26.
ダンブルドアへ連れられて校長室に着く。
以前見掛けたと同じように、校長室は繊細そうな道具類が沢山置いてあった。
そして入ってきた名前を見詰める肖像画達も、以前と同じだ。
ただ一つ違うのは、クィレルが忙しなく校長室の中を歩き回っていた事だろうか。
クィレルはダンブルドアと名前に気が付くと、驚いたように目を見開き、駆け足気味で近寄ってきた。
それから脇目も振らず名前を抱き締めた。
『クィレルさん。』
「無事で良かった。」
『ご心配をお掛けしてすみません。』
「全くです。怪我は?」
『ありません。』
それでもクィレルは疑っていて、名前の頭の天辺から爪先までジロジロ見詰め、確かめるようにポンポン叩いた。
それからようやく落ち着いて、改めて名前の顔を見詰めた。
まるで名前の存在を確認するように。
「さあクィリナス、ナマエは無事じゃ。
わし達はこれから話さなければならぬ。席を外してもらえるかの。」
「分かりました……。」
クィレルは何だか名残惜しそうに名前を見た。
何度も振り返りながら窓辺に向かい、鷹の姿に変身すると、ようやく飛び立っていった。
朝焼けにネスの白い羽毛が輝いていた。
「さて、ナマエ。掛けなさい。」
ダンブルドアは自身の椅子に腰掛けて、そして対面の椅子を名前に勧めた。
名前は言われた通りに座った。
「まずは、そうじゃな。君の学友達について話そう。
彼らの手当てはマダム・ポンフリーが行っておる。昨夜の事件でいつまでも残るような傷害を受けた者は誰もおらん。」
『……。』
「ニンファドーラ・トンクスは少しばかり聖マンゴで過ごさねばならぬかも知れんが、完全に回復する見込みじゃ。」
『……ハリーは、』
「ハリーも無事じゃ。」
安堵の息を吐き、名前は肩の力を抜いた。
名前とシリウスは瓦礫の下敷きになって死んだと思い、ハリーはベラトリックスを追い掛けたのだ。
そう勘違いさせたのは名前だ。
ハリーが無事でなければ、名前は謝っても謝り切れなかった。
「それと、シリウスの事じゃ。」
『……。』
「彼を助けてくれた事について礼を言わねばならん。ナマエ、有難う。」
『お礼は、……
お礼を言われるような事はしていません。むしろ俺は余計な事をしました。瓦礫の下敷きになって死ぬところでした。』
「確かにそこはシリウスの機転じゃな。だが二人とも生きておる。」
『……。』
「君が気負う事は一切ない。そもそも事の原因は殆どわしにある。全責任があるなどというのは傲慢というものじゃ。」
『ダンブルドア校長先生に、……原因ですか。』
「そうじゃ。
もしわしがハリーに対して既に打ち明けていたなら、そして打ち明けるべきじゃったのだが、ヴォルデモートがいつかはハリーを神秘部に誘き出すかもしれぬということを知っていたはずなのじゃ。
そうすればハリーは罠に嵌って、今夜あそこへ行ったりはしなかったじゃろう。そしてシリウスが追っていく事もなかったのじゃ。」
『ダンブルドア校長先生はいつかこうなる事を予想していたのですね。』
「そうじゃ。」
『その事をハリーに話さなかったのは、何か理由があるのですね。』
「そうじゃ。」
名前は黙ってダンブルドアを見詰めた。
決して責めているわけではない。話の続きを待ったのだ。
ダンブルドアは机の上で指を組み、暫くじっと自身の手を見詰めていた。
「ナマエ。今後、近い未来じゃ。必ず戦いが訪れるじゃろう。」
『それはヴォルデモートとの戦いですか。』
「そうじゃ。その時にわし達が勝利を収める為に、君に、君自身の事を知っていて欲しい。知らねばならぬ事じゃ。それが勝利の鍵となるじゃろう。
そしてその上で頼みたい事がある。これは君にしか出来ない事じゃ。」
『俺にしか出来ない事なんてあるのですか。』
「左様、あるとも。」
答えながらダンブルドアは深く頷いた。
そしてまたじっと手を見詰めて、それから口を開いた。
「これはあくまでもわしの考えじゃが───おそらく正しい考えじゃと思う。
一年生の時、君はユニコーンの言葉を言った。その時から今まで、君の身に起きた一連の不思議な出来事について、わしはずっと考えていた。
