13.-1


本当なら今頃日本へ飛行機で向かっている日程だった。
帰省のタイミングで母親の一周忌を行う予定でもあった。
けれど計画間近に騒動が起きてしまった事と、怪我の原因が不明だという事もあり、シリウスから───発言元はダンブルドアだが───帰省は取り止めるよう言い渡されたのだ。

皆が出掛けている今を好機に名前は急遽、飛行機等々のキャンセル、そして日本にいる柳岡宛に手紙を書いて送らせてもらうよう頼んだ。
帰省が出来ない事と母親の一周忌を欠席する事を知らせる為だ。
つまるところ柳岡に全て任せる事となるのだから。
怪我の件は薄めに薄め、申し訳無さに打ちひしがれながら文を綴った。

出掛けた皆が屋敷へ帰ってきたのは夕方近くだった。
厨房に入ってきた者の中に一人一人「おかえりなさい」と挨拶を交わしたが、ハリーがいない。





「ハリーは気分が悪いみたいだから、お部屋に行って休んでいますよ。」





辺りを見回す名前へモリーが教えてくれた。
一休みしようと紅茶を淹れに竈の方へ引っ込む。
付いていこうとする名前の腕を捉え、ウィーズリーの子ども達が顔を近付けてきた。





「ママはああ言ったけど、違うと思うわ。」



『ハリーの事。』



「うん。聖マンゴでパパに面会した後、僕達子どもだけが部屋の外へ出されてさ……。」



「騎士団だけの秘密の会話さ。だけど、俺達の『伸び耳』で聞いてやった。」



「大体はハリーの話だったよ。ハリーは夢の中で蛇の視点だった。俺達には言わなかったけど。」



「僕は知ってた。最初にダンブルドアへ話した時、ハリーはそう言ったよ。
だけど知られたくなかったんだと思う。僕だったら言いたくないだろうな。だって、そりゃあ、異常だ。」



「確かに異常よ。『例のあの人』の蛇の内側から事を見ていたんだもの。でもムーディの解釈は、残念ながら違うと思うわね。『例のあの人』はハリーに取り憑いてなんかないわ。
私はリドルの日記で取り憑かれた経験があるから、それを確かめる為にも、私達、ハリーと話す必要がある。きっとハリーは勘違いして私達を避けてるのよ。」



「君達コソコソ何の話をしているんだ?」





シリウスの声で五人は散り散りに離れた。
だが多分、会話を聞いていたのだろう。
シリウスは呆れつつも笑っていた。

休憩を挟み夕食の準備。
モリーはハリーへ声を掛けるよう、ロンに頼んだ。
ロンはすぐに階上へ上がって行ったが、戻って来たのはロン一人だけだった。
それに、いつまで経ってもハリーは下りて来なかった。





「それ、ハリーに?」



『うん。』





夕食を終えた後、ロンに頼んで部屋へ案内してもらった。
サンドイッチとコーンスープ、水を携えて。
二人部屋の寝室で、ハリーはベッドに横たわっている。
ぐっすり眠っているようだ。
ベッド横の棚へランチジャーに詰めたサンドイッチとコーンスープ、水筒に入れた水を置いて、ハリー宛に書き置きを残し、再び厨房へ戻った。

シャワーや歯磨きを終えると、名前はシリウスに連れられて寝室へ案内された。
この部屋がシリウスの私室らしい。
大きな天蓋付きのベッド。扉付きの本棚。怪し気な小物の数々。
高級感溢れる調度品に囲まれて、名前のトランクも置いてある。





