04.


午後の授業には二時限続きの魔法薬学が待っている。
名前はお守り作りの道具を片付けて地下牢教室に向かった。
教室の前には十人ばかりの生徒が並んでおり、中にはハリー達もいる。

名前はハリー達の側へ行き、N・E・W・Tレベルに進んだ顔触れを見回す。
スリザリンからマルフォイを含め四人(腰巾着のクラッブとゴイルはいない)、レイブンクローから四人、ハッフルパフからはアーニー・マクラミンただ一人だ。





「ハリー。」
ハリーに気が付いたアーニーが手を差し出した。
「今朝は『闇の魔術に対する防衛術』で声を掛ける機会が無くて。僕はいい授業だと思ったね。もっとも、『盾の呪文』なんかは、かのDA常習犯である我々にとっては、無論旧聞に属する呪文だけど……やあ、ロン、元気ですか?───ハーマイオニーとナマエは?」





返事をする前に地下牢教室のドアが開いた。
突き出た腹が先に現れ、それからスラグホーンのにっこり顔が出てくる。
生徒達を中へ招き入れ、ハリーとザビニに対しては特に熱烈に歓迎した。

地下牢教室ではいつもと異なり、もう大鍋が煮えたぎっていて、グツグツと音を立てながら湯気と臭気を上げている。
それぞれ異なる鍋の中身と臭気を気にしながら、名前達四人とアーニーは、同じテーブルに着いた。





「さて、さて、さーてと。
皆、秤を出して。魔法薬キットもだよ。それに『上級魔法薬』の……」



「先生?」



「ハリー、どうしたのかね?」



「僕は本も秤も何も持っていません───ロンもです───僕達、N・E・W・Tが取れるとは思わなかったものですから、あの───」



「ああ、そうそう。マクゴナガル先生が確かにそう仰っていた……心配には及ばんよ、ハリー、全く心配ない。今日は貯蔵棚にある材料を使うといい。秤も問題なく貸してあげられるし、教科書も古いのが何冊か残っている。フローリシュ・アンド・ブロッツに手紙で注文するまでは、それで間に合うだろう……。」





隅の戸棚にスラグホーンは歩み寄り、中から教科書を二冊取り出した。
それを黒ずんだ秤と一緒に、ハリーとロンへ手渡した。
それからスラグホーンは教壇の方へとてくてく戻る。





「さーてと。
皆に見せようと思って、いくつか魔法薬を煎じておいた。ちょっと面白いと思ったのでね。N・E・W・Tを終えた時には、こういうものを煎じる事が出来るようになっているはずだ。まだ調合をした事がなくとも、名前ぐらい聞いた事があるはずだ。これが何だか、分かる者はおるかね?」





スリザリンのテーブルに近い大鍋を、スラグホーンは指差した。
中身は透明の液体が煮えたぎっている。
ハーマイオニーが真っ先に手を挙げる。
スラグホーンはハーマイオニーを指した。





「『真実薬』です。無色無臭で、飲んだ者に無理矢理真実を話させます。」



「大変よろしい、大変よろしい!
さて。」




次にスラグホーンが指差したのは、レイブンクローに近い大鍋だ。
中身は泥のような物体が煮えたぎっている。




「ここにあるこれは、かなりよく知られている……最近、魔法省のパンフレットにも特記されていた……誰か───?」



ハーマイオニーの手が挙がる。
「はい先生、ポリジュース薬です。」



「よろしい、よろしい!さて、こっちだが……おやおや?」
またしてもハーマイオニーの手が挙がったので、スラグホーンはちょっと驚いた顔をした。



「アモルテンシア、魅惑万能薬!」



「その通り。聞くのはむしろ野暮だと言えるだろうが、
どういう効能があるかを知っているだろうね?」



「世界一強力な愛の妙薬です。」



「正解だ!察するに、真珠貝のような独特の光沢で分かったのだろうね?」



「それに、湯気が独特の螺旋を描いています。
そして、何に惹かれるかによって、一人一人違った匂いがします。私には刈ったばかりの芝生や新しい羊皮紙や───」
ハーマイオニーの頬が赤くなり、最後まで言わなかった。



「君の名前を聞いてもいいかね?」



「ハーマイオニー・グレンジャーです。先生。」



「グレンジャー?グレンジャー?ひょっとしてヘクター・ダグワース-グレンジャーと関係はないかな?超一流魔法薬師協会の設立者だが?」



「いいえ、ないと思います。私はマグル生まれですから。」




スラグホーンの見えないところで、マルフォイがノットに耳打ちするのが見えた。二人して嘲笑っている。
しかしスラグホーンはにっこり笑いを更に深めて、ハーマイオニーの隣にいるハリーと交互に見た。