そして十二月、アーサー・ウィーズリーの傷と君の身体に出来た傷の件で、わしはある答えに行き着いた。」
『……』
「思念じゃよ。君は思念の影響を強く受けておる。
思念を集める事、思念を向ける事、そのどちらもが出来るのじゃ。
そして思念は不可能を可能にする。意識を持たぬ無機物すら思い通りに操れる。」
『けれど先生、思念は魔法に必要な事です。殆ど皆が持っているものであり、魔法を扱う際、その時に適切な思念を思い浮かべます。』
「左様。誰もが持っている力じゃ。適切な知識、発音、スピード、動き、思念。それらが合わさり初めて魔法は成り立つ。
だが人の心や、ヒトの言葉を持たぬ者の思念は通常分からぬ。」
『……。』
「アーサーの傷と全く同じなのに、君の身体に毒の影響は現れなかった。君の事はクィリナスが見張っている。クィリナスは、君が眠っている間に近付く者はいなかったと証言しておる。
ナマエ、その時に毒蛇の知識はあったかね?」
『いいえ。』
「今はあるじゃろう。」
『はい。』
「君がもう一度夢の中でその毒蛇に噛まれれば、きっと毒の影響を受ける事じゃろう。
知識が無ければ影響にはならぬのじゃ。」
『……。』
「君はアンテナとなって思念を集める。
眠っている時に身体は無防備になる。無防備になった君の身体は、君を取り囲む世界中の思念を一身に浴びる事となる。
つまり君が眠っている際に見る夢は、正確には予知では無い。世界中の生物の無意識で構成された想像の未来じゃ。だからそこに君の事を考える者がいない以上、未来に君はいない。」
『……。』
「先程シリウスに聞いたが、君がシリウスを助けたのは、シリウスの死の未来を見たかのように感じたからだそうじゃな。」
『……はい。』
「まさしくそれは世界中の生物の無意識で構成された想像の未来だったのじゃろう。
あの戦いの地に居合わせた者の思念から、君は一番可能性の高い想像の未来を見たのじゃ。」
『けれど俺は起きていました。』
「ナマエ。君の心が揺らげば、思念は容赦無く君の中へ入り込んでくる。」
『……。』
「さて、十二月にアーサー・ウィーズリーの夢を見たのは、ハリーの思念に影響されたからじゃ。知っての通り、ハリーの額の傷痕は、ハリーとヴォルデモートとの間に結ばれた絆の印を意味しておる。
そうして見た夢の中で、君の思念はアーサーに向かった。勿論憶えておるじゃろう?君はアーサーの視点で蛇を見た。」
『はい。』
「体は自由に動かせなかったようじゃが、それも時間の問題じゃろう。何故なら君の思念はアーサーに取り憑いた。一体となったから君は痛みを感じ、自分自身を傷付けた。君は一種の憑依をしたのじゃ。
かつてヴォルデモートがクィリナスにしたように。
そして、君がそうしようと思えば、おそらくヴォルデモートに取り憑いて、意のままに操る事も可能じゃろう。
君とヴォルデモートは似ておる。その能力だけを参考にするまでじゃが。」
『俺は誰かを操ったり、傷付けたくありません。』
「分かっておるとも。無論、分かっておる。
君はシリウスを助けた。
君がヴォルデモートと違う点はそこにある。」
『……。』
「君の根底には、誰かを守りたい、助けたいという意識があるのじゃ。手順や方法やリスクなどを考えるよりも先に行動してしまうような、無意識の意識じゃ。
彼奴にはそれが無い。誰かが自分の為に動く事、命を盾にする事が、当たり前だと考えておる。
問題は彼奴が君の能力に気が付いた時じゃ。」
『……。』
「彼奴は君を今まで以上に危険視するじゃろう。元々、君のお父さんの事と君自身の魔力の強さに目を付けておる。
しかしじゃ。その上で君に頼みたい事がある。」
『何でしょう。』
「ナマエよ、先程も言った通り、間も無くヴォルデモートは活動的になるじゃろう。そしてそう遠くない未来で対面する。その時、誰が立ち向かうと思うかの?」
ダンブルドアは眼鏡の奥から名前を覗くように見詰めた。
名前は考えた。斜め上に目を遣って、何故ダンブルドアがそんな事を聞くのか考えたのだ。
ヴォルデモートとの戦いで、一体誰が互角に戦えるか?
勿論ダンブルドアだ。しかし何故聞くのか。ダンブルドアではないとでも言うのだろうか?
