16.-3


「ハリーと同じ夢をナマエも見ただって?」



『全く同じというわけじゃない。視点が違う。』



「それじゃあ君は、ルックウッドだったの?」



『分からない。気付いたらルックウッドのいる位置にいた。だけど俺は自由に動けたし、独立しているようだった。
「透明マント」に覆われているみたいに、自分自身の体は見えなかった。』



「どうして昨日の内に言ってくれなかったんだよ。」



『痺れてて話せなかった。』



「君、口まで痺れてたわけ?ああそうだ、ハリーに殴られたんだっけ。」



「寝惚けてたんだよ。わざとじゃない。悪いと思ってるよ……。」





翌日。
午前の授業が終わり休み時間になると、いつもの名前達四人メンバーで中庭に向かった。
そこで昨晩見た夢の内容を出来る限り手短に話した。
同じく中庭で談笑する者や、地べたで車座になりゴブストーンで遊ぶ者、商品を紹介するフレッドとジョージ、その見物人、吹きさらしの通路をひっきりなしに通る者。
休み時間の中庭はいつも大勢の生徒がいて、目も耳も行き届く可能性があるからだ。

話す際に名前が「同じ夢を見た」と今更ながら報告したので、ハリーとロンを大層驚かせた。
対してハーマイオニーは落ち着いていた。
視線はフレッドとジョージに向けられていたが、意識は別の所へあるようだった。





「それじゃ、それでボードを殺そうとしたのね。」





暫くしてハーマイオニーは名前達の方へ顔を向けた。





「武器を盗み出そうとした時、何かおかしな事がボードの身に
起きたのよ。誰にも触れられないように、武器そのものかその周辺に『防衛呪文』がかけられていたのだと思うわ。だからボードは聖マンゴに入院したわけよ。頭がおかしくなって、話す事も出来なくなって。
でも、あの癒者が何と言ったか憶えてる? ボードは治りかけていた。それで、 連中にしてみれば、治ったら危険なわけでしょう? つまり、武器に触った時何かが起こって、そのショックで、多分『服従の呪文』は解けてしまった。声を取り戻したら、ボードは自分が何をやっていたかを説明するわよね? 武器を盗み出す為にボードが送られた事を知られてしまうわ。
勿論、ルシウス・マルフォイなら、簡単に呪文をかけられたでしょうね。マルフォイはずっと魔法省に入り浸ってるんでしょう?」



「僕の尋問があったあの日は、うろうろしていたよ。どこかに───ちょっと待って……
マルフォイはあの日、神秘部の廊下にいた!君のパパが、あいつは多分こっそり下に降りて、僕の尋問がどうなったか探るつもりだったって言った。でも、もしかしたら実は───」



「スタージスよ!」



「え?」



「スタージス・ポドモアは───扉を破ろうとして逮捕されたわ!ルシウス・マルフォイがスタージスにも呪文をかけたんだわ。
ハリー、あなたがマルフォイを見たあの日にやったに決まってる。スタージスはムーディの『透明マント』を持っていたのよね?だから、スタージスが扉の番をしていて、姿は見えなくとも、マルフォイがその動きを察したのかもしれないし───
それとも、誰かがそこにいるとマルフォイが推量したか───または、もしかしたらそこに護衛がいるかもしれないから、兎に角『服従の呪文』をかけたとしたら?
そして、スタージスに次にチャンスが巡ってきた時───多分、次の見張り番の時───
スタージスが神秘部に入り込んで、武器を盗もうとした。ヴォルデモートの為に。───ロン、騒がないでよ───でも捕まってアズカバン送りになった……。

それで、今度はルックウッドがヴォルデモートに、どうやって武器を手に入れるかを教えたのね?」



「会話を全部聞いたわけじゃないけど、そんな風に聞こえた。
ルックウッドはかつてあそこに勤めていた……ヴォルデモートはルックウッドを送り込んでそれをやらせるんじゃないかな?」



『ヴォルデモートはルックウッドの助けが必要だと言っていた。ルックウッドの持ってる情報が必要だって。』





名前がそう付け加えたのを聞いて、ハーマイオニーは真剣そのものの表情で頷いた。
それから口を閉ざし何処ともいわず遠くを見詰め、また熟考している。
かと思えばハリーと名前の顔を見比べた。





「だけど、ハリー、あなた、こんな事を見るべきじゃなかったのよ。」



「えっ?」



「あなたはこういう事に対して、心を閉じる練習をしているはずだわ。」



「それは分かってるよ。でも───」



「それにナマエ。あなたが同じものを見た事も奇妙だわ。前例があるとはいえ、奇妙である事に変わりはないのよ。予知夢とはわけが違うもの。先生方はその事に対して本当に何も仰らないの?」



『特に話は聞いていない。』



「あぁ……。」





何か言おうとして途中から、ハーマイオニーの呟きは深い溜め息に掻き消えた。
アンブリッジの件で先生からの接触も生徒からの接触も難しいのが現状だ。
そこで長く時間を取られそうな話を持ち掛けるなど無理難題だと明らかである。





「あのね、私達、あなた達の見た事を忘れるように努めるべきだわ。
それに、ハリー、あなたはこれから、『閉心術』にもう少し身を入れてかかるべきよ。」





ハーマイオニーは進言通り、それ以降は二人の見た夢の話は持ち出さなかった。
そしてロンもハーマイオニーの言葉に従っているらしく、気になってはいるようだが口を出さなかった。
ハーマイオニーの言葉を気にしてか隙を見て名前はネスに相談したが、「ダンブルドアへ伝えておくから君は夢の中で動かない事」と相変わらずの一点張りである。

変わらない意見に取り合えずは落ち着いた名前だが、問題はハリーだ。
内容も内容だが、夢の中でまたもやヴォルデモート関係の姿に成り代わってしまったのが気にかかるらしい。
前回は蛇だったが今回はヴォルデモート本人だ。
食事時も授業中も上の空になり、成績は落ちていくばかりだった。





「ナマエ、ご一緒してよろしいかしら。」



『いいけど、ハーマイオニーはご飯、もういいの。』



「ええ。やる事があるからロン、先に戻ってるわね。」



「うん、また後で。」




チキンを口に運ぶのに夢中で顔も上げず、ロンはろくに話も聞かずにそう言った。

月曜の夕方六時。夕食の席にハリーの姿は無い。
スネイプとの秘密特訓があるからだ。
当然、教職員テーブルにスネイプの姿も無い。

大広間を出て廊下を歩く。
夕食真っ最中の今、人気も無く静かだ。





「ねえ、どうかしら。答えは出た?」



『……。』





一体何の事かと首を傾げる。
すかさずハーマイオニーは身を寄せて、周囲に隈無く目を走らせてから、吐息のような小さな声で言った。





「スネイプの事よ。」



『……
ああ……。』





ハリーとロンが揃って不在で、尚且つ周囲に人がいない時。
そんな時は中々無いのだが、何の巡り合わせなのか最近は割りとある。
そしてそういう時はこのように、時たま不意にスネイプの話題を持ち掛けられる。

スネイプの名前が持ち上がるだけで後ろめたさが頭をもたげ、名前の胸の内には罪悪感が渦を巻く。
だからあまり話題に上げないでもらいたいのだが、しかし後ろめたさの原因を説明するには問題点が多い。
クィレルの存在、名前の変身魔法、不可解な能力。
よく回る舌を持っていれば上手く誤魔化しながら説明出来ただろうが、無い物ねだりだ。





『いや、……。考えていなかったから。』



「あら、考えたくなかっただけじゃないかしら。」





説明が出来たらどんなに気が楽だろう。
そうしたらもう尋ねられる事も無いだろうに。





「あのねえ、ナマエ。私があなたに自分の気持ちを確かめるよう提案してから、一体どのくらい時間が経っているか分かってる?」





盛大な溜め息を吐いた後、ハーマイオニーは切り出した。
声音の端々にピリピリした刺々しさを感じ、大分気を揉んでいる事が分かった。





「ハリーだってそんなに時間はかからなかったわ。」



『ハーマイオニー、俺は男。』



「それが何だって言うの?好きになった相手が偶々同性でいくつか歳上だっただけじゃない。有り得ない事じゃないの。
そりゃあまあ、普通の恋愛より道程は険しいでしょうけど。」



