20.-1


伝説級の遁走を遂げたフレッドとジョージの一件は、それからホグワーツ中に浸透し、生徒達はウィーズリーへ続けとばかりに、毎日何かしらの悪戯とゴタゴタが繰り返され、アンブリッジはその度に奔走する羽目になった。

更にフレッドとジョージは多々の置き土産を残していた。
例えば東棟の六階に巨大な沼地。これを無くす為にアンブリッジとフィルチが奮闘していたが、ついに無くす方法は見付からず縄が張られ、フィルチが渡し舟で生徒を運ぶ事となった。
それからアンブリッジの部屋に空いたフレッドとジョージの箒の大穴。
フィルチの手によりそこには新しい扉が取り付けられ、ハリーのファイアボルトは地下牢に移されたそうだ。

アンブリッジとフィルチの苦労はそれだけではない。
何者かがアンブリッジの部屋に「毛むくじゃら鼻ニフラー」を入れたものだから、キラキラした物を探して室内を滅茶苦茶にした上、アンブリッジが部屋に戻ってきた時、指輪目掛けて飛び掛かってきた為、危うく指を噛み切られる騒ぎとなったらしい。
廊下にはしょっちゅう「糞爆弾」や「臭い玉」が落とされ、部屋を出る時は「泡頭の呪文」をかける事がお馴染みとなった。
この光景にカンカンになったフィルチは犯人を探し、乗馬用鞭を片手に学校中を駆け回ったが、これは森の中の木を見付け出すようなもので、到底捕まえられるはずも無かった。

「尋問官親衛隊」もフィルチを手助けしようと動いたらしいが、不自然なくらい立て続けに不幸が連発した。
例えばスリザリンのクィディッチ・チームのワリントンはコーンフレークをまぶしたような肌になり、他にはパンジー・パーキンソンは鹿の角が生えてきて、 次の日の授業を全部休む事となった、などなど。

『……。』


ホグワーツ中の生徒が、フレッドとジョージが遁走を遂げる前に、どれほど「ずる休みスナックボックス」を買い込んでいたのか定かではない。
アンブリッジの授業の時間になると生徒達は鼻血を出したり、吐いたり、高熱になったり、気絶したり、様々な体調不良を訴え出した。

勿論アンブリッジは怒ったし、何とか解決しようと手を打ったが、最終的には解決出来ず、生徒達が教室を退去していくのを見送るしかなかった。
それはアンブリッジの授業の度に、恒例の行事のように成されたものだが、人間慣れとは恐ろしいもので、当初は感じていた煩わしさも不快感も、慣れてしまうと多少の事では動じなくなる。

しかしそれにしても名前の眠気は最早病的なもので、周囲の騒ぎに反応も無く、殊更無愛想に拍車をかけていた。
手を変え品を変え、生徒以上に悪戯を仕掛ける者、ピーブズの起こす騒ぎでさえ、名前の眠気を覚まさせる事はなかった。
(朝食の時に大広間へ毒蜘蛛タランチュラを撒いたが、名前は黙々とサラダを食べていた)



「何か言ってあげた方がいいかしら?」



「呪文学」の教室の窓ガラスに頬をくっつけて、ハーマイオニーはそう言った。
見ると、校庭の馬車道を一組の夫妻が怒りの形相で城へ向かっている。
この二人はモンタギュー夫妻だ。
双子の手によりトイレへ詰め込まれたモンタギューが発見された事は良いものの、未だ回復の兆しが見られなかったからだ。



「何があったのかを。そうすればマダム・ポンフリーの治療に役立つかもしれないでしょ?」



「もちろん、言うな。あいつは治るさ。」


「兎に角、アンブリッジにとっては問題が増えただろ?」





ロンもハリーも、モンタギューの事はどうでも良さそうだった。今はティーカップに呪文をかけるのに必死だからだ。
(まあ、傍目から見ると、杖で適当に叩いているだけのように感じるだろうが)
名前は既に呪文が成功したようで、机の上でカップがひょこひょこ歩く姿を、飽きもせずじっと見詰めていた。

