02.


大広間で宴が始まってもハリーは来なかった。
長テーブルに沢山の豪華な食事が現れても、名前の手は中々進まない。
何度も大広間のドアを見詰めては、食事に向き直ってぼーっとする。
そんな食事が暫く続いた後で、ようやくハリーが大広間のドアに現れた。
マグルの服装のままで、顔が血塗れだ。
ハリーは早足で此方へやって来ると、ロンとハーマイオニーの間に割って入った。





『ハリー、血が───』



「どこにいたん───何だい、その顔はどうしたんだ?」



「何で?どこか変か?」
ハリーはスプーンを掴み、そこに映る自分を見た。



「血だらけじゃない!こっちに来て───テルジオ!」





ハーマイオニーがハリーの顔に杖を向ける。
ハリーの顔に付着した血糊は瞬く間に消えた。
顔に触れて、綺麗になった事を確かめる。





「ありがと。
鼻はどんな感じ?」



「普通よ。
当たり前でしょう?ハリー、何があったの?死ぬほど心配したわ!」



「後で話すよ。」



「でも───」



「今は駄目だ、ハーマイオニー。」





周囲の生徒が、「ほとんど首無しニック」までが、ハリーの話を聞こうと聞き耳を立てていた。
ハリーはその事にちゃんと気が付いていたし、今はそれよりも食事を摂らなければならない。
ハリーが手を伸ばして、チキンとポテトチップスを取ろうとするとしかし、夕食は消えてデザートに置き換わった。





「兎に角あなたは、組分け儀式も逃してしまったしね。」



「帽子は何か面白い事言った?」



「同じ事の繰り返し、ええ……敵に立ち向かうのに全員が結束しなさいって。」



「ダンブルドアは、ヴォルデモートの事を何か言った?」



「まだよ。でも、ちゃんとしたスピーチは、いつもご馳走の後まで取って置くでしょう?もう間もなくだと思うわ。」



「スネイプが言ってたけど、ハグリッドが宴会に遅れてきたとか───」



「スネイプに会ったって?どうして?」
チョコレートケーキを食べながらロンが尋ねた。



「偶然、出会したんだ。」



「ハグリッドは数分しか遅れなかったわ。
ほら、ハリー、あなたに手を振ってるわよ。」





教職員テーブルを見ると確かにハグリッドが手を振っていた。
その行為を隣の席のマクゴナガルは、咎めるような眼差しを向けている。
ハグリッドを挟んで反対の席には、珍しくトレローニーがいた。
この人は滅多に自分の部屋を離れない。





「それで、スラグホーン先生は何がお望みだったの?」





ハーマイオニーの声に、名前は教職員テーブルを眺めるのを止めた。
チョコレートケーキを一口食べる。





「魔法省で、ほんとは何が起こったかを知る事。」



「先生も、ここにいる皆も同じだわ。
列車の中でも、皆にその事を問い詰められたわよね?ロン?」



「ああ。
君がほんとに『選ばれし者』なのかどうか、皆知りたがって───」



「まさにその事につきましては、ゴーストの間でさえ、散々話題になっております。」





突然ひょいと現れたのは「ほとんど首無しニック」だ。
頭をハリーの方に傾けたので、首と頭が別れそうになっている。





「私はポッターの権威者のように思われています。私達の親しさは知れ渡っていますからね。ただし、私は霊界の者達に、君を煩わせてまで情報を聞き出すような真似はしないと、はっきり宣言しております。『ハリー・ポッターは、私になら、全幅の信頼を置いて秘密を打ち明ける事が出来ると知っている』。そう言ってやりましたよ。『彼の信頼を裏切るくらいなら、むしろ死を選ぶ』とね。」



「それじゃ大した事言ってないじゃないか。もう死んでるんだから。」



「またしてもあなたは、なまくらの斧の如き感受性を示される。」





ロンの無神経な発言に怒って、ぷんすかとニックはグリフィンドールのテーブルの端に戻って行った。
戻って行ったまさにその時、教職員テーブルにいたダンブルドアが立ち上がった。
ダンブルドアの長身が一斉に注目の的となり、お喋りが素早く消えた。





