22.-1
その後トフティの手により、ハリーは大広間の外へ連れ出された。
試験時間残り僅かの頃だった。
「ハリーは一体どうしたんだろう?」
「分からないわ。」
終業を示すベルが鳴り、名前達は他の生徒と共に大広間の外へ出た。
大広間前の玄関ホールは生徒でごった返し、階段もすし詰め状態となる。
そこへどこからか何やら文句を言う声が聞こえてきた。
何事かと名前達がそちらを見ると、人波を掻き分けてハリーが走り寄ってきていた。
その姿を見た途端、ロン、ハーマイオニー、名前に続いて、三人が駆け寄る。
「ハリー!
何があったの?大丈夫?気分が悪いの?」
「どこに行ってたんだよ?」
「一緒に来て。
早く。話したいことがあるんだ。」
『分かった。』
頷いて名前は他に何も言わず、黙ってハリーに付いて歩いた。
残りの二人もただ事ではないと思ってか、ただハリーに付いていく。
ハリーは早足で歩きながら部屋がある度に覗き込んで、空いている誰もいない教室を見付けると、そこに忍び込んだ。
付いていた三人を入れるとすぐさま後ろ手ドアを閉めて、ドアに寄り掛かかり、三人に向き直る。
「シリウスがヴォルデモートに捕まった。」
「えーっ?」
「どうしてそれが───?」
「見たんだ。ついさっき。試験中に居眠りした時。」
「でも───でもどこで? どんなふうに?」
「どうやってかはわ分からない。
でも、どこなのかははっきり分かる 。神秘部に、小さなガラスの球で埋まった棚が沢山ある部屋があるんだ。二人は九十七列目の棚の奥にいる……あいつがシリウスを使って、何だか知らないけどそこにある自分の手に入れたいものを取らせようとしてるんだ……あいつがシリウスを拷問してる……最後には殺すって言ってるんだ!」
ハリー震えていた。
自身を落ち着ける為か、ハリーは机に近付き、その上に手を付いた。
それから腰卦け、震える呼吸を整える。
「僕達、どうやったらそこへ行けるかな?」
ハリーが尋ね、名前は考えた。斜め上を見て物思いに耽る、名前の癖だ。
しかしふと気が付くと、ロンとハーマイオニーは目を見開き、口を微かに開けて、見るからに唖然としている。
「そこへ、い───行くって?」
「神秘部に行くんだ。シリウスを助けに!」
「でも───ハリー……」
「何だ? 何だよ?」
「ハリー。
あの……どうやって……ヴォルデモートはどうやって、誰にも気づかれずに神秘部に入れたのかしら?」
「僕が知るわけないだろ?
僕達がどうやってそこに入るかが問題なんだ!」
「でも……ハリー、ちょっと考えてみて。
今、夕方の五時よ……魔法省には大勢の人が働いているわ……ヴォルデモートもシリウスも、どうやって誰にも見られずに入れる?ハリー……二人とも世界一のお尋ね者なのよ……闇祓いだらけの建物に、気付かれずに入ることができると思う?」
「さあね。ヴォルデモートは『透明マント』とかなんとか使ったのさ!
兎に角、神秘部は、僕がいつ行っても空っぽだ───」
「あなたは一度も神秘部に行ってはいないわ。
そこの夢を見た。それだけよ。」
「普通の夢とは違うんだ!」
ハリーは立ち上がってハーマイオニーに詰め寄った。
この声量では教室の外に聞こえているかもしれない。
だがこの雰囲気でそれを注意した所で火に油だろう。
「ロンのパパの事は一体どうなんだ? あれは何だったんだ? おじさんの身に起こった事を、どうして僕が分かったんだ?」
「それは言えてるな。」
「でも、今度は───あんまりにも有り得ない事よ!
ハリー、シリウスはずっとグリモールド・プレイスにいるのに、一体どうやってヴォルデモートがシリウスを捕まえたって言うの?」
「シリウスが神経が参っちゃつて、ちょっと気分転換したくなったかも。
随分前から、あそこを出たくてしょうがなかったからな───」
「でも、何故なの?
ヴォルデモートが武器だか何だかを取らせるのに、
一体何故シリウスを使いたいわけ?」
名前は考える。
何故シリウスだったのか?
気になるのはあの言葉だ。
───ヴォルデモート卿が待っているぞ……。
つまりシリウスは目的ではないという事だ。
シリウスは餌であり、本当の目的は、その現場に居合わせた───
「知るもんか。理由は山ほどあるだろ!
