14.-3


荷物を置く為に寮へ戻ると早速ネスが飛び込んできた。
その勢いが尋常ではなく、ハリー達は名前がネスに忘れられ、獲物に見立てられて襲われたのだと思った程だ。
実際にはおそらく身も世も無く、感極まり飛び付いてきたのだと思われるが。

翌日からは通常授業なので早めに床に就いたが、ネスは会話を求めて文字盤を請求した。
ベッドの四方を囲むカーテンを閉じてトランクを開き、文字盤を取り出して言葉を交わす。





───怪我を負ったとの話を聞きましたが、その後の体調は如何ですか
───グリモールド・プレイスでの暮らしは如何でしたか
───近頃はどのような夢を見ていますか





等々いくつもの質問を浴びせかけられた。
その質問に「問題無いです」「楽しかったです」と、短く淡々と答えていく。
翌日から授業を控えているので、会話も少なく文字盤をしまった。

そんな会話の直後である。
名前は奇妙な夢を見ていた。
最近よく見る暗い廊下の夢ではない。
病室のようだ。それも長期的な入院用の病棟だと見える。
何しろ患者個人の物が、ベッドの周りにインテリアの如く、これ見よがしに置いてあったからだ。





───……。





病室の扉の前に立っているような視点で、夢は始まった。
名前はその場に留まったままグルリと室内を見渡す。

一番奥の二つのベッドは、きっちり花柄のカーテンが閉まっている。
手前のベッドの一つには、動物の毛を頭全体に生やした女性。
それから白い歯を見せてニコニコ笑うあの男、顔に見覚えがある。二年生の時に「闇の魔術の防衛術」の教鞭を執っていた、ギルデロイ・ロックハートだ。
自分の写真に、自分宛のサインを書いている。

その反対側のベッドの男は土気色の肌で、何だか悲しげな表情を浮かべている。
この男に体が、視線が、名前の意識に反して吸い寄せられていく。





───……。





男は片手に小さなじょうろを携え、ベッド脇の鉢植えに手を伸ばしていた。世話をしようとしているらしい。
鉢植えの植物は長い触手をゆらゆら怪しげに揺らしている。

男が鉢植えに触れた途端、触手は目にも止まらぬ素早さで、男の首を捉えた。
男は驚いた表情でじょうろをかなぐり捨て、床に崩れ落ち、自身の首に巻き付く触手を引き剥がそうともがいている。
床の上でのたうち回る男を、ロックハートは不思議そうに見詰め、毛むくじゃらの女性は吠えるような悲鳴を上げた。

土気色の肌が赤く染まる。それもだんだん色が抜けていく。
男の手が触手から離れた。
病棟の床に倒れ伏せたまま、じっと動かない。





『……』





いつの間にか瞼が開かれている。
目の前に薄暗い天蓋が広がっていた。

上半身を起こして膝を抱える。
再び眠るには目が冴えていた。
それに夢の内容を誰かに伝えなければならない気がしたのだ。

と言うのも、今さっき見た夢の感覚に既視感があったからだ。
鮮明な光景と音。本当に目の前で見ていたかのような感覚。
昨年の夏に見た、あの墓場の夢のような感覚だ。





『……。』






クリスマスの夕方だったはずだ。
怪我の為にシリウスの寝室で臥せっていた名前の所へ、アーサーの見舞い帰りに訪れたハリー達が、確か話して聞かせてくれた。
アーサーの入院先である聖マンゴで、ギルデロイ・ロックハートに出会ったのだと。

その話を元に考えてみると、今さっき見た夢は聖マンゴでの出来事である、という事になる。
それもおそらく近しい未来だ。

───ただの夢じゃないか。
名前の頭の中にある、現実的な部分が思い止まらせようとする。
けれど人の生死に関わる未来だ。考えを振り払う。
名前はカーディガンを引っ掴み、ローファーへ素足を滑り込ませた。
カーテンを開く。





『……。』





窓辺にネスがいた。眠っていたようだが、名前の気配を感じ取り、パチリと瞼を開く。
金泥色の瞳が名前をじっと見詰めた。

ベッドから立ち上がる。
窓辺からネスは飛び立ち、名前の肩に舞い降りた。
ただトイレに起きたのだとは思わなかったらしい。
再び眠りもせず、質問を投げ掛けようともせず、名前に付き従う事を選んだのだ。

二人は静かに寝室を出て階段を下り、談話室を通り過ぎ、凍てつくような寒さの廊下に出た。
向かうは寮監であるマクゴナガルの部屋だ。





コンコンコン。





三回のノック。返事は無い。
再び三回ノックをする。
今度は扉の向こうで動く気配が感じられた。
扉が開き、中からマクゴナガルが顔を覗かせた。





『お休みのところを起こしてしまってごめんなさい、マクゴナガル先生。』



「良いのです。Mr.ミョウジ、どうしました?」



『……あの……
……
……』



「中へ入りなさい。」





いざ打ち明ける場面になると躊躇してしまったらしい。
目を伏せてその場に佇み、まごつく名前を見て、マクゴナガルは部屋へ招き入れた。
暖炉の火は既に消されていたが、室内はまだ暖かい。
後ろ手に扉を閉めて、マクゴナガルは名前を机へと誘った。





「また夢を見たのですか?」



『はい。』



「アーサー・ウィーズリーの時のような?」



『いいえ。
去年の、墓場での夢を見た時のような感覚です。』





アーサーの夢と墓場の夢とどう感覚が違うと言うのか。
体感したわけでも無し、マクゴナガルに分かるはずもない。
説明を欲しそうにしたものの、一瞬で考えを振り払い、マクゴナガルは居住まいを正した。





「どのような夢を見たのですか?」



『聖マンゴで患者さんが死んでしまう夢です。』



「Mr.ミョウジ。聖マンゴは病院ですから、残念ながら、そういう不幸な結果も有り得るのです。」



『でもきっと、防ぐ事が出来るものです。
ロックハート先生が入院していらっしゃる病室です。ロックハート先生の反対側のベッドの男性が、鉢植えの植物に首を絞められて死んでしまうのです。』





マクゴナガルは黙り込んだ。目は名前を捉えたままだ。
聖マンゴの患者に死者が出る事と名前との関係性、ダンブルドアに伝えるか否か。
そのような事を考えて逡巡しているのだろう。
少ししてマクゴナガルは再び口を開く。





「分かりました。私からダンブルドアにお伝えします。Mr.ミョウジ、あなたは寮へ戻って休みなさい。
消灯時間を過ぎて生徒がベッドを抜け出したとドローレスが知ったら大変です。それに明日からは授業があるのですから、しっかり眠らないといけません。」





そうして名前は寮へ帰らされた。
ベッドに横になっても中々寝付けず、意識が朦朧としたまま朝を迎えた。

授業中では生徒の多くが欠伸をしたり気だるげで、休暇に慣れた体は中々元には戻りそうになかった。
名前達は午前中に二時限続きの「魔法薬」の授業があったが、生徒がそんな状態であっても、スネイプはいつも通り絶好調である。
ハリーは今夜の個人授業を思ってか、酷く気が滅入っているようだった。
おまけに授業と授業の移動の間に廊下を歩いていると、何処からともなくDAのメンバーがやって来ては、口を揃えて会合は無いのかと聞くので、いよいよハリーは悄気返った。

夢の事を話す雰囲気ではなさそうだと思ったのか、名前は口を閉ざしている。





「次の会合の日程が決まったら、いつもの方法で知らせるよ。だけど、今夜は出来ない。僕───
えーと───
「魔法薬」の補習を受けなくちゃならないんだ。」



「君が、魔法薬の補習?
驚いたな。君、よっぽど酷いんだ。スネイプは普通補習なんてしないだろ?」





昼食直後を狙って玄関ホールにハリーを追い詰めたザカリアス・スミスは、小馬鹿にしたような態度でそう言って、チラリと名前を見てから立ち去った。
名前はあくまでも助手の立場なので、名前一人で先生役を担う事は不可能だ。
遠ざかるスミスの背中をロンが睨みつけ、不意にゆっくり杖を上げた。





「呪いをかけてやろうか? ここからならまだ届くぜ。」



「ほっとけよ。皆きっとそう思うだろ?僕がよっぽどバ───」



「あら、ハリー。」





背後からハリーの名を呼ぶ声が聞こえて、ハリー、ロン、ハーマイオニー、名前。皆して振り返る。
そこにはチョウとセドリックが立っていた。

途端にハリーの様子がおかしくなる。
体と顔が強張り、唇が糊で貼り付けられたようにモゴモゴとして開かない。




「ああ、やぁ。」



「私達、図書室に行ってるわ。」



「僕も先に行っているよ。」



「ええ。」





ハーマイオニーがロンの二の腕辺りを掴み、セドリックが名前の肩へ腕を回した。
その場にハリーとチョウを残し、四人は大理石の階段へ向かう。
階段まで来てようやく解放されたロンは、掴まれていた二の腕を擦りながら、不思議そうにセドリックを見た。





「なあ。君達、まだ付き合ってたの?」



「ああ、うん。良い友人としてね。」





セドリックは困ったような微笑みを浮かべ、ハーマイオニーは鬼の形相でロンを見据えた。
図書室の前でセドリックと別れ、名前達三人は目的地である図書室へと入る。
どこも宿題をやっている生徒で席は埋まっていたが、名前達がよく利用する奥の方は空いている。
三人はそれぞれ席に着き、鞄を下ろした。





『ロン、ハーマイオニー。』



「何だよ?」



「どうかした?」



『夢を見たけど、話、聞く。』





二人は開いたばかりの本から顔を上げて、勢い良く名前を見た。
目が見開かれている。顔色は緊張のせいか少し青白い。
すぐに二人は頷いた。席を近付け、その上で更に身を寄せる。
夜中にマクゴナガルへ話した内容と同じ事を、名前は淡々と二人に話した。





「花柄のカーテン……毛むくじゃらの女性……土気色の男……。
ナマエに伝えたのは、ロックハートがいたって事だけだったよな?ハーマイオニー。」



「ええ、記憶違いでなければね。でも名前が夢で見た病棟の様子は私達の記憶と合致している。まあこんな事、偶然にしては出来すぎているわよね。
すごいわ。予知夢である可能性が高いと思わない?」



「もしかしたら、もう死んでるかもしれないぜ。だってパパの時は既に時遅しだったんだ。」



「それでもよ、ロン。ねえナマエ、勿論誰か先生に伝えたのよね?」



『マクゴナガル先生。』



「そうよね。未然に防げられたらいいんだけれど。
それにしても、どうしてそんな夢を見たのかしら……。」





午後の授業の前。
暫くして図書室へやって来たハリーの顔は喜びに満ち溢れていた。
何だか事が上手く運んだようだ。

しかしその効果も夕食までだった。
これが最後の晩餐だという顔付きで、半ば自暴自棄に夕食を掻き込み、青白い顔色でフラフラと大広間を出ていった。

心配ではある三人だったが、だからと言って為す術があるわけでもない。
夕食後は再び図書室へ赴き、アンブリッジが出した宿題に取り組んだ。





『……。』





それから何分経っただろうか。ふと本から顔を上げた。
正面はロンだ。ロンの肩越しに窓を見る。
冬は日没が早いので、当然真っ暗だった。

その窓に反射して、室内の景色が映っている。
背後からハリーが歩み寄ってきていた。
隣の席の背凭れが引っ張られ、ドサリ。ハリーが深く腰掛ける。
仏頂面で顔色が悪く、酷く疲れた様子だ。





「どうだった?」





本から顔を上げてハーマイオニーは、声を潜めてそう聞いた。
そしてハリーの様子を見て、心配そうに眉を下げた。





「ハリー、あなた大丈夫?」



「うん……大丈夫……なのかな。」





言いながら顔を顰める。
ちっとも大丈夫には見えない。





「ねえ……僕、気が付いた事があるんだ……。」





顔を顰めながらハリーは、「閉心術」で起こった事について話を始めた。

「閉心術」の授業中ハリーは、あらゆる記憶を呼び起こされたと言う。
思い出したくもない嫌な記憶、忘れたくない幸せな記憶。
他人に知られたくない、見られたくない、あらゆる記憶だ。
その記憶の一つに、魔法省の中にある「神秘部」へと続く廊下の光景が蘇ったらしい。





「この何ヵ月間、僕はその廊下の夢を見てきた。それが現実の場所だとは気付かなかったけど、現実に存在する場所だったんだ。
八月十二日、魔法省の裁判所へ行くのに、僕はウィーズリーおじさんと一緒にその廊下を走った。そしてウィーズリーおじさんがヴォルデモートの蛇に襲われた時、おじさんはその廊下にいた。『神秘部』に続く廊下だったんだ。
おじさんは『神秘部』に続く廊下を守り、そこへヴォルデモートの蛇がやって来た。だから鉢合わせた。
きっと『神秘部』の中に、ヴォルデモートの望む物があるんだ……。」



「じゃ……それじゃ、君が言いたいのは……」





司書のマダム・ピンスが足音も高く通り過ぎる。
それを横目で確認しながらロンは机の上へ身を乗り出し、ハリーの方へ顔を近付けて声を潜めた。





「あの武器が───
『例のあの人』が探しているやつが───
魔法省の中にあるって事?」



「『神秘部』の中だ。間違いない。
君のパパが、僕を尋問の法廷に連れて行ってくれた時、その扉を見たんだ。蛇に噛まれた時に、おじさんが護っていたのは、絶対に同じ扉だ。」



ハーマイオニーは長い溜め息を零した。
「そうなんだわ。」


「何が、そうなんだ?」
ハーマイオニーが訳知り顔で呟くので、ロンはちょっと苛立っている。



「ロン、考えてもみてよ……スタージス・ポドモアは、『魔法省』のどこかの扉から忍び込もうとした……
その扉だったに違いないわ。偶然にしては出来過ぎだもの!」



「スタージスが何で忍び込むんだよ。僕達の味方だろ?」



「さあ、分からないわ。ちょっとおかしいわよね 。」



「それで、『神秘部』には何があるんだい?
君のパパが、何か言ってなかった?」



「そこで働いている連中を『無言者』って呼ぶ事は知ってるけど。
連中が何をやっているのか、誰も本当のところは知らないみたいだから───
武器を置いとくにしては、へんてこな場所だなあ。」



「全然へんてこじゃないわ、完全に筋が通ってる。
魔法省が開発してきた、何か極秘事項なんだわ、きっと……ハリー、あなた、本当に大丈夫?」



「うん……大丈夫……。」





ハリーは顰めっ面で額の傷痕を両手で強く擦っていた。
返事をしながら擦るのを止めたが、擦り過ぎたせいか傷痕の辺りが赤くなっている。
痛みか恐怖か分からないが、下ろした手が震えていた。

額の傷痕があまりに痛むのなら"おまじない"の出番だ。
隣のハリーの方へ身を傾け、名前はピタリと止まる。
───でも次にやる時は、皆の前ではやらないでね……。
いつだったか初めて"おまじない"をやった時、ハリーに言われた言葉だ。
傾けた身を真っ直ぐに戻し、席に尻を落ち着かせる。
代わりに手を伸ばし、労るように震える手を握った。
西洋人と比べて体温が低いとされる東洋人の名前と比較しても、ハリーの手は氷のように冷たかった。

名前が手を握るとハリーは驚いて、少しの間名前に視線を遣ったものの、すぐに落ち着いてされるがままになった。
ぎゅうぎゅうこねるように握られても無抵抗である。





「ただ、僕、ちょっと……『閉心術』はあんまり好きじゃない。」



「そりゃ、何度も繰り返して心を攻撃されたら、誰だってちょっとぐらぐらするわよ。
ねえ、談話室に戻りましょう。彼処の方が少しはゆったり出来るわ。」





宿題は終わっていなかったが切り上げて、四人は図書室から談話室へと移動した。
しかしハーマイオニーの当ては外れた。
談話室は人でごった返し、しかも笑声や喚声が響き渡っていた。
さながら通販番組よろしくフレッドとジョージが「悪戯専門店」の新商品を試して見せていたからだ。
こんな状態ならば図書室の方がましだったかもしれない。
それでも宿題をやる為に四人は空いた席を探し、見付けて座れば各々本を開いたり羽根ペンを取り出す。





「首なし帽子!」





見物客の前で高らかにジョージが叫んだ。
隣でフレッドが、ピンク色の羽飾りが付いた三角帽子を振って見せる。

ふと横を見れば、ハーマイオニーの手が止まっていた。
「またか」と言うような呆れた視線を二人に向けている。





「一個二ガリオンだよ。さあ、フレッドをご覧あれ!」





フレッドは見物客に笑顔を見せて帽子を被った。
溶けるようにして一瞬、帽子も首も掻き消える。
数人の女子生徒が恐怖の叫び声を上げたが、大多数の生徒は笑って囃し立てた。





「はい、帽子を取って!」





ジョージの声に反応してフレッドの手が動く。
何も無い空間を手が探り、瞬く間にフレッドの笑顔が現れた。
手には脱いだ三角帽子がしっかりと握られている。





「あの帽子、どういう仕掛けなのかしら?」





見物客に囲まれたフレッドとジョージを見詰めながら、誰に問い掛けるでもなくハーマイオニーは呟いた。
呆れた視線から一転。珍しく興味深そうな様子だ。





「つまり、あれは一種の『透明呪文』には違いないけど、呪文をかけた物の範囲を越えた所まで『透明の場』を延長するっていうのは、かなり賢いわ……。
呪文の効き目があまり長持ちしないとは思うけど。」





冷静に分析している隣、青白い顔をしたハリーに、何か応える元気は無さそうだ。
取り出したばかりの本をじっと見下ろしている。
やや迷ったように見えたが、本を再び鞄へ戻した。





「この宿題、明日やるよ。」



「ええ、それじゃ、『宿題計画帳』に書いておいてね!
忘れない為に!」





「宿題計画帳」とは何ぞや、とでも言いたげに、名前は三人の顔を見回す。
「宿題計画帳」とは、クリスマスにハーマイオニーが二人へ贈ったプレゼントの事で、その名の通り宿題の計画を記す為のノートだ。
二人からプレゼントの内容など聞かされてもいないし、必要無いと判断されたのか名前に贈られたのは本だったので、どんなものか知る由も無い。