『好きだとは思う。でも恋かどうかは分からない。』



「それはあなたが初めて恋をして、分からない事だらけなだけ。相手に対して起こる自分の状態の変化に戸惑ってる。そうでしょう?」



『ハーマイオニーはどうして恋愛と結び付けたがるんだ。俺には自分の気持ちが分からないのに、どうしてハーマイオニーには分かるの。』



「恋の経験があれば分かるものよ。」





その物言いではハーマイオニーに恋の経験があると言う事だ。
それが過去のものなのか現在進行形なのかまでは、名前には分からなかったが。

相手は誰だろう。ふと考える。
その考えを遮るように、再びハーマイオニーが口を開いた。





「気を悪くさせたのなら謝るわ。だけど私はあなたをからかったり、面白がったり、悪戯で言っているんじゃないの。」



『分かってる。でもハーマイオニー、やけにこだわるね。』



「それはね、ナマエ。あなたの事が心配なのよ。」



『何で。』



「考えた事は無いの?」



『何を。』





談話室の扉を潜る。
室内には誰もおらず、暖炉近くの肘掛け椅子にクルックシャンクスとネスがいるだけだ。
二匹とも眠っているようだった。





「スネイプは騎士団の一員よ。先生の仕事があっても当然任務があるし、ハグリッドやロンのお父さんのように怪我を負うかもしれない。その時もしかしたら助からないかもしれない。それに元死喰い人よ。ヴォルデモートが裏切り者をどう扱うか分かってるでしょう?いつ命を落としてもおかしくない状況なの。
どんな類いのものであるにしても、好きな人が傷付いたり命を落としたりしたら、とっても悲しむだろうし後悔するでしょう。それを理解した上で、あなたは分からないって言い続けるつもり?」





スネイプが怪我を負う。死ぬ。
夢の中で感じた痛みと、自身の体に残った傷痕、アーサーの怪我を思い出し、その光景は容易に想像出来る。
あんな痛みがスネイプを襲ったら。帰らぬ人となったら。
名前の喉は詰まったようにうまく動かなくなるし、心臓は嫌にドキドキと脈打ち、指先はどんどん冷たくなっていく。

怖い顔で言い切ったハーマイオニーは、その後すぐに眉を八の字に下げた。





「ねえ、本当に分からないの?」



『……。』



「ナマエ。あなたはスネイプに対する好意が、私やハリーに対する好意と違うって、区別はついてるはずなのよ。だって私達や同じ先生であるマクゴナガル先生方と、スネイプとでは明らかに反応が違っているもの。
あなたは心のどこかでその気持ちを否定したいんだわ。自分が男だから。相手が先生だから。理由は分からないけれど、認めたくないのよ。だってその気持ちを認めたら、苦しむ事が分かっているから。普通の恋愛よりも望み薄で前途多難だって分かっているから。今まで否定してきた理由が自分を苦しめるって、火を見るよりも明らかだもの。だけど好きな気持ちは否定出来なくて、だから分からないんだわ。」



『……』



「ドキドキしたり、触れたくなったりしない?抱き締められたら幸せだと思わない?考えてみて……。」





今さっき想像した嫌な未来への恐怖。腹を渦巻く後ろめたさ。無性の気恥ずかしさ。
それらを一旦置いてすんなり考えられたのは、ハーマイオニーがとても真剣で、とても心配そうだったからだろう。

スネイプと目が合ったら───目を逸らしたくなる。
だけどスネイプが他所を見ると、今度は目で追ってしまう。

スネイプに触れたら───果たして触れるタイミングがあるのか?しかし確か試験の結果を手渡された時、すぐそばにある手に緊張した。

スネイプに抱き締められたら───これは想像が難しい。けれど一年生の時に風邪をひいて、真夜中に寮を抜け出した際、スネイプは自分のベッドで名前を寝かせた事がある。これが抱き締めるのに近いだろうか。
乾いた草の匂いのする冷たいベッドだった。
あの時は、とても安心して眠れた。





『……』





そうだ、安心したのだ───当時は気付かなかったが。
ゆっくりお風呂に浸かった後、布団にくるまる時のような安心感と幸福感。その感覚に似ている。
それなのに思い出すと胸がざわつくのだ。
忙しなくドキドキ脈打つ。
今となっては有り得ない事だ。名前はきっと是が非でも医務室へ向かっていた。