「皆さん、素晴らしい夜じゃ!」





長い髭の下でダンブルドアがにっこり笑うのが見て取れた。
それから生徒達を迎えるように両手を広げる。
広げられた内の片方───右手は夢で見たのと同じ、炭のように真っ黒だった。





「手をどうなさったのかしら?」





ハーマイオニーだけでなく生徒達が囁き合い、その囁きがさざ波のように広がっていく。
その囁きをどう受け取ったのかは分からないが、ダンブルドアはにっこり笑み、その手を袖に隠した。





「心配には及ばぬ。
さて……新入生よ、歓迎いたしますぞ。上級生にはおかえりなさいじゃ!今年もまた、魔法教育がびっしり待ち受けておる……。」



「夏休みにダンブルドアに会った時も、ああいう手だった。
でも、ダンブルドアがとっくに治しているだろうと思ったのに……そうじゃなければ、マダム・ポンフリーが治したはずなのに。」



「あの手はもう死んでるみたいに見えるわ。
治らない傷というものもあるわ……昔受けた呪いとか……それに解毒剤の効かない毒薬もあるし……。」



「……そして管理人のフィルチさんから皆に伝えるようにと言われたのじゃが、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズとかいう店で購入した悪戯用具は、全て完全禁止じゃ。
各寮のクィディッチ・チームに入団したい者は、例によって寮監に名前を提出する事。試合の解説者も新人を募集しておるので、同じく応募する事。
今学年は新しい先生をお迎えしておる。スラグホーン先生じゃ。」





太った老人が立ち上がる。
飛び出しそうな大きな目が印象的だ。





「先生は、かつてわしの同輩だった方じゃが、昔教えられていた魔法薬学の教師として復帰なさる事にご同意いただいた。」





大広間中の生徒が「魔法薬?」と囁き合った。
ロンとハーマイオニーもだ。
名前も人知れず首を傾げている。





「だってハリーが言ってたのは───」



「ところでスネイプ先生は、
『闇の魔術に対する防衛術』の後任の教師となられる。」



「そんな!」





あまりに大きな声をだしたので、ハリーの方を周囲の生徒達が見た。
けれどもハリーは気にせず、怒った様子で教職員テーブルの方を睨んだ。





「だって、ハリー、あなたは、スラグホーンが『闇の魔術に対する防衛術』を教えるって言ったじゃない!」



「そうだと思ったんだ!
まあ、一つだけいい事がある。
この学年の終わりまでには、スネイプはいなくなるだろう。」



「どういう意味だ?」



「あの職は呪われている。一年より長く続いたためしがない……クィレルは途中で死んだくらいだ。僕個人としては、もう一人死ぬように願をかけるよ……。」



「ハリー!」





ハーマイオニーは責めるようにハリーの名を呼んで、それからチラリと目だけで名前を見た。
名前はハリーの話を聞いていたが、相変わらずの無表情だった。
クィレルは生きて名前の側にいるし、スネイプには恋をしているし、心中では複雑な思いだろう。





「今学年が終わったら、スネイプは元の『魔法薬学』に戻るだけの話かもしれない。
あのスラグホーンてやつ、長く教えたがらないかもしれない。ムーディもそうだった。」





それらしい事をロンが言った直後、ダンブルドアが咳払いをした。
お喋りしていたのはこの三人だけでなく、一年生以外の大広間中の生徒が、スネイプの事について話し合っていた。
ダンブルドアの咳払いで生徒達は徐々に口を閉じていき、ついにはしんと静寂が戻る。





「さて、この広間におる者は誰でも知っての通り、ヴォルデモート卿とその従者達が、再び跋扈し、力を強めておる。
現在の状況がどんなに危険であるか、また、我々が安全に過ごす事が出来るよう、ホグワーツの一人一人が十分注意すべきであるという事は、どれほど強調しても強調し過ぎる事はない。この夏、城の魔法の防衛が強化された。一層強力な新しい方法で、我々は保護されておる。しかし、やはり、生徒や教職員の各々が、軽率な事をせぬように慎重を期さねばならぬ。それじゃから皆に言うておく。どんなにうんざりするような事であろうと、先生方が生徒の皆に課す安全上の制約事項を遵守するよう───特に、決められた時間以降は、夜間、ベッドを抜け出してはならぬという規則じゃ。わしからのたっての願いじゃが、城の内外で何か不審なもの、怪しげなものに気付いたら、すぐに教職員に報告するよう。生徒諸君が、常に自分自身と互いの安全とに最大の注意を払って行動するものと信じておる。
しかし今は、ベッドが待っておる。皆が望みうる限り最高にふかふかで暖かいベッドじゃ。皆にとって一番大切なのは、ゆっくり休んで明日からの授業に備える事じゃろう。それではおやすみの挨拶じゃ。そーれ行け、ピッピッ!」





