『ロン、上手くいくといいね。』



「そうね……。」




言葉少なにハーマイオニーが答える。
さっきまでのつんけんした態度は無くなり、ただただロンの心配をしている。

今や競技場のスタンド席は落ちた候補者や朝食を済ませてからやって来た生徒で、観客が随分と増えていてしまっていた。
ロンははっきりいうと上がる癖がある。
これだけの観客の目、そして応援半分野次り半分の声に耐え切れるのか不安なところだ。

最初の五人の中で、ゴールを三回守った者はいなかった。
コーマック・マクラーゲンは五回のペナルティ・スローを四回守ったが、ロンやジニーの事を貶していた。
少なくともその類の言葉が聞こえてきた。
そこで何とハーマイオニーは怒って杖を向け、名前が止める間もなくマクラーゲンに「錯乱呪文」を掛けたのだ。
最後の一回、マクラーゲンはてんでお門違いな方向に飛び付いた。





『ハーマイオニー……』



「ナマエ、あの人が何て言ったか聞こえてたでしょう?」





ハーマイオニーは怒って名前の言葉を聞き入れない。
マクラーゲンが退場し、ついにロンの順番がやって来た。





「頑張って!」





スタンド席で誰かが声高に叫んだ。
見るとラベンダー・ブラウンだったらしく、両手で頬を押さえている。
けれど心配御無用、ロンのトライアルは大成功だった。
他の生徒と一緒にハーマイオニーも思わず歓声を上げた程だ。

全員のトライアルが終わり、選抜は無事に終了した。
名前はハーマイオニーと一緒にスタンド席を下りて、競技場の中の方へ向かう。





「ロン、素晴らしかったわ!」




選抜が終わった開放感と無事に良い成績を残せたとで、ロンはすっかり上機嫌だ。
それからハリーは練習の日程を取り決め、新しいチームに別れを告げた。
そして名前達四人はハリーが提案した通り、ハグリッドの小屋に向かう。
ようやく雨が上がり、雲の合間から太陽の光が射し込んできた。





「僕、四回目のペナルティ・スローはミスするかもしれないと思ったなあ。
デメルザの厄介なシュートだけど、見たかな、ちょっとスピンがかかってた───」



「ええ、ええ、あなたすごかったわ。」



「僕、兎に角あのマクラーゲンよりは良かったな。
あいつ、五回目で変な方向にドサッと動いたのを見たか?まるで『錯乱呪文』をかけられたみたいに……。」





ロンのこの一言でハーマイオニーの頬が赤く染まった。
名前は無表情で、ハリーは驚いて、二人は顔を見合わせた。
ロンだけがこの異変に気が付かず、ひたすらペナルティ・スローの話をしていた。

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