01.
長距離長時間の旅を終えた名前は、座り疲れた尻を休ませもせず、人混みに紛れてキングズ・クロス駅を歩いていた。
相変わらずの混雑だったが、名前の長身痩躯は嫌でも目立つ。
名前はちょっと猫背になって九番線と十番線の間にある柵の側で立ち止まった。
待つようにとクィレルから伝えられていたからだ。
名前は確かめるようにネスを見た。
ネスは名前をじーっと見上げた。
その時だ。誰かが名前の肩を叩いた。
「……。」
見るとそこには黒いスーツを着込んだ髭面の男が立っていた。
見覚えの無い男に名前が言葉も失い見詰めていると、男は少し横にずれて、男の背後が見えるようにした。
そこにはもう一人スーツ姿の男、ハリーとハーマイオニー、ウィーズリー一家がいた。
「ああ、ナマエ───良かった。ここまでよく一人で来れたわね。
さあ、こっちへ来て。急いで───。」
モリーが手を振って促している。
名前は荷物を手に向かった。
「早く、早く。柵の向こうに。
ハリーが最初に行った方がいいわ。誰と一緒に───?」
二人の内、一人のスーツ姿の男が頷いて進み出る。
その男はハリーの腕をしっかり掴んで、九番線と十番線の間にある柵へ連れて行こうとした。
「自分で歩けるよ。折角だけど。」
ハリーは掴まれた腕を振り解き、九番線と十番線の間にある柵へカートを突っ込んだ。
すぐハーマイオニー、名前、ウィーズリー一家が後を追う。
やって来たハーマイオニー、名前、ロンに向かって、ハリーがコンパートメント探しをしようと合図してきた。
「駄目なのよ、ハリー。ロンも私も、まず監督生の車両に行って、それから少し通路のパトロールをしないといけないの。」
「ああ、そうか。忘れてた。」
「皆、すぐに汽車に乗った方がいいわ。あと数分しかない。
じゃあ、ロン、楽しい学期をね……。」
モリーが腕時計を確認していると見計らったようにハリーが進み出て名前の腕を取った。
疑問を抱く間も与えずハリーはずんずん進みアーサーの前に立つ。
「ウィーズリーおじさん、ちょっとお話していいですか?」
「いいとも。」
アーサーはちょっと驚いた顔をしたが、ハリーに連れられて一行から離れた場所に行った。
モリーとスーツ姿の男二人は訝しげに、離れていった三人を目で追った。
「僕達が『ダイアゴン横丁』に行った時───」
「フレッドとジョージの店の奥にいたはずの君とロン、ハーマイオニーが、実はその間どこに消えていたのか、それを聞かされるという事かね?」
「どうしてそれを───?」
「ハリー、何を言ってるんだね。この私は、フレッドとジョージを育てたんだよ。」
「あー……うん、そうですね。僕達部屋の奥にはいませんでした。」
「結構だ。それじゃ、最悪の部分を聞こうか。」
「あの、僕達、ドラコ・マルフォイを追っていました。僕の『透明マント』を使って。」
「何か特別な理由があったのかね?それとも単なる気まぐれだったのかい?」
「マルフォイが何か企んでいると思ったからです。」
この話はシリウスから聞いていたが、ハリーがこの話をする為に、何故自分を連れてくる必要があるのか名前には分からなかった。
しかし口を挟める雰囲気でもないので、黙って話の続きを聞いた。
「あいつは母親をうまく撒いたんです。僕、そのわけが知りたかった。」
「そりゃ、そうだ。
それで?何故だか分かったのかね?」
「あいつはボージン・アンド・バークスの店に入りました。
そしてあそこのボージンっていう店主を脅し始め、何かを修理する手助けをさせようとしてました。それから、もう一つ別な物をマルフォイの為に保管しておくようにと、ボージンに言いました。修理が必要な物と同じ種類の物のような言い方でした。二つ一組のような。それから……
もう一つ、別の事ですが、マダム・マルキンがあいつの左腕に触ろうとした時、マルフォイがものすごく飛び上がるのを、僕達見たんです。僕は、あいつが闇の印を刻印されていると思います。父親の代わりに、あいつが死喰い人になったんだと思います。」
その話は聞いていない。
十六歳という若さで死喰い人とは考えにくいとは聞いていたが。
ハリーの考えにアーサーは驚いたようで、少しの間、何も言わなかった。
「ハリー、『例のあの人』が十六歳を受け入れるとは思えないが───」
「『例のあの人』が何をするかしないかなんて、本当に分かる人がいるんですか?」
