21.-1


頬をつねられた。
目覚めると同時、今まで眠っていた事に気付く。

突っ伏していた机から顔を上げて周囲を見ると、すぐ近くにネスがぽつんと佇んでいる。辺りには誰もいなかった。
ネスは読みかけの本のスペルを指し、名前に宛てて言葉を紡ぐ。





───マダム・ポンフリーに、きちんと相談すべきではないですか?





「何を?」をなどと尋ねなくても分かる。
名前の過ぎた居眠りについてだ。





『大丈夫です。』



───大丈夫じゃないですよ



『マダム・ポンフリーは、試験のせいでヒステリックになっていると考えているのです。その考えは変わりません。』



───そうだとしても、何かしら対策や解決を望まなければ、試験に支障をきたしてしまいます





確かにその通りだ。
しかし名前は早朝のトレーニングも試験勉強も、そして来たるヴォルデモート戦に向けての対策も、一日のスケジュールどれを取っても欠かせないものだった。





『図書室で調べてきます。……』





そこでまた居眠りしてしまうのは分かりきった事だったが、ネスは黙って見送った。
窓の外には晴天が広がっている。おそらく皆、校庭にでも行っているのだろう。















ついに六月を迎えた。
それはつまり、O・W・L試験がやってきたという事である。

教師陣は宿題を出さず、試験に出そうな予想問題の練習に時間を費やし、生徒も皆試験勉強に熱を入れていた。





「一日に何時間勉強してる?」





唐突にアーニー・マクラミンが尋ねた。
「薬草学」の教室の外に並んでいる時の事だった。





「さあ。
数時間だろ。」
ロンが答えた。



「八時間より多いか、少ないか?」



「少ないと思うけど。」



「僕は八時間だ。
八時間か九時間さ。毎日朝食の前に一時間やってる。平均で八時間だ。週末に調子がいい時は十時間できるし、月曜は九時間半やった。火曜はあんまりよくなかった───七時間十五分しかやらなかった。それから水曜日は───」





居眠りばかりしている名前には耳が痛い話だ。
だがスプラウトが生徒を三号温室に招き入れ始めたので、アーニーは演説をやめた。

このようにアーニーを始め方法は違えど、生徒達は皆、周囲の者に何かしら影響を与えるような事をし始めた。
例を上げればハーマイオニーは呪文のように本の内容をブツブツ復唱するし、アーニーは誰かを捕まえては何時間勉強しているか聞き回るし、ドラコ・マルフォイ嘘なんだか本当なんだか分からなかい事を話し始めた。

それは試験開始の数日前。
「魔法薬」の教室の前での事だ。
マルフォイはクラッブとゴイルに向かって、自信満々に話していた。





「勿論、知識じゃないんだよ。
誰を知っているかなんだ。ところで、父上は魔法試験局の局長とは長年の友人でね───グリゼルダ・マーチバンクス女史さ───僕たちが夕食にお招きしたり、いろいろと……」





ハーマイオニーは驚き半分胡散臭さ半分という表情で、名前達に近付いた。





「本当かしら?」



「もし本当でも、僕達には何にもできないよ。」



「本当じゃないと思うよ。」





ロンの後、背後からネビルが出てきて、静かにそう言った。





「だって、グリゼルダ・マーチバンクスは僕のばあちゃんの友達だけど、マルフォイの話なんか一度もしてないもの。」



「ネビル、その人、どんな人?
厳しい?」
ハーマイオニーが尋ねた。



「ちょっとばあちゃんに似てる。」



「でも、その人と知り合いだからって、君が不利になるようなことはないだろ?」
ロンが言った。



「ああ、全然関係ないと思う。
ばあちゃんが、マーチバンクス先生にいっつも言うんだ。僕が父さんのようには出来がよくないって……ほら……ばあちゃんがどんな人か、聖マンゴで見ただろ……。」





聖マンゴに行っていない名前には何の事やらさっぱりだ。
ただハリー、ロン、ハーマイオニーは互いに顔を見合わせていた。

試験までの日々が過ぎていく中。
今度は五年生と七年生の間で、精神集中、頭の回転、眠気覚ましに役立つ物の怪しい取引が行われた。
居眠りばかりする名前は恰好のカモだったが、どれも断っている。
ネスに止めておくよう言われているからだ。
ハリーとロンはどうにか手に入れようと必死だったが、ある日脳刺激剤熱が冷めた。

