11.-2


一頭がパーバティのローブを掠めた。
パーバティはローブが触った方を見て、ブルリと震える。
そばの木に引っ付いた。





「私、何か感じたわ。きっとそばにいるのよ!」



「心配ねえ。お前さんに怪我させるような事はしねえから。
よし、そんじゃ、知っとる者はいるか? どうして見える者と見えない者がおるのか?」





素早くハーマイオニーは手を挙げた。
ハグリッドはニッコリ笑う。





「言ってみろ。」



「セストラルを見る事が出来るのは、死を見た事がある者だけです。」



「その通りだ。
グリフィンドールに十点。さーて、セストラルは、」



「ェヘン、ェヘン。」





背後から咳払いが聞こえた。
アンブリッジが現れたのだ。

皆がそちらを見た。
今日は緑の帽子とマントを身に着けている。

けれどハグリッドだけは見ていない。
セストラルが変な音を出したと思ったらしく、心配そうに肉を食む様子を見詰めている。





「ェヘン、ェヘン。」



「おう、やあ!」



「今朝、あなたの小屋に送ったメモは、受け取りましたか?」





初めて英語を聞く人へ話し掛けるように、アンブリッジは大きな声で、ゆっくり、分かりやすく、身振り手振りそう言った。
しかしハグリッドはニッコリ微笑んでいる。
音の出所がセストラルではないと分かって安心したらしい。





「あなたの授業を査察しますと書きましたが?」



「ああ、うん。この場所が分かって良かった!ほーれ、見ての通り───はて、どうかな───見えるか?
今日はセストラルをやっちょる───」



「え?何?
なんて言いましたか?」
耳に手を当て大声で聞き返した。



「あー───セストラル!大っきな───
あー───翼のある馬だ。ほれ!」
戸惑いつつも説明する為に、両腕を上下させる。



「原始的な……身振りによる……言葉に……頼らなければ……ならない。」
クリップボードに書き付けている内容が駄々漏れだ。



「さて……兎に角……
む……俺は何を言いかけてた?」



「記憶力が……弱く……直前の……事も……覚えて……いないらしい。」





アンブリッジの呟きはマルフォイを大喜びさせた。
反対にハーマイオニーは怒りが湧き上がっている。
顔が真っ赤になり、眉と口がピクピク動いていた。

ハグリッドはクリップボードの内容が気になるようでチラチラ見たが、生徒に向き直り説明を続けた。





「あっ、そうだ。そうだ、俺が言おうとしてたのは、どうして群れを飼うようになったかだ。うん。つまり、最初は雄一頭と雌五頭で始めた。
こいつは、テネブルスって名で、俺が特別可愛がってるやつだ。この森で生まれた最初の一頭だ。」
最初に現れた一頭を撫でるように叩いた。



「ご在知かしら?
魔法省はセストラルを『危険生物』に分類しているのですが?」



「セストラルが危険なものか!そりゃ、散々嫌がらせをすりゃあ、噛みつくかもしらんが。」



「暴力の……行使を……楽しむ……傾向が……見られる……」
呟きながらクリップボードに書き付ける。



「そりゃ違うぞ。バカな!
つまり、けしかけりゃ犬も噛みつくだろうが。
だけんど、セストラルは、死とかなんとかで、悪い評判が立っとるだけだ。
こいつらが不吉だと思い込んどるだけだろうが?分かっちゃいなかったんだ、そうだろうが?」





ハグリッドの意見にアンブリッジは何も答えなかった。
反応すら寄越さなかった。
クリップボードにメモを書き終えると何事も無かったかのように、大きな声でゆっくりと、身振り手振り話し掛けたのだ。