ハリーは語気を強めた。
その考えをハリーは信じているのだろう。
「ごめんなさい、ウィーズリーおじさん。でも、調べてみる価値がありませんか?マルフォイが何かを修理したがっていて、その為にボージンを脅す必要があるのなら、多分その何かは、闇の物とか、何か危険な物なのではないですか?」
「いいかい、ルシウス・マルフォイが逮捕された時、我々は館を強制捜査した。危険だと思われる物は、全て持ち帰った。」
「何か見落としたんだと思います。」
「ああ、そうかもしれない。」
汽笛が鳴った。
見るとプラットホームには殆ど人がいなかった。
皆もう汽車に乗り込んでいるのだ。
ドアが閉まりかけていた。
「急いだ方がいい。」
「ハリー、ナマエ、早く!」
モリーが呼んでいる。
ハリーと名前は汽車に駆けて行き、アーサーとモリーはトランクを載せるのを手伝ってくれた。
「さあ、クリスマスには来るんですよ。ダンブルドアとすっかり段取りしてありますからね。すぐ会えますよ。」
ハリーがデッキのドアを閉めた。
汽車がゆっくり動き出す。
「体に気を付けるのよ。それから───
───良い子にするのよ。それから───
───危ない事をしないのよ!」
今やモリーは汽車と平行して走っていた。
汽車が角を曲がって、モリーとアーサーの姿が見えなくなるまで、名前とハリーは手を振った。
「ナマエ。コンパートメントを探しに行く前に、皆を探そう。」
皆とは誰を指しているのか分からなかったが、名前は頷いてハリーに付いていった。
ハリーは少し離れた通路にいる、友達とお喋りするジニーに近付いて行く。
通路を歩くと視線を感じた。
目だけで周りを見ると、通路に屯する者からコンパートメントの中にいる者まで、周囲の人々の視線を釘付けにしている事に気が付いた。
「日刊予言者新聞」がハリーを、ヴォルデモートを排除出来るただ一人の「選ばれし者」として書き立てた結果なのだが、名前は知る由もない。
「コンパートメントを探しにいかないか?」
「だめ、ハリー。ディーンと落ち合う約束をしてるから。
また後でね。」
「うん。」
ジニーが立ち去るのをハリーはじっと見詰める。
周りに女の子が集まりだしたので、名前も早く此処を立ち去りたい様子だったが、ハリーのちょっとおかしな雰囲気を感じ取って、その思いをぐっと堪えた。
ハリーは急に気が付いたように、周りに集まってきた女の子と、その女の子に囲まれる名前を見た。
「やあ、ハリー。ナマエ。」
背後から呼び掛けられ、ハリーと名前は振り向いた。
女の子で出来た人垣を通り抜けようとネビルがもがいていた。
「ネビル!」
「こんにちは、ハリー。ナマエ。」
ネビルのすぐ後ろから声が上がった。
その人物がネビルの背中からひょいと顔を出すと、ルーナである事が分かった。
『こんにちは、ルーナ。』
「やあ、ルーナ。元気?」
「元気だよ。有難う。」
ルーナはするすると人垣から抜け出した。
胸に「ザ・クィブラー」を抱き締めている。
「それじゃ、『ザ・クィブラー』はまだ売れてるの?」
「うん、そうだよ。発行部数がぐんと上がった。」
ルーナは嬉しそうに「ザ・クィブラー」を抱き締めた。
表紙に「メラメラメガネ」の付録つきと書いてある。
「席を探そう。」
ハリーに促され、四人は人垣から離れた。
幸い女の子達は付いて来ず、道も空けてくれた。
トランクを引き摺りながら、てくてくと汽車の中を歩き続ける。
そうしてようやく空いているコンパートメントを発見した。
「皆、僕達の事まで見詰めてる。
僕達が、君と一緒にいるから!」
「皆が見詰めてるのは、君達も魔法省にいたからだし、ナマエが見詰められるのは前からだ。
あそこで僕達のちょっとした冒険が、『日刊予言者新聞』に書きまくられていたよ。君達も見たはずだ。」
「うん、あんなに書き立てられて、ばあちゃんが怒るだろうと思ったんだ。
ところが、ばあちゃんたら、とっても喜んでた。僕がやっと父さんに恥じない魔法使いになり始めたって言うんだ。新しい杖を買ってくれたんだよ。見て!」
ネビルはゴソゴソと杖を取り出した。
得意気な顔だ。
「桜とユニコーンの毛。
オリバンダーが売った最後の一本だと思う。次の日にいなくなったんだもの───オイ、こっちにおいで、トレバー!」
言いながらネビルは座席の下に潜り込んでしまう。
邪魔をしないよう名前は、床に置いた両足を宙に上げた。
