18.


さて。
その後、名前とセドリックは上手く逃げ切った。
消灯時間を少し過ぎていたけれど、兎に角無事に寮へ辿り着けたわけだ。
問題はハリーで、寮に帰っても、ハリーの姿が無かった事だ。

他の生徒達はベッドに潜ったらしく、談話室はひっそりと静まり返っている。
ロンとハーマイオニーは当然起きて待っていて、名前もその輪へ加わった。
そうして暫く、ハリーが戻って来たのだ。





「ハリー、大丈夫?」



「ああ。」



『怪我はない。』



「無いよ。」





椅子を弾き飛ばす勢いで駆け寄ったのはハーマイオニーだ。
ソファに座ったままの名前は、ハリーがソファに腰掛けるのを待ってから、遠慮がちに声を掛けた。
返事をしたハリーの顔は、何だか強張っていた。





「聞いた話だけど、ハリー。君とマリエッタ・エッジコムが、校長室に連れて行かれたって。それ、本当かい?」



「うん。」



「何があったの?」



「えっと……。」




結果だけを言うと、ホグワーツからダンブルドアが消えたという話だった。
何故そうなったのか。その経緯は───

廊下でハリーはドラコ・マルフォイに捕まり、アンブリッジにより校長室へ連れられた。
そこには校長であるダンブルドア、魔法大臣のコーネリウス・ファッジ、教師のマクゴナガル、闇祓いのキングズリーとドーリッシュ、そして下級補佐官のパーシー・ウィーズリーがいた。
後から連れられたマリエッタがアンブリッジに密告し、今回の会合を知られたらしい。
そして、DAの事も。




「焼け残っていたんだ。と言うより、残されたのかな。アンブリッジの命令で、パンジー・パーキンソンが『必要の部屋』に行って、見付けたんだ。多分、消火したんだよ。」



『焼け切るのを見届ければ良かった。』



「そんな事してたらナマエまで捕まってただろうよ。」



「うん、逃げてくれて良かった。それに名簿と言っても読めるのは、ダンブルドア軍団て名前だけだったし。
良い機転だったよ。焦っていて僕も気付かなかった。」



「それでファッジは、ダンブルドアを捕まえようとしたのね?」



「うん。」



ファッジはダンブルドアが魔法省に対抗する軍団を作り上げ、ファッジを失脚させようと画策していたのだと考えた。
だから魔法省に連行しようとしたのだ。

しかしダンブルドアは捕まらなかった。
その場にいたマクゴナガル、ハリー、マリエッタ以外をノックアウトし、姿を消したのだった。
行き先は誰も知らないし分からない。

その話を聞いた翌朝、学校中に新たな文書が掲示された。





『魔法省令
ドローレス・ジェーン・アンブリッジ(高等尋問官)は
アルバス・ダンブルドアに代わりホグワーツ魔法魔術学校の校長に就任した。

以上は教育令第二十八号に順うものである。


魔法大臣 コーネリウス・オズワルド・ファッジ……』





その掲示を読み上げたのはおそらく、トレーニングの為に早起きする名前が、生徒の中では第一号であろう。
肩に乗るネスが頬へ擦り寄った。
行く末を案じているのかもしれない。
ダンブルドアがいなくなったこのホグワーツは、一体どうなってしまうのだろう……。

そんな心配とは裏腹にしかし、朝食の席での大広間はいつも通り賑わっていた。
ホグワーツ中に貼られた掲示を見たはずだし、その上聞き耳を立ててみると、どうやらダンブルドア逃亡までの経緯も何故か広まっているようだ。
それなのにこの賑わいよう。
しかもハリーへ直に話を聞こうと、次から次へと生徒がやって来るのだ。
(もう一人の当事者マリエッタは、顔に出来た「密告者」の傷跡を治す為に、医務室にいるらしい)





「ダンブルドアはすぐに戻ってくるさ。」





「薬草学」の授業からの帰り道、アーニー・マクミランが何を根拠にか分からないが、やけに自信たっぷりにそう言った。





「僕達が二年生の時も、あいつら、ダンブルドアを長くは遠ざけておけなかったし、今度だってきっとそうさ。『太った修道士』が話してくれたんだけど、」





内緒話をするようにアーニーが声を落としたので、名前達四人はアーニーの方へ身を寄せた。
玄関ホールに続く石段の上がりながらだったので、階段の段差に横へ五人一列、目白押しとなった。





