12.-1


寝巻きの上にカーディガンを羽織り、足をローファーへ滑り込ませる。
素足にローファーはヒヤリと冷たい。





「ウィーズリー、あなたも一緒に来るべきです。」





返事にしては曖昧な、戸惑うような声をもらしながらも、ロンはガウンを羽織った。
その時には既にハリーは、ガウンを羽織って、眼鏡を掛けて、ベッドからも降りて、準備万端だった。

マクゴナガルに引き連れられ、三人は寝室を出る。
同室のネビル、ディーン、シェーマスは、それを黙って見送った。

階段を下りて談話室を通り過ぎ、肖像画を抜けて廊下に出る。
前を歩くマクゴナガルが月明かりに照らされ、羽織ったタータンチェックのガウンが忙しなく揺れていた。





『……』





チラリ。名前はハリーを見た。
斜め後ろからでは表情がよく分からない。
ただ、青ざめて見えた。

それが月明かりのせいか。
それとも、見たもののせいか。
名前には分からない。

それに名前も青ざめている。
他人の事をとやかく言える立場ではない。
脇腹がまだズキンズキンと痛んでいる。
まるで、夢の余韻が残っているように。





「フィフィ フィズビー。」





途中ミセス・ノリスに遭遇し威嚇されかけるも、マクゴナガルが追い払い、ミセス・ノリスは逃げ出した。
それからは何事も無く数分後、校長室前へと辿り着いた。

ガーゴイル像の前でマクゴナガルが唱えると、ガーゴイルは脇に避ける。
背後の壁がエレベーターの扉のように開き、石の螺旋階段が現れた。
足を踏み入れると壁が閉じ、エスカレーターのように階段が動く。
上へ運ばれ辿り着いたのは、艶のある樫の扉の前だった。

耳を澄まさずとも聞こえてくる。
扉越しでこもった話し声だが、十数人はいる。





───コンコンコン





グリフィンの形をした真鍮のドア・ノッカーを掴み、マクゴナガルはそれで三回ノックした。
ピタリと話し声が止み、扉が開く。
躊躇無くマクゴナガルは室内へ進んだ。
後にハリー、ロン、名前が続く。

室内は薄暗かった。
奥の机にダンブルドアが腰掛け、此方を見ていた。
ダンブルドアは一人だった。
一人だけだった。
そして、奇妙な程に静かだった。

壁一面に掛けられた肖像画は全員、しっかりと目を閉じている。
不死鳥のフォークスも眠っているようだった。





「おう、あなたじゃったか、マクゴナガル先生……
それに……ああ。」



「ダンブルドア先生、ポッターが……
そう、悪夢を見ました。ポッターが言うには……」



「悪夢じゃありません。」





ハリーの声音には苛立ちが感じ取れた。
マクゴナガルは振り返ってハリーを見る。
その顔は少し顰められていた。





「いいでしょう。
では、ポッター、あなたからその事を校長先生に申し上げなさい。」



「僕……あの、確かに眠っていました……。
でも、普通の夢じゃなかったんです……現実の事でした……僕はそれを見たんです……。」





恐怖と焦燥。
感情の渦に飲み込まれそうになりながら、それでもハリーはダンブルドアに分かってもらえるように、
出来る限り冷静に、客観的に説明しようと必死だった。

けれどもダンブルドアはハリーを見ない。
考え込んでいるのか。敢えてそうしないのか。
机の上で組んだ自身の指を見詰めている。





「ロンのお父さんが……
ウィーズリーさんが……

巨大な蛇に襲われたんです。」





ロンが目を見開いて口を開けた。
しかし言葉は出て来なかった。

前屈みにさせた体を倒し、ダンブルドアはゆっくりと背もたれに寄り掛かる。
ギシリと軋んだ微かな音。
青ざめたロンはその音で、ハリーからダンブルドアへ視線を移した。

ダンブルドアは天井を見詰めていた。





「どんなふうに見たのかね?」



「あの……分かりません。
僕の頭の中で、だと思います、」



「わしの言った事が分からなかったようだね。
つまり……憶えておるかね?あー……
襲われたのを見ていた時、君はどの場所にいたのかね?
犠牲者の脇に立っていたとか、それとも、上からその場面を見下ろしていたのかね?」





