17.-2


「ハリー・ポッター、ちょっとお話があります。」





名前達が出ていこうとする矢先、呼び止めたのはフィレンツェだ。
苔むした床を踏み締めて、しずしずと近付いてくる。

一番にハリーが振り返り、名前はハリーとフィレンツェの顔を見比べ、ロンはもじもじした。





「あなた達もいていいですよ。
でも、ドアを閉めてください。」





超特急でロンが実行した。





「ハリー・ポッター、あなたはハグリッドの友人ですね?」





「はい。」





「それなら、私からの忠告を伝えてください。
ハグリッドがやろうとしている事は、うまくいきません。放棄する方がいいのです。」





「やろうとしている事が、うまくいかない?」





「それに、放棄する方がいい。
私が自分でハグリッドに忠告すればいいのですが、追放の身ですから。今、あまり森に近付くのは賢明ではありません。ハグリッドは、この上ケンタウルス同士の戦いまで抱え込む余裕はありません。」





「でも、ハグリッドは何をしようとしているの?」





「ハグリッドは最近、私にとても良くしてくださった。それに、全ての生き物に対するあの人の愛情を、私はずっと尊敬していました。あの人の秘密を明かすような不実はしません。
しかし、誰かがハグリッドの目を覚まさなければなりません。あの試みはうまくいきせん。そう伝えてください、ハリー・ポッター。
ではご機嫌よう。」





このフィレンツェの警告をハグリッドへ伝える事は難しかった。
「魔法生物飼育学」の授業に毎回、アンブリッジが来るからだ。
話し掛けるタイミングや切っ掛けを掴めないまま時は経ち、やがて季節は風の強い四月へと移り変わっていた。

「幻の動物とその生息地」の本を忘れたと言って一人ハグリッドの元へUターンし、ようやく伝えられたある日、城へ戻って来たハリーの顔は浮かないものだった。
どうにも聞き入れてもらえなかったらしかった。

ハグリッドの件も勿論だが、心配事は他にもある。
OWL試験だ。
これはどの授業でも教師陣が口に出さない日は無かったし、だから五年生全員耳にタコが出来そうな程で、次第に強迫観念をも覚えていた。
(おまけに名前達四人の場合、授業後はハーマイオニーが何かと話題に持ち出していた。)





「ナマエ、眠れないの?」





チラリ。日付が変わった時計を見てから、ハリーは隣のベッドへ目を移した。

隣のベッドは四方をカーテンに覆われているが、杖先に灯りを点しているらしい。仄かな光がカーテン越しに透けて見える。
それと上半身を起こした人影も、ぼんやりと見える。





『ごめん、眩しかった。』



「ううん、そうじゃないよ。眠れないのかなって思ってさ。」



『やりたい事がある。それだけ。』



「明日になってからじゃ駄目なの?」



『……キリが良いところまでやる。』



「そんな事言って、実は遅くまで起きてるんじゃないの?昼間の君、いつにも増してボーッとしてるもの。」





隣のベッドから返事は無い。人影も固まったままだ。
ハリーは小さな溜め息を吐いた。





「兎に角だ……あんまり無理して、ハンナ·アボットみたいにならないでよ。」




それはあまりにも不謹慎と言うか、暴言極まりない発言であったが、ハリーは名前が心配だったのだ。

OWL試験を控え五年生全員がプレッシャーを感じて、日に日にストレスを募らせていた。
そんな中ついに「薬草学」の授業中、ハンナ·アボットが泣き出したのだ。
張り詰めていた糸が突然何処かでプツリと切れてしまったらしい。
彼女はマダム·ポンフリーの元へ送られたのだった。

常に無表情、冷静沈着、泰然自若。
この名前が泣きじゃくる事なんて無いだろうが(ちょっと見てみたい気もするが)、それでも黙々と根を詰める様子を見ていると、ハリーはちょっぴり心配になるのだ。





「───毎回言っているけれど、」





ハリーはグルリと皆の顔を見回した。
「必要の部屋」には、DAのメンバーが揃っている。





「こういう明るい、安全な場所で守護霊を創り出すのと、薄暗くて危険な場所───例えば吸魂鬼のようなものと対峙している時とじゃ、感覚が全く違うんだ。
皆、それを意識して練習してくれ。」






DAでは、いよいよ「守護霊」の練習を始めた。
皆が練習したくてたまらなかった術だっただけに、練習するのに熱心で、上達も早い。
確かに複雑な術で上手く創り出す者は数人だったが、それでも杖先から銀色の煙は出る。
吸魂鬼は追い払えなくとも、一時的な盾にはなるだろう。

一方。今まで副教師役を担ってきた名前だが、こればかりは生徒組となり、ハリーに教えを乞うた。
ハリーは何となく予想していた事だが、名前とハーマイオニーがいの一番に守護霊を創り出してみせた。
練習を重ねて、ハーマイオニーの守護霊が姿形をハッキリさせていくのに対し、意外にも名前の守護霊はまだまだ納得がいく出来では無い。

最近夜更かししてまで勉強(なのか定かではないが)しているようだし、何か問題を抱えているのではないかと、ハリーはちょっと心配している。





「ナマエ、集中するんだ。」



『うん。……』



「君が気を取られると、守護霊は消えてしまうんだよ。」





呪文を唱えれば杖先から見事な銀色の煙が現れる。
それは素早く形を成し、何かの生き物の姿を模す。
しかしそれがハッキリすると、マッチの灯りのように、何故か途端に掻き消えてしまう。
登場が見事だっただけに拍子抜けしてしまう呆気無さだ。





「ナマエ、君、ちゃんと寝てる?」



『寝てる。』



「勿論幸せな事を考えてるよね?」



『……。』
頷く。



「途中までは上手くいっているのに、じゃあ一体、何を考えてるんだ?」





言い放ってからハリーは、失敗したとばかりに表情を強張らせた。これは今言うべき事ではないからだ。
名前の悩みや心配事は、本来二人きりの時に聞くべきである。
誰が聞いているかも分からないDAの時間に話す事ではない。そもそも練習には関係無い話題だ。
ただハリー自身が心配で、聞きたくて、焦ってしまったのだ。

じっと此方を見る名前に向けて、ハリーは首を左右に振った。





「いや……いいんだ。今話す事じゃない。
練習を続けて。」



『分かった。』





疎らに集う生徒の群れへ、ハリーは姿を消す。
ハリーの背中を見送ってから、名前は練習を再開した。
しかしやはり上手くいかない。





「調子でも悪いのかい?」





隣から声が掛けられた。
自身に向けられたものかどうか分からないが、一応名前は振り向く。
そこには壁に背を預けたセドリックの姿があった。





「ごめん、練習している時に喋り掛けちゃって。ハリーとの話が聞こえたんだ。
聞くつもりはなかったけど、耳に入ってきて……。」



『いいえ、気にしないでください。』



「ありがとう。それで、本当にどうしたの?何だか集中力が途中で途切れてるように見えたけど。
どこか具合が悪いのかい?」



『……』





セドリックの口振りからすると、名前の練習する姿は、随分と観察されていたようだった。
それで気恥ずかしくなったのか───どうかは分からないが、名前は少し背中を丸め、目を伏せる。

壁に預けた背中を離してセドリックは、名前の方へゆっくりと歩を進めた。





「ナマエ?」



『俺は元気です。』



「それなら良かった。それじゃあ、他の事かい?」



『そうですね。……
話すべきか悩んでいるのです。』



「話す?」





セドリックはちょっと目を見開いて、それから目だけで周囲を見回した。
誰も名前とセドリックに注目していない。皆、練習に夢中だ。

セドリックは更に名前へ歩み寄った。





「話すって、誰に?……何を?」



『……』



「いや、無理にとは言わないよ。僕で良ければ聞かせてくれるかい?」



『……』
少し考えてるようだ。
『セドリックさんには、少し苦しい話になるかもしれません。』



「構わないよ。僕は君の力になりたいんだ。」



『……
セドリックさんは、俺達が死に追い遣られた時の事、覚えていらっしゃいますか。』





パチパチ。セドリックは瞬いた。
それから意図を汲み取ろうとしているのか、はたまた思い出そうとしているのか、分からないが、少し目を伏せて視線を泳がせる。





「あー……。あの、……真っ暗な空間の事かな。」



『はい。あそこで鈴の音が聞こえていましたね。』



「確か、ナマエの鈴の音だったよね。君のお母さんが渡したもので、持ち主に警告を伝える。」



『はい。』



「あの時は何故か僕にも聞こえていたけれど……
……まさか今、聞こえているのかい?」



『はい。』





名前へ対してなのか。
名前を含む多数に対してなのか。
分からないが悪意を持った何者かが、確実に動きを見せている。

ハリーの心配を余所に、どうやら名前の集中力が途切れてしまう原因は、この警告音のせいだったようだ。
果たして伝えるべきかどうか。名前は悩んでいたらしい。

教師役を担うハリーの手を煩わせるのわけにもいかない。皆の練習の邪魔にもなりたくない。
しかし警告音は気になる。
考えあぐねいているところへセドリックがやって来たというわけだ。





「なんて事だ。早くハリーへ伝えて、練習を中断しよう。この場から立ち去って、先生方にも伝えなきゃ。」



『でもセドリックさん、皆へ影響するものかは分かりません。』



「確かに君個人へ宛てられたものかもしれないけれど、警戒するに越した事は無いさ。だって僕達はいけない事をしているんだからね。
さあ、行こう。ハリーへ伝えなきゃ。」




セドリックは名前の背中を抱いて、ハリーのいる方へ歩くように促す。
一緒に行ってくれるらしく、面倒見の良さが窺える。

二人は生徒の合間を縫って歩いた。
誰もが杖を構えて、真剣な表情を浮かべている。
歩を進めていくとそんな中、数人の生徒は杖を下ろして、ハリーの方をじっと見詰めていた。

不思議に思ったのかセドリックは名前の顔を見る。名前もセドリックの顔を見返した。
嫌な予感が膨らむ。
二人は黙ったまま、ハリーの方へ近付いた。





『ハリー。』



「ハリー・ポッター様……。」





名前の声に続いたのは、やけに甲高い声だ。
それもハリーの方から聞こえた。

名前を呼ばれたハリーは振り返る。
その動作でハリーの膝元に、屋敷しもベ妖精のドビーの姿を見付ける事が出来た。
八段重ねの毛糸帽の下にある大きな瞳は、まるで恐ろしいものを目前にしたように、大きく見開かれている。

今や練習する生徒はいない。
いつの間にか部屋中に散らばる生徒が、四人のやり取りに注目していた。





「ごめん、ナマエ。今はドビーの話を聞かなくちゃ。」



「ハリー、危険なんだ。」



「危険だって?」



「そうです、そうですとも。ハリー・ポッター様、 ドビーめはご注進に参りました……でも、屋敷しもベ妖精というものは、喋ってはいけないと戒められてきました……。」





突然ドビーは壁に向かって走り出した。
真っ直ぐ頭を突き出し、石造りの壁へ向かって突進する。
その後を直ぐ様ハリーが追い掛けた。
ハリーが追い付く前にドビーは壁に激突したが、八段重ねの帽子がクッションになり、バウンドして床へ尻餅をつく。
一瞬、ハーマイオニーや女子生徒が悲鳴をあげた。

警告音は徐々に大きくなっている。
人の話し声に集中出来なくなるくらいには。
気になったのか名前は耳を押さえてみたが、警告音が止むはずも無かった。





「ドビー、一体何があった?」



「ハリー・ポッター……あの人が……あの女の人が……」



「あの人って、ドビー、誰?