そして「変身術」の授業の時、OWL試験の時間割とやり方についての詳細が知らされた。





「ここに書いてあるように、」





黒板に書かれた試験の日付けと時間を写し取る間に、         マクゴナガルが説明した。





「皆さんのOWLは二週間にわたって行われます。午前中は理論に関する筆記試験、午後は実技です。「天文学」の実技試験は、もちろん夜に行います。
警告しておきますが、筆記試験のペーパーには最も厳しいカンニング防止呪文がかけられています。『自動解答羽根ペン』は持ち込み禁止です。『思い出し玉』、『取り外し型カンニング用カフス』、『自動修正インク』も同様です。残念な事ですが、毎年少なくとも一人は、魔法試験局の決めたルールをごまかせると考える生徒がいるようです。それがグリフィンドールの生徒でないことを願うばかりです。わが校の新しい───女校長が───
カンニングは厳罰に処すと寮生に伝えるよう、各寮の寮監に要請しました───理由は勿論、皆さんの試験成績次第で、本校における新校長体制の評価が決まってくるからです───」





マクゴナガルは微かにため息を漏らした。





「───だからといって、皆さんがベストを尽くさなくても良い事にはなりません。皆さんは自分の将来を考えるべきなのですから。」



ハーマイオニーが挙手した。
「先生。
「結果はいつわかるのでしょうか?」



「七月中にふくろう便が皆さんに送られます。」



「よかった。
なら、夏休みまでは心配しなくてもいいんだ。」
ディーン・トーマスがわざと聞こえるように呟いた。





最初の試験は「呪文学」の理論だ。
月曜の午前中に予定されている。

日曜の昼食後、名前は早々に図書室へ引っ込んだ。
この頃一人でいる事が多い為に、ハリー達はちょっと気にしている。
けれど一人の方が集中出来るのだろうと考え、無理には誘わなかった。

名前が図書室行く理由として試験勉強は勿論だが、眠気覚ましに効く呪文やら薬やら、あれば探そうという魂胆だ。
しかもやはり寝てしまって、やはり夢を見てしまう。
あまり良い結果は得られなかった。

その日の夜は静かな夕食だった。
勉強疲れでハリーとロンは食事に夢中だし、ハーマイオニーは、しょっちゅう本を取り出しては、事実や数字を確かめていた。





「ちゃんと食べないと夜眠れなくなるよ。」





ロンが忠告したと同時、ハーマイオニーの手からフォークが滑り落ちた。
玄関ホールの方をじっと見ている。




「ああ、どうしよう。
あの人達かしら?試験官かしら?」





名前達は頭だけ振り向いた。
両開きにされた大広間から廊下側、鮮やかなピンク色のアンブリッジを目印に、古めかしい衣服に身を包む、いかにも大御所らしき魔法使い達が見えた。





「近くに行ってもっとよく見ようか?」
ロンが言った。



ロンの案に乗った三人は、急ぎ玄関ホールに向かう。
敷居を跨いだ後はゆっくり歩き、知らん顔を装って試験官のそばを通り過ぎた。

アンブリッジが礼儀正しく話しかけているのが聞こえる。





「旅は順調でした。順調でしたよ。もう何度も来ているのですからね!
ところでこのごろダンブルドアからの便りがない!
どこにおるのか、皆目分からないのでしょうね?」




「分かりません。
でも、魔法省がまもなく突き止めると思いますわ。」



「さて、どうかね。
グンブルドアが見付かりたくないのなら、まず無理だね!私には分かりますよ……この私が、NEWTの『変身術』と『呪文学』の試験官だったのだから……あれほどまでの杖使いは、それまで見た事がなかった。」



「ええ……まあ……。
教職員室にご案内いたしましょう。長旅でしたから、お茶などいかがかと。」





名前達四人は出来る限りゆっくりと歩を進めたが、それ以上会話は聞こえてくる事は無かった。

試験前夜。生徒達は最後の猛勉強に取り組んでいたが、名前は早々にベッドへ潜った。
試験中に居眠りなどしないよう、少しでも睡眠をとる為だ。
それでも夢ばかり見たので、あまり効果的とは言えなかった。

翌朝はいつも通りトレーニングをこなし、空いた時間を勉強に宛て、時間になれば大広間へ朝食を摂りに向かう。
大広間はいつもの騒がしさは控えめで、誰もがピリピリしていて、教科書やノートを読み直したり、呪文の練習をしたりしていた。

そして朝食が終ると、五年生と七年生を除き、他の生徒は教室に向かう。
五年生と七年生は玄関ホールに屯していた。
九時半になるとクラスごとに呼ばれ、再び大広間の扉を潜った。





『……。』





大広間は様変わりしていた。
寮の長テーブルは片づけられ、個人用の小さな机がずらりと、奥の教職員テーブルの方を向いて並んでいる。
一番奥にはマクゴナガルが立っており、生徒が着席するのを待っていた。
目の前に裏返しになった解答用紙が置いてある机へ、名前は静かに着席する。

全員が着席するとマクゴナガルは「始めてよろしい」と言って、それと同時に自身の机に置かれた巨大な砂時計を引っくり返した。
生徒達も目の前の解答用紙を引っくり返した。