ハリーはまじまじとダンブルドアを見詰めた。
ダンブルドアがまるで何かを知っているかのような口振りだったからだ。

何度か呼吸を繰り返す。
やがてハリーは口を開いた。





「僕が蛇でした。
全部、蛇の目から見ました。」





はっきりとハリーはそう言った。
ダンブルドアは天井を見詰めたまま瞬きを繰り返し、それからゆっくりと此方を見た。

話していたハリーではない。
青ざめたロンでもない。
名前だ。
名前を見詰めている。





「ナマエ。君は何か見たかね?」





唐突な質問だった。
これではハリーの話を信じていないと言っているようなものだ。
しかし幸いというべきか。
視点こそ違うが、名前は同じ現場を見ている。信憑性は高まるはずだ。
そして名前自身も、これがただの夢ではないと確信を得られる。





『はい。』



「何を見たのかね?」



『……
蛇を見ました。
…………多分、……
……』





視界の端に、ハリーとロンの顔が映り込む。
多分マクゴナガルも、名前に注目している。





『…………多分、俺は、
……アーサーさんの視点でした。』



「何故そう思うのかな。」



『蛇に噛まれて倒れた時、壁が黒くて……反射して、顔が見えました。……
アーサーさんでした。』





ダンブルドアはじっと名前を見詰める。





「アーサーは酷い怪我なのか?」



『はい。』



「はい。」





返事は二人殆ど同時だった。
抑揚の無い名前に対し、ハリーの声は力が入っていたが。

返事を聞くなりダンブルドアは立ち上がった。
その勢いに蝋燭の灯りが揺らめき、紫と金の刺繍が施されたガウンがはためいた。





「エバラード!
それに、ディリス、あなたもだ!」





これ程までに鋭く大きな声をダンブルドアが発したのは初めてだ。
直後、天井近くに掛かっていた額縁に動きがあった。
黒い短髪で青白い顔をした魔法使いと、その隣。
白髪だろうか。銀髪だろうか。
長い巻き毛の老年の魔女が、パッと目を開いた。





「聞いていたじゃろうな?その男は、赤毛で眼鏡を掛けておる。
エバラード、あなたから警報を発する必要があろう。その男が然るべき者によって発見されるよう。」





額縁の中の二人は頷き、横に移動して姿が見えなくなった。
あんなにも大声で騒いだのに、他の肖像画達は相変わらずイビキをかいたり涎を垂らしたりして眠っている。
しかしよく見ると、瞼を薄く開いて此方を見ていた。
目が合うと慌ててしっかり瞼を閉じた。





「エバラードとディリスは、ホグワーツの歴代校長の中でももっとも有名な二人じゃ。」





話しながらダンブルドアは素早く移動し、扉の横の止まり木で眠るフォークスに歩み寄る。





「高名な故、二人の肖像画は他の重要な魔法施設にも飾られておる。
自分の肖像画であれば、その間を自由に往き来できるので、あの二人は外で起こっているであろう事を知らせてくれるはずじゃ……。」



「だけど、ウィーズリーさんがどこにいるか分からない!」



「四人とも、お座り。」





ダンブルドアは静かにそう言った。
まるでハリーの叫びが聞こえなかったかのように振る舞う。





「エバラードとディリスが戻るまでに数分はかかるじゃろう。
マクゴナガル先生、椅子をもう少し出して下さらんか。」





すぐにマクゴナガルはタータンチェックのガウンのポケットに手を差し入れた。
杖を抜き出して一振りする。瞬く間に椅子が現れた。
何の飾りも無い、真っ直ぐした背凭れの木の椅子だ。





「見張りをしてくれるかの。」





椅子に腰掛ける背後。
ダンブルドアの小さな声が聞こえた。
振り向いた時には炎が上がり、フォークスが姿を消した所だった。
止まり木だけが残っている。

銀の道具を持ってダンブルドアは机へ戻って来た。
対面して腰掛け、杖先で道具を優しく叩く。
道具が作動し、リズミカルに鈴のような音を奏でた。
天辺にある管から緑色の煙が薄く上がり始める。
眉間に皺を作ってダンブルドアは煙を見据えた。

煙は段々と濃くなり、渦を巻き、天井へと立ち昇る。
霞のような煙が寄り集まり何かを象っていく。
この場にいる全員がじっと見上げている。





「成る程、成る程。」





やがて煙は蛇の姿へ形を変え、威嚇するように牙を剥いた。
ダンブルドアの声に蛇を見るのを止め、名前はそちらを見たが、ダンブルドアは煙を見上げたままだった。
ただの独り言だったのかもしれない。





「しかし、本質的に分離しておるか?」





煙は答えるように姿を変えていく。
蛇が二つに裂け、うねりながら空中に立ち昇った。

ダンブルドアの眉間の皺が和らいだ。
道具を杖先で優しく叩き、鈴のような音が緩やかになっていく。
やがて音は止み、道具も停止した。
道具が停止すると空中に漂う煙は霧散していった。

役目を終えたらしい。
ダンブルドアは道具を持ち上げ、再び立ち上がり、元のテーブルへ戻した。





「ダンブルドア!」





突然大声が響き渡った。
静寂を破るその声に、名前は微かに肩を揺らした。

声の聞こえた方を見上げる。右側の壁。
その天辺の額縁に、息を弾ませた魔法使いがいた。
エバラードと呼ばれた魔法使いだ。





「どうじゃった?」



「誰かが駆け付けてくるまで叫び続けましたよ。
下の階で何か物音がすると言ったのですがね……
皆半信半疑で、確かめに下りていきましたよ……
御存知のように、下の階には肖像画が無いので、私は覗く事は出来ませんでしたがね。
兎に角、間もなく皆がその男を運び出してきました。よくないですね。血だらけだった。
もっとよく見ようと思いましてね、出ていく一行を追いかけてエルフリーダ・クラッグの肖像画に駆け込んだのですが……」



「ご苦労。
なれば、ディリスが、その男の到着を見届けたじゃろう。」





そう話している内に、誰も描かれていない額縁へ、銀色の巻き毛の魔女がひょっこり現れた。
相当急いでいたようで呼吸もままならず、咳き込みながら肘掛椅子に座り込む。





「ええ、ダンブルドア、皆がその男を聖マンゴに運び込みました……。
私の肖像画の前に運ばれていきましたよ……酷い状態のようです……。」



「ご苦労じゃった。」





肖像画を見上げるのを止め、ダンブルドアはマクゴナガルに向き直った。
マクゴナガルはしゃんと背を伸ばしてダンブルドアを見詰め返す。





「ミネルバ、ウィーズリーの子ども達を起こしてきておくれ。」



「分かりました……。」




ガウンを踏まないように、けれど素早く立ち上がると、マクゴナガルは扉に向かった。
けれど扉の前で立ち止まり、クルリと振り返った。





「それで、ダンブルドア。
モリーはどうしますか?」



「それは、近付くものを見張る役目を終えた後の、フォークスの仕事じゃ。
しかし、もう知っておるかもしれん……あの素晴らしい時計が……。」





ウィーズリ家には特殊な時計が置いてある。
家族がどこでどうしているかを知らせる時計だ。
ダンブルドアはその時計の事を言っているのだろう。
けれどモリーが時計を確認するだろうか。
殆どの者が眠る、こんな真夜中で。

マクゴナガルが校長室を出て行った後、ダンブルドアは腰掛ける三人の背後に回り込んだ。
そこにある戸棚を開き、何やら引っ掻き回している。
そしてまたまた机に戻って来た時、ダンブルドアの手には使い古されたように黒ずんだヤカンがあった。
机の上にヤカンを置き、杖を向けて「ポータス!」と唱える。
ヤカンは震え、青く発光した。
震えが止まり、元の色へ戻る。

それが終わるとダンブルドアは移動して、肖像画に向き直った。
しかし沢山ある肖像画のどれかは見当もつかない。





「フィニアス、フィニアス。」





一体どの肖像画に声を掛けているのか。
エバラードとディリス以外の肖像画は皆眠っていて、誰も反応を返さない。
しかしダンブルドアが何度も名前を呼んでいると、肖像画の何人かが狸寝入りを止めて、やり取りをじっくり見ようとし始めた。
そしてその中の何人かが、ダンブルドアに続いて名前を叫んだ。





