20.-2


「お前さんなら、うんと言ってくれると思っとったわい。
そんでも、俺は……決っして……忘れねえぞ。……そんじゃ……さあ……ここを通ってもうちっと先だ……ほい、気を付けろ、毒イラクサだ……。」





それから何分、何十分だろうか。一時間はいっていないだろう。
四人は黙々と歩き続ける。
そうしてついにハグリッドが立ち止まり、右手を伸ばして後方の三人を押し留めた。





「ゆーっくりだ。
ええか、そーっとだぞ……」





気配を殺すハグリッドに倣い、三人はゆっくり歩み寄る。
薄暗い辺りを為にそこに何があるかは分からない。
だが四人のパキパキという小枝やら落ち葉を踏み締める音以外、静寂に包まれたこの森に、微かに聞こえる規則正しい風の音。
多分これは生き物の呼吸音だ。

正体を確かめる為に真っ直ぐ杖の灯りを向ける。
そこにあったのは、大きな土塁だ。
ハグリッドの背丈と殆ど同じ高さだが、横幅はもっとある。
杖先の灯りだけでは照らしきれないそれは、よく見ると僅かに上下している事が分かる。
これこそが呼吸音の正体だったのだ。

生き物であるという事以外、まだハッキリと正体は分からない。
だがここがこの生き物の住処となっているのだろう。
辺り一帯の木は根っこから引き抜かれ、生き物の周りに、木の幹や太い枝が築かれている。





「眠っちょる。」





ハグリッドは小声でそう言った。
確かに規則正しい呼吸音はゆっくりだ。





「ハグリッド。
誰なの?」





吐息のような声でハーマイオニーは囁いた。
手にした杖が微かに震えている。





「ハグリッド、話が違うわ。
誰も来たがらなかったって言ったじゃない!」





ハーマイオニーはパニックになりかけている様子だ。
なんといったって、この生き物の正体は。





『巨人……。』
呟くと、ハリーがハッとして生き物を見詰めた。



「その、なんだ───いや───来たかったわけじゃねえんだ。
だけんど、連れてこなきゃなんねえかった。ハーマイオニー、俺はどうしても!」




「でも、どうして?
どうしてなの?───一体───ああ、ハグリッド!」



「俺には分かっていた。こいつを連れて戻って、
そんで───そんで少し礼儀作法を教えたら───外に連れ出して、こいつは無害だって皆に見せてやれるって!」



「無害!
この人がいままでずっとハグリッドを傷つけていたんでしょう? だからこんなに傷だらけだったんだわ!」



「こいつは自分の力が分かんねえんだ!
それに、よくなってきたんだ。もうあんまり暴れねえ───」



「それで、帰ってくるのに二ヵ月もかかったんだわ!
ああ、ハグリッド、この人が来たくなかったなら、どうして連れてきたの? 仲間と一緒のほうが幸せじゃないのかしら?」



「皆にいじめられてたんだ、ハーマイオニー、こいつがチビだから!」



「チビ?

チビ!」



「ハーマイオニー、俺はこいつを残してこれんかった。
なあ───こいつは俺の弟分だ!」





ハーマイオニーは黙った。見ると、ぱかっと口を開け、信じられないと言わんばかりの目でハグリッドを見詰めている。
今はハリーの方が冷静のようだ。





「ハグリッド、『弟分』って、
もしかして───?」



「まあ───半分だが。
母ちゃんが父ちゃんを捨てたあと、巨人と一緒になったわけだ。そんで、このグロウプができて……」



「グロウプ?」



「ああ……まあ、こいつが自分の名前を言う時、そんなふうに聞こえる。
こいつはあんまり英語を喋らねえ……教えようとしたんだが……
兎に角、母ちゃんは俺の事も可愛がらんかったが、こいつもおんなじだったみてぇだ。そりゃ、巨人の女にとっちゃ、でっけえ子どもを作る事が大事なんだ。こいつは初めっから巨人としちゃあ小柄な方で───せいぜい五、六メートルだ───」