「ほっほう!『僕の友達の一人もマグル生まれです。しかもその人は学年で一番です!』。察するところ、この人が、ハリー、まさに君の言っていた友達だね?」



「そうです、先生。」



「さあ、さあ、Ms.グレンジャー、あなたがしっかり獲得した二十点を、グリフィンドールに差し上げよう。」





マルフォイがショックを受けたような顔をした。
反対にハーマイオニーは喜びで顔を輝かせ、小さな声でハリーに尋ねた。





「本当にそう言ったの?私が学年で一番だって?まあ、ハリー!」



「でもさ、そんなに感激する事か?
君はほんとに学年で一番だし───先生が僕に聞いてたら、僕だってそう言ったぜ!」





不貞腐れた様子でロンが言ったが、ハーマイオニーは微笑んで人差し指を唇に当てた。
「静かに」の動作だ。





「『魅惑万能薬』は勿論、実際に愛を創り出すわけではない。愛を創ったり模倣したりする事は不可能だ。それは出来ない。この薬は単に強烈な執着心、または強迫観念を引き起こす。この教室にある魔法薬の中では、おそらく一番危険で強力な薬だろう───ああ、そうだとも。」





嘲笑うマルフォイとノットに向かって、スラグホーンは貫禄たっぷりに頷いた。





「私ぐらい長く人生を見てくれば、妄執的な愛の恐ろしさを侮らないものだ……。
さてそれでは、実習を始めよう。」



「先生、これが何かを、まだ教えてくださっていません。」



「ほっほう。」




アーニーが言うと、スラグホーンはその質問を待っていたとばかりに微笑んだ。
スラグホーンの机の上には小さな黒い鍋が置いてあり、中身は金色、やはり表面はグツグツ波打っている。




「そう。これね。さて、これこそは、紳士淑女諸君、もっとも興味深い、一癖ある魔法薬で、フェリックス・フェリシスという。きっと、
君は、フェリックス・フェリシスが何かを知っているね?Ms.グレンジャー?」



「幸運の液体です。
人に幸運をもたらします!」





ハーマイオニーの声は興奮していた。
他の生徒も同様に、このフェリックス・フェリシスに興味を抱いたようだった。
その薬の効果を得たいとばかりに、皆が覗き込んだ。
(名前は押されて後ろの方でぽつんと立っていた)
(そこからでも薬は見えるが……)





「その通り。グリフィンドールにもう十点あげよう。そう。この魔法薬はちょっと面白い。フェリックス・フェリシスはね、
調合が恐ろしく面倒で、間違えると惨憺たる結果になる。しかし、正しく煎じれば、ここにあるのがそうだが、全ての企てが成功に傾いていくのが分かるだろう……少なくとも薬効が切れるまでは。」



「先生、どうして皆、しょっちゅう飲まないんですか?」
テリー・ブートが尋ねた。



「それは、飲み過ぎると有頂天になったり、無謀になったり、危険な自己過信に陥るからだ。
過ぎたるは尚、という事だな……大量に摂取すれば毒性が高い。しかし、ちびちびと、ほんの時々なら……。」



「先生は飲んだ事があるんですか?」
マイケル・コーナーが尋ねた。



「二度ある。
二十四歳の時に一度、五十七歳の時にも一度。朝食と一緒に大匙二杯だ。完全無欠な二日だった。」





過去を思い返すようにスラグホーンは遠くに目を遣った。
例えこれが演技でも効果は抜群だ。
生徒達は皆───名前はどうか分からないが───薬に興味津々となった。





「そしてこれを、
今日の授業の褒美として提供する。」





元から誰もお喋りしなかったのに、余計に静かになったようだった。
ただ大鍋の中身がグツグツと音を立てている。





「フェリックス・フェリシスの小瓶一本。
十二時間分の幸運に十分な量だ。明け方から夕暮れまで、何をやってもラッキーになる。
さて、警告しておくが、フェリックス・フェリシスは組織的な競技や競争事では禁止されている……例えばスポーツ競技、試験や選挙などだ。これを獲得した生徒は、通常の日にだけ使用する事……そして通常の日がどんなに異常に素晴らしくなるか御覧じろ!

そこで。

この素晴らしい賞をどうやって獲得するか?さあ、『上級魔法薬』の十頁を開く事だ。あと一時間と少し残っているが、その時間内に、『生ける屍の水薬』にきっちり取り組んでいただこう。これまで君達が習ってきた薬よりずっと複雑な事は分かっているから、誰にも完璧な仕上がりは期待していない。しかし、一番良く出来た者が、この愛すべきフェリックスを獲得する。さあ、始め!」





皆が一斉に大鍋へ向かう。
「上級魔法薬」の本を急いで捲り、それから薬の材料を秤で計る。
その集中力といったら、まるで試験中のようだった。
名前は肩まで伸びた髪をヘアゴムで縛り、皆と同じように作業を始めた。
十分後には教室中に青みがかった湯気が立ち込め始めた。





