11.-1


その瞬間、何をすべきか分かっていた。

全員何も言わずに男子寮、女子寮それぞれの階段を駆け上がり、寮を抜け出す準備をして再び談話室に戻って来た。

防寒対策バッチリのハーマイオニーが一番最後で、ロンは舌打ちをもらした。
ハーマイオニーは「だって、外は寒いわよ!」と訳を話したが、今はお喋りしている場合ではない。
談話室を出てすぐに「透明マント」を被った。





「ロン、ナマエ。もう少し屈んで。足下が見えてるわ。」



「分かってるよ。」



『このくらい。』



「誰だい?あんまりマントを引っ張らないでくれ。前の布が足りなくなる!」



「私じゃないわ。」



「僕じゃない。」



『俺じゃない。』



「あれ?じゃあ何で……」



「ううん、ナマエよ。屈むから背中とお尻で引っ張ってるのよ。
一番後ろじゃない方がいいわ。前に来て。」



『分かった。』



「イテッ!ナマエ、足を踏むなよ!」



『ごめん。……』



「ナマエ、立っちゃダメよ!足が隠れ切ってないもの。」



『……』



「だから足を踏むなって!」



「分かった。皆、ひとまず談話室に戻ってくれ。」



「何でだよ?ハリー。」



「いいから!」





ハリーに押されて談話室へUターン。
「透明マント」を取り去り、ハリーは名前を見詰めた。





「ナマエ、悪いけど君は残ってくれるかい。」





名前はこっくり頷いた。
屈めば背中や尻でマントを引っ張ってしまうし、立てば当然足下が隠れない。
そんな人物と隠れて移動は困難だ。

ハリーもロンもハーマイオニーも皆、当然成長して背が伸びている。
ロンは昔から背が高い方だし、ここ最近の成長振りは目に見えて分かる程だ。
しかしそれでも名前との身長差は縮まらない。





『着て行って。』



「このくらい平気だよ。」



『念の為。』





着ていたコートをロンへ被せ、大判のマフラーをハリーの首にぐるぐる巻いた。
ロンが着るとコートは引き摺りそうな丈だったし、ハリーは顔が埋もれている。





『雪に出来た足跡は消し忘れないように。』



「外は暗いし、もう夜遅い。誰もわざわざ校庭まで見に来ないさ。」
マフラーの下からフガフガ言った。



『用心に越したことはない。誰かに見付かれば足跡を辿られる。必然的にハグリッドさんへ疑いがかかる。』



「ナマエがムーディみたいな事言ってる。」



「ロン、ナマエの言う通りよ。いいわ、私が消して歩きます。」



『帰る時は靴が濡れているだろうから、廊下に足跡が残る。それも残しちゃ駄目。』



「分かった、分かった。行ってくるよ。」



『いってらっしゃい。気を付けて。』





談話室の扉が閉まる。窓際に移動して外を眺めた。
ハグリッドの小屋は照明が灯されていた。















それから三十分程経った頃。
再び談話室の扉が開き、名前はショールを編む手を止めた。





『おかえり。』



「ただいま……。」





暖炉近くの椅子に思い思い腰掛ける。
腰掛けてから防寒着を脱いで、お礼を言いながら名前のコートとマフラーを返した。





『元気そうだった。』



「うーん、まあね。」



「元気なもんか。大怪我してたじゃないか。」



「確かにそうよ。でも体はちゃんとしてるし、これから授業をしようって意欲もあるわ。」



「ああ、意欲たっぷりだったね。アンブリッジがあんなに分かりやすく脅していったのに、全然変わらなかった。」





ハグリッドの小屋で何があったのか。
三人は掻い摘んで名前に話して聞かせた。

まず第一に小屋へ辿り着いた時、ハグリッドは顔に負傷した状態で三人を歓迎した。
体を庇うように見えたから、おそらく顔だけではなく体も傷だらけなのだろうという事だ。
ハーマイオニーはマダム・ポンフリーに診てもらうよう勧めたが、大した事無いからと頑として聞かなかったと言う。

そして次に三人は、二ヶ月もの間どこで何をしていたのか問い詰めた。
ハグリッドは初め話したがらなかったが、ハリーが夏休みに吸鬼魂に襲われた事や、退学させたれそうになった事を持ち出すと、大層驚いて話を聞きたがった。
ホグワーツを出てからは世間の目が届かない、社会の様々な情報も届かない、随分な秘境の地にいたらしい。





「それで僕は、ハグリッドが話したら、僕も話すって言ったんだ。」



『話してくれたの。』



「うん。まあね、僕の方は秘密でも何でも無いし、ちょっと調べれば分かる事だ。
でもハグリッドも、そこまで僕らを邪険にしなかったよ。」



「うん、むしろ話したそうだったな。」





しかしハグリッドはその交換条件を呑み、秘密の使命とやらの話をしてくれたそうだ。
条件はおそらく、ただの口実だったのだろうけど。

来るヴォルデモート陣営との戦闘を控え、味方となる巨人を説得しに遠くへ行っていたと言う。
ハグリッドとマダム・マクシームの二人でだ。
道のりは順調だった。目的である巨人のボスにも出会え、それも攻撃的な巨人族の中でも友好的なボスだったので、話も上手く運んだ。

けれど狭い空間に追い遣られた巨人族は争いが絶えず、信頼を勝ち得る前にボスが変わった。
新しいボスは既に闇の陣営に取り込まれた後だった。





「危うく殺されかけたそうだ。」



「マダム・マクシームに助けられたって言ってたわね。」



「それで帰ってくれば良かったのになあ。」





二人はその後も暫く粘ったそうだ。
前ボスが友好的であったように、群れの中にも友好的な巨人がいるはずだと考えたからだ。

だがボスの命令に従うのが群れの決まりである。
友好的であった巨人達はボスが変わると、ハグリッド達を避けるようになった。
ハグリッド達と関わり合うと目の敵にされるからだ。

そうして二人は帰って来た。
巨人を誰も連れて帰る事は出来なかったが、ボスが変われば話を覚えている友好的な巨人が、今後やって来るかもしれない。
二人は少なくとも役目を果たした。





『でも、マダム・マクシームは途中で別れたという話だった。』



「うん。その後から今まで何があったのか聞こうとしたんだ。」



「そこでアンブリッジのご登場さ。」



「あの女、ハグリッドがどこへ行っていたのか聞き出そうとしていた。勘付いている様子だったわ。
ナマエ。査察があるの。ハグリッドの授業にあの女が来るのよ。
あの女が辞めさせる口実を探しているって、私はっきり伝えたわ。だからすごい生き物じゃなくて、普通の生き物を、普通に教えるよう勧めたの。でも……」



「あの様子じゃ、通じているかどうか怪しいな。」





何としてでも危険性を伝えて説得しなければならない。
そうしなければハグリッドはホグワーツを追放されてしまう。

それを避ける為に翌日、日曜日。
朝食を終えた後、名前はハーマイオニーに連れられてハグリッドの小屋を訪れた。
ハリーとロンが一緒であればより説得しやすかっただろうけど、二人は宿題が山積みである。
二人は泣く泣く名前とハーマイオニーを見送った。

校庭の雪は昨晩よりも高さを増していた。
六十センチ程だろうか。膝の辺りまですっぽり埋まる。
二人は泳ぐように雪を掻き分け、ハグリッドの小屋へ向かった。





「ハグリッド。私よ。」





声を掛けながら扉をノックする。
小屋の中からファングの鳴き声が聞こえた。
けれどハグリッドの返事は無い。





「おかしいわね、まだ寝てるのかしら……
ハグリッド?」





先程よりも強くノックする。
ファングがカリカリ扉を引っ掻いた。
けれど、やっぱり返事が無い。

名前は扉の前を離れ、小屋の窓を覗いた。
曇っていてよく分からない。





「いた?」



『曇っていてよく見えない。』



「叩き続けるしかないのね……。」





ハーマイオニーはノックを続けた。
時折名前と交代した。

三十分はそうしていただろう。
背後で雪を踏み締める音が聞こえて、二人は振り返った。





「ハグリッド!」



「よう、ハーマイオニー。それに……ナマエ!
お前さん、体の方はどうだ。元気か?」





森を背景にハグリッドが立っていた。
話には聞いていたが実際に見てみると、本当に怪我が酷い。
むしろ此方が元気かと問いたくなる相貌だ。





『おはようございます、ハグリッドさん。体は元通りで、元気です。』



「そりゃあ良かった。俺ぁ、お前さんの体調が心配だったんだ。」



「ハグリッド、どこへ行ってたの?朝食にも来てなかったわよね?」



「ああ、ちょいと森の方にな。授業の準備だ。お前さん達こそどうしたんだ?ああ、ほら、上がってけ。中で話そうや。寒かったろ?」





大きな手に背中を押されて、二人は転びそうになりながら小屋へ入った。
すぐにファングが出迎えてくれて、更にヨダレでベチョベチョにしてくれる。

ファングをどけて二人を椅子に座らせると、ハグリッドは温かいお茶とお菓子でもてなした。
歓迎ムードで授業の説得をするのは気が引けるが、避けては通れない道だ。

主にハーマイオニーが言い聞かせ、名前も出来る限り付け加えたりした。





「どうだった?」





談話室に戻ると、ロンが開口一番そう聞いた。
懇懇と説き諭し続けたが、もう昼食の時間だからと帰らされたのだ。





「授業の計画をすっかり立ててやったのか?」



「やってはみたんだけど。」





ハーマイオニーはハリーの隣に座り込んだ。
名前は暖炉の前へ進み出て屈んでいる。
ネスが気遣うように肩へ飛び移り、身を寄せていた。





「私達が行った時、小屋にもいなかったのよ。
私達、少なくとも三十分ぐらい戸を叩いたわ。そしたら、森からのっしのっしと出てきたの。」





魔法でローブを乾かしながらそう言うと、ハリーが呻き声をもらした。
森と言えば禁じられた森。
禁じられた森は「面白い生き物」が沢山いる。





「あそこで何を飼っているんだろう?ハグリッドは何か言った?」



「ううん。
驚かせてやりたいって言うのよ。アンブリッジの事を説明しようとしたんだけど、どうしても納得出来ないみたい。
キメラよりナールの方を勉強したいなんて、まともなやつが考えるわけが無いって言うばっかり。
あら、まさかほんとにキメラを飼ってるとは思わないけど。」





キメラという言葉を聞いたハリーとロンは顔を青ざめさせた。
ハグリッドならやりかねない。





「でも、飼う努力をしなかったわけじゃないわね。卵を入手するのがとても難しいって言ってたもの。
グラブリー−プランクの計画に従った方がいいって、口を酸っぱくして言ったんだけど、正直言って、ハグリッドは私達の言う事を半分も聞いていなかったと思う。
ほら、ハグリッドは何だかおかしなムードなのよ。どうしてあんなに傷だらけなのか、未だに言おうとしないし。」





翌日の月曜日。
日課を終えて大広間へ訪れると、教職員テーブルにハグリッドの姿があった。
まだ怪我は酷い状態だったが、フレッドとジョージ、リーなどの何人かはハグリッドの帰還を喜んでいる様子で、普段よりも談笑の声が弾んでいるように聞こえた。

けれど反対に普段よりも口数少なく、どんよりと暗い顔で朝食を摂っている者もいる。
パーバティやラベンダーなどはそうだ。
ハグリッドの帰還はつまり、グラブリー-プランクと交代であるという事である。
元々ハグリッドが教えていたのだから元に戻るだけだし、どちらも良い教師だ。
ただしハグリッドの場合、ちょっと過激だが。

この過激という点が不安の種であった。
いよいよ「魔法生物飼育学」の授業日である火曜日、苗字達四人は防寒対策フル装備で校庭へ出た。





「あの怪我の原因が、もしかして授業に出てきたりしないよな。」





ロンが不安そうに呟いた。
誰も否定出来なかった。

雪を掻き分けて森の入り口へ向かう。
森と雪の景色にアンブリッジのピンク色はどこにも見当たらず、傷だらけのハグリッドだけが立っていた。

牛の半身を肩に担いでいる。





「今日はあそこで授業だ!
少しは寒さ凌ぎになるぞ、どっちみち、あいつら、暗いとこが好きなんだ。」



「何が暗いところが好きだって?
あいつ、何が暗い所が好きだって言った?聞こえたか?」





マルフォイがクラッブとゴイルに聞く声が聞こえてきた。恐怖が見え隠れしていた。
一年生の頃だっただろうか。罰則で禁じられた森へ入った事がある。
その時はハリーとマルフォイの間に名前が入り、ファングが先導役だった。
懐かしい思い出だ。
マルフォイにとっては良い思い出ではないだろうけど。

ハリーが名前にニヤリと笑い掛けた。
時を同じくしてハリーも思い出していたのかもしれない。

ハグリッドは皆の顔を見渡してニッコリ笑った。
歯が二本欠けていた。





「ええか?よし、さーて、森の探索は五年生まで楽しみに取っておいた。連中を自然な生息地で見せてやろうと思ってな。
さあ、今日勉強するやつは、珍しいぞ。こいつらを飼い馴らすのに成功したのは、イギリスでは多分俺だけだ。」



