21.-2


そうしていよいよ水曜日がやってきた。
今日は「天文学」と「占い学」の試験だ。
午前中は「天文学」の筆記試験、午後は「占い学」、夜は「天文学」の実技試験である。

問題の「天文学」の実技試験が頭に居座るせいか、今日の名前は殊更上の空だ。
「天文学」の筆記試験も「占い学」も、上手くいったかどうか分からない。
上記の試験が終わるやいなや名前は一人またもや姿を消して、対ヴォルデモート戦の備えをしにいった。

さすがのハリーもロンもハーマイオニーも名前が何をしているのか気になったが、名前の気配の消し方がなんとうまいこと。
気が付けばいなくなっている。





「一人でどこに行ってたの?」



『秘密。』





失礼にもぷいとよそを向いて答える名前。
恐らく目を見て話すと正直に答えてしまうからだろう。
秘密を作る事自体珍しいので、ハリー達は気になったが、そっとしておく事にした。今は試験勉強で忙しいからだ。要は放置されたのである。

そして夜の十一時。名前達四人は他の生徒達に混ざって、「天文学」の塔の天辺に着いた。
そよ風が心地よい夜だった。
空には雲一つ無い。しかし天体観測には、銀色の月光は少々邪魔だった。

各々の位置で望遠鏡を設置する。
星座図が配布され、マーチバンクスの合図で書き入れはじめた。





『……。』





名前にとってはいよいよこの夜がやって来たというところである。
夢が正夢になるなど、正直馬鹿馬鹿しいが、本当になるのだから信じる他ない。
今回の夢の内容がいつ起こるのか分からない。
だが名前には、ただ無事に済むよう祈るしか出来無い。

マーチバンクスとトフティが生徒の間をゆっくり歩いている。
何もせずハラハラ見回しても仕方ない。今は試験中なのだ。
名前は他の生徒がそうするように、恒星や惑星を観測して正しい位置を図に書き入れていく。
何かに集中すれば多少は、この気持ちも静まるだろう。

風が木々の葉を揺らす音。
羊皮紙が擦れる音。
羽根ペンが走る音。
静寂も中、一際際立って聞こえる。
そうして何時間が経ったのか、城に点されていた灯りが、一つ、また一つと消えていった。
辺りは更に暗くなり、星と月の煌めきが際立つ。





『……。』





星座図に正しい位置を書き込んでいく。
すると、目の端に入り込む灯り。

見ると名前が立っている壁の真下に、オレンジ色の灯りが芝生に伸びていた。
恐らく正面玄関の扉が開いた為、中の灯りが外に溢れているのだ。
そこに五、六人の人影が伸びて動いている。
扉が閉められ、辺りは再び闇となった。

いよいよだ。いよいよこの時がきた。
名前の胸は嫌な高鳴りを感じた。





『……。』





正直星座図どころではないが、望遠鏡を覗き、星座図に書き込む作業を行う。
それから月明かりに照らされた校庭を眺めた。
目を凝らす。人影は五つだ。
一番前を歩く人影の背格好には見覚えがある。
あれは多分アンブリッジだ。

望遠鏡を覗く。
星座図に書き込む。
その時、名前の耳にドアを叩くノックの音が、遠くから聞こえてきた。
風の無い、静寂に包まれた辺りに、犬の唸り声が響く。
きっとファングだ。