「授業を普段通り続けてください。わたくしは歩いて見回ります。
生徒さんの間をね。
そして、皆に質問をします。」





歩く仕草を見せ、次に生徒を一人一人指差し、最後は自分の口を指差し、餌を欲しがる鯉のようにパクパクさせた。

ハグリッドは不思議そうにアンブリッジを見詰めた。
何故あんな大袈裟に身振り手振りしてみせるのか、心底分からない様子だ。

ハーマイオニーは悔し涙を浮かべ、パンジー・パーキンソンの方へ近付いて行くアンブリッジの背中を、キッと睨み付けた。





「鬼ばばぁ、腹黒鬼ばばぁ!あんたが何を企んでいるか、知ってるわよ。鬼、根性曲がりの性悪の───」



「むむむ……兎に角だ。
そんで、セストラルだ。うん。まあ、こいつらには色々ええとこがある……」



「どうかしら?あなた、ハグリッド先生が話している事、理解出来るかしら?」





ハグリッドが授業に戻ろうと説明を再開したが、アンブリッジの声が割り込んできた。
質問に当てられたパンジー・パーキンソンはクスクス笑っている。





「いいえ……だって……あの……話し方が……いつも唸ってるみたいで……」





アンブリッジはクリップボードに書き付けた。
もじゃもじゃ頭から覗くハグリッドの顔が赤くなった。
それでもハグリッドは、説明を続けた。





「あー……うん……セストラルのええとこだが。えーと、ここの群れみてぇに一旦飼い馴らされると、皆、もう絶対道に迷う事はねえぞ。方向感覚抜群だ。どこへ行きてえって、こいつらに言うだけでええ。」



「勿論、あんたの言う事が分かれば、という事だろうね。」





生き生きとマルフォイはそう言った。
すっかりいつもの調子を取り戻したようだ。
パンジー・パーキンソンがクスクス笑っている。
アンブリッジは二人にニッコリ微笑み掛け、ネビルに向き直った。





「セストラルが見えるのね、ロングボトム?
誰が死ぬところを見たの?」



「僕の……じいちゃん。」



「それで、あの生物をどう思うの?」
指輪だらけの手をセストラルへ向けた。



「んー、」
チラとハグリッドを見る。
「えーと……馬達は……ん……問題ありません 。」



「生徒達は……脅されていて……怖いと……正直に……そう言えない。」



「違うよ!違う、僕、あいつらが怖くなんかない!」



「いいんですよ。
さて、ハグリッド。」





ネビルの肩を優しく叩き微笑み掛ける。
それからアンブリッジはハグリッドに向き直った。
そして、大きな声でゆっくりと、身振り手振り話し掛けた。





「これでわたくしの方は何とかなります。査察の結果を、」
クリップボードを指差す。
「あなたが受け取るのは」
何かを差し出す動作をする。
「十日後です。」
両手を広げて見せ付けた。





ニッコリ微笑み掛けてからアンブリッジは立ち去った。
立ち去るアンブリッジの背中と、立ち竦むハグリッドの姿を交互に見比べ、ネビルはどうしてよいか分からず困っている。
マルフォイとパンジー・パーキンソンはこみ上げる笑いに耐え切れずついに大笑いした。





「あの腐れ、嘘吐き、根性曲がり、 怪獣ばばぁ!」





授業後。
ハーマイオニーは思い付く限りの罵詈雑言を帰り道に吐き出した。





「あの人が何を目論んでるか、分かる? 混血を毛嫌いしてるんだわ。
ハグリッドをうすのろのトロールか何かみたいに見せようとしてるのよ。お母さんが巨人だというだけで。
それに、ああ、不当だわ。授業は悪くなかったのに。
そりゃ、また『尻尾爆発スクリュート』なんかだったら……でもセストラルは大丈夫。
ほんと、ハグリッドにしては、とってもいい授業だったわ!」



「アンブリッジはあいつらが危険生物だって言ったけど。」



「そりゃ、ハグリッドが言ってたように、あの生物は確かに自己防衛するわ。
それに、グラブリー−プランクのような先生だったら、普通はNEWT試験レベルまではあの生物を見せたりしないでしょうね。
でも、ねえ、あの馬、本当に面白いと思わない?見える人と見えない人がいるなんて!私にも見えたらいいのに。」



「そう思う?」





ハーマイオニーは笑顔を凍り付かせた。
問い掛けたハリーと無表情の名前を見比べる。





「ああ、ハリー。ナマエ。ごめんなさい。ううん、勿論そうは思わない。
なんてバカなことを言ったんでしょう。」



「いいんだ。気にするなよ。」



『気にしてないよ。』



「ちゃんと見える人が多かったのには驚いたな。
クラスに四人も。」



「そうだよ、ウィーズリー。今ちょうど話してたんだけど。」





背後から声が割り込んできた。
振り向いて見ると、マルフォイ、クラッブ、ゴイルが三人のすぐ後ろにいた。
今までの会話をすっかり聞いていたようだ。





「君が誰か死ぬところを見たら、少しはクアッフルが見えるようになるかな?」





マルフォイ達は前を歩いていた四人を無理にどかせて、自分達が前に出た。
何がおかしいのか大声で笑い始め、「ウィーズリーこそ我が王者」を歌いながら帰路を辿る。
怒りか羞恥か。寒さもあるかもしれない。
ロンの耳は髪と同じくらい赤くなった。





