31.


名前は真っ暗な中にいた。
それで名前は、自分がまた夢を見ていると気が付いた。
クィレルがシリウスを迎えに行ったので、帰ってきた時に出迎えなければならない。
起きていなければならないのに、気が付けば眠ってしまっている。
病気を疑った方がいいのだろうかと、名前はちょっと心配になった。





───……。





真っ暗かと思われたが、目が慣れてくると、そこは夜の空が広がっている事に気が付いた。
夜の空に浮かんでいる……いや、よく見ると移動している。それももの凄いスピードだ。
名前の目の前には、何者か二人が、恐らく箒に乗って移動していた。
それを付いていっているらしい。
いくら目を細めても誰かは分からない。
夜だったし何より、くもりガラスを通して見ているように、景色の何もかもが不鮮明だ。





───……。





暫く二つの人影に付いていくと、───付いていかざるを得ないのだが───真っ直ぐ前方に、ホグワーツだろうか。大きな城が見えてきた。
城の上に何か上がっている。夜空に煙のような───。





───……。





ゾッとした。不鮮明だがあれは、蛇のような舌を持つ髑髏の形だ。印は微かに緑色の光を放っている。
二つの人影は塔の屋上に降りた。





「ミョウジ───ミョウジ?」



『……。』





揺さぶられて目が覚めた。
このやり取りには既視感がある。
名前は俯せになっていたテーブルから体を離して起き上がった。
クィレルとシリウスが心配そうに此方を見ている。





「またおかしな夢をみたのか?」



『夢はおかしなものです。』



「それはそうだが……いつもこうなのか?いくら呼んでも、揺さぶっても起きない。」



『いつもでは……』



「でも、うたた寝は増えましたね。」



『……そうですね。』





二人の大人に囲まれ、心配そうに見詰められ、名前は何だかいたたまれなさそうに縮こまった。





「それにしても、随分へんてこな仕掛けの家に住んでいるな?」





話を変えるようにシリウスは、唐突にそう言った。





「あの仕掛けは名前が考えたのか?」



『いいえ、両親です。』



「ほう、良いアイデアだ。」





言いながらシリウスは興味深そうにクィレルの持つ提灯を見た。
クィレルは提灯の中の、蝋燭の炎を消して、提灯を折り畳んでいる。
名前はコテージの中の方へシリウスを誘った。
シリウスはキョロキョロと冷蔵庫やエアコン、室内を見回す。
マグルの住まいが物珍しいのかもしれない。





「頼まれていたものだ。」





そう言ってテーブルの上に、パンパンになった買い物袋を乗せる。
それから袋に手を突っ込み、中身を順々に取り出して並べた。





「リストを見ながら買ったつもりだが、一応確認してくれ。」





名前は言われた通り中身を確認する。
教科書もローブも揃っていた。





『有難うございました、シリウスさん。少し休んでいかれますか、お茶をお出しします。』



「それじゃあお言葉に甘えるとしよう。」



『どうぞお掛けください。クィレルさんも。』





名前はキッチンに行って紅茶の準備をする。
ヤカンに水を入れてガスコンロに乗せた。
チチチと火を点けて、お湯を沸かす間にコップやポット、茶こし、茶葉を用意する。
お湯が沸いたらコップとポットを湯通しし、温まったポットに人数分の茶葉を入れて、沸騰したお湯をポットへ注いだ。
茶葉を蒸らす為に時間を計り、それから茶こしで濾しながらカップに注ぎ分けた。
カップをお盆に載せてテーブルに戻ると、シリウスはじっとクィレルを見詰め、クィレルはちょっと気まずそうにテーブルの席に着いていた。





『どうぞ。』



「有難う。」



「有難うございます。」





紅茶をテーブルの上に置く。
紅茶からは湯気が立っており、暫くは誰も手をつけなかった。
湯気が薄らいでちょっと冷めた時、一番に名前が手を伸ばしてカップを掴んだ。
一口飲んで一息つくと、クィレルとシリウスも紅茶を飲む。
それからまた暫く静かだった。
ご存知の通り名前はお喋りではないし、話題を持ち掛ける空気でもないし共通の話題も無いしでクィレルは黙っている。





「私が知る限り、ダイアゴン横丁は様変わりしていたな。」





唐突にシリウスは、溜め息と混ざるような声でそう言った。
ダイアゴン横丁で買い物してきた時の様子を話してくれようとしているのだと、名前とクィレルはすぐに分かった。





「『漏れ鍋』は空っぽだったし、ショーウィンドウには魔法省のポスターがでかでかと貼られていた。窓に板が打ち付けられているところもあったな。」



『他に買い物客は。』



「まちまちだ。みすぼらしい屋台がいくつか出ていて護符なんかを売っていたが、そんなものに効力があるかどうか定かじゃない。あの状態じゃあダイアゴン横丁はもう買い物には向いていないだろうな。」