「アンブリッジが昨日の夜、城内や校庭でダンブルドアを探した後、校長窒に戻ろうとしたらしいんだ。ガーゴイルの所を通れなかったってさ。校長室は、独りでに封鎖して、アンブリッジを締め出したんだ。
どうやら、あいつ、相当癇癪を起こしたらしい。」



「ああ、あの人、きっと校長室に座る自分の姿を見てみたくてしょうがなかったんだわ。
他の先生より自分が偉いんだぞって。バカな思い上がりの、権力に取っつかれたばばぁの、」



「おーや、君、本気で最後まで言うつもりかい? グレンジャー?」





ハリー達は一斉に声が聞こえた方を見た。
扉の陰から現れたのは、意地悪な笑みを称えたドラコ・マルフォイだ。
いつもの如く両脇に、クラッブとゴイルを従えている。





「気の毒だが、グリフィンドールとハッフルパフから少し減点しないといけないねえ。」



「監督生同士は減点出来ないぞ、マルフォイ。」



「監督生ならお互いに減点出来ないのは知ってるよ。
しかし、『尋問官親衛隊』なら」



「今何て言った?」



「尋問官親衛隊だよ、グレンジャー。」





マルフォイはつんと尖った顎を上げて、自慢げに胸の辺りを指差した。
そこには監督生バッジと、「I」の字形の小さな銀バッジが留められていた。





「魔法省を支持する、少数の選ばれた学生のグループでね。アンブリッジ先生直々の選り抜きだよ。兎に角、尋問官親衛隊は、減点する力を持っているんだ……
そこでグレンジャー、新しい校長に対する無礼な態度で五点減点。マクミラン、僕に逆らったから五点。ポッター、お前が気に食わないから五点。ミョウジ、髪が乱れているから五点。ウィーズリー、シャツがはみ出しているから、もう五点減点。
ああ、そうだ。忘れていた。お前は穢れた血だ、グレンジャー。だから十点減点。」





沸騰湯沸かし器のように、ロンは怒りで真っ赤になった。
杖を抜いたロンをハーマイオニーが押し戻す。
小さな声で「だめよ」と嗜めた。





「賢明だな、グレンジャー。
新しい校長、新しい時代だ……いい子にするんだぞ、ポッティ……ウィーズル王者……でくのぼう君……。」





演技がかった高笑いを響かせながら、マルフォイ達はその場を去った。
マルフォイが見えなくなり、高笑いも聞こえなくなってから、アーニーは愕然としたままの表情で口を開いた。




「ただの脅しさ。
あいつが点を引くなんて、許されるはずがない……そんな事、バカげてるよ……
監督生制度が完全に覆されちゃうじゃないか。」





そうは言っても玄関ホールに設置された、各寮の点数を表す砂時計は、スリザリンを除いて激減している。

今朝まではグリフィンドールとレイブンクローが一位を争っていたのだが、疑いようがない事実なのだ。





「気が付いたか?」





声が聞こえた方を見る。
そこにはフレッドとジョージがいた。
二人で大理石の階段を下りてきたところのようだ。





「マルフォイが、今僕達から殆ど五十点も減点したんだ。」
ハリーは怒っていた。



「うん。モンタギューのやつ、休み時間に、俺達からも減点しようとしやがった。」
ジョージは気軽にそう言った。



「『しようとした』って、どういう事?」
ロンは慎重に尋ねた。



「最後まで言い終らなかったのさ。
俺達が、二階の『姿をくらます飾り棚』に頭から突っ込んでやったんでね。」
フレッドはしたり顔だ。



ハーマイオニーは卒倒しそうだ。
「そんな、あなた達、とんでもない事になるわ!」



「モンタギューが現れるまでは大丈夫さ。それまで数週間かかるかもな。やつをどこに送っちまったのか分かんねえし。
兎に角だ……俺達は、問題に巻き込まれる事などもう気にしない、と決めた。」



「気にした事あるの?」



ジョージは軽く肩を竦める。
「そりゃ、あるさ。
一度も退学になってないだろ?」



「俺達は、常に一線を守った。」
フレッドが続いた。



「時には、爪先ぐらいは線を越えたかもしれないが。」
ジョージのセリフだ。



「だけど、常に、本当の大混乱を起こす手前で踏み止まったのだ。」
フレッドが言った。
交代で喋る癖があるらしい。



「だけど、今は?」
ロンはおっかなびっくりだ。



「そう、今は」



「ダンブルドアもいなくなったし」



「ちょっとした大混乱こそ」



「まさに、親愛なる新校長にふさわしい。」



「ダメよ!
ほんとに、ダメ!あの人、あなた達を追い出す口実なら大喜びだわよ。」



フレッドはニヤッと笑う。
「分かってないなあ、ハーマイオニー。
俺達はもう、ここにいられるかどうかなんて気にしないんだ。今すぐにでも出ていきたいところだけど、ダンブルドアの為にまず俺達の役目を果たす決意なんでね。そこで、兎に角───
第一幕が間もなく始まる。悪い事は言わないから、昼食を食べに大広間に入ったほうがいいぜ。そうすりゃ、先生方も、お前達は無関係だと分かるからな。」



「何に無関係なの?」



「今に分かる。
さ、早く行けよ。」





クルリ。フレッドとジョージは踵を返して、昼食を食べにごった返す人混み中へと姿を消した。
その場に残された五人は暫く無言で、一番先に口を開いたのはアーニーだ。
戸惑った顔で「変身術」の宿題が済んでないとかむにゃむにゃと、ハッキリ言葉にならない呟きを残して、足早に人混みの中へと消えた。





「ねえ、やっぱりここにはいない方がいいわ。
万が一……」



「うん、そうだ。」





ロンが頷き、四人は大広間の方へと歩を進める。
しかし歩き出して数歩、突然ハリーが足を止めた。
一緒にいた三人が気が付き振り返ると、そこには管理人のフィルチが立っていた。





「ポッター、校長がお前に会いたいと仰る。」



「僕がやったんじゃない。」
ついさっき双子の企みを聞いたからだろう、ハリーはそう口走った。



「後ろめたいんだな、え?
ついて来い。」





ハリーが此方を振り返る。
それから肩を竦め、フィルチに従いて行った。

名前達三人はハリーの背中を見送っていたが、それも見えなくなると、人混みの中へ混じり大広間へと入った。





「ハリーに用事って、一体何だろう。」



「思い当たる節は多いけれど、アンブリッジの用事でしょう。碌なものじゃないって事は分かるわね。」



『昨日の騒ぎの事かな。』



「そうかもしれないわ。」



「「書き取りの罰則」みたいに、またおかしな事やらされなきゃいいけれど……。」




グリフィンドールの長テーブルに向かい、空席を探す。
それぞれ空いている席に着き、皿を手にとった。





「フレッドとジョージは何を企んでいるんだろう。」



『悪戯……。』



「そんな可愛いらしいものかしら。」



「ハーマイオニーは何だと思っているんだよ。」



「分からないわよ。でもすごく胸騒ぎがするの。」



「そりゃあ、僕だって同じさ。」



『……。』





中々話に花は咲かなかった。
心配事がグルグルと頭を巡り、どんより暗い雰囲気のまま昼食を進める。
話も途切れ途切れで、何だか皆、自分の世界へ引き篭もってしまったみたいだった。





『……。』






ゴブレットに手を伸ばす。
途中でピタリ、手を止めた。
中のミルクの水面に、小さく波紋を作っている。
ゴブレットから周囲へ、名前は目を移した。

生徒達は談笑しながら昼食を摂っている。
食事の手を止めて、周りを気にしたからだろう。
ハーマイオニーが名前を見詰めた。





「どうしたの?ナマエ。」



『揺れてる。』



「えっ?何が……」




………………

窓が微かに震えた。
ビリビリという小さな音だったが、確かに聞こえた。
食事の手を止めてハーマイオニーは、耳をそばだてている。





…………ドーン……





遠くから確かに聞こえた。
何か大きな固いものが、壁か天井か分からないが、当たって反響しているのだ。
しかもゴブレットの中身や窓が振動を感じ取っているあたり、そこそこ大きなもののはずだ。





ドーン……





確実に近付いて来ている。





ドーン!!