「ほんとに、ちっちゃいわ!
顕微鏡で見なきゃ!」



「こいつはみんなに小突き回されてた───俺は、どうしてもこいつを置いては───」



「マダム・マクシームも連れて戻りたいと思ったの?」



「う───まぁ、俺にとってはそれが大切だっちゅう事を分かってくれた。
だ───だけんど、暫くすっと、正直言って、ちいとこいつに飽きてな……そんで、俺達は帰る途中で別れた……誰にも言わねえって約束してくれたがな……。」



「一体どうやって誰にも気付かれずに連れてこれたの?」



「まあ、だからあんなに長くかかったちゅうわけだ。
夜だけしか移動できんし、人里離れた荒地を通るとか。勿論、そうしようと思えば、こいつは相当の距離を一気に移動できる。だが、何度も戻りたがってな。」



「ああ、ハグリッド、一体どうしてそうさせてあげなかったの?
ここにいたくない暴力的な巨人を、一体どうするつもりなの!」



「そんな、おい───『暴力的』ちゅうのは───ちいときついぞ。
そりゃあ、機嫌の悪い時に、俺に二、三発食らわせようとしたこたぁあったかもしれんが、だんだんよくなってきちょる。ずっとよくなって、ここに馴染んできちょる。」



「それなら、この縄は何の為?」





ハリーが言った通り、木の幹のような太い縄が数本、同じ数だけの木に括り付けてあった。
その縄は巨人───グロウプまで伸びている。

引き抜かれ横たわる木にハーマイオニーはヘナヘナと頽れ、両手で顔を覆った。





「縛りつけておかないといけないの?」



「そのなんだ……ん……
あのなあ、さっきも言ったが、こいつは自分の力がちゃんと分かってねえんだ。」



「それで、ハリーとナマエとロンと私に、何をしてほしいわけ?」




「世話してやってくれ。
俺がいなくなったら。」





名前達は互いの顔を見詰めた。
ハリーとハーマイオニーは痛々しいほど情けない表情を浮かべている。
名前の無表情は変わらなかった。





「それ───それって、具体的に何をするの?」
ハーマイオニーが怖怖尋ねた。



「食いもんなんかじゃねえ!
こいつは自分で食いもんは取る。問題ねえ。鳥とか、鹿とか……うんにゃ、友達だ、必要なんは。
こいつをちょいと助ける仕事を誰かが続けてくれてると思えば、俺は……こいつに教えたりとか、なあ。」





ハグリッドの要望には応えたい───応えるしかないのだ。約束したのだから。───だが難しい内容だ。

友達になるのも、何かを教えるのも、現段階では何とも言えない。
だってグロウプがどのような人物か、目の前の見た目でしか分からないのだ。

半分巨人のハグリッドは、確かに大きいが人間の姿だ。
だがグロウプは違う。
四頭身、五頭身ほどだろうか。体のわりに頭が大きいく、短い首に幅広く厚い体が広がっている。
身に着けているのは獣の皮を荒く縫い合わせた、褐色の野良着一枚だ。
手足は名前の身長よりも大きいかもしれない。





「僕達に教育してほしいの……。」





グロウプを観察している名前の隣で、ハリーはぼんやりとそう言った。





「うん───ちょいと話しかけるだけでもええ。
どうしてかっちゅうと、こいつに話が出来たら、俺達がこいつを好きなんだっちゅうことが、もっとよく分かるんじゃねえかと思うんだ。そんで、ここにいてほしいんだっちゅう事もな。」





三人はもう一度顔を見合わせた。
ハーマイオニーは顔を覆った指の間から、二人を覗き見た。





「なんだか、ノーバートが戻ってきてくれたらいいのにっていう気になるね?」





ハーマイオニーは力無く微笑んだ。
ハグリッドがソワソワしている。





「そんじゃ、やってくれるんだな?」



「うーん……
やってみるよ、ハグリッド。」



「お前さんに頼めば大丈夫だと思っとった。
だが、あんまり無理はせんでくれ……お前さん達には試験もある……『透明マント』を着て、一週間に一度ぐれえかな、ちょいとここに来て、こいつと喋ってやってくれ。そんじゃ、起こすぞ。そんで───お前さん達を引き合わせる───」



