14.-2


その日の夕食はアーサーの快気祝いの為にマンダンガスとムーディが立ち寄っていつもより華やかなものとなった。
夕食時、ここ数日の沈黙が嘘かのようにシリウスは雄弁だった。
しかし努めてそう振る舞っているのだと感じ取るのに時間はかからなかった。
冗談に笑ったり、会話を盛り上がらせたり、食事を勧めたりする以外は、またむっつりと無愛想な表情に戻るからだ。

翌日には「夜の騎士バス」に乗ってホグワーツに帰る予定だから、それを事あるごとに思い出して気落ちしているのか。
はたまたスネイプとの会話を気にしているのか。
どちらもかもしれないが兎に角、別の事に意識を持っていっているのは丸分かりだ。
ハリーは頻りにシリウスの様子を気にしていたが、間に、マンダンガスとムーディが座っていた為に、聞けずじまいだった。

代わりに聞き役を任されたのは名前である。
口下手な名前に何を期待してそんな大役を託するのか。
理解出来ないが、ハリーは藁にも縋る思いだったのだろう。
そして頼まれたら断れないのが名前である。
晩餐会がお開きになり各々寝室に戻ると早々に、何やらゴソゴソ机を漁り始めたシリウスをの背を見詰め、名前は頭を捻らせた。





『シリウスさん。』



「何だ。」



『あの、……』





声音はいつも通りだったが、此方に背を向けている為、シリウスの表情は窺えない。
呼び掛けたものの夕食時の険しい顔付きを思い浮かべると、何か言葉を掛けるべきか、言及するべきか、思い惑ってしまう。





『夕食の時、何か考えていたように見えましたが、何を考えていらしたのですか。』



「……」



『すみません。俺の勘違いでしたら、』



「ハリーの事だ。いや、スネイプか?」





言って、シリウスは振り返る。
注意深く表情を観察する。
険しい顔付きではあったが怒っているわけではないようだ。
手元を見ると文庫本程の大きさの包みがある。





「兎に角、奴の教える『閉心術』の事だよ。立場を利用してハリーに嫌な思いをさせるに決まっている。あいつの事は、私はよーく分かっている……。」



『ハリーはきっと、誰にも助けを求めません。自分一人で解決しようとします。』



「ああ、目に浮かぶな。だが備えあれば憂い無しだ。」



『その包みの中身が備えですか。』



「まあ、そういう事だな。言っておくがナマエ、これは私達だけの秘密だぞ。特にモリーには黙っておいてくれないか。」



『……
分かりました。あの、ハリーの事は俺も留意しておきます。』



「そうしてくれると助かる。」





話を逸らされた気がしないでもないが、有無を言わさずシリウスは寝室の灯りを消した。
ベッドに横たわった後は口数も少なく、おまけに会話を拒むかの如く、ゴロリと寝転んで背を向ける。
けれどその熱が離れていくのを惜しむように、名前の体に背中をピッタリくっ付けていた。

この屋敷で一番の早起きであろう名前は、いつもシリウスが目覚めてから行動を開始する。
今日もシリウスと共に起床し、身支度を済ませてから厨房に下りて、慌ただしく朝食の準備をするモリーに加わる。
いつもの事である。

けれど途中でトンクスとルーピンがやって来ると、名前は厨房の隅に追いやられた。
ホグワーツに戻る道程で護衛の為にとやって来たトンクスとルーピンは、名前に簡単な挨拶を済ませると、何やら大人達で顔を突き合わせてコソコソ話を始めたのである。





『……。』





これがフレッドやジョージ、ロンならば、不当な扱いだと叫破しただろう。
しかし名前は素直にスープの鍋を掻き回す役目についたし、大人達のコソコソ話に聞き耳を立てようとはしなかった。

それから暫くして。
ハリーとロン、ハーマイオニーが厨房に下りてきたので、名前も朝食の輪に加わった。
バスの時間を気にしてか、妙に慌ただしい朝食だった。

連日の積雪に加え今もなお窓の外は雪模様だ。
朝となると冷え込みも相当なもので、外に出る前に皆、気持ちを引き締めて防寒具を身に付ける。





「スネイプとの課外授業、アレって、どうしてハリーだけなんだろう?」





手編みの手袋に指を通しながら、ロンが不思議そうにそう言った。
首に巻いたスカーフの襞を整えつつ、ハーマイオニーはロンを見る。





「どうしてって、どういうこと?」



「どうしてナマエはやらないんだろうって事。だってナマエも夢を見たんだぜ。」



「それはそうだけど、私、考えてみたの。」





言ってハーマイオニーは、チラリとハリーの方を見遣る。
ハリーはシリウスと話をしている所だった。
頻りにモリーの方を気にしている辺り、多分、昨夜用意した「備え」とやらを渡しているのだろう。

(モリーはフレッドとジョージに手編みのミトンを嵌めるよう説得中だ。)





「言っていたでしょう?ハリーが習う『閉心術』は、外部からの侵入に対して心を防衛する魔法だって。ハリーが見ている夢は、外部の侵入によって見ている可能性があるのよ。
きっと、ナマエの場合には当てはまらないんだわ。だから習う必要は無いの。」



「当てはまらないって、どうして分かるんだよ?証明出来る何かがあるのか?」



「それは、そうね……例えば……そう、傷痕よ。ハリーの額にはヴォルデモートによってつけられた傷痕があるわ。
傷痕が痛む時、ヴォルデモートの存在が近くにある事を知らせたり、感情や考えている事を、ハリーに感じ取らせたりする事があるわね。
ナマエにはそれらしい傷痕は無いでしょう。」



「ああ、成る程ね。ナマエは習う必要が無いって分かったよ。
でもナマエが一緒だったら、ハリーも心強かったと思うんだけどな……。」



『……。』



「さあ皆、準備はいい?そろそろ出発するよ!」





本日の変装は背の高い、濃い灰色の髪をした田舎暮らしの貴族風のトンクスが、明るく声を張り上げた。
全員揃って上の階に移動して玄関の前に立ち並ぶ。





「さよなら、ハリー。元気でね。」
モリーはハリーを抱き締め、次は名前に向き直る。
「ナマエ、何かあったら一人で何とかしようとしないで先生方を頼るのよ。それから、しっかりご飯を食べること。いいわね?」



『はい、モリーさん。』



「いい子ね。」
言って、名前を優しく抱き締めた。



「またな、ハリー。私の為に、蛇を見張っていておくれ。」
アーサーが握手しながら明るく言った。



「うん───分かった。」



「ナマエにもお願いするよ。二人も証言する者がいれば心強い。」



『分かりました。アーサーさん。』





最後の挨拶はシリウスだ。
名前は無表情に振り返り、ハリーは何か言いたげにシリウスを見上げた。
シリウスはハリーと名前を二人いっぺんに抱き締めた。





「元気でな。ハリー、ナマエ。」





言葉が耳を掠めた直後、二人はシリウスの手によって、玄関の外へ押し出された。
振り返る時間も、何か言葉を返すひまも無く、トンクスが二人を追い立てるように階段を下りて来る。
背後で扉が閉じる音が聞こえた。

先頭のルーピンに従って階段を下りる。
歩道に出た時にようやく振り返る事が出来た。
振り返った先にあった十二番地は、ちょうど両側の建物に押し潰されるように細く縮むところで、やがて見えなくなった。
パチリ。一つ瞬きすれば、十二番地は跡形も無く消えていた。





「さあ、バスに早く乗るに越した事はないわ。」





トンクスの声は警戒してか硬い。広場をくまなく、そして素早く目を走らせている。
その横でルーピンが右腕を上げた。

バーンと大きな音を立てて何処からともなく現れたのは、紫色をした三階建てバスだ。
バスは背中を丸めて急停止したが街灯に突っ込んでいく。
が、街灯の方が飛び退いた。
停車したバスは体勢を直し真っ直ぐになると、プシューと息を吐いて若干沈む。
入口の扉が開き、そこから車掌らしき若者が飛び降りてきた。
バスと同じく紫色の制服を着ている。