『……。』





小屋を見る。
ハグリッドの小屋の窓に灯りが点っていた。
人影を招き入れ、扉は閉まった。

望遠鏡を覗く。
星座図に書き込む。

そしてまた小屋を見る。
小屋の方向から吼え声が響いた。
周囲の数人が異変に気が付いたらしく、小屋の方を見ている。





「皆さん、気持を集中するんじゃよ。」





軽く咳払いをして、トフティは穏やかにそう言った。
多くの生徒はまた望遠鏡に戻った。





「ゥオホン───あと二十分。」





トフティがそう言った後、静寂に包まれた辺りにバーンという大きな音が響き渡った。

思わず小屋を見る。
小屋のドアが開きハグリッドが躍り出た。
吠えるように叫び、両手の拳を乱暴に振り回している。

五人が同時に細い赤い光線を発射した。
あれは「失神呪文」だ。





「やめて!」



「慎みなさい!
試験中じゃよ!」




ハーマイオニーが悲痛に叫び、トフティが咎める。
しかし今や誰も望遠鏡など覗いていない。
ハグリッドの小屋の方向を見るばかりだ。

小屋の周りでは「失神呪文」が飛び交い続けていた。
呪文はハグリッドに直撃していたが、何故か撥ね返されている。

辺りには咆哮と叫号が響き渡っている。





「おとなしくするんだ、ハグリッド!」



「おとなしくが糞喰らえだ。ドーリッシュ、こんなことで俺は捕まらんぞ!」





ファングも戦っている。
五人の人影に何度も飛びかかっている。
けれどついに「失神呪文」が直撃し、その場に倒れた。

ますますハグリッドは怒り、吼え、ファングを倒した犯人を持ち上げて投げた。
男は何メートルも吹っ飛び、そのまま起き上がらなかった。





「見て!」





パーバティが声をあげ、城の真下を指差した。
芝生に灯りが伸びている。正面扉が再び開いたのだ。
人影が一つ、芝生を進んでいく。



「ほれ、ほれ!
あと十六分しかないのですぞ!」





トフティは叫んだが、最早誰の耳にも届かない。

今正面扉から出てきたのは、夢の内容が正しければ、
マクゴナガルだ。
小屋を目指し、真っ直ぐ向かっている。




「何ということを!
何ということを!」



「マクゴナガル先生だわ!」
ハーマイオニーが言った。



「おやめなさい!やめるんです!
何の理由があって攻撃するのです?何もしていないのに。こんな仕打ちを───」





女子生徒が悲鳴をあげた。
小屋の方から四本の「失神呪文」が放たれ、マクゴナガルに直撃したのだ。

瞬間マクゴナガル体は赤い光に包まれ、空中へ撥ね上がり、芝生の上に落っこちた。
そのままマクゴナガルは微動だにしなかった。






「南無三!
不意打ちだ!けしからん仕業だ!」
トフティが興奮して叫んだ。



「卑怯者!」
ハグリッドも叫んだ。
「とんでもねえ卑怯者め! これでも食らえ───これでもか───」



「あーっ───」





ハーマイオニーは恐怖で息を呑んだ。
ハグリッドが近くにいた二つの人影に思いっきり殴ったのだ。
二人は倒れ、動かなくなった。

ハグリッドは前屈みになり、動かなくなったファングを肩に担ぐ。





「捕まえなさい、捕まえろ!」





アンブリッジの声が校庭に響いた。
けれど残った一人はハグリッドに近付くのを躊躇っているようだった。
先の三人のやられぶりに尻込みしたらしい。
後退り、気絶した仲間の一人に躓いて尻餅をついていた。

一方ハグリッドは向きを変え、ファングを担いだまま走りだした。
アンブリッジが「失神呪文」を唱えたが外れ、ハグリッドは校門の方向へ走り去った。

静寂が戻ってきた。風一つ無い。
やがてトフティが口を開いた。





「うむ……皆さん、あと五分ですぞ。」





試験はあっと言う間に終わった。
殆どの生徒が放心状態で望遠鏡をケースにしまい、螺旋階段を降りる。
しかしショックが冷めるとやがて興奮し始め、生徒達は階段の下で、いま先程の騒ぎを見たことを大声で話し合っていた。
ハーマイオニーなんて怒りでなかなか言葉が出て来なかったほどだ。




「あの悪魔!
真夜中にこっそりハグリッドを襲うなんて!」



「トレローニーの二の舞を避けたかったのは間違いない。」
アーニー・マクミランが会話に加わった。



「ハグリッドはよくやったよな?
どうして呪文が撥ね返ったんだろう?」
ロンはなんだか怖がっている。



「巨人の血のせいよ。
巨人を『失神』させるのはとても難しいわ。トロールと同じで、とってもタフなの……でもおかわいそうなマクゴナガル先生……『失神光線』を四本も胸に。もうお若くはないでしょう?」



「ひどい、実にひどい。
さあ、僕はもう寝るよ。皆、おやすみ。」



『悪いけど、俺も寝るよ。おやすみ。』



「そうしなよ、ナマエ。いつも以上に顔色が悪いもの。」



『……。』





おやすみの挨拶を交わし、アーニーの後を追う形で寮へ戻る。
グリフィンドールの談話塗に入ると、真夜中にも関係なく大騒ぎだった。
校庭での騒ぎで何人かの生徒が目を覚ましたのだろう。
そしてその何人か、友達を起こしたのだ。
先に帰っていたシェーマスとディーンが騒ぎの詳しい話をしていたが、名前はその横を通り過ぎて寝室へ戻る。
皆、談話室で話しているようで、寝室には名前一人だった。





『……。』





いや。窓辺にネスが佇んでいる。
ネスは入ってきた名前にすぐ気が付いて、静かに飛んで来て肩へと止まった。
柔らかい羽毛が頬を包む。
名前はどっかり、自身のベッドへ座り込んだ。