「えっ───ダメよ!
ハグリッド、やめて。起こさないで、ねえ、私達別に───」





ハーマイオニーは立ち上がってハグリッドを留めたが、しかしハグリッドの方が行動が早かった。
それとおそらく、考えに集中して周りの声が聞こえない状態でもあったのだろう。

ハグリッドはグロウプの方へ歩み寄り、あと数メートルほどのところで、折れた長い枝を拾った。
一体何をするのかと見守る三人を振り返り、ハグリッドは「大丈夫だ」という笑顔を見せる。
そして瞬間、枝の先でグロウプの背中の真ん中を突いた。

グロウプは大きな声で鳴いた。言葉というより咆哮のようだった。
その声に驚いたらしく、一帯の木々から小鳥が飛び立つ。

そしてついにゆっくりと、グロウプが起き上がった。
起き上がる為に片手をつき、その衝撃で地面が地震の如く揺れる。
グロウプは此方を見た。
誰が自身の眠りを妨げたのだろうと確認しているように見えた。





「元気か?グロウピー?
よく寝たか?ん?」





再び枝を突けるように構えながら後退り、ハグリッドは友好的な態度でそう言った。
背後にいる名前達は出来るだけ後退し、二人のやり取りを注意深く見守る。

グロウプは膝立ちをして、大きな手でゴシゴシと目を擦っていた。
かと思うと、サッと立ち上がる。





「アーッ!」





恐怖でハーマイオニーが悲鳴を上げた。
グロウプの両手と両足は縛られ、立ち上がった事でその縄が、括られた木々ごと千切れんばかりに軋む。

そんな事はお構い無しにグロウプは辺りを見回し、松の木に作られた鳥の巣を掴んだ。
しかし何やら気分を害したようで、咆哮を上げながら巣を裏返す。

巣にあった卵が真下にいたハグリッドめがけて降り注ぎ、慌てて両腕で頭を庇っていた。





「ところでグロウピー。
友達を連れてきたぞ。憶えとるか?連れてくるかもしれんと言ったろうが?俺がちっと旅に出るかもしれんから、お前の世話をしてくれるように、友達に任せて
いくちゅうたが、憶えとるか?どうだ?グロウピー?」




降り注ぐ卵を警戒しながら、ハグリッドは叫んだ。
けれどグロウプはまた咆哮を上げるばかりだ。

英語を話せないとは聞いていたが、もしかしたらそもそもグロウプはハグリッドの言葉を、言葉として認識していないのかもしれない。



グロウプの意識は松の木に移り、大きな手で木を掴むと、手前に引っ張っていった。





「さあさあ、グロウピー、そんな事やめろ!
そんな事したから、みんな根こそぎになっちまったんだよ───。」





見る見るうちに地面が割れた。
木の根っこが見え始める。





「おまえに友達を連れてきたんだ!
ほれ、友達だ!下を見ろや、このいたずらっ子め!友達を連れてきたんだってば!」



「ああ、ハグリッド、やめて。」





ハーマイオニーは懇願したがしかしまたしても、ハグリッドがグロウプの膝を突っつく方が早かった。

グロウプは松の木から手を離すと、今気が付いたかのように下を見た。





「こっちは、……」





チャンスとばかりにハグリッドが此方へやってきた。





「ハリーだよ、グロウプ!ハリー・ポッター!俺が出かけなくちゃなんねえ時、お前に会いにくるかもしれんよ。いいな?」





グロウプは背を丸めて此方を見詰めた。
大岩のような頭が、今や目の前にある。





「そんで、こっちはナマエ。それとハーマイオニーだ。なっ?ハー───」





途中ハグリッドが言葉に詰まったが、名前はグロウプの動向の方が気になるようだ。





「ハーマイオニー、ハーミーって呼んでもかまわんか?なんせ、こいつには難しい名前なんでな。」



「かまわないわ。」



「ハーミーだよ、グロウプ!そんで、この人達も訪ねてくるからな!よかったなあ?え?友達が三人もお前を───グロウピー、ダメ!」





グロウプの手が風を切り、突然ハーマイオニーの方に伸びてきた。
恐怖で動けないハーマイオニーを、ハリーと名前が共に引っ張る。
そうして後ろの木に隠れると同時、その木を掠り、グロウプの手は空を掴んだ。





