チャーリー・ウィーズリーと


早朝のトレーニングが名前の日課である。
それは三校対抗試合の期間中でも変わらない。
まだ夜露の光る芝生に足を踏み入れ、誰もいない静かな校庭でまずストレッチを行う。
それから名前はロードワークを行う。体力作りが、名前の一番の課題だった。

休み休み校庭を走る。
やがてハグリッドの小屋までやって来た。煙突から煙が出ていない。まだ眠っているのだろう。
名前は禁じられた森へ沿って走り始めた。いつものコースだった。





『……。』





生け垣のように鬱蒼と生い茂る低木樹。
それに沿って走っていると、何やら奇妙なものに目が留まる。
赤色───朱色のようにも見えるそれ。
低木樹の葉に紛れ浮かんでいる───というよりも、乗っかっている?
名前は足を止めてじーっとそれを見た。
大きくて毛足の長い毛虫のよにも見える。
触れない方が良いだろうけども、名前はよく見たくて、低木樹に乗っかったそれを覗き込む。





『……。』



「……やあ。」





人間だ。人間が座っていた。赤のような朱のようなそれは、その人の髪の毛の一部だったらしい。
その人は低木樹に凭れかかっていたので、乗っかっているように見えたのだ。事実乗っかっている。




『……おはようございます。』



「おはよう。よっと……。」





彼は立ち上がって此方へ向き直る。
名前よりも頭一つ分は背が低く、がっしりした体型が服の上からでも分かる。
見覚えのある赤毛に、ソバカスだらけの顔には、いくつもの切り傷や火傷の跡がある。
しっかりした顎と太い鼻梁が印象的だ。





『あなたは、』



「君はもしかして、ナマエ・ミョウジ?」



『……はい。』



「ああ、ごめん。つい興奮して……何て言おうとしたんだ?」



『……ウィーズリー家の方ですか。』



「その通りさ。やっぱり特徴的だよな?」





言って、彼は自身の髪を指で差した。
ついでにソバカスも指で撫でる。





「君は……ナマエでいいかい?」



『はい。』



「ナマエ、僕はチャーリー・ウィーズリー。よろしくね。弟から話は聞いていたから、すぐに君だって分かったよ。」



『……。』



「ああ、ごめん。僕ばっかり話しちゃって……いきなり声を掛けてごめんな。僕の事は弟から聞いてる?」



『はい。ルーマニアでドラゴンの研究をされていると聞いています。』



「まあ、そんなところだ。」



『でも、どうしてホグワーツにいらっしゃるんですか。』



「うーん、それは………。」



『ドラゴンを扱うような事があるのですか。』



「参ったな……。」





チャーリーは頭を掻いた。
厚い掌に太い指をしている手で、此方も傷だらけだ。





「確かにその通りだ。ナマエは鋭いな……。」



『三校対抗試合に関係あるのですか。』



「ああ、そうだ。ナマエ、君は口が固いか?」



『……あまり秘密を共有した事が無いので、何とも……分からないです。』



「そうか……よかったらドラゴンを一目見せようかと思ったんだけれど。」



『……ドラゴンがいるのですか。』



「そうだとも。」





チャーリーは疲れた顔に笑顔を浮かべた。
ドラゴンの事となると生き生きするようだ。





「観客席で見るドラゴンと間近で見るドラゴンは迫力が違う。やつらは暴れまくってさ、ようやく寝たところなんだ。こんなチャンスは滅多に無いぞ。」



『……。』





どうやらチャーリーは、名前にドラゴンを見せたくて堪らないらしい。
それが分かってしまうと断れないのが名前だ。





『……頑張って秘密にします。』



「よし。ナマエ、こっちだ。」





チャーリーはパンと手を叩き、ウキウキと禁じられた森の中へと入っていく。
誰かにドラゴンを教えられる事が嬉しいようだ。





「ナマエはドラゴンに詳しい方かい?」



『いいえ、あまり。教科書で読んだくらいです。』



「十分さ。」





「こっちだ」という言葉に引っ張られて、名前は禁じられた森の中へと歩を進める。
日が昇り始めたばかりのせいか、森の中は薄暗い。
いや、まあ、いつ来ても薄暗いが。





「ナマエは日課のトレーニング?」



『はい。……』



「どうして知ってるんだ、って思うだろ?弟情報だよ。君の事は色々聞いているからね。」



『……どのような事を、』



「例えば容姿の話だ。無表情だとか、背が高いとかさ。あとはミルクが好きで少食とかね。あとは、えーと、それから……」



『……。』



「おっと、ほら。着いたよ。」





先を歩いていたチャーリーが、立ち止まって振り向いた。
木立を回り込み見えたのは分厚い板で柵を巡らした囲い───その中に、とてつもなく大きな何かがいる。体を丸めたそれは動かず、規則正しい呼吸を繰り返していた。





「良かった、まだ寝てるみたいだ。」



『ドラゴン……。』



「そう。どれがどのドラゴンか、ナマエに分かるかな?」



『……。』





何せ体が大きいので全体像が見えない為、数までは正確に把握出来ないが、ここにいるのはおそらく四頭だ。
一番近いのは長く鋭い角を持つ、シルバーブルーの一頭。
次はすべすべした鱗を持つ緑の一頭。
その次は赤色が印象的な一頭で、顔の周りに金色の細い棘の縁取りがある。
最後は他に比べて巨大で、黒色で、トカゲに似ている。





