27.
多くの者を救け、出来る限り敵の気を逸らす。
自分の能力を悟られないようにしながら───。
神秘部での出来事があった朝、ダンブルドアが名前に頼んだ事だ。
試験が終り、学期も残すところあと数日で、復習も宿題もない。
名前はその日から言われた通り、多くの者を救ける道具として、時間が許す限り、誰もいない空き教室にひっそりと忍び込み、お守りを作り続けた。
ロン達のお見舞いとお守り作りが、名前の新しい日課となったのだ。
『……。』
一センチもない真鍮板を丸く切り抜き、熱して、工具を使って何度もたたき、熱してを繰り返し。
半円に近い形まで叩きだしたら、溶接し、もう片方は切り目を作って音がなるように細工する。
真鍮の玉をいれて二つの半円を溶接して、溶接したらつなぎ目が馴染むまで研磨する───。
あとで鈴に結び付ける紐も作らねばならないので、お守り一つ作るにしても時間がたっぷり必要だ。
慣れない作業は躓く事が多く、あっという間に手は傷だらけになった。
『……。』
一段落したらしく、名前は顔を上げて肩を回した。
固まっていたらしくバキバキと音がする。
それから作成途中のお守りを見据え、本当に正しい、意味のある事をしているのかと自問自答した。
こうする事をダンブルドアは望んでいるのだろうか?
───いや、信じなければいけない。そうでなければ効果が無いのだ。
それに名前の首にぶら下がる鈴は事実、名前を助けてくれてきた。
『……。』
名前は胸元の鈴を握り締める。
これを真似てお守りを作っているのだ。
効果は必ずあるはずだ……。
問題はいつ、誰に渡すかだ。
夏休みまで数日。
一体何人分作れるだろう。
窓の外を覗けば絵の具をそのまま乗せたような青空に、影がくっきりした白い雲が浮かんでいる。
校庭を見るとクィディッチ競技場で飛行を楽しむ生徒や、大イカと並んで湖を泳ぐ生徒がいたりと、皆が思い思いに過ごしている。
学期が終わる三日前。やっとロンとハーマイオニーが完治して退院した。
ダンブルドアの手により救い出され、同じく医務室に入院していたドローレス・アンブリッジは、学期が終る前の日にホグワーツを去ったらしい。夕食時に医務室を抜け出したという。
これは聞いた話だ。名前は早々に食事を済ませて、また空き教室に引っ込んでしまったから。
医務室を抜け出したとあるように勿論、アンブリッジは誰にも気付かれずにホグワーツを発ちたかったのだろう。
けれど不幸な事に途中でピーブズに出会してしまった。
ピーブズは相変わらずの暴れ具合で、歩行用の杖とチョークを詰め込んだソックスを交互に使い、アンブリッジに殴りつけながら追い掛け回し城から追い出した。
その騒音と悲鳴は夕食時だった大勢の生徒を引き寄せて、結果として沢山の人々に見送られながらホグワーツを発つ事となったのだ。
その際に各寮の寮監が野次馬となった生徒達を押し止めたがやる気は無く。
マクゴナガルなどは二、三回小さく言い聞かせはしたが、すぐに教職員テーブルの椅子に深く座り込み、ピーブズに自分の歩行杖を貸してやっていたと言う。
そうしてついに、今学期最後の夜が訪れた。
大多数の生徒がそうであるように名前も荷造りを終えていたが、恒例である学期末の宴会には向かわず、中庭の噴水に座り、ぼんやり流れる水を眺めていた。
「ナマエ?」
戸惑い気味の声が掛けられる。
見ると中庭入り口にハリーが立っていた。
名前の方へ近寄りながら、ハリーは口を開く。
「宴会には行かないの?」
『うん。ハリーこそ。』
「僕は、何だか……行きたくなくて。」
『そう。』
ハリーは名前の隣に腰掛けた。
名前はハリーを見詰め、それからまた流れる水を眺めた。
『ハリー、勘違いさせるような事をしてごめん。』
「えっ───?」
『瓦礫の下敷きになった事。』
「ああ……
僕、学校に戻るまで、二人は死んじゃったんだって思ってた。大切な人が死ぬって気持ちを、何十分だろうけど味わったよ。」