「ここにいる間は私と寝る事になるだろう。心配せずとも何もしない。年頃の男の子にはつらいかもしれないがね。」



『緊張はしますが、大丈夫です。此方こそすみません。
ベッドをお借りする上に一緒に眠る事になってしまって……。』



「全く構わないさ。学生の頃に戻ったようで楽しいよ。
さて、まずは傷の具合を見させてもらおうか。」





大きな天蓋付きのベッドに名前を座らせる。
(チラリと見れば枕が二つ並んでいた)
(ここで一緒に眠るのだろう。)
自分は救急箱を横に置いて、名前の前に跪いた。

名前は何を言われずとも寝巻きを脱いだ。
脇腹にはくっきり牙の痕。
痕を囲むように紫色の痣が出来ている。
シャワーを浴びた時に傷が開いたのか、少し出血していた。





「傷が開いたみたいだな。あまり出血はしていないようだが。痛みはどうだ?」



『ありますね。でも、それ程強くはないです。』





傷口を消毒して、軟膏を塗り、ガーゼを被せる。
片手で包帯の端を押さえ、もう片方の手で包帯を巻いていると、シリウスは首を傾げた。





「昨日君に触った時よりも体温が高い気がするな。
一応熱があるか計っておこう。」





計ってみると少々高い。
シリウスは平熱だと安心したが、これでも高いと教えると驚かれた。
このやり取りは何度かやったので慣れっこだ。





『風邪をひいたのだとしたら、一緒に眠るのはやめた方がいいのではないですか。
感染してしまうかもしれません。』



「いや、多分違う。怪我の影響だろう。ダンブルドアの言う通り、少なくとも熱が下がるまでは、暫く安静にするべきだな。
ほら、ベッドへ入って。灯りを消すぞ。」





ベッドへ入って暫くの間、シリウスはお喋りを続けた。
上の階にバックビークがいる事、学校の様子や勉強の事、シリウスの学生時代の事。

長々と話していたが、口調が途切れ途切れになったかと思うと、急に眠ってしまった。
瞼を閉じて枕に突っ伏している。
寝息を聞いていると名前も眠くなってきたのか、大きな欠伸をもらした。

いつの間にか眠っていたらしい。
気が付くと夢の中だった。
以前は夢を見ている事に気が付くと目覚める事が多かったが、最近は目覚めない。
それどころか夢が進行し、切り替わり、いくつも夢を見る。
動かないようにとクィレルから指示を受けているのでじっとしているが、それでも夢の内容が移り変わるのだ。





『……。』





暗い廊下の夢。
(アーサーが襲われた廊下だ)
闇夜の夢。
(ホグワーツの天文台のようだった)
大きな橋が折れる夢。
(場所は分からないが、何台も車が落ちていった)

いくつ夢を見ただろう。気が付けば目が覚めていた。
瞼を開いても薄暗いし、ずっと意識があったので、夢か現実か判断するのに時間を要したのだ。

隣でシリウスが眠っている。
安らかに寝息を立てている。





『……。』





時間を確認出来る程に明るくはない。
多分いつもの起床時間に起きてしまったのだろう。
けれどホグワーツと同じようには過ごせない。
目を開けたまま暫く寝息を聞いていた。

そうしていると小鳥の囀りが始まり、外が何となく明るくなってきた。
日が上り始めると後は早くて、あっという間に朝日がカーテンの隙間から射し込む。

瞼を朝日に刺されたシリウスは眉間に皺を寄せ、瞼を閉じたまま身じろぎして枕に顔を沈めた。
それからゆっくりと名前の方を見る。





「おはよう、ナマエ。」
寝起きで声が掠れている。



『おはようございます、シリウスさん。』



「随分早起きだな。眠れなかったか?」



『いつもこれくらいには起きています。』



「それならいい。」





毛布の下から手を伸ばし、名前の首筋に触れる。
シリウスは眉を寄せた。





「ああ……寝る前よりも高いな。包帯を替えたら寝ていなさい。顔を洗いたいなら濡れタオルを用意するし、食事もここへ運ぶよ。皆には私から説明しておく。
今日は忙しいから、あまり傍にいてやれないがね。しかし君を一人寝かせるわけにはいかないから、私とモリーで交代しながら君を看る。分かったね?」



『はい。すみません、有難うございます。』





シリウスは甲斐甲斐しく名前の世話を焼いた。
包帯を替え、温かい濡れタオルで名前の顔を拭き、食事を運び、寂しいだろうからと食べ終わるまで一緒にいた。
食器を下げる際に優しく頭を撫でて、それから部屋を出て行く。
名前は申し訳無さと気恥ずかしさがない混ぜになり、毛布をすっぽり被った。

しかし早々に寝付けるわけもなく。
広いベッドの上で何度も寝返りを打つ。
開かれたカーテンから見える空は鉛色だ。

瞼を閉じて階下の物音や気配を感じ取る。
今日はクリスマスの準備をするのだと、食事の最中にシリウスは話していた。
今頃、皆で手分けしてクリスマスの為の掃除と飾り付けに勤しんでいるのだ。

長い間住人がいなかった屋敷は荒れ放題だった。
そこら中に蜘蛛の巣や埃の塊がベットリだったし、おまけに外では雪まで降ってきて室内の温度がぐっと下がった。
しかしシリウスは始終楽しそうにクリスマス・ソングを大きな声で歌っている。





「昼食を持ってきたんだが、食べられるか?」



『あまりお腹は空いていないです。』



「そうか。だが、食べないのは駄目だ。
無理はせずに食べられるだけ食べてくれ。残していいからな。」



『すみません。』



「謝る必要は無い。さあ、体を起こすぞ。」





食事の載ったトレーを脇のテーブルに置くと、シリウスは名前の背中に手を差し入れ、上半身を起こす。
枕を背もたれにして姿勢を安定させ、ベッドに収納されていた小さなテーブルを出す。
アーチ状で、ちょうど名前の膝の上を橋のように囲む作りだ。
それからシリウスは椅子に腰掛け、脇のテーブルからトレーを取り上げると、収納テーブルの上へ置いた。

