25.


「ナマエ、大丈夫か?」



『はい……。シリウスさんは。』



「私は大丈夫だ。」





シリウスの腕が脇腹に当たる。
二人は薄暗い瓦礫の中にいた。





「どうやら君が逸らしたベラトリックスの呪文が、天井に当たり崩れ落ちたらしい。」



『すみません……。』



「おっと、無闇に動くんじゃない。呪文の範囲から出てしまうからな。」





言って、名前の脇腹の側で腕を動かす。
そちら側に杖を持って盾の呪文で、瓦礫に潰されないよう守ってくれているらしかった。
瓦礫の下で名前は、シリウスの上に被さる形でいる。
なるべく体重をかけないよう、腕立て伏せの体勢を保つ。

瓦礫の外はどうなっているのか。
耳を澄ましてみるが、瓦礫の中のこもった空気が感じ取れるばかりだ。
そんな名前の様子をシリウスはじっと見詰めた。




「ナマエ。一体何故こんな真似をしたんだ?」



『……。』



「私が負けるとでも思ったのか?」





盾の呪文による仄かな明かりで、シリウスの表情が何となく見て取れた。
眉をひそめて、まるで名前を責めるかのように見詰めている。
名前は目を伏せた。しかしどうしても視界にシリウスの顔が映り込む。
どこに目を向けても無駄なようだ。





『……
負ける、』





名前の声は相変わらず抑揚の無い、呟くような声量だったが、瓦礫の中という狭い環境で、いつもより大きく聞こえた。
自身の出した声に尻込みしたように、名前は言葉を切る。
シリウスはじっと名前の言葉を待っていた。




『というよりは、……』



「はっきり言ってくれ。」



『……』





唾を飲み込む。その音がまた狭い環境で響く。
名前の目は言葉を探すように辺りを彷徨った。
けれど当然そんなものはない。頭の中で考えて構築して、決心して言葉を放つしかない。
名前は口を真一文字に引き結んでから、開いて閉じてを何度か繰り返した。





『自分でもよく分からないのです。駆け出したのは無意識で、その時、俺の目には……』



「君の目に、私はどう映っていた?」



『……』



「ナマエ。」



『……死んでいたように見えていました。』





シリウスのプライドを傷付けるような台詞だった。
はっきり言わなかったが、遠回しに負けたと言ったようなものだ。
こんな体勢でなければ殴られていたかもしれない。





『その時既に、死の呪文がシリウスさんの胸に当たったように見えていました。驚いた表情で、石のアーチに飲み込まれるように倒れて……それで……』



「……」



『……それで、消えてしまった……出てこなかった。……だから引き戻さないといけないと、つい、駆け出したのだと思います。それに、あの女の人をこのまま逃しちゃいけないと、そう感じたのだと思います。……』





言葉の一つ一つが狭苦しい瓦礫の中で重く伸し掛かった。
名前にシリウスの表情を窺う勇気は無かったらしい。
目を合わせないようにして、真一文字に口を閉じた。





「それは夢の話をしているのか?」



『……』



「夢の中で私は死んでいたのか?」





ようやく名前はシリウスを見た。
ぱちぱちと瞬きを繰り返し、暫く黙っていた。
シリウスが何を言っているのか分からない様子だ。
そしてゆっくりと首を左右に振る。今は夢の話をしていない。





「だがそう見えた。」



『……はい。』



「……」





沈黙が下りてくる。耐え難い沈黙だ。
シリウスが黙っているのは、怒っているのか考え事をしているのか、名前には分からなかった。
眉を寄せるその表情が恐ろしく、名前はまた目を伏せた。





「本当だったかもしれないな。」





ぽつり、掠れた声が響く。
声音は落ち着いていた。





「君が見たのは予知夢の一種で、私は君の言う通り死んでいたのかもしれない……。」





名前はシリウスを見た。
まだ眉を寄せてはいたが、この様子だとどうやら、考え事をしているらしい。

頭上で瓦礫が動く重い音が聞こえた。
首を捻って上を見る。
瓦礫の隙間から微かな光が差し込んでいる。
見ていると頭上の大きな瓦礫が一つ一つ取り除かれていく事が分かる。

やがて頭上の瓦礫が全て取り除かれ、名前達の周りに石垣のように転がるだけとなった。
頭上から誰かがひょっこり覗く。
逆光で誰かは分からなかった。





「ナマエ!シリウス!」
ルーピンの声だ。



「リーマス、ナマエを先に引き上げてやってくれ。」



「ああ、分かった。さあナマエ。手に捕まって、出て来るんだ。」



『有難うございます。』





体を捻り、頭上から伸びてくる手に掴まる。
思い切り引っ張られ、名前は瓦礫を踏み台にしながら、瓦礫の山を上って脱出に成功した。

瓦礫の外に出ると既に戦闘は終わっており、部屋の中央に死喰い人達が見えない縄で一纏めにされていた。
更に辺りを見回すと、トンクスやムーディが倒れているのが見える。
立っているのはネビルだけだ。ハリーの姿はない。ダンブルドアの姿も……。