『その上危険な目に遭わせた。
ごめん。』
「それはお互い様だ。それに、……。」
ハリーは指を組み、親指をクルクルさせた。
突然それをパッとやめる。
「ナマエは助けようとしたんでしょう?」
『助けられたのは俺だった。』
「それでも、二人共無事だった。良かったよ。
でも僕、あんな思いは二度としたくない。」
『うん、分かってる。』
名前は殊更真摯に頷いてハリーを見た。
ハリーが見詰め返すその顔は相変わらずの無表情で。
瞳は雨の日の夜出来た水溜りを覗き込んだように黒い。
名前なら約束を守ってくれる。
そう信じたかったがハリーの脳裏には、瓦礫が落ちた瞬間が焼き付いて離れなかった。
『それで、何ともないのか。』
「うん、平気。皆咄嗟に出て来てくれたし……。」
翌日。
トランクを転がしてホグワーツ特急に乗り込み、ハリー達と共に空いているコンパートメントを探し歩いた。
その後ハリーがトイレに行き、ある事件が起きたのだ。
なんとマルフォイ、クラッブ、ゴイルに襲われたのだ。彼らは、特にドラコ・マルフォイは、自身の父親を牢獄に入れられるだの入れられないだのという騒ぎに大層腹を立てていた。
ただし幸いな事に(彼らにとってこれ程の不幸はない)、襲われたのはDAメンバーで一杯のコンパートメントのすぐ外だった。
ガラス戸越しに目撃したメンバーはハリーを助けに立ち上がった。
ハリーの教えた呪いの数々を使いきったとき、マルフォイ達の姿はどういう事か、ホグワーツの制服を着た三匹の巨大なナメクジになっていた。
ついにはそれを荷物棚に上げて放置してきたのだ。
『……。』
その話を戻って来たハリー、騒ぎを聞きつけて駆け付けたロンの二人に聞いて、名前はちょっと哀れむように目を伏せた。
自業自得とはいえ、彼らはこれから長い時間、あの狭い荷物棚で過ごす事になるのだから。
それから少しして。
列車が動き出し、窓の外の風景が変わり始めた。
コンパートメント内には「日刊予言者新聞」を読み上げるハーマイオニーの声がよく響いている。
新聞の内容は、吸魂鬼撃退法、魔法省が死喰い人を誠心誠意躍起追跡しているとする記事、家の前を通り過ぎるヴォルデモート卿を今朝見たと主張する読者の投稿などだ。
その声を聞きながら名前はこっくりこっくり船を漕ぎ、落ちそうになっては窓の外を眺め、ジニーは「ザ・クィブラー」のクイズに興じ、ネビルはミンビュラス・ミンブルトニアを撫で(この一年で大きく育ち、触れると小声で歌うような、奇妙な音を出すようになっていた)、ハリーとロンは魔法チェスをしてのんびり過ごした。
「まだ本格的じゃないわ。」
ハーマイオニーが新聞を折り畳み、その音に反応して名前がそちらを見た。
ハーマイオニーは滅入った表情で溜息を吐いている。
「でも、遠からずね……。」
「おい、ハリー。」
今度はロンの声に反応して、名前はそちらを見る。
ロンの視線を追って見ると、ガラス越しにチョウ・チャンと目出し頭巾を被ったマリエッタ・エッジコムが一緒に通り過ぎるところだった。
一瞬、ハリーとチョウの目が合ったように見えた。
チョウの頬が赤らんだが、そのまま歩いて見えなくなった。
「一体───えー───君と彼女はどうなってるんだ?」
「どうもなってないよ。」
「私───えーと───彼女が今、別な人と付き合ってるって聞いたけど。」
ハーマイオニーはハリーの反応を気にしながら控え目にそう言った。
しかしハリーは傷付いた風にも、怒った風にも見えない。
そこまで見てついに名前は眠気に負けて、背もたれに凭れると目を閉じた。
「抜け出してよかったな、おい。
つまりだ、チョウはなかなか可愛いし、まあ色々。だけど君にはもう少し朗らかなのがいい。」
「チョウだって、他の誰かだったらきっと明るいんだろ。」
「ところでチョウは、いま、誰と付き合ってるんだい?」