ハリーの方は四本脚がしっかり生えたが、短かすぎてひっくり返り、裏返った亀のように脚をバタバタさせていた。
一方ロンの方は華奢な四本脚が生えた。カップは何とか体を持ち上げようと、産まれたての子鹿のようにぷるぷる震えていたが、ついに耐えきれず関節(?)が曲がり、机に叩き付けられたカップはものの見事に真っ二つになった。
それを見ていたハーマイオニーが即座に杖を振った。



「レパロ。
それはそうでしょうけど、でも、モンタギューが永久にあのままだったらどうする?」



「どうでもいいだろ?
グリフィンドールから減点しようなんて、モンタギューのやつが悪いんだ。そうだろ?誰かの事を心配したいなら、ハーマイオニー、僕の事を心配してよ。」



「あなたの事?
どうして私があなたの事を心配しなきゃいけないの?」



「ママからの次の手紙が、ついにアンブリッジの検閲を通過して届いたら、僕にとって問題は深刻さ。ママがまた『吼えメール』を送ってきても不思議はないからな。」



「でも、」



「見てろよ、フレッドとジョージが出ていったのは僕のせいって事になるから。
ママは僕があの二人を止めるべきだったって言うさ。箒の端を捕まえるとか、ぶら下がるとか、何とかして……そうだよ、何もかも僕のせいになるさ。」



「だけど、もしほんとにおばさんがそんな事を仰るなら、それは理不尽よ。あなたにはどうする事も出来なかったもの!
でも、そんな事は仰らないと思うわ。だって、もし本当にダイアゴン横丁に二人の店があるなら、前々から計画していたに違いないもの。」



「うん、でも、それも気になるんだ。どうやって店を手に入れたのかなあ?
ちょっと胡散臭いよな? ダイアゴン横丁なんかに場所を借りるのには、ガリオン金貨がごっそり要るはずだ。そんなに沢山の金貨を手にするなんて、あの二人は一体何をやってたのか、ママは知りたがるだろうな。」



「ええ、そうね。私もそれは気になっていたの。
マンダンガスが、あの二人を説得して盗品を売らせていたとか、何かとんでもないことをさせたんじゃないかと考えていたの。」



「マンダンガスじゃないよ。」




黙って聞いていれば良いものの、ハリーはつい口を挟んでしまった。
それはそうだ。フレッドとジョージには、自分が金貨をあげたのだから。

話は聞いていたらしい、ゆっくり名前はハリーを見た。
ロンとハーマイオニーが同時に口を開くところだった。




「どうして分かるの?」


「それは……
それは、あの二人が僕から金貨をもらったからさ。六月に、三校対抗試合の優勝賞金をあげたんだ。」





沈黙が落ちてくる。
生徒達が呪文を唱える声、談笑の声、そしてカップが机を歩く音。
無神経な程にその場は賑やかだ。

机の上を走っていたハーマイオニーのカップは、暫くして端から落っこちて、床の上で砕け散った。





「まあ、ハリー、まさか!」



「ああ、まさかだよ。
それに、後悔もしていない。僕には金貨は必要なかったし、あの二人なら、素晴らしい『悪戯専門店』をやっていくよ。」



「だけど、それ、最高だ!
みんな君のせいだよ、ハリー。ママは僕を責められない!ママに教えてもいいかい?」



「うん、そうした方がいいだろうな。
特に、二人が盗品の大鍋とか何かを受け取っていると、おばさんがそう思ってるんだったら。」





ハリーが三校対抗試合の優勝賞金を譲った事は、勿論初めて知る者には多少のショックを与えるものだろうが、ハーマイオニーにとってこれは相当なショックだったようで、それからの授業中、口を閉ざしてしまった。
しかしいつまでも我慢出来る性分ではない。

休み時間に城を出て、ブナの木の下に座り込む。
五月のポカポカ陽気を浴び、暫くそよ風に撫でられていると、名前はウトウトし始めた。
目を閉じてブナの木に背中を預けているところ、じっと見ていたハーマイオニーは、ついに口を開く。
けれどもそれを素早く感じ取ったハリーは、ハーマイオニーよりも先に声を発した。