振り返ってルーピンを見る。
シリウスを引き上げていた。





「大丈夫か?」



「ああ。ハリーはどこだ?」



「それは……。」
ルーピンは言いにくそうに口ごもった。



シリウスが詰め寄る。
「リーマス。ハリーはどこにいる?」



「ハリーは……
……ハリーはベラトリックス・レストレンジを追いかけて行った。」



「何だと?」



「大丈夫だ、すぐ後にダンブルドアが追いかけて行った。それに間もなく、闇祓い達も駆け付けるだろう。」



「どっちだ?どの扉に入った?」



「シリウス。
私達はここにいる死喰い人達を見張るんだ。それに、負傷した仲間達の手当てもしなければならない。分かるだろう。」





シリウスは口をつぐんだ。
言いたい事があるのに無理矢理口を閉じたようだった。
それを返事と受け取ったのか、話は終わったとばかりに、ルーピンは此方ヘ振り返る。





「ナマエとネビルは学校に戻りなさい。いいね?───そもそもどうやって来たんだ?」



『セストラルに乗ってきました。』



「セストラル、成る程ね……。」



『セストラルに乗って帰ります。連れて帰らなければいけません。』



「……分かった。ネビル、君はどうする?」



「ナマエといっじょにがえる。」



「そうか。なら学校に戻ったらまず、マダム・ポンフリーに診てもらいなさい。いいね?」



ネビルは頷いた。
それを確認してからルーピンが、数多くある扉の中から、一つの扉を指差した。





「あそこの扉からならすぐホールに出られるはずだ。まだ死喰い人が潜んでいるかもしれないから、気を付けて行きなさい。戦わずに逃げるんだ、分かったね。」





ルーピンの言葉に従い二人は石段を上っていった。
扉のノブを握り、そっと開く。
隙間から顔を覗かせて扉の向こうを覗き込んだ。
ルーピンの言った通り、ここへ来る途中に見た中央広間のアトリウムがある。
来た時と違うのは、噴水の真ん中の台座に立っていた像がアトリウムの彼方此方に壊れて倒れ、暖炉の全てに緑色の炎が揺らめき、沢山の人で溢れていた事だ。
その中の一人にコーネリウス・ファッジがいた。
細縞のマントの下はパジャマで、足元はスリッパだった。

名前とネビルは一列になり壁際を歩く。
大人達は身を寄せ集め何かを夢中で話していた。
そしてホールの向こうの電話ボックス・エレベーターに辿り着いた。
来た時と同じようにエレベーターへ乗り込み、地上のボタンを押す。
電話ボックスはやはりガタガタ危なげに揺れながら、地上へ向かって上っていく。
来た時より広い電話ボックス内に、闇の中ガリガリと何かを削る音が響き渡った。




「僕、ナマエ達は死んじゃったんだっで思っだ。」



『……』



「だからハリーは、ベラドリッグズ・レズドレンジを追い掛けていっだんだど思う。仕返じずるだめに。」



『ごめん。』



「いいんだ。二人ども生ぎていだんだから、よがっだ。」





電話ボックスが地上に着いた。
扉を開けて外に出る。
魔法省に何時間もいたかのように感じていたが、まだ辺りは暗かった。

車も通らなければ人気もない静かな街中。
あまりの静けさに、もしかしたらセストラルは自分で帰っているかもしれない───そんな不安が過る。
しかしそんな不安は思い過ごしだった。
セストラル達は近くのゴミ捨て場に集まって、中の腐った食べ物を漁っていた。

来た時よりも慣れた様子で、名前とネビルはセストラルに乗った。
セストラルはゴミを漁るのを止めて、名前達を窺うように静止した。





『皆、ホグワーツへ行って。』





相変わらず言葉が通じているのか分からない反応の無さである。
緊張の一瞬。次の瞬間、両翼がさっと開く。
膝を折って屈み込み、地を蹴って急上昇した。
滑り落ちそうな体にしっかりしがみつく。
あっと言う間に街を抜けて上空に出た。

上空に出るとスピードは少し緩やかになる。
周りを見る余裕すら出てくる程だ。
セストラル達はきちんと付いてきている。
ホッと安堵の息を吐き、名前は再び前方を見据えた。

ネオンが光る街を過ぎ、玄関先に灯りが灯された村々を通り越し、名も知らぬ山々を越えて、空が白み始めた。
ホグズミードを越えてホグワーツに着く頃には、太陽が半分顔を出していた。

セストラルは禁じられた森に舞い降りた。
手がかじかんで感覚が無く、体中固まって痺れていた為、ゆっくりセストラルから飛び降りる。
セストラルにお礼を言って一撫でしてから、二人は城へ向けて歩き出した。





『ネビル、怪我、大丈夫。』



「大丈夫だよ。」



『今、アンブリッジ先生に見付かったら大変だな。』



「アンブリッジはゲンダウルズ達に連れて行かれちゃっだんでしょ。」



『そうだった。』



「ナマエこそ、大丈夫?戻っだら寝た方がいいよ。少しでも。」



『そうする。』





目覚めた小鳥が爽やかな声で鳴いている。
二人は黙ってホグワーツの玄関を潜った。

朝早いホグワーツ内は生徒も教師も歩いてはいない。
誰もが寝静まった廊下に二人の足音が響く。

大広間を通り過ぎ、医務室に着いた。
扉を開けるとそこには、既に起床し慌ただしく動き回るマダム・ポンフリーがいた。
扉を開ける物音が聞こえたのか、マダム・ポンフリーはすぐに此方へ気が付いた。





「一体どうしたのですか?いいえ、兎に角診ましょう、此方へ。」



『俺は何ともないです。』



「……本当ですね?」



『はい、ただの付き添いです。
ベッドに戻ります。』





訝しげな様子だったが一応信用したらしい、マダム・ポンフリーはネビルだけを空いたベッドへ連れて行った。
ベッドのいくつかは使用中のようでカーテンが閉め切られていた。

名前は扉に向き直り廊下に出る。
そうして、寮に向けて数歩進んだ時だ。





「ナマエ。」





背後から呼ぶ声が聞こえた。
振り返るとそこにはダンブルドアが立っていた。





「君に話がある。わしの部屋まで来てくれるかのう。」





そう言うダンブルドアはとても疲れた様子だった。
もしくは名前の目にそう映っただけなのかもしれない。
だがこれ以上困らせて疲れさせるわけにもいかず、名前は素直に従ったのだ。

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