「ハリー、今学年もまだDAの会合をするの?」
ルーナは付録のメガネを取り出しながら聞いた。
「もうアンブリッジを追い出したんだから、意味ないだろう?」
ハリーは名前の向かいに腰掛けた。
座席の下から顔を出そうとして失敗したらしい、ガツンと痛そうな音が聞こえた。
「僕、DAが好きだった!君達から沢山習った!」
「あたしもあの会合が楽しかったよ。友達が出来たみたいだった。」
ハリーは戸惑って言葉に詰まった。
そこに名前がのんびりと『もう友達だと思っていた』と言い、ルーナものんびり「そうなんだ」と答えている。
空気が少し和んでハリーはほっとした。
この二人は雰囲気がちょっと似ている、ハリーがそう思っていると、コンパートメントの外が騒がしい事に気が付いた。
「あなたが聞きなさいよ!」
「嫌よ、あなたよ!」
「私がやるわ!」
コンパートメントのドアが開かれる。
入ってきたのは大きな黒い目に長い黒髪の、えらが張った大胆そうな顔立ちの女の子だ。
「こんにちは、ハリー。それにナマエ。私、ロミルダ・ベインよ。
私達のコンパートメントに来ない?この人達一緒にいる必要はないわ。」
そう言ってロミルダはネビルとルーナを指差した。
タイミング悪くネビルはまだ座席の下にいたし、ルーナは付録のサイケなメガネを掛けていた。
初めて見る人はぎょっとするかもしれないが───。
「この人達は僕の友達だ。」
「あら、そう。オッケー。」
ロミルダはあっさり引き下がり、コンパートメントから出て行った。
ドアがガラガラと音を立てて閉まる。
「皆は、あんた達に、あたし達よりもっとかっこいい友達を期待するんだ。」
「君達はかっこいいよ
あの子達の誰も魔法省にいなかった。誰も僕と一緒に戦わなかった。」
「いい事言ってくれるわ。」
ルーナは笑って「メラメラメガネ」を掛け直すと、「ザ・クィブラー」を読み始めた。
やっとネビルが座席の下から現れる。
「だけど、僕達は、あの人には立ち向かってない。
君が立ち向かった。ばあちゃんが君の事何て言ってるか、聞かせたいな。『あのハリー・ポッターは、魔法省全部を束にしたより根性があります!』。ばあちゃんは君を孫に持てたら、他には何もいらないだろうな……。」
ハリーは気まずそうに笑い、急いでふくろうテストの結果について話題を変えた。
欠伸を一つ、名前はして、もぞもぞと座席に座り直す。
ネビルが自身の点数を数えあげるのを聞きながら、名前は窓枠に凭れた。
そのまま目を閉じる。あっという間に眠りについた。
どのくらい時間が経っただろう。
名前は自分が、ゆさゆさと無神経に揺さぶられているのに気が付いた。
目を開ける。
メガネを掛けたルーナの顔が目の前にあった。
「おはよう、ナマエ。」
『おはよう……。』
「あんた、すっごく眠ってたね。もうすぐホグワーツだよ。」
『そう、起こしてくれて有難う。ローブを着なくちゃいけないね。』
「うん。」
欠伸を一つして居住まいを正す。
コンパートメント内を見回すと、ハリーとネビルの姿が無い。
ここにいるのはルーナ、ロン、ハーマイオニーと名前だけだ。
『ハリーとネビルはどこに行ったの。』
「新しい先生に呼ばれて出て行った。何て言ったっけ?」
「スラグホーン先生よ。ナマエ、あなたも招待されていたわ。ほら───。」
ハーマイオニーが名前の膝辺りを指差した。
見ると膝の上に、紫色のリボンで結ばれた巻紙がある。
名前はリボンを解いて中を見た。
───ナマエ
コンパートメントCでのランチに参加してもらえれば大変嬉しい。
敬具。
H・E・F スラグホーン教授───
「だけどナマエ、いくら呼んでも揺さぶっても起きないんだもの。」
『悪い事をしたな……。』
「まあね、寝起きの君が行っても仕方ないじゃないか?あれだけ深く眠ってたらさ……。」
ガラガラとコンパートメントのドアが開かれる。
戻ってきたネビルだった。
「ネビル。ハリーはどうした?」
「ハリーは、うーん、……どこかに行っちゃった。」
「どこかにって、どこだよ?」
「分からない。『透明マント』を被っちゃったから……。」
「何もなければいいけれど。」
ハーマイオニーが不安そうに呟いた。
一行は学校用のローブに着替えて荷物を纏める。
汽車が駅に着いても、ハリーは戻って来なかった。
- 267 -
[*前] | [次#]
ページ: