13.-2


昼間に熟睡しなかった事が幸いしたのか、はたまた案外怪我の影響で身体に負担を強いられていたのか。
もしかしたらシリウスの願いが届いたのかもしれない。
夢も見ずに名前はやはり日も出る前に、クリスマスの静かな朝を迎えた。

隣を見るとシリウスがぐっすり眠っている。
規則正しい呼吸をゆっくり繰り返している。
薄明かりに照らされた安らかな寝顔を、名前はじっと見詰めた。

眺めている内に日が上り室内は徐々に明るむ。
降雪という天候で強くはないが、カーテンの隙間から確実に朝日が射し込んでいる。
名前が目覚めてから一時間以上は経っただろうか。
カーテンの隙間から射し込む朝日により、シリウスは唸りながら目覚めた。





「ああ……おはよう、ナマエ。」



『おはようございます、シリウスさん。』



「体の具合はどうだ。」





言いながらシリウスは名前の額、頬、首筋に手を滑らせた。
それから少し眉を寄せる。





「ううむ……。熱は少し下がったか?」



『はい、多分。少し楽になったような気がします。』



「そうか。快方に向かっているなら良い事だ。兎に角、傷の具合も合わせて判断しよう。」





体温測定の結果多少熱は下がったものの、まだまだ予断を許さないのが現状だ。
傷の方は確実に良くなっていた。
けれど変わらず痣に囲まれ未だ熱を持っている。
手当ての道具をしまいつつ、シリウスは溜め息を吐いた。





「今日はクリスマスだ。自由に過ごさせてやりたいが、残念ながら一日安静だな。
そこにあるプレゼントの山を開けるくらいの事は構わない。ただし、あまり動くと折角治りかけた傷が開くから注意するんだ。」



『はい。』





そう言い残して退室し暫く。
再び扉が開かれると、そこにはシリウスとルーピンが立っていた。
二人はいそいそと部屋に入り扉を閉める。
歩み寄るシリウスの手には、朝食と思われる食事が載せられたトレーが抱えられていた。





『ルーピンさん。』



「やあ。メリー・クリスマス、ナマエ。」



『メリー・クリスマス。何かあったのですか。』



「君が心配するような事は何も無い。クリスマスのお祝いにお邪魔させてもらってるだけだよ。」





トレーをベッド横の小さなテーブルに乗せる間に、名前は体を起こして収納テーブルを出す。





「無理するな、ナマエ。私がやる。」



『有難うございます。でも、このくらいは自分で出来ます。』



「出来る出来ないの話じゃないんだがな……。傷が開けばそれだけ治りが遅くなるだろう。」





呆れたのか溜め息交じりに言いながら、脇のテーブルからトレーを取り上げて収納テーブルの上へ置いた。
それからシリウスは椅子を引き寄せ腰掛ける。
その隣にルーピンも腰掛けた。





「随分と至れり尽くせりだな、シリウス。ナマエの傷はそんなに酷いのか?」



「そうだな……一般的には大怪我だと思うがね。
この治りの遅さから鑑みるに、呪い類である事は間違い無さそうだ。
見たところナマエにはハリーのような、他者との繋がりを示唆させるような傷痕は無かった。
だとすれば他に考えられるのは、あの夜、何者かが直接ナマエに呪いをかけたという事だ。」



「しかしナマエはホグワーツのグリフィンドール寮で眠っていた。侵入する事は難しいだろう。
侵入者がいたところで、一体誰が、どういう意図でナマエに呪いをかけたというんだ?しかもアーサーと同じ傷を?」



「ナマエの身近にいるのはクィレルだ。奴ならダンブルドアの目を掻い潜り、ナマエに呪いをかける事が出来る。
それに何より、奴はかつてヴォルデモートに仕えていた。」



「だが今は改心している。そうでなければダンブルドアがナマエの護衛などさせないだろう。
私は何度か顔を合わせているが、彼はナマエを大事にしている。」



「見せかけだけかもしれない。あるいは今だけかもしれないな。
人の心は簡単に動く。またいつ寝返るか分からない。」



「シリウス、君がクィレルを信用していない事は良く分かった。かつてヴォルデモートに仕えていた者だ、信用しきれない気持ちも理解出来る。
しかしクィレルが何故ナマエにアーサーと同じ傷を負わせると思うんだ。」



「そうだな。ナマエを異常者に仕立て上げて孤立させる為じゃないか?」



「孤立させる意味があるのか?」



「昨年ナマエのご両親が立て続けに亡くなっている。聞くところによると死喰い人の仕業らしい。
わざわざ日本に足を運んでまで殺人を犯したんだ、奴らにはミョウジという一家を無視出来ない理由があるのだろう。
それが予知夢の能力だとすれば、ナマエを孤立させた方が都合が良い。墓場での件で散々邪魔をされて腹を立てているだろうからな。」



