19.-2
「オッス。」
その声が名前達に投げ掛けられたものであるか定かでは無いが、四人は声の発生源を見た。
そこにはフレッドとジョージが、ちょうど此方へ来るところだった。
「ジニーが、君の事で相談に来た。」
ずかずかフレッドはやって来て名前とロンの間へ座ると、その流れで長い足を見せびらかすが如くテーブルの上へ放り出す。
テーブルの上に重ねてあった職業紹介資料もお構い無しで、何冊か資料は床に落っこちた。
「ジニーが言ってたけど、シリウスと話したいんだって?」
「えーっ?」
ハーマイオニーが大きな声を出した。
「うん……
まあ、そう出来たらと」
「バカな事言わないで。
アンブリッジが暖炉を探り回ってるし、梟は全部ボディチェックされてるのに?」
ジョージはニヤリと笑う。
「まあ、俺達なら、それも回避出来ると思うね。
ちょっと騒ぎを起こせばいいのさ。
さて、お気付きとは思いますがね、俺達はこのイースター休暇中、混乱戦線ではかなり大人しくしていたろ?」
「折角の休暇だ。それを混乱させる意昧があるか?
俺達は自問したよ。そして全く意味は無いと自答したね。それに、勿論、皆の学習を乱す事にもなりかねないし、そんな事は俺達としては絶対にしたくないからな。」
真面目な顔付きでフレッドは、ハーマイオニーに頷いた。
ハーマイオニーはちょっと驚いたようだった。
それからフレッドは話を続けた。
「しかし、明日からは平常営業だ。
そして、折角ちょいと騒ぎをやらかすなら、ハリーがシリウスと軽く話が出来るようにやってはどうだろう?」
「そうね、でもやっぱり、
騒ぎで気を逸らす事が出来たとしても、ハリーはどうやってシリウスと話をするの?」
「アンブリッジの部屋だ。」
呟くようにハリーが言った。
ハーマイオニーは勢い良くハリーを見て、眉をぎゅっと寄せた。
「あなた───気は───確か?」
「確かだと思うけど。」
「それじゃ、第一、どうやってあの部屋に入り込むの?」
「シリウスのナイフ。」
「それ、何?」
「一昨年のクリスマスに、シリウスが、どんな錠でも開けるナイフをくれたんだ。
だから、あいつがドアに呪文をかけて、アロホモラが効かないようにしていても、絶対にそうしてるはずだけど、」
「あなた達はどう思うの?」
話を振られて名前とロンは、互いに顔を見合わせた。
ロンはビックリした顔をしていて、名前は相変わらずの無表情だった。
「さぁ。」
『話したい程に重要な事なんだろう。
危険だという事は分かっているだろうし、実際そうするかどうかは、ハリー次第じゃないか。』
「そうだよ。ハリーがそうしたければ、ハリーの問題だろ?」
「さすが真の友人達、そしてウィーズリー一族らしい答えだ。」
フレッドは名前とロンの背中を叩いた。
急な出来事に名前は咳き込んでいた。
「よーし、それじゃ俺達は、明日、最後の授業の直後にやらかそうと思う。何せ、皆が廊下に出ている時こそ最高に効果が上がるからな
ハリー、俺達は東棟のどっかで仕掛けて、アンブリッジを部屋から引き離す。
多分、君に保証できる時間は、そうだな、二十分はどうだ?」
フレッドはジョージを見る。
「軽い、軽い。」
「どんな騒ぎを起こすんだい?」
「弟よ、見てのお楽しみだ。
明日の午後五時頃、『おべんちゃらのグレゴリー像』のある廊下の方に歩いてくれば、どっちにしろ見えるさ。」
そこで話を切り上げて、ジョージとフレッドはその場を去った。
残された四人の空気は重々しく、職業紹介資料を読む雰囲気でも無かった為、だんまりしたまま早々に寝室へ引き上げていった。
明日の午後に何かが起こる。
それも、とんでもない事だ。
以前の騒ぎなど可愛らしく見える程……かもしれない。
アンブリッジの部屋へ侵入して、煙突を使い、シリウスと話す。
結果的にハリーに味方するように、ハーマイオニーに答えたものの、名前だって不安じゃないわけがない。
たった一度の土壇場勝負。不安だし心配だ。
それでも次の日は来るもので。
夢と不安に魘されながら、名前はいつもの朝を迎えたのだった。
