15.






医務室のドアを後ろ手に閉める。
名前はロンの着替えが入った紙袋を抱え直し、歩き始めた。

ロンの手はなかなか治らなかった。

傷は手だけではなく、全身に広がっている。
毒の影響かもしれない。
早く治療をしていれば、こうも治りが遅くなることもなかったかもしれないが。

名前は口を一文字に結ぶ。

時は近付いているのだ。
















「ポッターは土曜の夜、必ず現れる。
そこを捕まえて突き出してやるんだ!」





物騒な言葉に、名前はぴたりと足を止めた。
真っ直ぐ前を見る。

声は曲がり角の辺りから聞こえてきた気がする。





「で、でも…来なかったらどうするんだ?」





弱々しい、ぼそぼそした喋り声だ。

誰かはわからない。





「奴は必ず来る!この手紙を見ろ。真夜中にドラゴンを運びだそうとしている!しかも法律違反のドラゴンをだ!」



「けどさ、ドラコ…この手紙の内容が嘘だって可能性も、あるかもしれないし…」





さっきの声とは違う声が返す。
こちらも弱々しい、ぼそぼそした喋り声だが。

反対に、ドラコはとても大きい声で話している。
ひどく興奮している様子だ。
声が辺りに響いている。





「いや、本当だ。僕は見たんだ!ドラゴンを!!」



「「………」」



「…っもういい!役立たずめ…!僕だけで行く!!」





一際大きく、鋭い声で怒鳴ると、身を翻すような音が聞こえた。
カツカツ、足音が響く。
怒り任せに歩いているような、力強い足音だ。

その足音がだんだん近付いてくるのに気付き、名前は息を呑んで固まった。

今動いたら立ち聞きしていたことがバレてしまいそうだし、かといって、このまま棒立ちしていてもバレるに決まっている。

"今来たばかりです"と偶然を装うか、逃げ出すか。

右を見て(壁)、左を見る(窓(四階))。
名前に選択肢はあまりない。

・前に進む
・逃げる

二つに一つだ。





「…ぶっ!」



『………』



「誰だっ…な!?お前はっ…!」





腹辺りに何かがぶつかってきた。
ちょうど鳩尾あたりだ。
名前は少し痛かった。
相変わらずの無表情ではあったが。

どこかで見た気がする、プラチナブロンドのオールバック。

憎々しげに睨み付けながら見上げてきた顔には、やはり見覚えがあった。





「ナマエ・ミョウジ…!」



『…ドラコ、…大丈夫か。』



「"大丈夫"だって?こんなところで突っ立っているな!邪魔だ!」



『…ごめん。』



「ふんっ。」





ドラコはぷいっと顔をそらすと、名前にぶつかりながら離れた。
肩を怒らせて歩き始める。

一、二歩進み、足を止めた。

名前は首を傾げてドラコの背中を見る。





「…気安く僕の名を呼ぶな!」



『……じゃあ、何て呼べばいいんだ。』



「お前に僕の名を呼ぶ資格なんてない!」





振り返って、怒りに満ちた顔でドラコは叫ぶ。

しかし次の瞬間、ぎょっとしたような表情を浮かべた。





『………』



「な…何だ、その顔は…」



『………』



「そ、そんな顔で僕を見るな…!」





名前の、いつもは微動だにしない眉が、今は情けなく八の字に垂れ下がっている。

口はへの字に曲がり、今にも泣いてしまいそうな目が、じっとドラコを見つめていた。

名前のその姿は、ドラコの頭の中では、雨の中、段ボールの中で濡れながら見上げてくる子犬が被って見えた。

手を伸ばしそうになったとき、ハッとして、ドラコは頭を振って正気に返る。

訳のわからないフィルターがかかってしまっていた。

名前は人間で、
しかもドラコよりずっと背の高い、
常にポーカーフェイスの、
気に入らない男。

そう。
自分は何かへんなまやかしを見せられているだけだ。
そんなものには引っ掛からないぞ。
冷静に、冷静に…。

ぎゅっと一回、強く目を閉じてから、再度名前を見る。





『………ごめん。』





やっぱり子犬がいる。

と、思ってしまってから、いやいや、と頭を振る。
二の舞にはなりたくない。
一体全体、いきなり、自分はどうしてしまったんだ。
あんなに嫌って嫌って、一時死んでしまえと強く思っていた相手に、こうも動揺するなんて。
まさかもう、何か呪いを?