食事時のような喧騒が途端に戻った。
生徒達は椅子から立ち上がり大広間のドアの方へ列を成し、ハーマイオニーは一年生を引率する為に迎えに向かう。
ロンと名前は未だ立ち上がらず、ハリーがスニーカーの紐を結び直すのを見守った。
紐を結び直して体を起こした頃には、他の生徒は皆大広間のドアへ向かった後だった。
三人はその最後尾につく。





「君の鼻、本当はどうしたんだ?」



「マルフォイにやられたんだ。」



『スラグホーンとのランチが終わった後か。』



「うん。『透明マント』でブレーズ・ザビニの後をつけていったんだけど───そいつもランチに呼ばれていたんだ───それで、マルフォイに見付かって、踏みつけられて……」



「マルフォイが、何か鼻に関係するパントマイムをやっているのを見たんだ。」



「ああ、まあ、それは気にするな。
僕がやつに見付かる前に、あいつが何を話してたかだけど……。」





声を小さくして他の人に聞かれないよう注意しながら、何があったかハリーは話をした。
来年はホグワーツにいないかもしれない。何故ならもっと次元の高い大きな事をしているかもしれないからと、マルフォイはそう仲間に話していたという。
それもヴォルデモートに奉仕していることさえ示唆していたらしい。
ヴォルデモートはマルフォイが十六歳である事は気にしないし、資格なんて必要ないのだと。





「いいか、ハリー、あいつはパーキンソンの前でいいかっこして見せただけだ……『例のあの人』が、あいつにどんな任務を与えるっていうんだ?」



『ホグワーツの防衛は強化されている。外からは無理でも、内からから壊すのは簡単かもしれない。』



「ナマエの言う通りだ。ヴォルデモートは、ホグワーツに誰か置いておく必要がないか?何も今度が初めてっていうわけじゃ───」



「ハリー、その名前を言わねえで欲しいもんだ。」





背後から声が聞こえた。
振り返るとハグリッドが立っている。





「ダンブルドアはその名前で呼ぶよ。」



「ああ、そりゃ、それがダンブルドアちゅうもんだ。そうだろうが?
そんで、ハリー、何で遅れた?俺は心配しとったぞ。」



「汽車の中でもたもたしてね。
ハグリッドはどうして遅れたの?」



「グロウプと一緒でなあ。
時間が経つのを忘れっちまった。今じゃ山ン中に新しい家があるぞ。ダンブルドアが設えなすった───おっきないい洞穴だ。あいつは森にいる時より幸せでな。二人で楽しくしゃべくっとったのよ。」



「ほんと?」



「ああ、そうとも。あいつはほんとに進歩した。
三人とも驚くぞ。俺はあいつを訓練して助手にしようかと考えちょる。
兎に角、明日会おう。昼食のすぐ後の時間だ。早めに来いや。そしたら挨拶出来るぞ、バック───おっと───ウィザウィングズに!」





片手を上げて振り振り、ハグリッドは嬉しそうに正面扉から出て行った。
三人はハグリッドの姿が見えなくなるまで手を振り返し、見えなくなると手を下ろした。





『ウィザウィングズって。』



「バックビークの新しい名前だよ。それより───」





暗い表情でハリーは、ロンと名前の顔を見た。
ロンはハリーと同じく暗い表情で、名前は無表情だった。





「『魔法生物飼育学』を取らないんだろう?」



「君らもだろう?
それにハーマイオニーも。取らないよな?」



『……。』





三人は複雑な心境を抱いて見詰め合った。
お気に入りの生徒が四人も自分の学科を取らないと知ったら、ハグリッドはどんなに落ち込むだろうと不安に思ったからだ。

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