「まあ、それほど大変じゃなかったわよね?」





試験を終えて玄関ホールに出た途端、ハーマイオニーが不安そうに言った。
いつのまにか二時間が経っていた。
時間の経過を忘れるほどの緊張感だった。





「『元気の出る呪文』を十分に答えたかどうか自信がないわ。時間が足りなくなっちゃって。しゃっくりを止める反対呪文を書いた?私、判断がつかなくて。それと23番の問題は───」



「ハーマイオニー。
もうこの事は了解ずみのはずだ……終った試験をいちいち復習するなよ。本番だけでたくさんだ。」
ロンは苛々そう言った。





昼食も時間になると大広間は元通りの姿になり、名前達は次の試験に向けて緊張感を高めながら、黙々と昼食を摂った。

昼食を摂った後に生徒の列に混じって、大広間の脇にある小部屋に移動し、実技試験に呼ばれるのを待つ。
名簿順に何人かずつ名前が呼ばれたが、終わったものが出てこないところを見ると、別の扉から出て行っているのだろう。
控えの生徒は呪文を唱えたり、杖の動きを練習したりしている。

そうしているうちに名前の名前が呼ばれた。
ハリー達に激励の言葉を向けられつつ、名前は大広間へ入った。





「ミョウジ、トフティ教授のところが空いているよ。」





扉の内側に立っていたフリットウィックが指を差した。
指差した方向を目で辿ると、そこは一番奥で、小さいテーブルと椅子が置いてある。
そして向かいの椅子には、試験官の中でも一番の老齢で、眼鏡の、一番禿げた男性が座っていた。





「ふむ、ミョウジだね?」



『はい。』





トフティはメモを見ながら、鼻メガネ越しに名前を見上げた。
無表情の名前を見て、緊張を解すように笑いかける。





『よろしくお願いします。』



「よーし、よし。
堅くなる必要はないでな。さあ、このゆで卵立てを取って、コロコロ回転させてもらえるかの。」





出来は追及しまい。試験を終えた名前は部屋を後にした。
それよりも気が付いた事がある。
あの試験官のトフティ教授、どこかで見た覚えがあると感じていたが───それもそのはず、名前の夢に出てきた男性だ。
天文台で天体観測をしている時に、悲劇が起きたあの夢の中に、確かにあの男性はいた。
つまりいよいよその時は近付いているという事だ。

気が気じゃなくなってきた。
名前は軽めの夕食を摂り、ハリー達を置いて一人寝室へ引き篭もった。





『夢が本当になる気がするのです。』





ベッドの上に座り、名前はネスに打ち明けた。
ネスはボードのスペルを嘴で指し示す。





───どのような夢ですか?



『天体観測の時、ハグリッドさんが何者かに襲われて、マクゴナガル先生が庇おうとするのです。
そこで魔法がマクゴナガル先生に直撃して、倒れて、動かなくなるのです。
……。』





話しているうちに名前は悲しくなったのか、俯いて自身の身を抱きしめた。





『そうなるのが怖くて、俺は、マクゴナガル先生とハグリッドさん、ファングにお守りを渡したのです。
効果があるのかは分かりませんが、でも、そうなるのが怖いのです。』



───ならば私が見張りましょう。



『駄目です。あなたの羽色は目立ちすぎます。でも……あなたも受け取ってもらえますか。お守り……。』




ネスは頷いた。
ベッドの下に手を突っ込み、名前はトランクの中からお守りを取り出す。
それをネスの足に括り付けた。




───最近一人になる事が多かったですが、これを作っていたのですか。



『はい。……
効果があるのかどうか、分かりませんが……。』





不安な一夜を過ごした翌朝の火曜日。午前中、今日は「変身術」の試験だ。前日と同じく筆記試験と実技を行う。
水曜日は「薬草学」の試験だった。
そして、木曜日は「闇の魔術に対する防衛術」だった。
どれも特に問題は無く出来たが、出来の方は試験官のみが知る。

金曜日は、ハーマイオニーは「古代ルーン語」の試験だったが、名前達三人は一日休みだった。
談話室に二人を残して、名前は対ヴォルデモート戦に備えて一人用意する為、どこかへ消えた。
名前がフラリとどこかへ消えるのはいつもの事なので、ハリーもロンも気にせずチェスをしていた。

週末はさすがに勉強の為に時間をあてたようで、名前は一人、図書室に引き篭もった。
月曜日は「魔法薬学」の試験だからだ。
これが「闇祓い」になれるかどうか左右する点にもなる。
そして噂通り午前中の筆記試験は、なかなかの難関だった。
午後は実技だったが担当はマーチバンクスで、スネイプが関わっていない為か、殊の外すんなり出来たようだった。

次は火曜日の「魔法生物飼育学」の試験だ。
実技試験は禁じられた森の隅の芝生で、午後に行われた。試験はいくつかの段階に分かれていた。
───例えば、十二匹のハリネズミの中に隠れているナールを正確に見分ける試験、次にボウトラックルの正しい扱い方───などなどだ。
元から印象的な授業が多かったせいか、名前はこれらをすんなりこなせた。

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