「悪い子だ、グロウピー!」





余程のショックだったのだろう。
震えながら二人にしがみつき、ハーマイオニーが小さく悲鳴を上げているのが聞こえる。





「とっても悪い子だ!そんなふうに掴むんじゃ───イテッ!」





何が起こったのかと、ハリーと名前は、木の両脇から覗き込む。

ハグリッドが仰向けに倒れていた。
手で鼻を押さえているあたり、もろに殴られていたらもっと吹っ飛んでいるだろうし、グロウプの手が掠めたのかもしれない。

当のグロウプはもう此方に興味は無いようで、松の木を引っ張っていた。





「よーふ。」





石弓を握り直し、ハグリッドが立ち上がった。
鼻を摘んでいるが鼻血だけで済んだらしく、どうやら軽症のようだ。





「さてと……これでよし……お前さん達はこいつに会ったし───今度ここに来るときは、こいつは前さん達の事が分かる。うん……さて……」





ハグリッドはグロウプを見上げる。
名前もつられて見上げた。
薄暗くてグロウプの表情は分からなかったが、松の木を引っ張っている事は分かった。
根っこが地面から露出するブチブチという音が聞こえる。





「まあ、今日のところは、こんなとこだな。
そんじゃ───もう帰るとするか?」





名前の隣で二人は頷いた。先が思いやられる
ハグリッドは先頭に立ち、今来た道無き道を歩き始める。

来た時と同じように、四人は黙々と歩く。
何を思い考えているのかは分からない。
しかし前を歩くハグリッドと無表情の名前以外、ハリーとハーマイオニーは厳しい顔をしていた。

おそらくグロウプの事だろう。
ハグリッドと約束してしまった以上避けられない事だが、あの状況を見てしまうと、教育どころか意思疎通すら難しい。先が思いやられる状況だ。





「ちょっと待て。」





ハグリッドはそう言ったが、ハリーとハーマイオニーはニワヤナギの密生地を通り抜ける途中で、名前は二人が通り抜けられるようニワヤナギを掻き分けていたし、それどころではなかった。

ようやく通り抜けてハグリッドの後ろへ付くと、ハグリッドは肩に掛けた矢立てから矢を一本引き抜き、石弓にあてがう。
背後の三人も少し前に出て杖を構えた。





「おっと、こりゃぁ。」



「ハグリッド、言ったはずだが?
もう君は、ここでは歓迎されざる者だと。」





男の低い声だ。名前は声の発生源を見た。
垂直に切り立つ岩壁の上に、逆光に照らされた、ケンタウルスのシルエットがあった。
薄暗い為に顔立ちはハッキリしない。
けれど警戒を孕んだ声音と、矢立と長弓で武装している事から、ただならぬ気配が読み取れる。





「元気かね、マゴリアン?」





そうハグリッドが挨拶するやいなや、マゴリアンと呼ばれたケンタウルスの背後から、四、五頭のケンタウルスが現れた。
そしてマゴリアンとは別のケンタウルスが口を開いた。





「さて。
この森に再びこのヒトが顔を出したら、我々はどうするかを決めてあったと思うが。」



「いま俺は、『このヒト』なのか?
お前達全員が仲間を殺すのを止めただけなのに?」



「ハグリッド、君は介入するべきではなかった。
我々のやり方は、君達とは違うし、我々の法律も違う。フィレンツェは仲間を裏切り、我々の名誉を貶めた。」
マゴリアンが言った。