一際大きな音と共に、音の正体は大広間へ現れた。
何匹ものドラゴンだ。
緑と金色の花火で出来ており、全身を爆ぜさせながら好き勝手に飛び回っている。





「うわっ!」





長テーブルへ軌道を変えたドラゴンが、その上を這うように真っ直ぐ進む。
当然テーブルの上の皿やゴブレットを薙ぎ払われ、不幸な生徒はコーンフレークを頭から被る事となった。
それを見ていて思わずテーブルを離れた三人。
制服が南瓜スープでベタベタになるところだ。





「フレッドとジョージの仕業だ!」





一目瞭然だが、ロンは叫んだ。
このホグワーツで、アンブリッジが取り締まるこの状況で、こんな事が出来る者はそうはいない。
大広間はすっかりパニック状態だ。
テーブルの下に逃げ込む者、大広間から避難する者もいる。





「この様子だと、玄関ホールも酷い状態でしょうね。」



『食事はどうする。』



「仕方無いわ、諦めましょう。」





名残惜しそうなロンを引き連れ、三人は大広間を出た。
廊下へ出るとそこにはショッキングピンクのネズミ花火が壁と壁とを跳ね返り、石畳には大量の爆竹が音を立て、空中には線香花火がありとあらゆる罵詈雑言を書いている。
おまけに花火から出る煙のせいで視界が悪く、まるでホグワーツが霧に飲まれたようだ。





「あの二人、随分と派手にやったわね。」





そう言うハーマイオニーの横を、大きな紫色の蝙蝠が飛んで行った。
ご覧の通り、花火は意思を持って好き勝手に移動するし、移動先で何をしでかすか分からない。
そんなものがあっという間に校内へ散り散りとなったのだ。
勿論破壊の限りを尽くしたし、午後の授業で教室にも現れたが、教師陣は平然としていた。





「おや、まあ。」





授業中現れたドラゴンを見て、マクゴナガルはあっけらかんとこう言った。





「ミス・ブラウン。校長先生のところに走っていって、この教室に逃亡した花火がいると報告してくれませんか?」





それはつまりこういう事だ。
色々と約束事が付けられたこのホグワーツで、教師陣に権限があるかどうか不確かなので、校長であるアンブリッジに直接片付けてもらった方が良いという意味だ。
だからアンブリッジは校長になって初日、学校中を彼方此方に駆けずり回り、花火を追い払う為てんてこ舞いとなった。





「先生、どうもありがとう!」





その日最後の授業が終わり、クラスメイトの中に混じってグリフィンドール塔に戻る道中、フリットウィックのキーキー声が聞こえた。
そちらを見てみると、ちょうど教室からアンブリッジが出てくるところだった。





「線香花火は勿論私でも退治出来たのですが、何しろ、そんな権限があるかどうかはっきり分からなかったので。」





一日中駆けずり回っていたのかアンブリッジはヨレヨレのクタクタだ。
いつもしっかりカールさせた髪はボサボサで、化粧の代わりに煤と汗が顔面を覆っている。
にっこり笑うフリットウィックとは対照に、アンブリッジは野生動物が威嚇しているような表情だった。





「素晴らしい花火だったわ。」



「ありがとよ。それで、ナマエはどうだった?」



『キレイでした。』



「キレイなだけじゃないのがウチのウリなんだけどさ。まあ、ありがとさん。」






生徒の群衆を掻き分けて、ハーマイオニーはジョージとフレッドにおめでとうを伝えた。
昼間の騒ぎでその日の夜、グリフィンドール談話室はお祭り騒ぎだったのだ。
いつも注意をするハーマイオニーが珍しく褒めたので、ジョージは驚いている。