「ようこそ、夜───」



「はい、はい、分かってるわよ。ご苦労さん。乗って、乗って、さあ───」





車掌の言葉を遮ってトンクスは、名前とハリーを乗車ステップへ押し込んだ。
先程の急停止が影響してか、車内はしっちゃかめっちゃかだ。
窓際に設置された座席のいくつかは倒れているし、乗客も何名かは床に倒れ込んでいる。
おまけに誰かの買い物袋がバス後方から名前の足下まで滑ってきていて、中身が車内にぶちまけられていた。
数珠繋ぎのカエルの卵はテカテカ照り光り、生きたゴキブリは我先にと駆け巡り、カスタードクリームはペンキの如く床を塗りたくり───。





「いやー───アリーだ───!」



「その名前を大声で言ったりしたら、呪いをかけてあんたを消滅させてやるから。」





恐ろしい言葉が背後から聞こえてきた。
ゾッとする風景から意識が逸れた。
続いて乗ってきたジニーとハーマイオニーを押しやられ、名前は足場を探しながらバス中央に移動する。





「僕さ、一度こいつに乗ってみたかったんだ。」





乗り込んだロンは嬉しそうに車内を見回した。
目の前に広がる地獄絵図が目に入らないらしい。

皆を押し込んでから最後に乗り込んだトンクスは、グルリと車内を見渡した。





「どうやら分かれて座らないといけないね。
フレッドとジョージとジニー、後ろの席に座って……リーマスが一緒に座れるわ。」





残りの名前達五人は階上へ上がり空席を探す。
最上階の三階まで進み、やっとこさ一番前に二席と中央に一席、後方に二席空席を発見した。
トンクスの素早い采配により一番前の二席にトンクスとハーマイオニー、中央に名前、後方にハリーとロンが配置される。

中央の席に荷物を置いて、車掌のスタン・シャンパイクに十一シックルを手渡す。
乗車賃を受け取ったスタンは名前へ切符を渡し、ハリーの後ろを付いていった。
「日刊予言者新聞」の効果は人気の少ない早朝のここでも発揮されているらしい。
ハリーが通り過ぎると乗客達はわざわざ身を捻って振り返るのだ。

ハリーとロンが席に着き、乗車賃の十一シックルをスタンに手渡すと、バスはおもむろに地面から腰を上げ、左右に揺れながら再び動き始めた。
その走り方といったら支離滅裂で、車と車の隙間を通り、歩道でもお構い無し。
名前達の前に現れた時のバーンという大きな音が唐突に響き、車体は大きく後方へ引っ張られた。
その衝撃で乗客達は椅子に張り付けられたようになり、荷物が彼方此方でまたしても床へ倒れた。





『……。』





しかし名前だけは不動を貫いている。
そして心配そうに───勿論、無表情だが───車内を見渡した。

前方のトンクスとハーマイオニーは無事なようだ。
後方の車掌スタンは流石に慣れたもので悠々と立っており、ハリーは壁掛けの燭台に掴まり事無きを得ていた。
しかしロンの椅子は引っくり返り、膝に載っていた籠が喧しい音を立てて落っこちていった。
のたうち回る主人の横を弾丸のようにピッグウィジョンが飛び出していく。
囀ずりながらバス前方まで飛んでいき、ハーマイオニーの肩に落ち着いた。

現在どの辺りを走っているのか全く分からないが、窓の外を見てみると、高速道路のような所を走っているらしい。
イギリスでは日本と同じく道路が左側通行で、バスの前には当然何台も車が走っていた。
バスはお構い無しに更に左側の細い隙間を縫うように走り、車体は左右に激しく揺れる。
前方のハーマイオニーは戦々恐々として両手で顔を覆っている。
肩に乗ったピッグウィジョンは楽しそうにバスの揺れに身を任せていた。





バーン。





大きな音と共に体が後ろ引っ張られる。
またしても後方で座席の倒れる音と、ロンらしき呻き声が聞こえてきた。

バスは高速道路から飛び降り、急カーブだらけの細い田舎道を走っていた。
大きな音は移動の合図らしく、それから何度も音を立てては、町の大通りを走り、小高い丘に囲まれた陸橋を走り、高層アパートの隙間の道路を走り。
まるでジェットコースターのように揺れる車内を、慣れた様子でスタンは往き来している。
車掌らしい働きぶりだ。乗客の様子を見ているらしい。

そのスタンの足が前方のトンクスの所で止まる。何やら話し込んでいるようだ。
それから真っ直ぐ後部座席へ向かっていく。ハリーの横でピタリと止まった。





『……。』





車体が揺れるギシギシ軋む音に交じり、階下からえずく音が聞こえてくる。やがて液体が落ちる音が聞こえた。
おそらく誰かが吐いたのだろう。この揺れじゃあ無理もない。
ジェットコースター並みのシェイクが長時間続いているのだから、どんな酔い止めを用いたって気休めにしかならない。

数分も経つと、バスは小さなパブの前で急停止した。
扉が開く音が聞こえ、窓の外を覗き見る。
バス酔いしたらしい乗客をスタンが介助して降ろしていた。
それからバスは再び急発進して、どんどんスピードを上げていく。
バーンと大きな音を立てて、気が付けば見覚えのある風景が広がっていた。
バスは雪に覆われたホグズミードを走っていた。

ホグズミードまで来れば、もうホグワーツは目の前だ。
数分と経たずにバスはホグワーツの校門前で停止した。
皆で手分けして荷物を降ろし、作業を終えるとルーピンとトンクスが別れの挨拶の為に下車した。





「校庭に入ってしまえば、もう安全よ。
いい新学期をね、オッケー?」





校門前に積もった多くの雪は道の左右に寄せられていたが、新たに雪が降り積もっている。
除雪作業は行われていないらしく、新雪の上に足跡は見当たらなかった。





「ナマエ。私は君ともっと色んな事を話したかったよ。」



『また会えます、トンクスさん。』



「その通り!その時まで元気でね。」



『はい。トンクスさんもお元気で。』



「ありがとう、勿論よ。」



「ナマエ、体の調子はどうだ。バスには酔わなかったかい?」





トンクスと入れ代わり、今度はルーピンが挨拶にやって来た。





『平気です。』



「それは良かった。シリウスとの生活はどうだった?君にとって良い冬休みを送れたかい。」



『はい。シリウスさんは俺を楽しませようと、いつも沢山の話を聞かせてくれました。とても有り難い事です。
けれど俺は話が上手ではありません。シリウスさんにとって良い時間だったかは分かりません。』



「きっと楽しかったさ。シリウスは一人でいるより、誰かと一緒にいるのが好きなんだ。それが好きな人なら尚更ね。
勿論、ナマエ。君はシリウスにとって大事な人だ。私にとってもね。」



『……。』



「それから分かっているとは思うがね、ナマエ。今回の夢や……───兎に角、何か異変があれば先生方を頼るんだよ。ダンブルドアでも、寮監のマクゴナガル先生でも、君に───いつも寄り添ってくれる存在でもいい。
頼りにくいだろうが、スネイプという選択肢もある。ああいう性格だから取っ付きにくいだろうが、君の状態を冷静に判断してくれるだろう。」



『……。はい。』



「我慢や無茶はしないように約束してくれ。ナマエ、体に気を付けて。」



『はい。ルーピンさんもお体に気を付けて。』





差し出された手を握る。数秒の握手。
手を離した後ニッコリ微笑み、ルーピンはハリーの所へ向かっていった。

他の皆はトンクスと別れを交わし、ルーピンはハリーと話している。
チラリとバスを見上げると、乗客達は窓にべったり顔をくっ付けて此方をじっと見下ろしていた。

その光景に圧巻されている間に別れの挨拶は終わり、ハーマイオニーの呼ぶ声に意識を取り戻して、名前はトランクの取手を掴み直す。
名前七人は重たい荷物を引き摺りながら、凍り付いた馬車道を進んだ。

道中ハーマイオニーの意識はもう、休暇前にやり残した事柄に移っていた。
しもべ妖精開放に向けて寝る前に帽子をいくつか編むのだと豪語している。

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