ドラコは疑わしげに名前を見上げる。
うるうるした黒い両目が見つめてきた。

勢いよく目をそらした。





「あ、謝らなくていい。」



『………じゃあ、どうしたらいい。』



「どうしたらって…何だ。何がだ?」



『怒っているだろう。俺が、君を怒らせたんだ。どうしたら許してもらえる。』





名前が背中を丸めて暗い雰囲気を漂わせる。
今にも体育座りでのの字を書き出しそうだ。
オプションにキノコをつけて。

なんだこいつ。
おかしくなったのはこいつの方じゃないのか。

ドラコは若干後ろに引いた。





「………聞いていたんだろう?」



『…………』



「土曜の夜の話だ。」



『………』





嘘を吐くわけにもいかず、名前はコクと頷く。

ドラコはやっぱり、というふうな顔をして腕を組んだ。





「ポッターたちには話すな。」



『………』



「お前はポッターたちと仲良しだろうが、言っては駄目だ。そうしたら許す。約束ができなければ許さないからな。」



『…………』



「どうなんだ。約束できるのか?できないのか?」





名前は首を少し傾げて、ドラコの目をじっと見つめる。





『わかった…話さないと、約束する。けど…』



「けど、何だ?」



『ドラコは…』



「だから名を呼ぶなと…」



『………ごめん。』



「っ…ハア。もういい。好きにしろ。で、僕が何だっていうんだ?」



『………土曜の夜、行くのか。』



「当たり前だろう。捕まえて突き出してやるんだ。」



『…でも、それは………』



「何だ?勿体振らずにさっさと言え。」



『…ドラコも出歩いたことになるんじゃないのか。』



「…………」





ドラコはぱちくりと瞬きを繰り返した。

そして、言葉を理解すると、目は右へ左へ泳いだ。

どうやら、それは考えていなかったらしい。

名前は涼しげな瞳でじっと見つめる。





「…僕の行為は正当だ。証拠がなければ先生方だって信じないだろう?だから僕は減点対象にはならない。」



『…そうか。』



「そうだ。」





自分自身に言い聞かせるように、そうきっぱりと言う。

名前が首を傾げると、もう一度、念を押すように、「僕が正しいんだ」と力強く言った。

あまりにも力強かったものだから、名前は勢いコクコクと頷いてしまった。
内心、大丈夫だろうとは思っていなかったが。

いくらそれが正しい行為だろうと、夜に学校を歩き回るなんてことは許されない。
もし上手くハリーたちを捕まえることができたとしても、一緒に罰せられる可能性大だ。

そして、そんな名前の考えは的中していた。
翌朝、グリフィンドールからは一五〇点という減点があったからだ。
しかも減点したのが、かの有名なハリーだというのだから、グリフィンドール寮生以外の生徒からの風当たりも強かった。
スリザリン寮生はハリーを見るたび拍手をしたり口笛を吹いたりして揶揄した。
スリザリンからも二十点の減点があったのだが、露程も気にしていないらしい。





『………』





試験を一週間前に控え、名前は朝食をとりながら本を開いていた。

隣に座るハリーも本を読みながら黙々とクロワッサンをかじっている。

ハーマイオニーも、ようやく手が元通りになったロンも静かだ。

ハリーに対する風当たりはなかなか弱まらない。
今もなるべく目立たないように、静かに過ごしている。





「あ、手紙だよ。ハリー。」



「本当だ…誰からだろう。」



「あら…私にもきたわ。ハリーと同じ封筒。」



「ハーマイオニーにも?…」





名前は本から顔を上げて、手紙の封を切るハリーとハーマイオニーを交互に見つめた。

ロンが口いっぱいにソーセージを頬張りながら、同じく二人を見つめている。





「…
そうだ。罰則があったんだった。」



「…ああ。…今日なの?」



「うん。今夜、玄関ホールに十一時だって…」



「ハーマイオニーも?」



「ええ。」



「フィルチが一緒だ。何をするんだろう…」



『…徹夜で掃除、…とか。』





名前がミルクを一口含み、首を傾げつつ言う。

ロンは眉根を寄せて首を振った。





「ナマエ、あのフィルチだよ。そんな生易しいもんじゃないさ。きっと、もっと恐ろしい…」





ハッとしてロンは口を閉じた。

ハリーとハーマイオニーは黙ってパンをかじっている。





「いくらフィルチでも、死なせるようなことはしないさ。生徒なんだし。な、ナマエ。」



『ん…うん。』





手をわたわたさせて慌てて言う。
そんなロンにいきなり振られ、名前は返事もままならない。
しかも早口だったので、正直なんて言ったかわからなかった。
とりあえず頷いたが。

しかし、ハリーとハーマイオニーは黙ったままだった。

フォローにはならなかったらしい。
ロンはへんな汗をかいた。

重たい空気が三人の間に漂う。

ただ一人、そんな空気などお構い無しに、名前はプチトマトをフォークに乗せようと奮闘している。

おかしな沈黙を少しも気にしていない。



気にしていないというか、気づいてもいないようだったが。

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