「無視。とにかく無視。」





此方も赤かった。アンブリッジの怒りが再燃したかのように赤い。
ハーマイオニーは「無視、無視」と呟きながら杖を動かした。
行く手を阻む雪を溶かしていく。



十二月。今年も後一ヶ月で終わる。
学期末が近付くと皆大忙しである。
桁違いに宿題が増えるし、それに加えてロンとハーマイオニーなどは監督生としての仕事もある。

城の装飾を指示したり、休憩時間中に城内にいる生徒を監視したり、アーガス・フィルチと一緒に廊下の見回りをしたりだ。
仕事量にロンは文句タラタラだったし、ハーマイオニーは編み物もやめざるを得なかった。
編み物が残り三つとなると、ハーマイオニーは嘆いた。





「まだ解放してあげられない可哀想な妖精達。ここでクリスマスを過ごさなきゃならないんだわ。帽子が足りないばっかりに!」





殆どの生徒は冬季休暇を家で過ごす。
ロンもハーマイオニーも帰宅する予定だと言った。
両親とスキーに行くのだとハーマイオニーは話してくれた。
(スキーは板を足に付けて滑るものだと説明を聞くなり、ロンは事ある毎にからかった)
未定なのはハリーと名前の二人である。

およそ三週間程の休暇。
中々会えない家族と過ごせる大切な休暇だ。
柳岡とは血の繋がりは無いが家族のようなものである。千堂も兄のように接してくれる。





───つまり、夢が鮮明になっていると。





首を傾げるネスに、名前は頷いて答えた。
夏休み頃から見始めた「暗い道を歩く夢」は、十二月になった今でも続いている。





───原因が何にせよ異常ですね。何故半年も教えてくれなかったのですか?



『……』
仰る通り。返す言葉が無い。
特に他意は無く、危機感も無かった。



───まあ、日本に帰るのはやめておいた方がいいでしょう。寝惚けて魔法でも使ったら大変だ。



『……』
頷く。



───それで、そこは本当に覚えの無い場所なんですか?



『……』
頷く。





文字盤の上に道具を滑らせ、夢の内容を連ねていく。

夢の終わりはいつも黒い扉の前。
けれど今はもう終わりではない。
それどころか少しずつ移動出来るようになっていた。

古びた電球のような物が並べられた部屋。
半球状の床の上に、石で出来た扉の枠のような物体がポツンと立っている部屋。
緑の液体が満ちた水槽のような物が置いてある部屋。
夢らしく支離滅裂な内容だ。





───その移動は、自分の意思で進んでいるのですか?





けれどクィレルは真剣に取り合ってくれた。
文字盤の文字を指していく。





『(はい。)』



───歩いている?浮いている?



『(歩いています。)』



───君は一人?



『(はい。)』



───部屋に誰か人はいますか。



『(いいえ。誰もいません)』



───夢を見ている時、どういう感情で進んでいるのですか。



『(多分、好奇心です。)』



───そうしようと思えば立ち止まれますか。



『(はい。)』



───では、夢の中ではなるべく動かないようにしてください。
───それから、覚えている範囲でいいので部屋の見取り図を書いてください。私の方からダンブルドアにお伝えして指示を仰ぎます。変化があれば随時知らせてください。いいですね。



『(分かりました。)』



───他に何か気になる事はありますか?