多分、シリウスの一人や二人、痛めつけたって、ヴォルデモートは何とも感じないんだろ───」
「あのさあ、今思いついたんだけど。
シリウスの弟が『死喰い人』だったよね?多分弟がシリウスに、どうやって武器を手に入れるかの秘密を教えたんだ!」
「そうだ───だからダンブルドアは、あんなにシリウスを閉じ込めておきたがったんだ!」
「ねえ、悪いけど。
二人とも辻褄が合ってないわ。それに、言ってる事に何の証拠もないわ。ヴォルデモートとシリウスがそこにいるかどうかさえ証拠がないし───」
「ハーマイオニー、ハリーが二人を見たんだ!」
「いいわ。
これだけは言わせて───」
「なんだい?」
「ハリー……あなたを批判するつもりじゃないのよ!でも、あなたって……何て言うか……つまり……ちょっとそんなところがあるんじゃないかって───その───人助け癖って言うかな?」
「それ、どういう意味なんだ?『人助け癖』って?」
「あの……あなたって……
つまり……たとえば去年も……湖で……三校対抗試合のとき……すべきじゃなかったのに……つまり、あのデラクールの妹を助ける必要が無かったのに……あなた少し……やりすぎて……
勿論、あなたがそうしたのは、本当に偉かったわ。
皆が、素晴らしい事だって思ったわ───」
「それは変だな。
だって、ロンが何て言ったかはっきり憶えてるけど、僕が『英雄気取りで』時間を無駄にしたって……。今度もそうだって言いたいのか?僕がまた英雄気取りになってると思うのか?」
「違うわ。違う、違う!
そんな事を言ってるんじゃないわ!」
「じゃ、言いたい事を全部言えよ。僕達、ただ時間を無駄にしてるじゃないか!」
「私が言いたいのは───ハリー、ヴォルデモートはあなたの事を知っているわ。ジニーを秘密の部屋に連れていったのは、あなたを誘い出す為だった。『あの人』はそういう手を使うわ。『あの人』は知ってるのよ、あなたが───シリウスを教いにいくような人間だって!『あの人』がただ、あなたを神秘部に誘き寄せようとしてるんだったら───?」
「ハーマイオニー、あいつが僕をあそこに行かせる為にやったかどうかなんて、どうでもいいんだ───マクゴナガルは聖マンゴに連れていかれたし、僕達が話の出来る騎士団は、もうホグワーツに一人もいない。そして、もし僕らが行かなければ、シリウスは死ぬんだ!」
「でもハリー───あなたの夢が、もし───単なる夢だったら?」
ハリーか名前だ。理由は分からないが、ヴォルデモートにはどちらかの力が必要なようである。
確かに単なる夢という可能性は大いにある。
しかし二人揃って同じ夢を見るだろうか。
例としてハリーと名前は、揃って現実の出来事を夢として見ている。
「君には分かってない!
悪夢を見たんじゃない。ただの夢じゃないんだ!何の為の『閉心術』だったと思う? ダンブルドアが何故僕にこういうことを見ないようにさせたかったと思う? 何故なら全部本当の事だからなんだ、ハーマイオニー───シリウスが窮地に陥ってる。僕はシリウスを見たんだ。ヴォルデモートに捕まったんだ。他には誰も知らない。つまり、助けられるのは僕らしかいないんだ。君がやりたくないなら、いいさ。だけど、僕は行く。分かったね?それに、僕の記憶が正しければ、君を吸魂鬼から救い出した時、君は『人助け癖』が問題だなんて言わなかった。それに───
───君の妹を僕がバジリスクから助けた時───」
「僕は問題だなんて一度も言ってないぜ。」
「だけど、ハリー、あなた、たった今自分で言ったわ。
ダンブルドアは、あなたにこういう事を頭から締め出す訓練をして欲しかったのよ。ちゃんと『閉心術』を実行していたら、見なかったはずよ、こんな───」
「何にも見なかったかのように振舞えって云うんだったら───」
「シリウスが言ったでしょう。あなたが心を閉じる事が出来るようになるのが、何よりも大切だって!」
「いいや、シリウスも言う事が変わるさ。僕がさっき見た事を知ったら───」
いよいよ口論が白熱してきた時、教室のドアが開いた。
見るとそこにはジニーとルーナがいた。
「こんにちは。
ハリーの声が聞こえたのよ。何で怒鳴ってるの?」
「何でもない。」
「私にまで八つ当たりする必要はないわ。
何か私に出来る事はないかと思っただけよ。」
「じゃ、ないよ。」
「あんた、ちょっと失礼よ。」
「待って。」
ハーマイオニーが遮った。
未だ何か考える風にしながらも、皆の注目を集めようとしている。
「待って……ハリー、この二人に手伝ってもらえるわ。
ねえ。ハリー、私達、シリウスがほんとに本部を離れたのかどうか、はっきりさせなきゃ。」
「言っただろう。僕が見たん───」
「ハリー、後生だから!