「フィニアス!フィニアス!フィニアス!」






これだけの大人数。声量。呼び声。
狸寝入りだろうが本当に眠っていようが、もう出来るはずがない。
一人の魔法使いが瞼を閉じたまま肩を揺らし、ゆっくりと開けた。
すると声はピタリと止んだ。この魔法使いがフィニアスなのだろう。
尖った山羊ひげの魔法使いで、緑と銀のローブを身に着けている。





「誰か呼んだかね?」



「フィニアス。あなたの別の肖像画を、もう一度訪ねてほしいのじゃ。
また伝言があるのでな。」



「私の別な肖像画を?」





素っ頓狂な声でそう言って、わざとらしく大欠伸をする。
それから目だけで周囲を見渡して、ハリーを見るとそこで釘付けになった。





「いや、ご勘弁願いたいね、ダンブルドア、今夜はとても疲れている。」



「貴殿は不服従ですぞ!職務放棄じゃ!」



「我々には、ホグワーツの現職校長に仕えるという盟約がある!フィニアス、恥を知れ!」



「私が説得しましょうか?ダンブルドア?」





赤鼻の太った魔法使い。
前任者のアルマンド・ディペット。
目を引く異様な太い杖を突き付ける、鋭い目付きの魔女。
肖像画は次々と非難した。
非難よりも杖に気後れしたようで、フィニアスは魔女の手元を見つつ渋々頷いた。





「ああ、分かりましたよ。
ただ、あいつがもう、私の肖像画を破棄してしまったかもしれませんがね。何しろあいつは、家族の殆どの、」



「シリウスは、あなたの肖像画を処分すべきでない事を知っておる。シリウスに伝言するのじゃ。
『アーサー・ウィーズリーが重傷で、妻、子ども達、ナマエ・ミョウジ、ハリー・ポッターが間もなくそちらの家に到着する』
よいかな?」



「アーサー・ウィーズリー負傷、妻子とナマエ・ミョウジ、ハリー・ポッターがあちらに滞在。
はい、はい……分かりましたよ……。」





重たそうに尻を上げてフィニアスは額縁から消えた。
直後、校長室の扉が開く。
マクゴナガルと共に、フレッド、ジョージ、ジニーの三人が、寝起きの乱れた髪にパジャマ姿でやって来た。
青ざめた顔をジニーが此方へ向けた。





「ハリー……ナマエ……一体どうしたの?
マクゴナガル先生は、あなた達が、パパの怪我するところを見たって仰るの……。」



「お父上は、『不死鳥の騎士団』の任務中に怪我をなさったのじゃ。
お父上は、もう『聖マンゴ魔法疾患傷害病院』に運び込まれておる。
君達をシリウスの家に送る事にした。病院へはその方が「隠れ穴」よりずっと便利じゃからの。お母上とは向こうで会える。」



「どうやって行くんですか?煙突飛行粉で?」



「いや。煙突飛行粉は、現在、安全ではない。『煙突網』が見張られておる。移動キーに乗るのじゃ。」





フレッドの質問にそう答えながら、ダンブルドアは机に載っているヤカンを指し示した。





「今はフィニアス・ナイジェラスが戻って報告するのを待っているところじゃ……
君達を送り出す前に、安全の確認をしておきたいのでな。」





何の前触れも無く炎が舞い上がった。
一枚の金色の羽を残して炎は消える。
舞い落ちてくる羽を空中で捉え、ダンブルドアは口を開いた。





「フォークスの警告じゃ。
アンブリッジ先生が、君達がベッドを抜け出した事に気付いたに違いない……
ミネルバ、行って足止めしてくだされ。適当な作り話でもして……。」





身を翻し再びマクゴナガルは校長室を出ていく。
殆ど同時にフィニアスが戻って来た。





「あいつは、喜んでと言っておりますぞ。
私の曾々孫は、家に迎える客に関して、昔からおかしな趣味を持っていた。」



「さあ、ここに来るのじゃ。
急いで。邪魔が入らぬ内に。」





フィニアスの愚痴を聞いているのか、聞いていないのか。
ダンブルドアは机の周りへ皆を呼び寄せた。





「移動キーは使った事があるじゃろな?」





名前を除く皆が頷いた。
移動キーを使った事があるか記憶は定かではないが、皆がそうしたように、名前も手を伸ばしてヤカンに触れた。
ダンブルドアは名前を見る。
名前もダンブルドアを見詰め、曖昧に頷いた。





