30.


ポタリ。
ポタリ。
水滴が飛んでくる。
───いや、真上から落ちてきている。
真っ暗だ。───目を閉じているから?
いや、これは夢だ。周りを見る。
真っ暗だがこれは、夜の暗さではない。
建物か何かの内部のようだ。湿った冷たい空気に満ちている。
足元は磨かれた床ではない。ゴツゴツとした岩肌のようだ。





───また、あの夢だ……。





いつだったか見た、洞窟の中の湖の夢。
辺りを見回す程も無く、そう判断する。
もう何度か見ている夢だ。
これも世界中の生物の無意識で構成された想像の未来だというのだろうか?
そうだとすれば、この夢の結末はどうなるのだろうか?
名前はまだ、この夢の結末を見てはいない。
結末を知る必要がある……名前はじっと待つ。
少しすると彼方の方から……遠くに二つ、白っぽい光が現れる。
光は徐々に此方ヘ近付いて来て、ようやく人が二人、杖先に明かりを灯している事が分かった。
ダンブルドアとハリーだ。
舟に乗っている……。





───……。





名前は二人へ近付いた。
体はするすると滑るように湖面を移動した。
二人が乗った小舟は湖の中央にある、滑らかな岩で出来た小島に着いた。
そこが目的地らしい。二人はいそいそと小舟から降りた。
そして小島の真ん中にある台座にそっと歩み寄り、中を覗いている。名前も覗き込むと、それは水盆となっているようで、中にはエメラルド色の液体が満ちていた。





───「───?」



───「───。」





二人が何か会話をしているのが分かった。
けれどもまるで水中で聞いているかのように声がくぐもり、会話の内容までは分からなかった。
ダンブルドアが液体に触れる。その手は焼け焦げたように真っ黒だ。
ハリーが何か叫んだ。ダンブルドアはにっこり微笑み返した。
幸か不幸か、液体には触れられないようだった。
ダンブルドアが今度は杖をかざし、無言で呪文を唱えた。
しかし何か変化が起きたようには見えなかった。
すると今度はダンブルドアは杖をかざし、クリスタルのゴブレットを取り出した。





───「───。」



───「───?───!」





二人は何か話し始めた。
長い話し合いだった。
どうもどちらがエメラルド色の液体を飲むかで話し合っているように見えた。
絶望的な表情のハリーと比べてダンブルドアは、普段通りの穏やかな表情だ。
そして話が決まった。無理矢理そうさせたかのようだった。
ハリーがまだ何か言いかけている内にダンブルドアが、水盆にゴブレットを突っ込んだのだ。
ダンブルドアは中身を飲み干した。
ハリーが声を掛けた。
ダンブルドアは無言で再び水盆にゴブレットを突っ込み、中身を飲み干した。





───「───?」





四杯目の途中だった。
ダンブルドアがふらつき、水盆に寄りかかった。
目は閉じたままで、肩で息をしていた。
ゴブレットを握った手が緩み、中身が零れそうになるのを、ハリーが支えた。
何度もハリーが声を掛けていた。
唇を微かに動かして、ダンブルドアが何事か呟いた。
ハリーはゴブレットの中身をダンブルドアに飲ませた。
ダンブルドアの代わりにハリーが水盆の中身をゴブレットに満たし、飲ませる。
そんな事が何度か続いた。
五、六……。
今やハリーの手は激しく震え、ダンブルドアはすすり泣いていた。
七、八、九……。
ダンブルドアは叫んだ。悲鳴を上げていた。
今まで見た事の無い取り乱す姿を目の前にして、名前の心臓はバクバクと嫌な程脈打った。
見ていたくない。目を逸らしたい姿だった。
十、十一、十二……。
ダンブルドアが倒れた。ダンブルドアの背丈程しかない小島に、転がって俯せになったのだ。
ハリーは叫びながらダンブルドアを抱き抱えた。
何度も揺すった。
そしてダンブルドアの胸に杖を向けた。





───「───、───?」



───「───。」





意識を取り戻したダンブルドアに従い、ハリーは水盆に落としたゴブレットを引っ掴んだ。
ゴブレットに杖を向けて呪文を唱える。
ゴブレットの中身は透明な液体で満たされた。
ハリーはダンブルドアの横に跪いて頭を持ち上げ、口元にゴブレットを近付ける。
しかしいくらゴブレットを傾けても液体は出てこない。中身が空っぽになっていた。
ハリーは再び呪文を唱えた。
ゴブレットの中身は透明な液体で満たされたが、ダンブルドアの口元まで運ぶと消えてしまう。
ハリーはもう一度呪文を唱えた。
同じ事の繰り返しだった。
ハリーは自身の身を放り出すようにして、小島の端から手を伸ばし、湖の水をゴブレットに満たした。
水は消えなかった。