湯気が立ち上るコンソメスープ。
数種類のサンドイッチ、温野菜のサラダ。
誰かに好みを聞いたのか、ホットミルクもある。





「まだ熱があるな。
ナマエ。調子はどうだ?」



『傷が少し痛むのと、体が重いくらいです。
ハリーの様子はどうですか。食事は摂りましたか。』



「いや。昼食にモリーが呼んだんだが、下りて来なかった。」



『……』



「だが心配しなくていい。ハリーの事は此方で何とかする。
ナマエ、君は自分の事を気にしなさい。」





空になった皿とマグカップをお盆に載せて、シリウスは部屋を出て行った。
階下から再び掃除と飾り付けの物音が聞こえてくる。

ゴロリ。寝返りを打ち、窓の外を見詰める。
重たい灰色の雲が空を覆い雪が降っている。
眺めて暫く、名前の瞼は閉じた。
熟睡はしなかった。何度も瞼を開き、また閉じる。
夢を見ているのか、目覚めているのか。
判断が出来ない微睡みの中、うたた寝を繰り返す。

何度繰り返したか分からない。
シリウスかモリーか。
何度か人の気配を感じた気もする。
いつの間にか数時間は経ったようだ。
窓から射し込む陽光が傾き日が落ちてきた。
すっかり暗くなると部屋に蝋燭が灯し始められる。





『……。』





遠くの方で玄関の呼び鈴が鳴り響いた。
この家に訪問者という事は騎士団関係だろうか。
階下へ向けて耳を澄ます。

ヒステリックな女性の喚き声が聞こえてきた。
床板を通して響く声は不明瞭だ。
何を叫んでいるのか、誰の声かまでは分からない。

やがて声は小さくなり、館は静けさを取り戻した。
微かな気配、物音。そしてシリウスの歌声だ。
クリスマス・ソングの替え歌で、「♪世のヒッポグリフ忘るな、クリスマスは……」と口ずさんでいる。





『ハーマイオニーが来たのですか。』



「ああ。賑やかなクリスマスになりそうだ。」





夕食を運んで来たシリウスは上機嫌に語った。
夕方の訪問者はハーマイオニーで、ハリーの説得に成功したと言う。
久方ぶりに夕食へ現れ、シリウスはこの上なく嬉しそうだ。





「だがナマエ。その様子だと、君が参加するのは難しそうだな。」





中々進まない食事を見て、シリウスは呟くようにそう言った。
沢山の仲間と過ごせるクリスマスをシリウスがいかに楽しみにしているか、盛り上げようと努力しているか、名前は知っている。
だから思わず謝ったが、シリウスは首を横へ振ったのだった。





「残念だが、こればかりは仕方無いさ。ナマエは養生に集中するんだ。
ハーマイオニーやハリー、皆、君の事を心配していたよ。早く良くならなければこの部屋に押し掛けかねない。」



『努力します。』



「そうしてくれ。
さて、私はもう少しクリスマスの準備を続けてくるよ。」





白い歯を見せてにっこり笑い、シリウスは出て行った。
再び戻って来たのは深夜近くだった。

名前の包帯を替えながら、シリウスは館の変化振りを楽しげに語った。
埃を被った薄暗い館は、今やクリスマス色に輝いていると言う。





『お手伝い出来なくてすみません。』



「気にするな、ナマエ。病人は元気になるのが何より大事なんだ。
私は病人を働かせるような館の主ではないし、君を客人として歓迎している。」



『……。』



「それより、どうだ?眠っていた時、アーサーの時のような夢を見たか?」



『それは……
……誰かの視点になるような夢という事ですか。』



「そうだ。」



『いいえ。』



「それならいい。だが、参考程度にどんな夢を見たか教えてくれるか?
君には予知夢の前例があるからな、少しでも把握しておきたい。」



『分かりました。そうですね……
橋が折れて車が落ちていく夢を見ました。』



「嫌な夢だな。」





呟きながら手当ての道具をしまう。
ベッド横の灯りだけを残し、他の灯りは消してベッドに潜り込んだ。
枕に頭を預け、シリウスは此方に体を向ける。





「他には。」



『ホグワーツの天文台にいる夢です。』



「橋が落ちる夢なんかよりはよっぽどマシじゃないか。少し退屈そうだがな。」



『いいえ、あの……校庭で誰かが争っていたのです。複数の人が……誰かに……魔法を放ちました。赤い光線が……四本くらいです。
俺はそれを天文台から見下ろしていたのです。』



「………………そうか。それは嫌な夢だ。
ナマエ、そんな夢ばかり見るのか?」



『そうですね。』



「直にクリスマスだ。
今夜くらいは楽しい夢が見られる事を願うよ。」




言いながらシリウスは毛布の下から手を出して、名前の目元を撫でた。

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