『……』





ふと過ったのはセドリックの声だ。
───だけど君は伝えなきゃいけない。───
いつの話だっただろう。記憶を掘り返す。

確かホッグズ・ヘッドでの帰り道。
───夢と相違する点について、ダンブルドア先生に話したのかい。───
セドリックはそう言ったはずだ。

誰かに伝えるべきだと名前に勧めた。
しかし誰にも伝えていない。
此方も特に他意は無かった。
しかし名前がクィレルにその事を話すと、何故もっと早く言わなかったのかと詰め寄られてしまった。





「なあ、ナマエ。君には言ったっけ。クリスマスを僕の家で過ごさないかって?ハリーも招待したんだよ。」



『聞いてない。』





寝耳に水の話だ。
クィレルに相談してから数時間も経たずに案件が出来てしまった。

見るからにロンは「しまった」という顔をした。





「そうだっけ?ごめん。でも来るだろう?」



『考えておく。』



「そう?うーん……分かったよ。じゃ、どうするか決まったら教えてくれ。」





駄目元での相談だったが意外にも外泊の許可が下りた。
魔法界で魔法を使う分にはまだ対応可能だと言う見解らしい。
休暇直前になって答えを出すなんて事にもならず、比較的落ち着いて外泊の準備を出来そうだ。





「ナマエが僕の家に遊びに来るの、久し振りじゃないか?今からワクワクするよ。何して遊ぼうかなあ……。」





「必要の部屋」へ向かう道すがら報告すると、ロンは嬉しそうに笑った。
部屋を使うのは今日で今年最後だ。

扉を開けると部屋には既に数人が来ていた。
ハリー、ルーナ、アンジェリーナ、ケイティ、アリシアの五人だ。

クリスマスの装飾だろうか。
いつもは無いヤドリギが聳え立っている。
ヤドリギの下でキスをすると結婚の約束を交わした事になる───なんていう話もあるから、クリスマスのロマンチックなムードにお誂え向きなのだろう。





「オッケー。今夜はこれまでやった事を復習するだけにしようと思う。
休暇前の最後の会合だから、これから三週間も空いてしまうのに、新しい事を始めても意味がないし、」



「新しい事は何にもしないのか?」





全員集合したのを確認してからハリーが話し始めると、早速ザカリアス・スミスが不満の声を上げる。





「その事知ってたら、来なかったのに……。」



「いやぁ、ハリーが君にお知らせ申し上げなかったのは、我々全員にとって、まことに残念だったよ。」





フレッドの台詞に何人かが笑った。

ハリーが一点を見詰めてぼうっとしている。
間違いでなければ、チョウ・チャンの方だ。

こっそり名前を呼ぶと我に返ったように名前を見て、それから慌てて口を開いた。





「二人ずつ組になって練習だ。
最初は『妨害の呪い』を十分間。それからクッションを出して、『失神術』をもう一度やってみよう。」





最初の数分は先生役のハリーと名前も練習に加わる。
ハリーはネビルと。名前はセドリックと組む。
始めてばかりの頃に比べるとスムーズに二人組が出来るようになった。
魔法をかける側とかけられる側で交代しながら練習をするという手順も、言わずとも行うようになった。

数分後はネビルとセドリックの二人で組んでもらい、ハリーと名前は見回りに専念する。
きっちり十分練習した後、皆で手分けしてクッションを床敷き詰めた。
しかし「失神術」は人を吹き飛ばす効果もある。
他の呪文のように全員が一斉に練習するには広さが足りない。
その為まず半数に分かれ、実戦組と観察組となり、交代しながらの復習となった。





「皆、とっても良くなったよ。」





一時間後。
「やめ」と叫んだ後に皆が注目するまで少し待ち、ハリーは微笑んでそう言った。
それから横に立つ名前を見詰める。
助手とはいえ先生役を務めたのだから、何かねぎらいの言葉を掛けろと促しているのだろう。
名前は目だけを動かして皆の顔を見渡す。





『皆さんお疲れ様でした。短い期間での練習でしたが、非常に上達したと思います。
休暇中はゆっくりお過ごしください。』



「休暇から戻ったら、何か大技を始められるだろう。
守護霊とか。」





堅苦しい名前とフランクなハリーのコンビは割と受け入れられていたらしい。
歓声と拍手が降り注ぎ、この場はお開きとなった。

いつものように三、四人で部屋を出ていく。
名前達四人が床に敷き詰めたクッションを集める横で、通り過ぎる者が「メリー・クリスマス」と声を掛けていく。
一人一人に挨拶を返していく内に片付けも終わり、ふと部屋を見回すと、まだ数人が残っていた。

「敵鏡」を眺めるチョウとその友人のマリエッタ。
そして本棚の前に立つセドリックだ。
セドリックは此方を見ていたらしく、目が合うと近寄ってきた。

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