「『ウィーズリーの暴れバンバン花火』さ。問題は、ありったけの在庫を使っちまったから、またゼロから作り直しなのさ。」



「それだけの価値ありだったよ。
順番待ちリストに名前を書くなら、ハーマイオニー、『基本火遊びセット』が五ガリオン、『デラックス大爆発』が二十ガリオン……。」





名前とハーマイオニーは、ハリーとロンがいるテーブルへ向かった。
賑々しい談話室の雰囲気とは裏腹に、彼らは曇った顔色でお喋りもせず、じっと各々の鞄を見据えている。
そんな二人に向かってハーマイオニーは、聖母の如く微笑んだ。





「まあ、今晩は休みにしたら?
だって、金曜からはイースター休暇だし、そしたら時間はたっぷりあるわ。」



「気分は悪くないか?」





驚きと心配が混じった表情で、ロンはハーマイオニーをまじまじ見詰める。
受け取り方によっては若干失礼な反応だったが、ハーマイオニーはますます微笑みを深めたのだった。





「聞かれたから言うけど。
なんていうか……気分はちょっと……
反抗的なの。」





そう言ってから一時間、ハリー達は大いに華やかな賑わいを楽しんだ事だろう。
ただ一人名前だけは早々に寝室へ引きこもり、ネスへ近況報告を行った。
ネスとの会話をするのなら、こういうタイミングが良いからだ。
ネスことクィレルは自分との時間を作ってくれるという嬉しい反面、同世代の子と楽しい時間を過ごさなくていいのかと心配でもあったが、なってしまっては仕方無い。会話に応じた。

それからそのまま、寝る体勢になった。
眠るつもりは無くても、横になってネスと会話をしていると、ふっと夢の中へ引きずり込まれるのだ。
まだ花火が弾けているのに、瞼の裏には夢の世界が広がっている。
マクゴナガルが倒れ、橋が崩れ……。
何度見たか分からないが、日に日に鮮明になっていく。
そしてまた夢は切り替わり、今度は暗くて黒い、一本の廊下だ。





───……。





その場から動いてはならない。
クィレルからそう教わったように、名前は夢が切り替わるまで、暗い廊下に(多分)突っ立っていた。
だが、今夜は様子がおかしい。
自分の意思とは無関係に、正面にある黒い扉へ近付いていく。
いくら止まろうとしても無駄だった。
まるでベルトコンベアーで運ばれるように、前へ前へと引き寄せられる。

そして早々、黒い扉の前までやって来た。
扉は迎え入れるように開いた。





───……。





そこは似たような扉が立ち並ぶ円い部屋だった。
またもや名前の意思とは無関係に、迷わず部屋を進み出て、いくつもある中の一つの扉を選ぶ。
その先に何があるか、名前は知っている。

長方形の部屋だ。その奥には更に部屋がある。
名前ではない何者かが、その部屋を目指している。

つまり誰かの意思が名前を───
名前ごとと言うべきか───
兎に角、動かしているのだ。





───……。





奥の部屋の扉が開いた。
心臓が脈打つ。これは興奮によるものではなく、嫌な予感によるものだ。

殆ど真っ暗と言えるこの部屋は天井が高くて、それに見合うとても高い棚が、図書館の本棚のように置いてある。
その棚には本ではなく、埃を被った古い電球のような物が、キレイにずらりと並んでいる。

何者かは駆け出した。
当然、名前の体も素早く動いた。

何者かは逃げようと駆け出したのではない。
何かを見付けて目指しているのだ。
瞬間名前は異常な程、体にぞっと寒気を感じた。





『……。』





薄闇に紛れた天蓋が見える。
そして四方を囲むカーテンの外からは、笑い声や歓声が聞こえてくる。
おそらくシェーマスとディーン、ロンの声だ。
どうやらこの声のおかげで夢から目覚めたらしい。

少し目線を動かせば、サイドテーブルの止まり木にネスが船を漕いでいる姿が確認出来た。





『……。』





頬をつねる。痛い。紛れもない現実だ。
現実を体感して安堵したものの、心臓はまだ早鐘を打っている。
何者かに体を操られたような薄気味悪い感覚を思い出すと、またもや寒気が襲った。

部屋には名前の悪夢とは無関係に、楽しそうな笑い声が反響している。

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