お願いよ。ロンドンに出撃する前に、シリウスが家にいるかどうかだけ確かめましょう。もしあそこにいなかったら、その時は、約束する。もうあなたを引き止めない。私も行く。私、やるわ───シリウスを救う為に、ど───どんな事でもやるわ。」
「シリウスが拷問されてるのは、今なんだ!
ぐずぐずしてる時間はないんだ。」
「でも、もしヴォルデモートの罠だったら。ハリー、
確かめないといけないわ。どうしてもよ。」
「どうやって?
どうやって確かめるんだ?」
「アンブリッジの暖炉を使って、それでシリウスと接触出来るかどうかやってみなくちゃ。
もう一度アンブリッジを遠ざけるわ。でも、見張りが必要なの。そこで、ジニーとルーナが使えるわ。」
「うん、やるわよ。」
話の筋が全く読めない様子だったが、ジニーは即座に頷いた。
「『シリウス』って、あんた達が話してるのは『スタビィ・ボードマン』の事?」
誰も答えなかった。
「オーケー。
オーケー。手早くそうする方法が考えられるんだったら、賛成するよ。そうじゃなきゃ、僕は今すぐ神秘部に行く。」
「神秘部?
でも、どうやってそこへ行くの?」
ルーナは少し驚いたようだ。
「いいわ。」
両手の指を絡み合わせながら、ハーマイオニーは机の間を往ったり来たりした。
「いいわ……それじゃ……誰か一人がアンブリッジを探して───別な方向に追い払う。部屋から遠ざけるのよ。口実は───そうね───ピーブズがいつものように、何かとんでもない事をやらかそうとしているとか……。」
「僕がやる。
ピーブズが『変身術』の部屋をぶち壊してるとかなんとか、あいつに言うよ。アンブリッジの部屋からずーっと遠いところだから。どうせだから、途中でピーブズに出会ったら、ほんとにそうしろって説得できるかもしれないな。」
「オーケー。
さて、私達が部屋に侵入している間、生徒をあの部屋から遠ざけておく必要があるわ。じゃないと、スリザリン生の誰かが、きっとアンブリッジに告げ口する。」
「ルーナと私が廊下の両端に立つわ。
そして、誰かが『首絞めガス』をどっさり流したから、あそこに近付くなって警告するわ。
フレッドとジョージがいなくなる前に、それをやろうって計画していたのよ。」
「オーケー。
それじゃ、ハリー、あなたと私は『透明マント』を被って、部屋に忍び込む。そしてあなたはシリウスと話が出来る───」
「ハーマイオニー、シリウスはあそこにいないんだ!」
「あのね、あなたは───シリウスが家にいるかどう か確かめられるっていう意味よ。その間、私が見張ってるわ。アンブリッジの部屋にあなた一人だけでいるべきじゃないと思うの。
リーがニフラーを窓から送り込んで、窓が弱点だということは証明ずみなんだから。」
「僕……オーケー、ありがとう。」
ハリーがボソボソ言った。
「ナマエはどうする?」
ジニーが尋ねた。
「そうね。何か理由をつけて人を遠ざけるのには向いていないし、だからといって『透明マント』の中には入れないし……」
「何でもいいから、早く決めてくれ。」
苛々ハリーが言った。
「分かってるわ。ナマエ、あなたは準備して。神秘部に行く為に必要だと思う物を用意するのよ。そうしたらこの教室で落ち合いましょう。」
『分かった。』
「これでよしと。さあ、こういう事を全部やっても、五分以上は無理だと思うわ。
フィルチもいるし、『尋問官親衛隊』なんていう卑劣なのがうろうろしてるしね。」
「五分で十分だよ。
さあ、行こう。」
「今から?」
ハーマイオニーが目を見開いた。
「勿論今からだ!
何だと思ったんだい?夕食の後まで待つとでも?