考えなければならない。
今まで誰がヴォルデモートと戦ってきただろう。
ヴォルデモートと一番に対面した人物は誰だろう。
ヴォルデモートが危険視してきた人物は誰だろう。
一番可能性が高いのは……。
『ハリーですか。』
「左様。」
まさかという思いで放った名前を、ダンブルドアは深く頷いて受け止めた。
「勿論立ち向かう者は大勢いる。しかし終止符を打てるのはハリーじゃ。
大きな戦争になり、多くの犠牲が出る事じゃろう。」
『……。』
「君は狙われておる身じゃ。
しかし君にはより多くの者を救け、出来る限り奴らの気を逸らして欲しい。君がマクゴナガル先生、ハグリッド達にしたように。
それがわしの頼み事じゃ。」
『俺は何も、』
「二人にお守りを渡したじゃろう?そのお陰で二人は生き延びておる。」
『死を覆せるとお考えですか。』
「君がそう願い、信じれば。」
『思うだけで願いが叶うのなら、……
今まで亡くなった人達を生き返らせる事が可能になってしまいませんか。』
「君が本当に、顔も知らぬ、肉体すら持たぬ死者が生き返ると願えるのなら、可能じゃろう。知識や思い込みを取っ払う事が出来ればの話じゃが。」
『……。』
「しかし覚えていて欲しい、思念は君が向けるだけでは無く、君に向けられる事もある。
君が死んでしまいたいと願ってしまえば、その瞬間にぽっくり死んでしまうじゃろう。
そのような苦しみを負わせるわけにはいかん。この戦いで勝利を収めるには、君の力が必要なのじゃ。」
『先生は多くの者を救け、出来る限り敵の気を逸らして欲しいと仰いました。苦しみは避けられないと思います。』
「自分の力の特性をよく理解し挑むのじゃ。勿論出来る限りそういうものは、わしが引き受けよう。」
『先生の手が届かない時、俺がやると───』
「そういう事じゃ。」
『……。』
「それと、君も十分理解しているとは思うが、重ねてお願いさせてもらおう。いいかな、ナマエ。君の能力を決してヴォルデモートに悟られてはいけないよ。」
『そんな事が出来るのでしょうか……。俺には自信がありません。
現に俺は何度も夢を見ていますし、昨年はその夢のせいで墓場まで行き、ヴォルデモートと対面しています。本当なら、ハリーとセドリックさんしかいないであろう場所です。』
「君の能力は未知じゃ。しかしそれも意識次第。君がそうだと信じる心の強さが求められる。どんな状況にあっても、決して挫けてはいかん。悟られぬよう強く思うのじゃ。」
『……。』
「よいかな、ナマエ。この事は誰にも話さないと約束してくれるかの。秘密がどこで漏れてしまうか分からぬ。
君の行動を不審に思う者がいれば、わしとの約束で話せないと言うがよい。」
『……。』
「ナマエ、返事をしておくれ。」
『……
……。』
名前はコクリと頷いた。
安請け合いして良い事だろうか。
多くの者を救け、出来る限り敵の気を逸らす。
その上自分の能力を悟られないようにしながら。
しかも大きな戦いの中で。
自分を保てるだろうか?
混乱してしまわないだろうか?
諦めてしまわないだろうか?
示し合わせたように何度も現場へ居合わせたら絶対に不審がられるはずだ。
それを自分の能力を信じて悟られないようにしろというのは、名前に芝居を打てと言っているようなものだ。
嘘や誤魔化しは名前が苦手とする事であり、名前は既に自信が無くなってきた。
肩をすぼめて俯くと、整えていない髪の毛が顔にかかった。
「さあ、ナマエ。朝食の時間が終わってしまう。
老人の長話に付き合わせて悪かったのう。」
『いいえ。』
ダンブルドアは立ち上がり、名前の隣に来ると、すぼめられた肩にぽんと手を置いた。
立ち上がるよう促されて、名前は体を縮こまらせたまま、何とか立ち上がる。
まるで何時間も正座していたかのように体が痺れていた。
そうして今度は背中を支えられ、扉の方へと連れられる。
「すまんのう、ナマエ。
老いぼれの頼み事じゃ。」
扉を閉める一瞬、ダンブルドアは呟くような声でそう言った。
名前は振り向いたが、既に扉は閉められた後だった。
その時名前は、底知れぬ不安を感じた。
まるで最期が近い事を知っているかのような口振りだったからだ。
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