『何も出来ませんでした。』





名前は呟いた。
ネスは静かに聞いていた。





『知っていたのに何も出来ませんでした。お守りなんて無駄だったのです。ああなる事を話せば良かった。授業以外の話をしちゃいけないなんて規則、無視するべきだった。』





両手で顔を覆う。
手は冷たく、微かに震えていた。
その手をネスが啄んだ。





『……。』





顔を上げると、ネスがじっと此方を見据える。
今は手元に盤も本も無い。伝える手段は無い。
ただじっと此方を見据える。
強い視線だった。
まるで「そんな事無い」とでもいうように。





『……。』





その夜、名前は一段と沢山の夢を見た。
騒動のせいで神経が興奮して眠りが浅かったのかもしれない。
幸い最後の試験の「魔法史」は午後に行われる予定だったので、トレーニングを終えて朝食を摂ると、午前はゆっくり過ごす事が出来た。
とはいえ最後の追い込みにで勉強をしていたので、あまり休まらなかったようだが。


そうして午後二時。
またしても試験用に様変わりした大広間に五年生達は入り、裏返しにされた試験問題の前にそれぞれ座った。
大広間の奥からマーチバンクスが現れ、巨大な砂時計を引っくり返す。




「試験問題を開けて。
始めてよろしい。」





解答用紙を引っくり返す。
問題を読み、羽根ペンを走らせる。

良い陽気のせいか、高窓から見える空は真っ青で、そこに一匹のスズメバチがぶつかっている。
そんな音も気にならないほどに、名前はひたすら問題を解き続けた。

正面の砂時計の砂が静かに落ちていく。





───……。





そこは暗い廊下だった。
名前はすぐに居眠りしたのだと気が付いた。
そして夢に抗おうと、ひたすら意識を浮上させる。

そこへハリーが現れた。
名前はハリーの存在に釘付けとなり、意識を浮上させる事を止めてしまった。
けれどハリーは名前の存在に気が付いていないらしい。

ハリーは歩き始めて、時折走った。
名前は止めようと後を追い掛けた。
夢の中だと分かっていながら、それは条件反射だった。





───ハリー、待って……。





黒い扉を潜り、たくさんの扉がある円形の部屋に着く。
石床を横切り、二番目の扉を通り、その部屋の奇妙な物体を全て無視して駆け、三番目の扉が開く。

そこは薄暗く、古びた電球が立ち並ぶ、沢山の棚がある部屋だ。
ハリーは何列も通り過ぎて、九十七番目の棚の横で、ようやく歩を止めた。
これをチャンスに声を掛けようとする。しかし声が出ていないのか聞こえていないのか、ハリーは無反応だ。

そうしているうちにハリーは左に曲がり、二列の棚の間の通路を走った。
遠ざかるハリーの姿を闇が隠す。




───……。





名前は追い掛けた。
けれどそこにいたのはハリーより背の高い、痩せた男の後ろ姿だ。
頭は毛穴一つ無いぬるりとした後頭部で、その肌は青白く、手には杖を持っている。





「それを取れ。俺様の為に……さあ、持ち上げるのだ……俺様は触れる事が出来ぬ……しかし、お前には出来る……。」





その声を聞いて名前は数歩後ずさる。
けれどぐっと堪え、男の前に誰がいるのか確認した。

その人物は床に倒れていた。
意識はあるようで、立ち上がろうともがいている。





「クルーシオ!苦しめ!」





床に倒れている人物は苦痛の声を上げた。
聞き覚えのある男の声だった。

呪文を放った男は笑っていた。
笑いが途切れた頃、男は杖を下ろした。





「ヴォルデモート卿が待っているぞ……。」





その言葉が誰に向けられたものなのか、名前には分からない。
何せ名前の姿はここにないし、ハリーの姿も消えてしまっていたからだ。

床の上の男は、苦痛を堪えるが如く拳を握り、その拳で床を押し、自身の体を僅かに持ち上げた。
それと同時にゆっくりと顔を上げる。
薄闇の中に浮かぶ青白く、血まみれの、苦痛に歪んだ顔。

シリウスだった。





「殺すなら殺せ。」



「言われずとも最後はそうしてやろう。
しかし、ブラック、まず俺様の為にそれを取るのだ……これまでの痛みが本当の痛みだと思っているのか?考え直せ……時間はたっぷりある。誰にも貴様の叫び声は聞こえぬ……。」





何者かが悲鳴を上げた。
シリウスではない。勿論ヴォルデモートでもない。
悲鳴はくぐもり響き渡り、やがて鮮明になっていく。




『……。』





目が覚めた。目を開けるとそこには、ぎっちり書き込まれた解答用紙が広がる。
現実に意識が戻ってきたのに、悲鳴はより鮮明に響き渡っている。
それはハリーの悲鳴だった。

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