───「───!」





ハリーはダンブルドアの顔に水を掛けた。
それから弾かれたように、ハリーはゴブレットを持っていない方の手を見た。
骨張って粘液に包まれたようにぬめぬめした白い手が、湖面の中からすーっと伸びて、ハリーの手首を掴んでいた。
湖面は激しく揺れ動き───





「ミョウジ?───ミョウジ?」





誰の声か、自分がどこにいるのか、一瞬名前は分からなかった。
体が揺さぶられていた。目を開く。
クィレルが顔を覗き込んでいた。
名前と目が合うと、安堵したように目元が和らぐ。





「大丈夫ですか?」



『……。』





頷いて体を起こす。
リビングのテーブルに、腕を枕にして眠っていたらしい。
腕が痺れていたし、手は緊張で握り拳になっていた。
手を開く事が少し難しい程だった。





「何度も声を掛けたのですが、目を覚まさなくて……。」





その様子を眺めながらクィレルが言う。
名前は痺れてた手をじっと見詰め、目元に持っていった。
何度も目を擦る。
クィレルは肩に手を置いてその行為をやんわり止めた。





「随分深く眠っていたようですね。眠かったら私を待たず寝ていいのですよ。」



『俺が待っていたいのです。』





ポタリ。
ポタリ。
水の落ちる音が聞こえて、名前はそちらを見た。
締め切っていない水道の蛇口から、水が滴り落ちる音だった。















コテージで過ごして数日。
どうやら御札のようなものが括り付けられ霧が出ている間、「姿くらまし」及び「姿現し」が出来ないようだと、移動しようとしていたクィレルが気が付いた。
このコテージにはホグワーツと同じく、姿現し防止呪文や姿くらまし防止呪文がかかっているらしい。
それで何か用事があって「姿くらまし」する時どうしたかと言うと、クィレルに火の点いた提灯を持たせる事で成功した。
やはり提灯が鍵となっているようだ。
御札のようなものを取り除き、戻って来るまでそのままにする事でも「姿くらまし」・「姿現し」は可能だろうが、その間名前は無防備な状態になる。
それならば提灯を持って行った方が安全だと言う事だ。





「誕生日祝いの手紙、ポッターに届けましたよ。」





八月一日の朝。
朝食を作っている名前の背中に向けて、戻って来たクィレルは、開口一番そう言った。





『……。』



「ミョウジ?」





呼び掛けが聞こえていないのか、名前はボーッと、フライパン掴む自分の手を見詰めている。





「ミョウジ───?」





クィレルが肩に手を置いて、名前はようやく気が付いた。
振り向いてクィレルの姿に目を留めた。





『すみません、ちょっと考え事をしていて。おかえりなさい、クィレルさん。』



「ただいま、ミョウジ。
ここ最近ちょっと様子が変ですよ、どうかしましたか?」



『最近やけに眠たくて。それに目が霞むのです。』





名前は目を細めてクィレルを見た。
それからゴシゴシ目を擦る。





『疲れているのかもしれません。』



「そうですね、ずっとお守りを作っていますから。休みを設けた方がいいんじゃないですか?……
ただあまり続くようなら病院に行くべきだと思います。」



『そうですね……。』





名前は目を擦るのを止めて、フライパンの蓋を取った。
中身はベーコンエッグだ。





『ハリー、元気そうでしたか。』



「ええ。「隠れ穴」でウィーズリー一家と一緒で、盛大なパーティでした。ただ明るい誕生日パーティとはいかなかったようですね。」





話しながらクィレルは食器棚からお皿やコップを取り出し、リビングのテーブルに並べる。





「誕生日祝いの席にはリーマス・ルーピンが居合わせたのですが、良いニュースを持ち合わせていなくて。」



『どんなニュースですか。』



「そうですね……」





ここいる間は「日刊予言者新聞」を読めないので、魔法界でどのような事件が起きているのか、名前は分からないのだ。
クィレルは考えるようにじっとサラダの盛られた大皿を見詰めた。





「ブロックデール橋が壊されたり……
西部地域で死喰い人が暴れたり……、
『吸魂鬼』がアズカバンの監獄を放棄して、ヴォルデモート卿についた事はお話しましたっけ?」



『いいえ。』



「放棄したのです。それでイギリスのロンドンも此処のように霧が立ち込めているのですよ。」



『だからこの前、御札のようなものを括り付けて霧が出た時、警戒していたのですね。』



「ええ……。」





吸魂鬼がヴォルデモート側についたとなれば、確かに命が狙われている名前はいつ襲われてもおかしくない。
日本とイギリスは遠く離れているので、その可能性は低そうだが、現実は分からないものだ。