「どうしてそういう話になるのか、俺には分からん。
あいつはアルバス・ダンブルドアを助けただけだろうが───」



「フィレンツェはヒトの奴隷になり下がった。」
また別のケンタウルスが言った。



「奴隷!
ダンブルドアの役に立っとるだけだろうが。」



「我々の知識と秘密を、ヒトに売りつけている。
それほどまでの恥辱を回復する道はありえない。」



「そんならそれでええ。
しかし、俺に言わせりゃ、お前さん達はどえらい間違いを犯しちょる。」




「お前もそうだ、ヒトよ。
我々の警告にも拘らず、我らの森に戻ってくるとは───」
最初に口を開いたケンタウルスの声だ。



「おい、よく聞け。
言わせてもらうが、『我らの』森が聞いて呆れる。森に誰が出入りしようと、お前さん達の決めるこっちゃねえだろうが。」



「君が決める事でもないぞ、ハグリッド。
今日のところは見逃してやろう。君には連れがいるからな。君の若駒が───」



「こいつのじゃない!
マゴリアン、学校の生徒だぞ!たぶん、既に、裏切り者のフィレンツェの授業の恩恵を受けている。」
最初に口を開いたケンタウルスの声だ。



「そうだとしても。
仔馬を殺すのは恐ろしい罪だ───我々は無垢なものに手出しはしない。今日は、ハグリッド、行くがよい。これ以後は、ここに近づくではない。裏切り者フィレンツェが我々から逃れるのに手を貸した時から、君はケンタウルスの友情を喪失したのだ。」



「お前さん達みてえな老いぼれラバの群れに、森から締め出されてたまるか!」



「ハグリッド!
行きましょう。ねえ、行きましょうよ!」





ハグリッドの言葉がどんなに彼らの尊厳を傷付けたかは知らない。
ただ二頭のケンタウルスが蹄で地面を掻いていた。
だがハグリッドも我慢の限界が近いらしい。
足先は帰り道に向けていたが、石弓を構えたまま、目はマゴリアンを睨み続けている。





「君が森に何を隠しているか、我々は知っているぞ、ハグリッド!
それに、我々の忍耐も限界に近づいているのだ!」





ついにハグリッドは向きを変えた。
名前達は力を合わせてハグリッドの腹を押す。
何とかそのまま歩かせようという考えだった。





「あいつがこの森にいる限り、お前達は忍耐しろ!森はお前達のものでもあるし、あいつのものでもあるんだ!」





そうハグリッドが叫んだ後、渋面のまま下を見る。
三人が自身を押しているのに気が付くと、ハグリッドの顔が少し驚愕で緩んだ。





「落ち着け、三人とも。」





ようやくハグリッドは歩き始めた。
毒イラクサの密生地に触れないよう、避けてハグリッドの後を追い掛ける。





「しかし、忌々しい老いぼれラバだな、え?」



「ハグリッド。
ケンタウルスが森にヒトを入れたくないとすれば、ハリーも私もナマエも、誰にもどうにもできないんじゃないかって気が───」



「ああ、連中が言った事を聞いたろうが。
仔馬───つまり、子どもは傷つけねえ。兎に角、あんな連中に振り回されてたまるか」



「いい線いってたけどね。」





そうハリーがハーマイオニーを慰めた。

暫く歩くと人の手が行き届いた小道に戻り、密生していた木々が少しずつ散在するようになってくる。
そうするともう杖の灯りは必要ないくらいで、伸び切った枝の隙間から、澄み切った青空が見えるようになってきた。

木漏れ日あふれる小道を歩いていると、遠くの方から歓声が響き渡った。





「またゴールを決めたんか?
それとも、試合が終ったと思うか?」



「分からないわ。」





クィディッチ競技場が見えてきたとき、立ち止まってハグリッドが聞いた。

返事はしたがハーマイオニーは心身ともに疲れ切った様子だ。
それもそのはず、明るい場所で見ると名前達三人はボロボロである。
頭は鳥の巣状態、ローブは所々破れ、露出した肌は細かい引っ掻き傷がいくつもある。