「ナマエ、ご両親には予知夢の能力があったのかい?」



『……』





黙々とサラダを口に運んでいた名前は突如として話を振られ、顔を上げたものの頬張っていたので、しばし黙ったままルーピンとシリウスの顔を交互に見つめた。
まさか話を聞いていなかったわけではないだろう。
真横で自分の事が話題に持ち上がっていたのだ。
意識を完璧に遮断して全く無視するのは中々難しいだろう。
口の中のものを咀嚼して飲み込んでから、名前はゆっくり口を開いた。





『はい。母にありました。』



「成る程。シリウスの言い分も、あながち間違いでもないという事か。」



「辻褄が合うだろう。リーマス、腑に落ち無いか?」



「いいや、筋は通っている。だがそうだとすれば軽率な……」





言葉を区切り、ルーピンは名前を見た。
何事かと不思議そうに、シリウスも名前を見た。
名前は二人の視線を受けてキョロキョロと目を泳がせ、それから口元を拭った。
(サラダのドレッシングでも付いているのかと考えたのだろう)

数秒の沈黙。
ようやく視線が外され、今度はルーピンとシリウスが互いの顔を見合わせた。
そうしてまた二人して名前を見る。
両者は申し訳無さそうに眉を下げていた。





「すまない。君はクィレルを信じているし、ご両親の話も軽率だった。」



「いくら君が大人びていようと君の前でする話では無かったな。悪かったね、ナマエ。」



『いいえ、平気です。あの、……
……
…………』





言葉に詰まる名前の脳裏に、お互いの認識にずれが生じていると気が付いたのだろう。
確かにシリウスの言い分は、筋は通っているかもしれない。
(それでも名前はクィレルを信頼しているが)
だがヴォルデモート陣営が名前の命を狙う理由は別にある。
本来の理由は裏切者である父親、ひいてはその血筋を根絶やしにする事だ。

しかしシリウスの発言からすると、ルーピンもだろうが、どうやら名前の父親が元死喰い人である事、裏切者だという事は知らされていないらしい。
事情を知っているのはおそらくダンブルドア、マクゴナガル、クィレル、同じ元死喰い人という立場であるスネイプ。
後は名前が自ら教えたハリー、ロン、ハーマイオニーの三人だろう。
その誰もが口を閉ざし情報を伝えなかった。

シリウスは正義感の強い勇敢な男だ。
操られていたとは言え元死喰い人、その子どもである名前に対してどういう印象を抱くだろう。
もしかしたら名前に対して不信感を抱き、今まで親切に接してきた自身の行為を後悔するかもしれない。





『あの………俺の………
狙われている理由は、別にあります。』



「何か心当たりがあるのかい?」



『はい。あの……いいえ……もしかしたら、シリウスさんの考えも、もしかしたら……
当て嵌まっているのかもしれません。けれど、元々は……俺は……』





しかしそれを知った今の名前に沈黙を保つという事は無理に等しい。
元々嘘が付けないタイプだ。
しかもシリウスもルーピンも真摯に向き合ってくれている。
その気持ちを無視する事も、裏切るような真似も、名前には出来ない。

今まで伝えずにいて、むしろ謝りたいのは名前の方だろう。
ただし相変わらずの無表情。
声は抑揚無く淡々としていて、言葉だけは途切れがちだ。





『俺の父は、元々死喰い人の一人でした。』



「馬鹿な。冗談はよせ、ナマエ。死喰い人の中でミョウジという名は聞いた覚えが無い。
名前を変えたとでもいうのか?それとも偽りの名で活動していたとでもいうのか?」



「シリウス。」



「君の父親はどんな男だ?君と同じ日本人か?顔が分かるような物は手元にあるか?
ヴォルデモートは純血主義だぞ。奴の周りは当然純血の者ばかりだ。君の父親が純血だったなら、少なからず世間に名前が知られているはずだ。だが聞いた事が無い。古くから続くブラック家の私でもだ。」



「シリウス。」





少しばかり強い声音で呼ばれると、シリウスはまだ何か言いたそうな様子で、それでも無理矢理口を閉じた。
ルーピンはシリウスから視線を逸らし、名前へと向き直る。





「ナマエ、続けてくれ。」



『父は日本人です。けれど日本の魔法学校ではなく、ホグワーツに入学しました。父の家系は純血で、皆、古くからホグワーツに入学していたそうです。』



「………………
……ああ、聞いた事がある気がする。学生の時、上級生や監督生の間で度々出てきた名前だ。スリザリン生なのに分け隔て無く友好的で素晴らしい先輩だったとね。
もっとも私達が入学した当時、彼は既に卒業した後だったようだけれど。」