『あのシルバー・ブルーのドラゴンは、スウェーデン・ショート-スナウト種。』



「うん。それで?」



『緑色のドラゴンは、ウェールズ・グリーン種。』



「成る程。それから?」



『赤色のドラゴンは、チャイニーズ・ファイアボール種。唯一の東洋種で、獅子龍とも呼ばれています。』



「ほう……最後は?」



『ハンガリー・ホーンテイル種。ドラゴン種の中で最も危険であるといわれています。』



「うーん、お見事!全問正解だ!」





チャーリーはパチパチと拍手をしてから、ハッとしてドラゴン達を見た。どのドラゴンも瞼を閉じている。
ホッと安堵の息を吐き、チャーリーは名前を見た。





「凄いじゃないか。」



『教科書を読んだだけです。』



「それを覚えているって事が凄いんだよ。本当はドラゴンが好きなんじゃないか?……
さあ、やっぱり少し離れよう……ドラゴン達は今皆、卵を抱えていて神経質なんだ。」





薄暗い森の中を歩いて外に出る。

木々の隙間から木漏れ日が落ちてくる。
その明かりがチャーリーの顔を照らした。傷だらけだ。
切り傷、刺し傷、火傷など。
少し時間が経ったものから、真新しいものまで様々だ。





『傷だらけですね。』



「ドラゴンを相手にしているからな。」



『……薬はお持ちですか。』



「何を?」



『薬です。』



「薬?あー、多分、戻れば鞄に……いや、どうだったかな……」





チャーリーは意外と自分の事に無頓着なのかもしれない。
不思議そうに答えるチャーリーの顔を、名前はじっと見詰めた。
それがまた不思議なのだろう、チャーリーもじっと名前を見詰め返す。
そうしてチャーリーは突然合点がいったように、目を細めて木漏れ日を見上げた。
それから名前を見て、顔に出来た火傷やら切り傷やらを指でなぞる。





「もしかしてナマエ、傷が気になるのかい?」



『はい。』



「ドラゴン相手の仕事だ、ヤバい傷は分かってる。だから、このくらい平気さ。」



『バイキンが入ったら大変です。』



「大袈裟だな、大丈夫だよ。」



『大丈夫じゃないです。感染症は怖いですよ。』



「分かった、分かった。後できちんとやる。」



『今やりましょう。』



強行な名前。ポケットから消毒液やら何やらを手品のように取り出した。
チャーリーは頭を掻いて「参ったな、ママみたいだ……」と呟いた。

名前は朝日が当たる、傷痕がよく見える場所へチャーリーを誘った。
短く整えられた芝生の上にチャーリーはどっかり座り込む。
名前は対面に座って、まずチャーリーの顔に付いた土埃を拭った。





「手当ての道具、いつも持ち歩いているのかい?」



『はい。』



「随分慎重なんだな。」



『何があるか分かりませんから。チャーリーさんも持ち歩いたらいいですよ。怪我の多いお仕事でしょうし、万が一傷痕が残ったら大変です。』



「女の子ならまだしも僕は男だぜ。誰も気にしないさ。」



『勿体無いと思います。』





チャーリーは目をぱちくりさせた。
名前は至極真面目な顔で───無表情だが───次に消毒を始めた。
何でもないような様子に、チャーリーはちょっと目を逸らした。照れ隠しだった。





「有難う、君も中々だと思うぞ。」



『そんなふうに言われたのは初めてです。』
今度は名前が目を逸らした。



「嘘だろう?」



『避けられる事が多いので……。』



「それは皆きっと、ナマエを高嶺の花だとでも思っているんだよ。」



『……。』





そうだろうか、と言いたげに名前は首を傾げた。
殆ど皆、目が合うと逸らされ離れていく。
そういう経験をしてきた名前としては信じられない言葉だ。





「彼女の一人くらいいないのか?」



『いません。チャーリーさんは。』



「残念ながら。」




チャーリーは肩を竦めた。
残念ながらいるのかいないのか、分かりにくい答えだ。

名前は深堀りはせず、今度は傷痕に軟膏を塗り始めた。





「よく効く薬だな。もう痛みが引いてきた。」



『残りは差し上げます。また傷が出来るかもしれません。』



「いいのかい?ナマエはどうするんだ?」



『作り置きしてあるので大丈夫です。』



「そうか、なら有り難くもらっておくよ。」





顔の手当ては終わり、次は手に移行する。
指が太く、皮が厚く、荒削りのゴツゴツした手だ。
此方も塞ぎ始めた傷痕もあれば、ついさっき出来たような真新しい傷痕もある。
名前の手と比べると、まさに男の手といった感じだ。
名前の指は細く筋張っていて骨が目立ち、皮は薄く、平たくてほっそりした手だ。それに傷一つない。

顔の時と同じくまず汚れを落とし、消毒をし、それから軟膏を塗る。
傷痕がじわじわと塞がっていき、滑らかな肌を取り戻した。





「有難う。
そろそろ朝食の時間だろう?行ってきたらどうだ。」



『そうですね……。チャーリーさんは。』



「僕はドラゴンの相手をする。」





言いながらチャーリーは肩を竦めた。
何だか名残惜しそうにする名前を、チャーリーは立たせてポンポンと肩を叩いた。
それから背中を押して城の方へ促した。

城の方へ歩き始めた名前は途中、何度も後ろを振り返る。
その度にチャーリーは大きく手を振って笑って見せた。
お互いの姿が見えなくなるまで、何度も何度も繰り返す。

普段トレーニング中は誰かに会うという事自体が無い。当然口を開かない。
名前にとって思いがけず賑やかな朝となったのだった。














リクエストしてくださった方、有難うございました。
大変お待たせしてしまい申し訳無いです。
チャーリー・ウィーズリーと先輩と仲良しこよしな後輩になったでしょうか?
楽しんでいただければ幸いです。

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