「ガミガミ言ってもどうにもならないよ。もう済んだ事だ。
フレッドとジョージは金貨を手に入れた。どうやら、もう相当使ってしまった。それに、もう返してもらう事も出来ないし、そのつもりもない。
だから、ハーマイオニー、言うだけ無駄さ。」



「フレッドとジョージのことなんか言うつもりじゃなかったわ!」





ハーマイオニーは怒ったようにそう言ったが、ロンが胡散臭そうに鼻を鳴らす。
名前がうっすら目を開けて確認すると、ハーマイオニーが横目でロンを睨んでいた。





「いいえ、違います!
実は、いつになったらスネイプのところに戻って、『閉心術』の訓練を続けるように頼むのかって、それをハリーに聞こうと思ったのよ!」





弱点をつかれたようにハリーは固まる。

双子の衝撃的な脱出劇の熱が治まると、ロンとハーマイオニーは冷静さを取り戻して、シリウスがどうしているか、ハリーに尋ねた。
事の発端となるハリーがシリウスと話したがった理由。早急でなければならない理由。
ロンもハーマイオニーも名前も、誰も聞いていないからだ。

始めは言い淀んでいたハリーだが、最後には話してくれた。
何でもシリウスはハリーが『閉心術』の訓練を再開することを望んでいると言うのだ。
勿論、ハーマイオニーは決してこの話題を忘れなかった。





「変な夢を見なくなったなんて、もう私には通じないわよ。
だって、昨日の夜、あなたがまたブツブツ寝言を言ってたって、ロンが教えてくれたもの。」



ハリーは何も言わずロンを見た。
ハーマイオニーの発言でロンはようやく誤りに気が付いたらしく、大きな体を身を縮こまらせる。
そして小さな声で言い訳がましくこう言った。





「ほんのちょっとブツブツ言っただけだよ。
『もう少し先まで』とか。」



「君のクィディッチ・プレイを観ている夢だった。
僕、君がもう少し手を伸ばして、クアッフルを掴めるようにしようとしてたんだ。」





ロンの耳が赤くなるところを見てから、名前はまた目を閉じた。
半分眠った状態で友人達の話に耳を傾ける。





「心を閉じる努力はしているのでしょう?
『閉心術』は続けているのよね?」



「当然だよ。」



「あのさ。
モンタギューがスリザリン対ハッフルパフ戦までに回復しなかったら、僕達も優勝杯のチャンスがあるかもしれないよ。」



「そうだね。」



「だって、一勝一敗だから、今度の土曜にスリザリンがハッフルパフに敗れれば、」



「うん、その通り。」





五月最後の週末。
この日は最後の試合が行われる日でもある。
試合内容はグリフィンドール対レイブンクローだ。

前回の試合ではスリザリンとハッフルパフが競い、僅差でスリザリンが敗れる結果となったが、グリフィンドールは良い結果が残せる自信が無かった。
何故ならゴールキーパーのロンが良い成績を収めていなかったからだ。





「だって、僕はこれ以上下手になりようがないじゃないか?
いまや失うものは何もないだろ?」





試合当日を迎えて賑わう大広間の朝食の席。
ロンはマイナス思考の楽観主義者となっていた。
試合前はお決まりだが青い顔でコーンフレークを持ち上げたり落としたりして喉を通らず、これももうお決まりだが、名前も青い顔でじっと並べられた朝食を見詰めている。

会話は当然盛り上がらず、賑わう大広間とは場違いなどんよりとした雰囲気を漂わせ、何とか一杯のコーンフレークを完食した後、名前達は各々一声掛けたのだがロンは黙ったまま、ヨロヨロと大広間を出て行ってしまった。





「あのね。
フレッドとジョージがいない方が、ロンは上手くやれるかもしれないわ。あの二人はロンにあんまり自信を持たせなかったから。」





競技場に向かう途中、ハーマイオニーがそう言った。
その横をルーナ・ラブグッドが通り過ぎていく。
頭に生きた鷲のようなものを止まらせていた。
鷲を見て、ハーマイオニーは目を見開いた。