「先生、僕の祖父のアブラクサス・マルフォイをご存知ですね?」



「ああ。
お亡くなりになったと聞いて残念だった。もっとも、勿論、予期せぬ事では無かった。あの年で龍痘だし……。」





マルフォイとスラグホーンのやり取りが耳に届く。
しかし顔を上げて確認する暇もない。時間は限られている。
萎びた「催眠豆」を切り刻み、そこから出た汁を大鍋に入れる。
次は薬が水のように澄んでくるまで、反時計回りに撹拌する。
しかし中身は紫色のまま、中々変化しない。





「どうやったらそうなるの?」



「時計回りの撹拌を加えるんだ───」



「駄目、駄目。本では時計と反対回りよ!」





ハーマイオニーとハリーのやり取りが聞こえてきた。
ハーマイオニーがハリーに尋ねるのは初めての事といってもいい。
見るとハリーの薬はごく淡いピンク色だ。
どのようにすればそうなるのか、名前は首を傾げてハリーの教科書を見た。
頁いっぱいに細かいメモがしてあり、教科書の文字を線で消して新しく書き込んでまでしたりしていた。
以前の持ち主はよっぽど勉強熱心だったに違いない。
名前は納得したように一人頷いた。





「さあ、時間……終了!
撹拌、やめ!」





スラグホーンの声で皆が作業を止めた。
それからスラグホーンは、黙ったまま皆の大鍋を見て回った。
そうしてやがて、名前達の順番がやって来た。
ロンの大鍋のタール状の物体を見て不憫そうに笑いかけ、アーニーの濃紺の物体は通り過ぎる。
ハーマイオニーと名前の薬には「よしよし」と一人頷き、最後にハリーの薬を見た途端、パッと嬉しそうな表情を浮かべた。





「紛れもない勝利者だ!
素晴らしい、素晴らしい、ハリー!なんと、君は明らかに母親の才能を受け継いでいる。彼女は魔法薬の名人だった。あのリリーは!さあ、さあ、これを───約束のフェリックス・フェリシスの瓶だ。上手に使いなさい!」





スラグホーンがハリーにフェリックス・フェリシスの入った小瓶を渡す光景を、スリザリン生は不満そうに、あるいは怒った様子で眺めるしかなかった。
ハリーはハーマイオニーがあんまりにもがっかりした表情を浮かべるので素直に喜べないようだった。
終業ベルが鳴り響き、地下牢を出ると、ロンはすぐさま口を開く。





「どうやったんだ?」



「ラッキーだったんだろう。」





まだマルフォイに声が届く範囲にいたので、ハリーは素っ気なくそう答えるだけだった。
真相を話してくれたをのは夕食の席で、ハリーが話を進めていくと、ハーマイオニーの表情はどんどん強張っていった。





「僕が、ずるしたと思ってるんだろ?」



「まあね、正確にはあなた自身の成果だとは言えないでしょ?」



「僕達とは違うやり方に従っただけじゃないか。」



『そうだね、それで成功した。』



「でも大失敗になったかもしれないだろ?だけどその危険を冒した。そしてその見返りがあった。
スラグホーンは僕にその本を渡していたかもしれないのに、ハズレだったなあ。僕の本には誰も何も書き込みしてなかった。ゲロしてた。五十二頁の感じでは。だけど───」



「ちょっと待ってちょうだい。」




突然声が割り込んできた。
見るとそこにはジニーが立っていた。
ジニーの顔は強張って、怒ったような表情を浮かべていた。





「聞き間違いじゃないでしょうね?ハリー、あなた、誰かが書き込んだ本の命令に従ったの?」



「何でもないよ。
あれとは違うんだ、ほら、リドルの日記とは。誰かが書き込みした古い教科書にすぎないんだから。」



「でも、あなたは、書いてある事に従ったんでしょう?」



「余白に書いてあったヒントを、いくつか試してみただけだよ。ほんと、ジニー、何にも変な事は───」



「ジニーの言う通りだわ。
その本におかしなところが無いかどうか、調べてみる必要があるわ。だって、色々変な指示があるし。もしかしたらって事もあるでしょ?」



「おい!」




ハーマイオニーは素早くハリーの鞄から、「上級魔法薬」の本を取り出して杖を向けた。
ハリーが止める隙も与えなかった。





「スペシアリス・レベリオ!化けの皮剥がれよ!」




何にも変化は起きなかった。
教科書はテーブルの上に静かに横たわっている。
ハーマイオニーはそれでも疑わしげで、ハリーは苛々とその光景を見ていた。





「終わったかい?
それとも二、三回とんぼ返りするかどうか、様子を見てみるかい?」



「大丈夫そうだわ。
つまり、見掛けは確かに……ただの教科書。」



「良かった。それじゃ返してもらうよ。」





素早くハリーは教科書を取り上げた。
その動作が素早すぎて、教科書は誤ってテーブル下に落っこちる。
ハリーが身を屈めて教科書を取るのを、名前はぼーっと眺めた。

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