「安心して、私がノートを取っておくわ。」
『有り難う。行ってくる。』
「いってらっしゃい。」
進路指導の予定は、午前の「魔法史」の時間に入っていた。
なので首を捻って困っていたところ、ハーマイオニーが名乗り出てくれた。
昨夜の件でぎくしゃくするかと思われたが意外といつも通りだ。
名前はノートを任せてマクゴナガルが待つ部屋へと向かった。
コンコンコン。
ノックをすると、中から「どうぞ」と声が返ってきた。
『失礼します。』
部屋に入った瞬間、入る部屋を間違えたかと、名前は踵を返しそうになる。
何故なら部屋の隅にアンブリッジがいたからだ。
今日のファッションもピンク色で、首の周りにフリルが目立つ。
隅にいるのに真っ先に目に留まるのだから、相当なインパクトである。
膝の上にクリップボードがあるのを見ると、彼女も何らかの指導をしようとしているのだろう。
「ミョウジ、」
『、はい。』
「お掛けなさい。」
マクゴナガルの声で我に返った名前は、ドアを閉めて中央の机へ歩み寄る。
マクゴナガルと向かい合わせに座ると、アンブリッジに背を向ける形になる為、名前は少しだけ背筋を正した。
机の上には沢山の職業紹介資料が散乱している。
「さて、ミョウジ。この面接は、あなたの進路に関して話し合い、六年目、七年目でどの学科を継続するかを決める指導をする為のものです。」
『はい。』
「ホグワーツ卒業後、何をしたいか、考えがありますか?」
『……。』
アンブリッジがいるこの状況で、バカ正直に「マグルの仕事と魔法使いの仕事で悩んでいる」と言ってしまって良いものか。
自身の将来を左右する大事な時間だとは理解しているが、名前はつい口を噤んでしまった。
すると背後でカリカリと、羽根ペンが動く音が聞こえてきた。
「Mr.ミョウジ?」
『、はい、あの……』
「何ですか?」
『ええと……。悩んでいます。」
「何で悩んでいるのですか?」
『マグルとして仕事に就くか、魔法使いとして仕事に就くかです。』
小さな声だが、はっきり言ってしまった。
背後のカリカリ音が忙しない。
「マグルの仕事とあなたは言いましたが、あてがあるのですか。」
『はい。』
「分かりました。マグルの世界は私の専門外ですから、魔法界での考えを聞かせてください。魔法使いとして仕事に就くなら、何か考えましたか。」
『そうですね……『闇祓い』はどうかと、思っています。』
「それには、 最優秀の成績が必要です。」
色々な職業紹介資料を見てきて何も考えなかったわけではないが、咄嗟に出てきたのは「闇祓い」だった。
嘘やハッタリが不得意な名前だ。その場しのぎの台詞ではないだろう。
セドリックの話が引き金になったのかは不明だし、本当に「闇祓い」という職に就きたいかはさておき。
将来を考えるのなら、「闇祓い」はこれから必要とされる職業だ。仲間は一人でも多い方が良いだろう。
机の上の雑多に積まれた書類の山から、マクゴナガルは小さな黒い小冊子を抜き出した。
「NEWTは少なくとも五科目パスすることが要求され、しかも「E・期待以上」より下の成績は受け入れられません。成る程。
それから、闇祓い本部で、一連の厳しい性格・適性テストがあります。
狭き門ですよ、ミョウジ、最高の者しか採りません。事実、この三年間は一人も採用されていないと思います。」
『……。』
「どの科目を取るべきか知りたいでしょうね?」
『はい。』
「『闇の魔術に対する防衛術』は勿論、その他『変身術』を勧めます。何故なら、闇祓いは往々にして、仕事上変身したり元に戻ったりする必要があります。
更に『呪文学』です。これは常に役に立ちます。それと、『魔法薬学』です。闇祓いにとって、毒薬と解毒剤を学ぶ事は不可欠です。
それに、言っておかなければなりませんが、スネイプ先生はOWLで『O・優』を取った者以外は絶対に教えません。
あなたの点数はどの科目も平均して高いです。ですからその点数を、今後も維持する努力をしてください。」
『質問してもよろしいでしょうか。』