ハーマイオニー、シリウスはたった今拷問されてるんだぞ!」
「私───ええ、いいわ。
じゃ、『透明マント』を取りに行ってきて。ちょうどいいからナマエも一緒にね。私達は、アンブリッジの廊下の端であなたを待ってるから。いい?」
返事もせずに教室を飛び出たハリーに、大股の早歩きで間に合う名前。
廊下を行き交う生徒達をハリーは掻き分け(名前は間を縫うように進んで)、出来る限り全速力で寮へ向かう。
そうして談話室の前まで来ると、シェーマスとディーンが立ち塞ぐように話し込んでいた。
「よお、ハリー、ナマエ。」
「試験が終わっただろ?で、今夜さあ、お祝いをするつもりなんだけど───」
『ごめん、急いでいるんだ。また後で。』
ぶーたれる二人を背に肖像画の穴を登ると、既にハリーが登っていた。
談話室に入り二人して真っ直ぐ寝室へ向かう。
扉をしっかり閉めて、改めて寝室を見回す。
お祝いムードのせいか誰もいない。窓際にネスが佇むくらいだ。
名前とハリーはそれぞれ自身のベッドへ向かい、ベッド下からトランクを引っ張り出し、その中を引っ掻き回した。
ハリーはお目当ての「透明マント」とシリウスのナイフを取り出すと、鞄に突っ込んで、大急ぎで寝室を出て行った。
残されたのは名前とネスだ。
ネスは名前のベッドへすーっと舞い降りて、名前を見上げて首を傾げた。
『シリウスさんがヴォルデモートに捕まりました。場所は神秘部です。今から俺達はきっと、そこに行きます。』
ネスは驚いたのか羽毛がぶわりと膨らんだ。
構わず名前はトランクを引っ掻き回した。
『俺は準備を任されたのです。他の皆はアンブリッジ先生と人を遠ざけたり、アンブリッジ先生の部屋の暖炉を使って、シリウスさんの存在を確かめたりしています。』
ネスはベッドの上を右往左往している。
名前は強化薬や治療薬などを取り出した。
『準備で問題なのは足です。神秘部へ行く為に必要です。何か手立てはあるでしょうか。』
右往左往するのをやめて、ネスは名前をじーっと見上げた。
それから名前の方に近寄って、名前の手の甲に嘴で、何やら文字をなぞり始める。
───箒は無理でしょう
『だと思います。』
───だとすれば、生き物に頼っては如何でしょうか
『生き物……。』
箒は勿論梟もアンブリッジの監視の目が厳しい。
そんな中、人を乗せる生き物を探し出すのは難しい。
従順に人を乗せて目的地まで運んでくれる生き物。
本から得た知識、ハグリッドから何か学んだ事を思い出す。
人を乗せる生き物…………。
『馬車……。』
ふと名前が呟き、ネスは名前を見上げた。
ホグワーツとホグワーツ特急の間を送り迎えしてくれる馬車にはセストラルがあてがわれている事を思い出したようだ。
『セストラルなら監視の目が無い。殆どの人の目にも見えない。』
しかし問題はどうやってセストラルを誘き出すかだ。
授業ではハグリッドが、牛の半身を用いて誘き出していたが、もしかしたら生肉が好物なのかもしれない。
おそらく生肉はキッチンで手に入るだろう。
そうしたら今度の問題は、無事に禁じられた森でセストラルを見つけ出せるかだ。
且つ、皆を集めるまでその場にセストラルを留めておく必要がある。
『……。』
兎に角考えるのは後だ。名前はローブの内側のポケットに、ありったけの薬と人数分のお守りを携えて、それからトランクを元に戻した。
立ち上がると名前の肩へネスが飛び乗る。
それを制して、ネスを窓際に下ろした。
『この事態をダンブルドア校長先生にお伝えください。もしも、出来るのならば。お願いします。』
急ぎ寝室を出る。
談話室を通り過ぎ、廊下を大股の早足で歩き、階段を駆け下り、地下のキッチンへと向かう。
そこでいくつかの生肉を分けてもらい、名前はそれをビニールで包んで鞄に押し込んだ。
そして一つ上の階へ上り、人混みの中を縫うように歩きながら、こっそりと外へ出る。
夕方五時過ぎとはいえまだまだ空は明るく、森へ辿り着くまでは気を抜けない状況だ。
『……。』
物陰に隠れつつ慎重に、背中を丸めて名前は芝生を下りていく。
あからさまに怪しい様子だが幸い人の目は無かったらしい。名前は禁じられた森の側までやって来れた。
そこからは記憶を頼りに、セストラルの場所まで歩く。
森の中へ入ると途端に薄暗くなるので、名前は杖に灯りを灯した。
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