───アンブリッジ?」





生徒の人垣の向こうから話が聞こえてくる。
此方から姿は見えないが、何やら暴れているような音がする。





「アンブリッジがどうかしたの?ドビー───
この事はあの人にバレてないだろ?僕達の事も───DAの事も?」





ドビーの声は聞こえなかった。
それが答えだった。





「あの女が来るのか?」



「そうです。ハリー・ポッター、そうです!」





一拍の間が置かれた。
突然、ハリーは叫ぶ。





「何をぐずぐずしてるんだ!

逃げろ!」





ダムが決壊したように、生徒達は出口へまっしぐらに走った。
人の波に洗われ、肩や足がぶつかり合い、名前はその場でグルグル回転する羽目になった。
隣にいたセドリックも勿論、ひとりでに回転している。

ドアで目づまりを起こしつつも、生徒達は廊下へ放流されていく。
部屋にいた生徒が減ってきてやっと、名前は真っ直ぐ立てるようになった。
けれどセドリックは目が回ったのか千鳥足で、名前は瞬時に倒れそうな体を引っ掴む。





「ありがとう、ナマエ。」



『いいえ。』



「警告音はこの事だったんだ……。
早くこの場から離れよう。」



『はい。』





とはいえ。
猶予のない土壇場で、この状態のセドリック一人を残す事は出来ない。
ハリーの事も勿論心配だが、ここでもたついて一網打尽にされたら、それこそアンブリッジの思う壺だ。

苦肉の策で名前は咄嗟に、壁に貼られた名簿へ杖先を向けた。
一瞬で炎が上がる。
誰かが貼ったポスターや切り抜きの新聞記事も燃えていくが、仕方無い。
セドリックの肩を抱き、生徒の群れへ押し進んだ。

やっとの思いで廊下へ出ると、生徒達は左右二手に分かれ、廊下の角まで全力疾走している。
他の生徒との距離を保ちながら、名前はセドリックの手を掴み、走り出した。





「どこに行くんだ?」



『警告音から離れます。』



「それはそうだね。でも、寮へ一直線は駄目だ。どこかへ隠れないと。」



『ここからですと、図書室や梟小屋が近いです。』



「ああ、でも、考える事は皆同じだろうな……
うわっ!」





声と共にグンと、繋いだ手が引っ張られる。
見るとセドリックはその場に膝をついていた。
どうやら石畳の段差に躓いたらしい。





「ナマエ、君は、足が速いな……。」



『すみません。』





急いで名前は跪き、肩を抱いて抱き起こした。
セドリックはその手を掴み、ゆるゆる首を左右に振る。




「ナマエ。僕の事は放って、君だけでも逃げるんだ。」



『そんな事は出来ません。』



「僕がいると足手まといになる。」



『まだ見付かってはいません。諦めないで。』



「時間の問題だ。」





などと遊んでいる場合ではないのだがこの二人はいたって真剣である。
掴まれた手を引いて立ち上がらせる。
廊下の端へ引き寄せ、手を離した。

自由になった両手で名前は、廊下の壁に飾られた絵画を持ち上げ、そこにある腰板を引っ張り上げる。
人が一人通れそうな隙間が出てきて、セドリックは驚いて名前を見た。





『ここへ隠れましょう。』



「いいね。」





隙間へ潜って中に匍匐前進する。
中に入ったら少しだけ隙間を残して腰板を下ろした。
真っ暗だが、腰板と床の僅かな隙間から光を感じ取れる。





「こんな隠れ場所をどうして知っているんだ?」



『ジョージさんとフレッドさんが、」



「ウィーズリーの?」



「はい。二人が隠れるところを見た事があるのです。』



「成る程、あの二人は本当にすごいね。きっとホグワーツの隠れ場所を全部把握しているんだろう。」





隙間から漏れ出す明かりに照らし、腕時計を見た。
もうすぐ消灯時間になる。

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