だが誰も答えなかった。
ハリーとロンは意味ありげにお互いの顔を見合わせていたし、ハーマイオニーは計画帳に記す所を見届けるのにハリーを見詰めていたからだ。

おもむろにハリーは鞄から「宿題計画帳」なるものを取り出す。
適当な頁を開いてメモをする様子を、ハーマイオニーは満足そうに眺めた。





「僕、もう寝るよ。」





「宿題計画帳」を閉じて鞄へ戻す。
青白い顔をしてハリーはフラフラ危なっかしく歩を進め、「首なし帽子」を被せようとするジョージからヒラリと身を躱し、男子寮へ続く階段を上っていく。
その後ろ姿を見詰めながら、ハーマイオニーが口を開いた。





「ねえ、ロン、あなたも宿題は明日にしたらどう。」



「ハーマイオニー、何を言い出すんだ。どうしたんだ?」



「ハリーの様子を見た方がいいわ。『閉心術』で心が攻撃されて、とても弱っているみたいだった。
だからロン、ナマエ。今夜は二人でハリーを見ていてあげて。」





男子二人は顔を見合わせる。
確かにハリーは随分と参っている様子だった。





「ほら、早く付いていくのよ!」





背中を叩かれて男子二人は慌てふためき、取り出したばかりの本や羊皮紙を鞄へ突っ込んだ。
重たい鞄を肩に掛けて立ち上がれば、荷物の無い肩の方へ、ネスがヒラリと舞い降りる。

男子寮に続く階段を上れば談話室の喧騒は遠ざかっていく。
代わりに耳に入ってきたのは、微かな笑い声だ。





「何だ?……誰だ?」



『分からない。』





ロンは不審そうに、少し不安そうに眉をひそめた。
寝室へ近付くにつれて笑い声は明瞭に、確実に大きくなっていく。





「ハリーの声だ!」





歩みを進めれば誰の声かハッキリと聞き取れた。
瞬間、二人は足早に寝室へと向かっていた。
閉まりきっていない扉の隙間から、狂ったような笑い声が漏れ聞こえてくる。

長い足を大きく使えば名前の方が早く辿り着くのは、まあ当たり前の事だろう。
扉を開いた先にいたのは、床に横たわって瞼を閉じ、腹の底から笑い続けるハリーだった。

扉を閉めてから二人は、素早くハリーへ近付く。
ハリーの左右にそれぞれ屈んで顔を覗き込んだ。
瞼を閉じていたが眠っているようには見えない。
むしろ何か発作を起こして倒れたような様子だ。





『頭を打ったかもしれない……。』



「ハリー?ハリー?」





呼び掛けながらロンはハリーの頬を叩く。
反対側で名前は肩を揺り動かす。

ハリーは笑い声を上げながら瞼を開いた。
途端に笑い声は止まり、弧を描いていた唇が苦痛に歪む。





「どうしたんだ?」



「僕……分かんない……。」





体を起こそうともがくハリーの背中に、名前が手を差し込む。
上半身を起こした後も背中に手を当てて支えたままにしていると、その手に震動を感じた。
ハリーの体が震えていたのだ。





「やつがとっても喜んでいる……とっても……。」



「『例のあの人』が?」



「何か良い事が起こったんだ。
何かやつが望んでいた事だ。」





どうやら吐き気を催しているらしい。
大きく息を吸い込み、込み上げるものを紛らわそうと試みている。

ロンはハリーから視線を外し名前を見て、それからベッドを見る。
連れていって寝かせようと考えているようだ。
ロンの思惑が果たして名前に伝わったかどうか分からないが、名前は頷いて返事をした。

二人でハリーの体へ腕を回し、ゆっくりと慎重に立たせる。





「ハーマイオニーが、君の様子を見てくるようにって言ったんだ。
あいつ、君がスネイプに心を引っ掻き回された後だから、今は防衛力が落ちてるだろうって言うんだ……。
でも、長い目で見れば、これって、役に立つんだろ?」





ゆっくりベッドへ向かいながら、ロンは怪訝そうにハリーを見た。
疲れか痛みか分からないが、ハリーは意識朦朧として殆ど言葉の意味など理解出来たようには見えず、それでも脊髄反射で頷き返す。

疲労困憊というか神経衰弱というか。
ぐったりとベッドへ横たわるハリーを見ていると、現状で役立つとは到底考えられなかった。

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