「よかろう。では、三つ数えて……一……二……」





三つ目を数える一瞬の間。
ぞわりと激しい悪寒が走った。
そして、耳をつんざく鈴の音。

名前はヤカンから目を離してハリーを見た。
何故ハリーを見たのか。
そこに理由があると咄嗟に判断したのだろう。

ハリーはダンブルドアを見ていた。
ダンブルドアもハリーを見ていた。





「……三。」





腹に紐を結び付けられ、唐突に引っ張られたような感覚だった。
ひたすらヤカンに引っ張られて前進していく。
足の裏に床の感覚は無くなったのに、手はヤカンに貼り付いたままだ。
まるで激しいメリーゴーランドである。
景色が渦巻き、耳元で風が鳴っている。

やがて唐突に床へ放り出された。
受け身を取る暇も無く、踏み外した階段のように膝が折れた。
役目を終えたヤカンは手を離れ、音が遠くに転がっていく。





「戻って来た。血を裏切るガキ共が。父親が死にかけてるというのは本当なのか?」



「出て行け!」





突然の会話で誰の声かまでは分からない。
おまけに此処は薄暗い。
暖炉の火と一本の蝋燭だけが光源だ。

身を起こして周りを見渡す。
厨房のようだ。
そばにあるテーブルに誰かいるようだったが、逆光になって顔が分からない。
しかし足音を立てて人影が近付いて来る。

すぐ横に扉があり、そこに屋敷しもべ妖精が立っていた。
此方からでも顔が分かる。同じ屋敷しもべ妖精といえど、ドビーと全く似ていない。
陰険そうな、憎悪を含んだ目付きで此方を一瞥し、厨房を出て行った。





「どうしたんだ?」





人影の正体はシリウスだった。
ジニーの前で膝を折って助け起こしている。
無精髭な上にパジャマ姿でもない。
晩酌でもしていたのか、アルコールの匂いを纏っている。





「フィニアス・ナイジェラスは、アーサーが酷い怪我をしたと言っていたが。」



「ハリーとナマエに聞いて。」



「そうだ。俺もそれが聞きたい。」






フレッドにジョージが続き、ジニーと三人で、ハリーと名前を見た。
厨房の外の階段はよく響く。
屋敷しもべ妖精の足音がピタリと止まったのが分かった。





「それは、」





言い掛けてハリーは、チラリと名前を見た。
皆の視線から逃れるように。助けを求めるように。
名前はアーサーの視点から現場を見たが、ハリーは襲った蛇の視点だ。

───僕が蛇でした。
ダンブルドアに、ハリーはそう言った。
まるで自身が襲ったかのようだ。
話しづらいのも頷ける。





『眠りながら、俺とハリーは同じものを見ました。
でも夢じゃない。』



「そう、僕達は見たんだ……一種の……
幻を……。」





二人は代わる代わる説明した。
ただ視点の話は避けて、あくまでも第三者視点。
二人の話で一致する部分だけを話して聞かせた。
校長室で先に話を聞いていたロンだが、二人の思惑を理解していたらしく、口を挟む事はしなかった。

話し終えて暫く。
皆、じっと二人を見詰めていた。
そして不意に視線を逸らせると、フレッドはシリウスに向き直る。





「ママは来てる?」



「多分まだ、何が起こったかさえ知らないだろう。
アンブリッジの邪魔が入る前に君達を逃がす事が大事だったんだ。今頃はダンブルドアが、モリーに知らせる手配をしているだろう。」



「聖マンゴに行かなくちゃ。
シリウス、マントか何か貸してくれない?」



「まあ、待て。聖マンゴにすっ飛んで行くわけにはいかない。」



「俺達が行きたいなら無論行けるさ。聖マンゴに。
俺達の親父だ!」
フレッドは当然とばかりの口調だ。



「アーサーが襲われた事を病院から奥さんにも知らせていないのに、君達が知っているなんて、じゃあ、どう説明するつもりだ?」



「そんな事どうでもいいだろ?」
ジョージが加勢する。



「よくはない。何百キロも離れたところの出来事をハリーとナマエが見ているという事実に、注意を引きたくない!
そういう情報を、魔法省がどう解釈するか、君達には分かっているのか?」