「勿論です。」
『闇祓い本部で厳しい性格・適性テストがあると仰いましたが、どのような内容ですか。』
「そうですね、圧力に抵抗する能力を発揮するとか、忍耐や献身も必要です。何故なら、闇祓いの訓練は、更に三年を要するのです。言うまでもなく、実践的な防衛術の高度な技術も必要です。卒業後も更なる勉強があるという事です。ですから、その決意が無ければ、ホグワーツを出てから、むしろ他の仕事を選ぶべきでしょうね。」
『分かりました。』
「それではミョウジ、これで進路相談は終りです。」
『有り難うございました。』
椅子から立ち上がり、マクゴナガルに会釈をする。
それからアンブリッジの方にも控えめな会釈をして、名前は部屋を出た。
一息吐いて鞄を肩に掛け直し、石畳の廊下へ踏み出す。
先生達に行われた査察のような事態にならずに済んで良かったというところだ。
「おかえりなさい、ナマエ。どうだった?」
『聞きたい事は聞けた。』
「まあ、それは良かったわね。ノート渡すのは後で良いかしら?」
『うん、有り難う。ハーマイオニー、』
「何?」
『何かあったの。』
「私が口うるさく説得するから、黙っていようって魂胆なのよ。」
そう言ってハーマイオニーは、だんまりを決め込むハリーに向かって、シリウスと話す計画はやめるよう説得を続けた。
地下牢教室へ向かう道中も魔法薬の授業中も続けるので器用なものである。
不自然といえばスネイプもだ。いつもなら二言三言、ハリーに嫌味やら皮肉を言うはずなのに、今日は見向きもしない。
「閉心術」の訓練を無事に終えたにしては不自然な接し方だ。まあ、普段から不自然ではあるが……。
そのまま授業は終わり、薬の一部を提出する運びとなった。
以前提出するのに最後尾を歩いて二人きりの状況を作り出してしまった名前。
今回はそうならないよう、大鍋周辺を片付ける前に提出へ向かう。
『……。』
ハリーと入れ替わり、通路で擦れ違う。
教卓の上はフラスコでいっぱいだ。
自身のフラスコは果たして乗るのか?危うい雰囲気である。
と、見詰めていた瞬間。
やはり、ゆらり。フラスコが傾く。
『……。』
そこでつい手を差し伸ばしてしまったのは条件反射というものだろう。
奇跡的に名前の手にはフラスコがすっぽりと収まった。
二人分のフラスコを慎重に教卓へと乗っけて、名前はクルリと踵を返す。
大鍋周辺を片付けて鞄を肩に掛けると、だんまりを決め込むハリーとロン、警告を続けるハーマイオニーと共に、昼食を摂りに大広間へ向かった。
「ナマエは本当にハリーが危険を覚悟していると思っているの?」
『……何の話。』
「ハリーの計画の事よ。ハリーが思うままに行動すべきだと思っているの?」
言いながらハーマイオニーは横目で、ネビルとシェーマスの間に座って昼食を摂るハリーを見た。
話題には触れず、ロンは黙々とソーセージを頬張っている。
『思っているよ。』
「危険を覚悟しているって?」
『うん。』
「あら、そう。私にはそう見えないのよ。」
午後の授業で「占い学」の教室に向かうと、進路指導予定のはずのハリーもいた。
何だか誰とも口をききたくない様子だったが、ロンは構わず声を掛けたのだった。
ハリーは急いで踵を返し、マクゴナガルの部屋へと走っていった。
「進路指導を忘れるなんて、ハリーの機嫌は最悪だな。僕ほどじゃないけど……。」
機嫌が最悪なのはロンとハリーだけじゃなかった。
「闇の魔術に対する防衛術」の授業で、始業間近に教室へ現れたアンブリッジは、まるで今の今まで走ってきたかのように息を弾ませていた。
「ハリー、計画を考え直してくれないかしら。
アンブリッジったら、もう相当険悪ムードよ……。」
隣からハーマイオニーの囁き声が聞こえてきた。
相変わらず授業は黙読の時間だったので、物音一つが命取りだ。
だから名前は目だけで周囲を見渡したが、幸い誰かに気付かれた様子は無い。
ただ時々、アンブリッジがハリーを睨みつけていた。
「ダンブルドアは、あなたが学校に残れるように、犠牲になったのよ、ハリー!