『死喰い人もうろついていますからね。』



「ああ。」





言って、もう一口紅茶を飲む。





「だがウィーズリー・ウィザード・ウィーズはいけていた。あの騒がしさは昔を思い出したよ。」





店の雰囲気を思い出したのか、昔を思い出したのか、どちらか分からないがシリウスはニヤリと笑った。





「店を見ている時にハリーがドラコ・マルフォイを見付けてな。子ども達だけに出来ないだろう?私も付いていったのだが……」



「付いていった?」



「ああ、そう言った。」





シリウスは噛み付くようにそう言った。
クィレルはそれ以上口を挟まなかった。





「ハリーは『透明マント』を持っていたからな、気が付かれずに追跡出来たんだ。」



『それでドラコはどこへ。』



「『夜の闇横丁』さ。ボージン・アンド・バークスに入って行った。」



『何を買いに。』



「ロンの持っていた『伸び耳』で会話を聞いた限りでは、何か買い物をしていたようには思えなかったな。」



『それでは、何をしに行ったのでしょう。』



「何かを直したがっていた。ボージンはあまりその事に関わりたくない様子だったが、はっきり言って奴は脅迫されていた。母親を含め誰にも言わないようにと、誰かに話せばフェンリール・グレイバックがすぐに分かるとな。」



『フェンリール……』



「フェンリール・グレイバック。昔ヴォルデモートに付いていた狼人間だ。」



『……。』



「それで……どこまで話したかな?……そうだ……何かを保管させていた。ドラコ・マルフォイの話では、それは持ち歩く事は出来ないし、売る事も許さなかった。」



『つまり直して欲しいものと、保管して欲しいもの、二つあるという事ですね。』



「そうなるだろう。」





シリウスはグイッと紅茶を飲み干した。





「父親のルシウス・マルフォイは死喰い人で、今はアズカバンにいる。息子であるドラコ・マルフォイが何か企んでいても不思議ではないが。」



『しかし一人です。』



「ああ、一人で何かしようとしている。十六歳という若さで死喰い人という事は考えにくいが……。」





独り言のようにシリウスはそう言った。
それから名前とクィレルの視線に気が付き、居住まいを正した。





「いいか、ナマエ。ドラコ・マルフォイがどんなに怪しい事をしでかしても、一人でどうにかしようなんて考えるんじゃないぞ。
決して関わるな。君は命が狙われている身なんだから。」





それからは話を変えてシリウスは、フレッドとジョージの店がどんなに素晴らしかったかを話してくれた。
ずっと閉じ込められた生活を送ってきたのだから、久しぶりの外出が楽しかったのだろう。
けれども名前の頭にはドラコ・マルフォイの不審な行動が焼き付いていて、中々真剣に耳を傾けられなかった。

夏休みも終わりかけ、法事が近付いた頃。
提灯を持ち出してコテージにしっかり鍵を掛け、昼間の内に柳岡宅へと帰宅した。
昼間の内、柳岡はジムに勤めていて家にはいない。
帰ってきたのは夜になってからで、まず電気が点いている事に驚き、次に食卓に並んだ夕食に驚き、最後に名前がいる事に驚いていた。





「長い間帰って来ないし、連絡も無い。心配してたんやで。」



『ごめんなさい……。』
名前は大きな体を縮こませる。



「まあ、無事で良かったよ。良い夏休みを送れた?」



『はい。』





夕食の席で名前はコテージで何をしたのか話して教えた。
さすがにお守りを作ったりクィレルの事などは教えられないが、勉強や掃除の話は出来た。
名前は口下手なので話は長続きしなかったし、殆ど報告のようなもので一つ一つの話にオチも無かったけれど、柳岡はうんうん頷いて聞いてくれた。

そして法事へ行く前日。
名前は目が霞むと言って近くの眼科へ向かった。
お盆休み開けの眼科は混んでいた為、名前の番が回ってきたのは、何時間も待った後だった。
そこで色々な検査をした。詳しくない名前には、それで何を検査しているのか分からなかったが……。兎に角、言われるままにしたのだ。
結局、名前は疲れ目だろうと診断された。きれいな目で問題が見当たらないと言うのだ。
名前は目薬をもらって帰った。
帰って早速目薬をさしてみたが、即刻良くなるものでもないのだろう、目は霞んだままだった。





「忘れ物はない?」



『多分無いです。』





翌日。
礼服に身を包んだ名前と柳岡は、朝早くに車に乗り込んで、数時間かけてお寺に向かった。
お寺ではお墓を掃除したり、参列者にお出しするお菓子の準備をしたり、お寺のお坊さんに挨拶をしたりした。
少しするとちらほら参列者が現れ始め、予定通り法事が始まる。
お経をあげてもらった後に時間を確認すると、少し早めに終わった事が分かった。
この後は会食だ。
お寺のお座敷に通されて、そこで会食が始まる。
会食では参列者の皆が楽しげに談笑していたが、名前は柳岡以外知り合いがいない。
しかし柳岡は深い仲ではなくとも知り合いのようで、参列者の皆とつつがなく話していた。
会食の後、参列者の皆を見送ってから、名前と柳岡も車に乗り込んだ。

柳岡宅に戻ると二人はすぐに普段着へ着替える。
そしてトランクとネスの入った籠を掴むと、また車に乗り込んだ。
また数時間をかけて、今度は空港へ向かう。
空港は混雑しており、中々空車が見付からない。
名前はここで大丈夫だと、トランクとネスを車から下ろし、駐車場で柳岡に別れの言葉を言った。





「気を付けていってらっしゃい。」



『はい、行ってきます。』





言って、名前の長身は人混みの中へ消えた。

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