「誰か他の人が教えてくれたかもしれないし……ハリーやナマエじゃなくて、どこか別のところから聞いたかもしれないじゃない。」



「誰から?
いいか、君達の父さんは、騎士団の任務中に負傷したんだ。それだけでも十分状況が怪しいのに、その上、子ども達が事件直後にそれを知っていたとなれば、益々怪しい。君達が騎士団に重大な損害を与える事にもなりかねない。」



「騎士団なんかクソ食らえ!」
フレッドの声が部屋に響いた。



「俺達の親父が死にかけてるんだ!」
ジョージも負けないくらい大声だ。



「君達の父さんは、自分の任務を承知していた。騎士団の為にも、君達が事を台無しにしたら、父さんが喜ぶと思うか!
まさにこれだ。だから君達は騎士団に入れないんだ。
君達は分かっていない。
世の中には死んでもやらなければならない事があるんだ!」



「口で言うのは簡単さ。ここに閉じこもって!
そっちの首は懸かってないじゃないか!」





頭に血が上っていたのだろうが、フレッドの言葉は明らかに失言だ。
確かにシリウスは閉じ籠りの生活を送っている。
しかしシリウスが望んでそうしているわけではない。
むしろ行動的な性格で、この状況にはやきもきしている事だろう。

その証にシリウスの表情が凍り付いた。
上気した顔色が一気に青ざめたのだ。
怒鳴り散らし、殴り倒したかっただろう。
しかしそうはしなかった。
冷静な表情を取り繕った。

この瞬間、シリウスの心中にどのような言葉が浮かんで消えただろう。
次に口を開いた時、出てきたのは落ち着いた声だった。





「辛いのは分かる。しかし、我々全員が、まだ何も知らないかのように行動しなければならないんだ。少なくとも、君達の母さんから連絡があるまでは、ここにじっとしていなければならない。いいか?」





最初にジニーが座った。力尽きたように座り込んだ。
名前も手近な椅子に腰掛ける。
名前を挟んで、ハリーとロンも座った。

フレッドとジョージはシリウスを睨み付けたまま立ったままだった。
シリウスも譲らない。見詰め返して二人が座るのを待っている。
暫くして二人はジニーを間に挟んで座った。





「それでいい。さあ、皆で……
皆で何か飲みながら待とう。『アクシオ、バタービール!』」





物陰からバタービールが七本現れ飛んできた。
シリウスの食べ残しだろう。テーブルの上の夕食を散らかしながら、バタービールは滑って移動し、それぞれの前で止まった。
各々手を伸ばして瓶を掴む。蓋を取って一口飲んだ。

誰も言葉を発しない。
皆、考えに没頭しているようだった。
暖炉の薪が燃える音だけが室内に響いている。
後は時折誰かが瓶をテーブルに戻す音だけだ。

最初の一口を飲んだきり、名前は瓶を両手に包み持ったままハリーを見ていた。
ハリーはバタービールをやけ酒のように何度も呷る。
瓶を握る手が震えていた。
半分程飲んだ頃に瓶をテーブルに置いたが、震えた手のせいで倒れ、中身がテーブルに広がった。
名前はテーブルを見回して布巾を探す。
けれど見当たらないので、シリウスを見た。尋ねようと口を開く。

しかし視界に入ってきた眩い光に、中断せざるを得なかった。
反射的にそちらを見る。
炎が音も無く空中を舞っていた。





「フォークス!」





炎が消える瞬間に羊皮紙が一巻と、一拍遅れてフォークスの尾羽根も一枚、テーブルの上へ舞い落ちる。
驚きにシリウスが声を上げ、すぐに羊皮紙を掴んだ。





「ダンブルドアの筆跡ではない。君達の母さんからの伝言に違いない。さあ。」





シリウスは近くにいたジョージへ羊皮紙を手渡した。

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