『それで、魔法省はどのような対策を。』



「それが……色々と悪い事が重なったので、コーネリウス・ファッジは辞任しましてね。魔法執行部の闇祓い局の元局長、ルーファス・スクリムジョールが新魔法大臣となったのですが、セキュリティの詳細について公表はしませんでした。これはホグワーツの学校生活にも関係しますが……。兎に角、強硬策は講じているようですよ。」



『……
他にニュースはありますか。』



「そうですね……ええと……ああ、イゴール・カルカロフの死体が見付かったそうです。彼の事を覚えていますか?」



『ダームストラングの校長ですよね。』



「そして死喰い人でもある。
死喰い人から脱走した事で殺害されたようです。」





クィレルは食器棚からフォークやナイフを取り出し、テーブルに並べる。
名前は焼いたパンやベーコンエッグなどをテーブルへ運んだ。





「しかし、悪い事ばかりでもありません。シリウス・ブラックですが、無実が証明されて自由の身となりました。」



『シリウスさんが……』



「ええ。神秘部の件で居合わせたでしょう。それで一時捕えられていたのですが、晴れて自由の身となったわけです。」



『良かったです。』





朝食の準備が出来た。
二人は席に着いた。





「さて。いくつか君に配達物があります。」





ミルクをコップに注いでいると、唐突にクィレルはそう言って、ローブの下からいくつかのの郵便物を取り出した。
それをテーブルに置き、名前の方へ押しやる。
受け取った名前はそれをテーブルの上に広げた。郵便物は二つだ。
一つは折り畳まれた魔法省広報。もう一つは四角い封筒だ。
名前はまず魔法省広報を広げて見てみた。





───魔法省広報
あなたと家と家族を闇の力から護るには

魔法界は現在、死喰い人と名乗る組織の脅威にさらされています。次の簡単な安全指針を遵守すれば、あなた自身と家族、そして家を護るのに役立ちます。
1.一人で外出しないこと
2.暗くなってからは特に注意すること。外出は、可能なかぎり暗くなる前に完了するよう段取りすること
3.家の周りの安全対策を見直し、家族全員が、「盾の呪文」、「目くらまし呪文」、未成年の場合は「付き添い姿くらまし」術などの緊急措置について認識するよう確認すること
4.親しい友人や家族の間で通用する安全のための質問事項を決め、ポリジュース薬(二頁参照)使用によって他人になりすました死喰い人を見分けられるようにすること───



『質問事項は俺とクィレルさんの間でも必要でしょうか。』



「念の為、決めた方がいいでしょうね。」



───5.家族、同僚、友人または近所の住人の行動がおかしいと感じた場合は、すみやかに魔法警察部隊に連絡すること。「服従の呪文」(四頁参照)にかかっている可能性がある
6.住宅その他の建物の上に闇の印が現れた場合は、入るべからず。ただちに闇祓い局に連絡すること
7.未確認の情報によれば、死喰い人が「亡者」(十頁参照)を使っている可能性がある。「亡者」を目撃した場合、または遭遇した場合は、ただちに魔法省に報告すること───





『クィレルさん、『亡者』とは何でしょうか。』



「言葉通り、死人……屍です。闇の魔法使いの命令通りの事をするように魔法がかけられた死人の事を『亡者』と呼びます。ここ暫くは目撃されていませんが……ヴォルデモート卿が強力だった時、死人で軍団が出来るほど多くの人を殺害しました。」





名前は何となく、夢で見た白い手を「亡者」として思い浮かべた。
次に名前は四角い封筒を開けた。
中に入った羊皮紙を広げる。
O・W・Lの成績結果だった。





「そろそろホグワーツから教科書のリストが届くでしょう。そうするとダイアゴン横丁に行かなければならないわけですが……
リスクを高めるのは良くないという事で、シリウス・ブラックが代行して買い物へ行ってくれるそうですが、よろしいですか?」



『お願いしていいのですか?』



「彼は二つ返事で引き受けましたよ。
そうそう、ダイアゴン横丁といえば……」




アイスクリームの店の店員が拉致されたとか、オリバンダーが行方不明だとか、クィレルは暗いニュースを話して聞かせてくれた。
これでまだまだヴォルデモート陣営は本腰を入れていないのだから先が思い遣られる。

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