ロンはハーマイオニーに聞いた。
「マイケル・コーナーよ。」
答えたのはジニーの声だ。
「マイケル───だって───
だって、お前があいつと付き合ってたじゃないか!」
「もうやめたわ。
クィディッチでグリフィンドールがレイブンクローを破ったのが気に入らないって、マイケルったら、ものすごく臍を曲げたの。だから私、棄ててやった。そしたら、代わりにチョウを慰めにいったわ。」
「まあね、僕は、あいつがちょっと間抜けだってずっとそう思ってたんだ。
よかったな。この次は、誰かもっと───いいのを───選べよ。」
「そうね、ディーン・トーマスを選んだけど、ましかしら?」
「なんだって?」
ロンは大声を出した上にチェス盤を引っくり返した。
名前は飛び起き、クルックシャンクスは駒を追って飛び込み、ネスは羽を膨らませ、ヘドウィグとピッグウィジョンは頭上で怒ったように鳴いた。
改めて名前は眠りにつく。近頃眠たくて仕方ないのだ。
一眠りするとハーマイオニーに起こされ、列車が速度を落としている事を教えられた。もうすぐキングズ・クロス駅に到着だ。
寝ぼけ眼で服を整える。そうこうしないうちに到着し、列車が完全に停車してから、各自ペットの籠を持って、列車からトランクを引きずり下ろした。
沢山の生徒でごった返すキングズ・クロス駅。
生徒の合間を縫うように歩きながら九番線と十番線の間にある魔法の壁に近付くと、車掌が安全を確認し、通り抜けても大丈夫だと合図した。
それでも警戒を怠らず、一人一人慎重に壁を通り抜けていく。
『……ごめん。』
通り抜けた先で名前はハリーにぶつかった。まだ寝ぼけているせいだ。
しかしハリーの反応は無く固まっているようで。
何故かと名前が尋ねるまでもなく、答えは目の前にあった。
なんと集団の御一行様が待ち構えていたのだ。
まずマッド-アイ・ムーディが立っていた。
魔法の目を隠す為に山高帽を目深に被り、両手で長い歩行杖を握り締め、長い旅行マントを巻きつけている。
その後ろにいるのはトンクスだ。
継ぎはぎだらけのジーンズに、「妖女シスターズ」のロゴが入った紫色のTシャツという格好で、風船ガムにありそうなドギツいピンクの髪を風に揺らしている。
その隣がルーピンだった。
病人のような青白い顔に白髪が増え、擦り切れた長いコートを羽織っている。
ルーピンの足元には真っ黒い犬が此方を見上げ、千切れんばかりに尻尾を振っていた。
この三人と一匹は全くマグルに溶け込んでいないように見える。
インパクトのある三人組に比べれば、手持ちのマグルの服から一張羅を選んだウィーズリー夫妻は馴染んでいるといってよい。
ただし後ろに毒々しい緑色の鱗状の生地で出来た、真新しいジャケットを着たフレッドとジョージがいなければ……。
「ロン、ジニー!」
モリーは一行の中から駆け出して、子ども達を強く抱き締めた。
「まあ、それにハリー、ナマエ───お元気?」
「元気です。」
『元気です。
あの……俺もう行かないと。』
「もう?」
モリーは寂しそうに名前を解放した。
『はい。すみません。』
「謝らないでいいのよ。仕方ないもの。」
『お先に失礼します』と、名前は一行の一人一人に会釈して回った。
勿論友人達にも欠かさず。
「すぐ会えるわよね?」
ハーマイオニーが不安そうに尋ねた。
『どうだろうな。』
首を傾げる。
「何かあるのかい?」
藪から棒にロンが尋ねた。
『父親の法事がある。』
「あっ……。」
ロンは申し訳無さそうだ。
『それにやりたい事もある。休暇中は会えないかもしれない。』
「そう。寂しいけれど、ナマエが元気でいてくれればいいのよ。」
『有難う、気を付ける。』
「本当にね。」
足元に来た真っ黒い犬を一撫でし、名前は荷物を持ち直した。
これから長旅だ。
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