「あっ、まあ、忘れてた!
チョウがプレイするんだったわね?」




名前は眠たげに「そうなの?」とばかりに首を傾げて、ハリーは唸るように返事をした。

城内から外に出ると眩い太陽光が名前達三人を照らす。
頭上には雲一つ無い見事な程真っ青な空が広がり、木々の葉を揺らす風も無い。
穏やかな陽気となり、クィディッチ試合日としては、最高の日和だろう。

競技場のスタンドは盛り上がる生徒達で既に満杯だ。
それぞれ応援する寮のカラーを纏い、きらびやかな光景となっている。
三人は階段からスタンドに上がり、一番上から二列目に空席を見付けた。





「……ブラッドリー ……デイビース……チャン……」





席に着くと間もなくリー・ジョーダンによる選手名の呼び上げが始まった。

いつも三人一組だったフレッド、ジョージ、リー。
二人がいなくなってから暫く落ち込んでいたが、今日もやはり声に元気が無い。







「さて、選手が飛び立ちました!
デイビースがたちまちクアッフルを取ります。レイブンクローのキャプテン、デイビースのクアッフルです。ジョンソンを躱しました。ベルを躱した。スピネットも……真っ直ぐゴールを狙います!
シュートします───
そして───
そして───
デイビースの得点です。」





隣でハリーとハーマイオニーが呻き声を上げた。
周囲のグリフィンドール生も苦い顔で呻いたり、溜め息を吐いたりしている。
反対にスリザリン生は拳を振り上げ歓声を上げ、揃って歌い始めた。





♪ウィーズリーは守れない
万に一つも守れない……





「ハリー。
ハーマイオニー……ナマエ……。」





歓声と呻き声に混じって初めそれは空耳のように感じたが、周囲を確かめると背後の方、席と席の間に、ハグリッドの大きな顔がニョキッとあった。
後ろの席の前を通ってきたようで、ハグリッドの歩みに巻き込まれた一年生と二年生が、洗濯機から取り出さればかりの洗濯物のように雑然となっている。

後列の席に座る観客を思いやってか、それとも誰かに姿を見られたくないのか、分からないが、大きな体を半分に折り曲げている。
どちらにしてもハグリッドは後ろのゴタゴタに気付いた様子はない。





「なあ。
一緒に来てくれねえか?今すぐ?皆が試合を見ているうちに?」



「あ……待てないの、ハグリッド?
試合が終るまで?」



「駄目だ。
ハリー、今でねえと駄目だ……皆が他に気を取られているうちに……なっ?」



「いいよ。
勿論、行くよ。」





後列のハグリッドに従いハリーが立ち上がった。
ハリーに倣い、ハーマイオニーと名前も横歩きする。
三人を通さねばならない生徒達に文句を言われながらスタンドを進み、階段まで辿り着いた。




「すまねえな、お三方、ありがとよ。」





この時になって名前はようやくハグリッドの顔をハッキリ見た。
真新しい鼻血が口髭に伝っており、潤む両目は青痣に囲まれ、今にも泣き出しそうな表情だ。

ハグリッドは辺りを注意深く見回しながら芝生を下り始め、今は何があったか聞ける雰囲気ではない。





「あの女が俺達の出ていくのに気付かねばええが。」



「アンブリッジの事?
大丈夫だよ。『親衛隊』が全員一緒に座ってる。見なかったのかい?試合中に何か騒ぎが起こると思ってるんだ。」



「ああ、まあ、ちいと騒ぎがあった方がええかもしれん。」





そこで一度ハグリッドは立ち止まり、振り返って競技場の方を見た。
目を細め、その道から今の場所、そして小屋まで、慎重に見据える。





「時間が稼げるからな。」



「ハグリッド、何なの?」





ハグリッドの足取りからどうやら禁じられた森に向かっているようである。
歩みを止めないままハーマイオニーは心配そうにハグリッドを見上げた。





「ああ、すぐ分かるこった。」





直後、背後から歓声が響き渡る。
ここまで聞こえてくるのだから相当な声量だ。
ハグリッドは後ろへ振り返った。





「おい、誰か得点したかな?」



「レイブンクローだろ。」



「そうか……そうか……
そりゃいい……。」




グリフィンドールとレイブンクローが闘っている事を忘れているかのような雰囲気だ。
ハグリッドは後ろの三人などお構い無しで大股で歩き、二歩歩くごとに周囲を警戒した。
(名前は何とか追い付けたが、後の二人は走らないと追い付けなかった。)