『このままだと不自然だ。身なりを整えよう。』



「それもそうだね。」





競技場の方をじーっと眺めるハグリッドを横に、名前達は身なりを整えた。





「どうやら終ったみてえだぞ!
ほれ───もう皆出てきた───三人とも、急げば集団に紛れ込める。そんで、三人がいなかった事なんぞ、誰にも分かりやせん!」



「そうだね。
さあ……ハグリッド、それじゃ、またね。」





三人は軽い挨拶をしてから、競技場へ向けて芝生を上る。
見送るハグリッドが小さくなっていくと、ハーマイオニーが口を開いた。





「信じられない。
信じられない。ほんとに信じられない。」



『大丈夫。』



「大丈夫なわけないじゃない!」



『……。』
一喝されてしまった。



「落ち着けよ。」



「落ち着けなんて!
巨人よ!森に巨人なのよ!それに、その巨人に私達が英語を教えるんですって! しかも、勿論、殺気立ったケンタウルスの群れに、途中気付かれずに森に出入り出来ればの話じゃない!ハグリッドったら、信じられない。ほんとに信じられないわ。」



「僕達、まだ何にもしなくていいんだ!」





競技場へ辿り着いた。
今しがた見た試合に興奮冷めやらぬ状態で、談笑しながら城へ帰るハッフルパフ生の団体に、三人は紛れ込む。





「追い出されなければ、ハグリッドは僕達に何にも頼みやしない。それに、ハグリッドは追い出されないかもしれない。」



「まあ、ハリー、いい加減にしてよ!
ハグリッドは必ず追い出されるわよ。それに、はっきり言って、いましがた目撃したことから考えて、アンブリッジが追い出しても無理もないじゃない?」





これはまずい事を言った。
怒るあまり口を滑らせてしまったのだろうが、ハリーには禁句だ。

ハリーがハーマイオニーを睨み、ハーマイオニーの目に涙が浮かび、間に挟まれた名前はオロオロ二人を見比べた。





「本気で言ったんじゃないよね。」



怒り任せに目を擦る。
「ええ……でも……そうね……本気じゃないわ。
でもどうしてハグリッドは苦労を背負込むのかしら?……それに私達にまでどうして?」



「さあ───。」





♪ウィーズリーは我が王者
ウィーズリーは我が王者
クアッフルをば止めたんだ
ウィーズリーは我が王者





「それに、あのバカな歌を歌うのをやめてほしい。
あの連中、まだからかい足りないって言うの?
さあ、スリザリン生と顔を合わせないうちに中に入りましょうよ。」



『……。』





妙な違和感に名前は立ち止まって耳を傾ける。
歌声が聞こえる競技場の方から、大勢の生徒が芝生を上ってくる。





♪ウィーズリーは守れるぞ
万に一つも逃さぬぞ
だから歌うぞ、グリフィンドール
ウィーズリーは我が王者





「ハーマイオニー……」





ハリーも違和感に気付いたらしい。
競技場からの歌声は大きくなってくる。
名前とハリーは目を見交わし、それから競技場の方へと向けた。

芝生を上ってくるのは赤と金色の集団だ。
その集団の中、誰かが肩車をされている。





♪ウィーズリーは我が王者
ウィーズリーは我が王者
クアッフルをは止めたんだ
ウィーズリーは我が王者





「うそ?」
ハーマイオニーが囁いた。



「やった!」




「ハリー、ナマエ、ハーマイオニー!
やったよ!僕達勝ったんだ!」





頭上に優勝杯を振り上げてロンが叫んだ。
ハリーハーマイオニーは笑顔を浮かべて、名前は拍手で迎える。

扉を潜る際に芋洗い状態で混み合い、ロンは扉の付近で頭を打ったが、それでも笑顔を絶やさない。
玄関ホールに歌を響き渡らせ、集団はゆっくりと遠ざかっていった。

二人は笑顔を消し、名前は拍手していた手を下ろす。





「明日まで黙っていようか?」



『そうしよう。』



「ええ、 いいわ。
私は急がないわよ。」





三人は石段を上り、正面扉に辿り着くと、禁じられた森を振り返った。
ただただ爽やかな青空が広がっている。

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