「リーマス、今更どうして思い出すんだ。」



「今急に思い出したんだ。学生の時の出来事全てを逐一覚えていられるわけないだろう。」



『隠し事が上手な家系だったそうです。
父は、父の家族に操られていたのです。助け出したのは母でした。二人は日本へ逃げました。』



「そして昨年、ヴォルデモート陣営は裏切者である君のお父さんと、その伴侶であるお母さんの命を奪った。
次の狙いは血筋であるナマエ、君という事か。」



『はい。』



「ご両親の他にご家族は?」



『いません。』



「そうか。君のご両親が日本へ逃げ延びた時、ヴォルデモートの手によって殺害されたのかもしれないな。……
ナマエ、君はいつお父さんの事について知ったんだい。」



『一年生の時、ヴォルデモートが言いました。
父にも確認を取っています。事実です。』



「その事を知っている者は他に誰かいるかい?」



『正確には把握していませんが、少なくともダンブルドア校長先生とクィレルさんはご存知です。
ハリーとロン、ハーマイオニーには、俺が直接伝えています。後は墓場でヴォルデモートと対峙した際話したので、セドリックさんが知っています。』



「ダンブルドアが知っていて私達に伝えなかったとういう事は、あまり話さない方がいい事なのかもしれないな……。
分かった。有難う、ナマエ。よく話してくれたね。」





そう言ってルーピンは名前の頭を撫でた。
その優しい手付きに視線が泳ぐ。
ヴォルデモートでなく父親自身が自分の家族に手を掛けたのだとか、名前自身の姿が偽りであるとか、予知夢の他に能力があるとか。
まだまだ伝えていない事は沢山ある。
気恥ずかしさと申し訳無い気持ちに、名前の体は締め付けられた。

空っぽになった皿をトレーに載せて、ルーピンはシリウスの腕を取って立ち上がる。
「お大事に」との言葉を残し、シリウスを引き摺って部屋を去った。

部屋に一人残された名前は早々に毛布の中へ潜り込む。
息苦しさが胸を締め付けていた。





「やあ。食事を運ぶのが遅くなってすまない。
皆、アーサーの見舞いに出掛けたよ。」





午後。
昼食を運んで来たシリウスが開口一番そう言った。
もう自分自身で体を起こせるほどに回復した名前は、例の如く自らテーブルを用意する。
テーブルの上に載せられたのは、クリスマスバージョンのボリューミーで豪華なランチだ。

前菜は小エビのサラダ、主菜はグレービーソースがたっぷりかかったターキー。
ポテトや芽キャベツ、ズッキーニなどのロースト・ベジタブルが色鮮やかに添えられている。
デザートは切り分けられたクリスマス・プディングと小皿に盛り付けられたトライフルだ。
飲み物は紅茶で、シナモンやナツメグらしきスパイスの香りと、柑橘類の香りが漂ってくる。





「さっきは悪かったね。驚いてつい感情的になってしまった。」



『いいえ、気にしないでください。俺が、お二人に伝えるのが遅かったのです。』



「あの内容じゃ遅くなるのも仕方無いさ。
さあ、温かい内に食べるといい。」





言いながら椅子に座り直す。
前屈みになって指を組んだ。





「ナマエ。私は君を信じている。
今まで通り、何も変わらない。」





大きく息を吸い込んだかと思うと、シリウスは静かにそう言った。
ランチから目を逸らしてそちらを見る。
シリウスは真剣な表情だった。
そうして、此方の顔を覗き込むようにして続けた。





「君の父親がどんな男だったかは知らない。だが、私は君を知っている。君はとても心優しく、勇敢な男だ。」





シリウスの目が少し細められた。
昔を思い出すかのように窓の外を眺め、再び名前を見据える。





「そして誠実でもある。言いにくいはずの事を、君は正直に私とリーマスに打ち明けてくれた。」





褒められているのだろうが、褒められ慣れていない名前は何か言葉を返すでもなく、ただ落ち着かなさそうに居住いを正すだけだった。





「だがリーマスも言った通り、あまり話さない方がいいな。正直である事が必ずしも幸福な結果をもたらすとは限らない。
私は君を知っているからこそ信じる事が出来るが、知らない者からすれば『死喰い人の子ども』という情報をそのまま受け取るしかない。」



『………………
分かりました。……すみません。』



「謝る必要は無いさ。そうだ、モリーから伝言を預かっている。
プレゼント有難うだとさ。とても喜んでいたよ、早速身に着けて行った。
私もストールを見せてもらったが、見事な出来栄えだった。君は随分手先が器用なんだな。」



『あの……
……
有難うございます。プレゼントの提案はジニーで、作り方はハーマイオニーに教えてもらったんです。彼女の方が器用ですよ。
俺もお見舞いに行けたら良かったです。』



「ああ、そうだな。私もナマエと同じ気持ちだ。だが私達にはそれが出来ない。ならその分、退院した時には盛大に祝ってやればいいのさ。」





名前を慰めると言うより自分自身に言い聞かせているようだった。
仲間思いで行動的なシリウスの事だ、出来る事なら勿論自分も一緒に行きたかったはずだ。

アーサーは無事だと分かっていても、人目を気にして行動しなければならないと分かっていても。
頭では理解していても、いざとなったら行動してしまうのがシリウスである。
名前の面倒を見る必要が無かったら、もしかしたらこっそり出歩いていたかもしれない。

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