小屋に辿り着くと、名前達三人は当たり前のように小屋に向かった。
しかしハグリッドは小屋の前を通り過ぎた。
名前達が不思議に思っている内にハグリッドは、森の一番端まで進んでの木の陰に入り、立て掛けてあった石弓を手に取った。

そこでようやく三人がいない事に気が付いたらしく、ハグリッドは此方ヘ振り返る。
そして頭で背後を示した。




「こっちに行くんだ。」




「森に?」
ハーマイオニーは困惑気味だ。



「おう。
さあ、早く。見つからねえうちに!」





名前達三人は顔を見合わせたが、考えている暇などない。
ハグリッドに続いて禁じられた森へと足を踏み入れた。

今日のような晴天でも森の中は薄暗い。
そんな中でも一際草木がこんもり生い茂る場所へ進み、ハグリッドの大きな背中が小さくなっていく。
名前は大股の早足で、ハリーとハーマイオニーは走って付いていく。





『ハグリッドさん、どこへ向かっているのですか。』




「もうちょいだ、行きゃあ分かる。大丈夫だ、お前さん達が心配する事はひとっつもねえ……。」



『……。』



「ハグリッド、どうして武器を持ってるの?」
ハリーが尋ねた。



「用心の為だ。」



「セストラルを見せてくれた日には、石弓を持っていなかったけど。」
ハーマイオニーが聞いた。



「うんにゃ。まあ、あんときゃ、そんなに深いとこまで入らんかった。
ほんで、兎に角、ありゃ、フィレンツェが森を離れる前だったろうが?」



「フィレンツェがいなくなるとどうして違うの?



「他のケンタウルスが俺に腹を立てちょる。だからだ。
連中はそれまで……まあ、付き合いがええとは言えんかっただろうが……一応俺達はうまくいっとった。連中は連中で群れとった。そんでも、俺が話してえと言えばいっつも出てきた。もうそうはいかねえ。」



「フィレンツェは、ダンブルドアの為に働く事にしたから皆が怒ったって言ってた。」



「ああ。
怒ったなんてもんじゃねえ。烈火の如くだ。俺が割って入らんかったら、連中はフィレンツェを蹴り殺してたな。」



「フィレンツェを攻撃したの?」
ハーマイオニーはショックを受けたようだった。



「した。
群れの半数にやられとった。」



「それで、ハグリッドが止めたの?
たった一人で?」
ハリーが聞いた。



「勿論止めた。黙ってフィレンツェが殺られるのを見物しとるわけにはいくまい。
俺が通りがかったのは運が良かった、全く……そんで、バカげた警告なんぞ寄越す前に、フィレンツェはその事を思い出すべきだろうが!」





語気を強めたので名前はハグリッドを見たが、当然背中なので表情は分からなかった。
ただハグリッドの肩が大きく膨らみ、萎んでいくのを目撃して、怒りを静める為に息を吐いた事が分かった。





「兎に角だ。
それ以来、他の生き物達も俺に対してカンカンでな。連中がこの森では大っきな影響力を持っとるから厄介だ……ここではイッチばん賢い生き物だからな。」



「ハグリッド、それが私達を連れてきた理由なの?
ケンタウルスの事が?」



「いや、そうじゃねえ。
うんにゃ、連中の事じゃねえ。まあ、そりゃ、連中のこたぁ、問題を複雑にはするがな、うん……いや、俺が何を言っとるか、もうじき分かる……。」




この森をハグリッドと共に進む以上は危険を避けられないようだ。
しかしそもそもダンブルドアと関係がある事で、ホグワーツ生である名前達も目は付けられるだろう。

それからハグリッドはまた少し速度を上げ、名前達は急ぎ追い掛けた。

道は益々細く険しくなっていく。
人の手が入らない獣道を進む度、辺りには霧が出始め視界を悪くし、日の入りを迎えたような暗さに変わる。
その上ハグリッドが突如として道を逸れ、獣道と呼べる道さえ無い、木々が密集する地を進み始めた。