『ドキドキする。』



「そうよね。」



『触れるのは怖い。』



「どうして?」



『拒絶される。』



「忘れたの?スネイプはあなたの体調や食欲を気に掛けているのよ。そう言ったんだって、あなたがそう教えてくれたんじゃない。」



『隠し事もある。それを知ったら、きっと失望する。』



「誰にだって隠し事はあるものよ。」



『とても大事な隠し事だ。』



「それはスネイプに関係する事なのかしら。」



『関係する。俺は、』





開きかけた口を閉じる。一体何と続けようとしたのだろう。
頭の中で言葉が浮かぶ。
自分はスネイプが尊敬する父親にそっくりで、だけど偽りの姿で、それを伝えるのが怖い───……

そうだ。今の名前はスネイプを欺いている。
欺いた事を知られたらと想像すれば恐怖を感じる。
今の関係が壊れると危惧し、厚意に甘んじている。

全部自分の為だ。自分の身の為だけに隠している。
好意を抱きながら、いいように厚意を利用している。
父親の存在があったからこそこの関係が築かれたのだ。
父親の存在を除いてしまえば、名前には何も残らない。





『……』





何も残らないのだ。生徒の一人でしかない。
今までのように気に掛けられたりはしない。
気が付いて名前は愕然とした。

気に掛けられる事に喜びを感じていたこと。
スネイプの口から父親の名を聞いた時、どんなに衝撃を受けたかということ。
失う未来を想像すれば心が恐怖で埋め尽くされること。

沢山の思いが雨のように降り注いだ。
見ようとして見ていなかった。
考えていたようで考えなかった。
感じていたはずなのに受け止めていなかった。
様々な記憶が掘り起こされ、沢山の思いが甦る。





「ナマエ?」



『うん……』



「どうしたの?」



『ううん……』





スネイプの事が好きなのだ。

改めて自覚した。
一体何が切っ掛けだったのか分からない。
怪我をする度に医務室で手当てされ、嬉しかったのだ。話す事が幸せだった。
気恥ずかしいのに、触れられるのが嬉しいのだ。





『ハーマイオニー。俺がスネイプ先生に対する好きは、恋愛としての好きなのかな。』



「私が見る限り、そうでしょうね。」





何せ初めてのものだから、ハーマイオニーの言う通り、この感情が恋愛かどうかまでは分からないが……。
しかし大切な存在である事に変わりはない。

欺いておきながら好意を抱くなどおこがましい。
生きる為とは言え、この姿と父親の存在を利用し、黙ったままというのが卑怯だ。





「ナマエ、秘密は暴かれるものよ。
秘密の部屋のようにね、いつか誰かが必ず暴く。」



『……』



「そんなにスネイプが大切なのね。」



『違う。自分の事が大切なんだ。』



「いいえ、大切なんだわ。ナマエが思い悩んでるのがその証拠よ。
どうか悲観しないで、ナマエ。その気持ちはきっと無駄にはならないわ。だから好きでいる事を諦めないで。」



『叶わないのに俺にどうしろと言うんだ。』



「確かに難関だけど、何もしていないのに決め付けるのは良くないわよ。そうね、取り合えず、恥ずかしがらず対応するべきね。奥ゆかしいのは結構だけれど、恥ずかしがってばかりいたら時間が過ぎていくだけだわ。求められたら目を合わせてきちんと話す。いい?
その後どうするかは、あなたの気持ちと結果次第よ。初めての恋だしその上、ナマエは自分の気持ちに鈍いみたいだから、私は出来る限り教えるし協力してあげる。時間は有限よ。日々のチャンスを逃さず対応しなさい。」



『……』



「急かす気は無いのよ。ただね、今だからこそ、自分の気持ちに真剣に向き合ってちょうだい。学校の事や予知夢の事、ヴォルデモートの件もあって、それどころじゃないと思うかもしれないけれど。
だけど決して自分の気持ちをないがしろにしないで。お願いよ、約束して。」



『……うん。』





暖炉の薪が音を立ててはぜた。
ひっそりと時間が過ぎていく。

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