もし今日放り出されたら、それも水の泡じゃない!」
計画の時間は刻一刻と近付いている。
緊張で高鳴る胸とは反対に、名前の頭には眠気が襲っていた。
ただひたすら何度も目を通した教科書を読むという行為。
静けさも相俟って眠気を誘う。
「ハリー、やらないで。お願いだから!」
終業のベルが鳴り響き、名前の頭は少しだけ冴えた。
教科書を鞄にしまい、立ち上がろうとすると、眠気でフラついた。
「いいから、もうやめろよ。ハリーが自分で決める事だ。」
四人で教室から出て、黙って廊下を進む。
他の教室からも生徒が出てくるので、廊下は生徒でごった返している。
眠気でモタつく足で歩く名前は、珍しくハリー達三人から離されて後ろの方を一人で歩いていた。
ドーン…………
頭上、どこか上の階からだろうか。
何かが炸裂する音が響き渡り、天井や壁、床がビリビリと振動した。遅れて悲鳴が聞こえてくる。
教室から出てきた生徒達が足を止めて、天井を見上げたり友人と顔を見合わせたりしている。
これはおそらく、どう考えたって陽動作戦が開始されたのだ。
今出てきたばかりの教室から恐ろしい形相でアンブリッジが飛び出してきて、杖を引っ張り出しながら駆けて行った。
その勢いに思わず名前は壁に張り付いた。
『……。』
炸裂音の方向へ向かって生徒達は移動しだした。炸裂音の正体を見ようという考えだろう。
その人波を掻い潜り、ハリーは反対方向へ走り出した。
壁際にいたにも関わらず、名前は人波にもまれ目を回すハメになった。
しばらくすると蜘蛛の子を散らすように、あっという間に廊下から人気が無くなる。
残された名前はフラフラとベンチに近付き、ゆっくり腰掛けた。
『……。』
遠くに悲鳴や叫び声が聞こえる。
それに混じって炸裂音も響き渡り、天井も壁も床も揺れている。
そんな状況で名前は眠気と闘っている。
瞳を閉じて目頭を指先で揉む。それで眠気が無くなるはずもないが。
一瞬意識が飛び、頭がカクリと落ちた。
ぶるると頭を振って、壁伝いに立ち上がる。
肩に鞄を掛け直し、兎に角騒ぎの状況が確認出来る場所へと、フラフラ歩き始めた。
廊下をゆっくり歩き、階段を一段一段確かめながら下りる。
玄関ホールが見える辺りに来るとそこには、大勢の生徒と教師陣、ゴースト達が集まっていた。
「さあ!」
甲高い女性の声が玄関ホールに響き渡る。
背の高い名前の事だ。人垣もなんのその、近付いて見れば、それが誰か分かる。
輪になって集まる人垣の中心、フレッドとジョージが立っていた。
そして二人が見上げる形で階段の上に、アンブリッジと「尋問官親衛隊」がいる。
甲高い女性の声はおそらくアンブリッジのものだろう。
「それじゃあなた達は、学校の廊下を沼地に変えたら面白いと思っているわけね?」
「相当面白いね、ああ。」
フレッドの声は普段通りだ。
恐れも怒りも感じさせない。
そこへフィルチが人垣を掻き分けてやって来て、何やら囁きながらアンブリッジに見せている。
アンブリッジは満足そうに頷いた。
「そこの二人。
私の学校で悪事を働けばどういう目に遭うかを、これから思い知らせてあげましょう。」
「ところがどっこい。思い知らないね。
ジョージ、どうやら俺達は、学生稼業を卒業しちまったな?」
「ああ、俺もずっとそんな気がしてたよ。」
「俺達の才能を世の中で試す時が来たな?」
「全くだ。」
二人の反応はアンブリッジにとって予想外だったのだろう。
言葉に詰まって、ただ二人の顔を見詰めている。
そこで素早く二人は杖を掲げたのだった。
「アクシオ!箒よ、来い!」
金属音が遠くで響き、風のように箒はやって来た。
アンブリッジが箒を壁に縛りつけるのに使ったのだろう。
二本の箒の内一本は、大きくて長い鎖と鉄の杭をぶら下げている。
フレッドとジョージは現れた箒にヒョイと跨った。
「またお会いする事も無いでしょう。」
「ああ、連絡もくださいますな。」
何も言えないままでいるアンブリッジから目を離し、フレッドはグルリと生徒達を見回した。
すっと息を吸ったかと思うと、大きな声でこう言った。
「上の階で実演した『携帯沼地』をお買い求めになりたい方は、ダイアゴン横丁九十三番地までお越しください。『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ店』でございます。
我々の新店舗です!」
「我々の商品を、この老いばれババァを追い出す為に使うと誓っていただいたホグワーツ生には、特別割引をいたします。」
「二人を止めなさい!」
ようやくアンブリッジがそう叫んだ時、けれど時既に遅かった。
反応が遅れた事も敗因の一つだろうが、「尋問官親衛隊」が距離を縮めるより何より、二人が床を蹴る方が速かった。
「尋問官親衛隊」は互いにぶつかり合い、何やら文句を言っている。
フレッドはホールの反対側を見詰めた。
そこにいたのはポルターガイストのピーブズだった。
「ピーブズ、俺達に代わってあの女をてこずらせてやれよ。」
いつも悪戯ばかりで人の言う事など全くきかないピーブズがなんと、鈴飾りのついた帽子を脱ぎ敬礼した。
フレッドとジョージは箒の向きを変える。
生徒達の喝采を雨のように浴びながら、正面扉から出ていった。
正面扉から見える空はウィーズリー家の髪色と似た燃えるような夕空で。
重たい杭をブラブラさせて、二人の影が小さくなっていく。
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