「ハグリッド!
僕達一体どこへ行くんだい?」



「もうちっと先だ。
さあ、ハリー……これからは塊まって行動しねえと。」





そう言うハグリッドの選ぶ道は、塊って行動するには難しい道だった。
伸び放題の枝。絡まりあった茨。
太い木の根に、苔と濡れ落ち葉に覆われた地面。
そして周囲は霧と暗がりに囲まれている。
そんな中ハグリッドは慣れたようにずんずん進んでいく。
名前達はハグリッドの大きな黒い人影を見失わないようにするだけで精一杯だ。

たちまちローブも手足も汚れ、茨で傷だらけになった。





「ハグリッド、杖に灯りを点してもいいかしら?」



「あー……ええぞ。
むしろ───」



突然ハグリッドが立ち止まった為、ちょうど後ろにいたハーマイオニーはぶつかった。
弾き飛ばされて地面に倒れ込む前に、ハリーと名前が連係プレーで抱き止める。





「ここらでちいと止まった方がええ。俺が、つまり……お前さん達に話して聞かせるのに。
着く前にな。」



「良かった!」





三人は呪文を唱えてそれぞれ杖先に灯りを点す。
三つの灯りが霧に隠されながらもぼんやりと辺りを照らす。
ぼうっと浮かび上がる四人の顔。
ハグリッドは先程と変わらず悲しげな表情だ。





「さて。
その……なんだ……事は……

つまり、俺は近々クビになる可能性が高い。」





名前達は顔を見合わせた。
確かにハグリッドはアンブリッジに目を付けられているし、理不尽な理由でホグワーツを追い出される可能性もあるだろう。
しかしそれを分かっている以上、授業内容も態度も最善をつくして努力していた。





「だけど、これまでもち堪えたじゃない。
どうしてそんなふうに思う、」



「アンブリッジが、ニフラーを部屋に入れたのは俺だと思っとる。」



「そうなの?」
ハリーはつい聞いた。



「まさか、絶対俺じゃねえ!
ただ、魔法生物の事になると、アンブリッジは俺と関係があると思うっちゅうわけだ。俺がここに戻ってからずっと、アンブリッジは俺を追い出す機会を狙っとったろうが。勿論、俺は出ていきたくはねえ。しかし、本当は……
特別な事情がなけりゃ、そいつをこれからお前さん達に話すが、俺はすぐにでもここを出ていくところだ。トレローニーの時みてえに、学校の皆みの前であいつがそんな事をする前にな。」





ハリーとハーマイオニーが抗議の声をあげかけた。
それより先にハグリッドが手を振って遮った。





「なんも、それで何もかもおしめえだっちゅうわけじゃねえ。ここを出たら、ダンブルドアの手助けが出来る。騎士団の役に立つ事が出来る。そんで、お前さん達にゃグラブリー−プランクがいる。お前さん達は───ちゃんと試験を乗り切れる……
俺の事は心配ねえ。」





途中からハグリッドの声は震えて、嗄れた。
杖先の灯りがハグリッドの瞳に浮かんだ涙をキラリと反射する。
慌ててベストのポケットからハンカチを引っ張り出して、ハグリッドは目元を拭った。





「ええか、どうしてもっちゅう事情がなけりゃ、こんなこたぁ、お前さん達に話しはしねえ。なあ、俺がいなくなったら……その、これだけはどうしても……
誰かに言っとかねえと……なに何しろ俺は───
俺はお前さん達三人の助けが要るんだ。それと、もしロンにその気があったら、」



「僕達、勿論助けるよ。
何をすればいいの?」





ハーマイオニーと名前も頷いて応えた。
益々ハグリッドは目元を光らしたが、ぐっと堪えて鼻を啜る。
そして無言でハリーの肩をポンポン叩き、ハリーは真横に吹っ飛んだ。
木にぶつかったのにも気が付かないまま、ハグリッドはハンカチで口を覆う。

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