「それで、本当に飼い馴らされてるって、自信があるのかい?
何しろ、野蛮な動物をクラスに持ち込んだのはこれが最初じゃないだろう?」





はっきり恐怖が声に滲み出ていた。
このマルフォイの発言にはスリザリン生が同意し、グリフィンドール生の何人かも、それはその通りだと目配せした。

ハグリッドは不機嫌そうにもじゃもじゃの眉を寄せ、牛の半身を抱え直した。





「もちろん飼い馴らされちょる。」



「それじゃ、その顔はどうしたんだい?」



「お前さんにゃ関係ねえ!
さあ、バカな質問が終ったら、俺について来い!」





身を翻し森へ入った。
一歩が広いのであっという間に背中が小さくなっていく。
だが皆は尻込みしてしまい、顔を見合わせるばかりで踏み出せない。

ハリーがロンとハーマイオニー、名前を見た。
前者二人は溜め息を吐いてから頷き返し、後者一人は意図が分からず首を傾げていた。
ハリー達三人が進み出るとようやく意図が伝わったらしく、「ああそういう事ね」と一人頷いて歩き始める。
おっかなびっくり他の生徒も付いて来た。

森に入ると途端に薄暗くなる。
木が屋根となって雪が地面に積もっていないのは幸いだったが、それでも十分足場が悪い。
長年降り積もった枯れ葉と苔で滑りそうになる。
十分程歩いた頃、ハグリッドは立ち止まって牛の半身を地面に置いた。





「集まれ、集まれ。
さあ、あいつらは肉の臭いに引かれてやって来るぞ。だが、俺の方でも呼んでみる。あいつら、俺だって事を知りたいだろうからな。」





ハグリッドは森の奥に向かって甲高い叫び声を上げた。
叫び声は反響し、やがて小さく消えていく。
ハグリッドはもう一度叫び声を上げた。

生徒は皆、息を殺して辺りの様子を窺っている。
ハグリッドがもう一度大きく息を吸い込んだ。
しかし、叫び声は上げなかった。

イチイの木の間の薄暗がりに、ぼんやり白く光る球体が浮かび上がっていた。





『……』





球体は見る見る大きくなっていく。
いや、近付いて来ているのだ。

イチイの木の間から首が伸びる。
ドラゴンのような顔。球体の正体は白く光る目だった。
続いて胴体が現れる。闇に紛れる程黒い、翼のある大きな胴体だ。

生徒達を見詰めている───ように見える。
真っ白な目はどこを見ているか分からない。
やがて牛の半身に口を突っ込み、食事を始めた。





「ハグリッドはどうしてもう一度呼ばないのかな?」





ロンが不思議そうに小声で言った。
不思議そうなのはロンだけではない。
大勢の生徒が辺りを見回していた。

この生き物───セストラルは、死を見た者だけが見えると言われている。
見えない者がいても当然である。
皆の反応からすると、むしろ見えない方が当然のようだ。
この場でセストラルが見えるのはハグリッド、ハリー、名前、ネビル、スリザリンの男子生徒、五人だけである。

しかし、牛の半身が肉を失っていくのは、少なくとも見えるはずだ。





「ほれ、もう一頭来たぞ。
さーて 、手を挙げてみろや。こいつらが見える者は?」





セストラルは二頭に増えて、肉は速度を増して消えていく。

ハリーは手を挙げた。
肉が減る様子を見ていた名前も、ゆっくりと手を挙げた。

ハグリッドはハリーを見てウンウン頷いた。





「うん……うん。お前さんにゃ見えると思ったぞ、ハリー。
そんで、お前さんもだな?ネビル、ん? そんで、」



「お伺いしますが、一体何が見えるはずなんでしょうね?」





嘲笑混じりのマルフォイの質問に、ハグリッドは牛の半身を指差す事で答えた。
全員一斉にそちらを見た。

息を呑む者、悲鳴を上げる者、固まる者、飛び退く者。
皆の驚きようは様々だった。





「何がいるの?何が食べているの?」



「セストラルだ。」





木の陰に隠れるパーバティへ、ハグリッドは得意げに答えた。
納得したようにハーマイオニーが「あっ!」と、小さな声を上げたのが聞こえた。





「ホグワーツのセストラルの群れは、全部この森にいる。そんじゃ、誰か知っとる者は?」



「だけど、それって、とーっても縁起が悪いのよ!
見た人にありとあらゆる恐ろしい災難が降りかかるって言われてるわ。トレローニー先生が一度教えてくださった話では、」



「いや、いや、いや。そりゃ、単なる迷信だ。
こいつらは縁起が悪いんじゃねえ。どえらく賢いし、役に立つ!もっとも、こいつら、そんなに働いてるわけではねえがな。重要なんは、学校の馬車牽きだけだ。後は、ダンブルドアが遠出するのに、『姿現わし』をなさらねえ時だけだな。
ほれ、また二頭来たぞ。」

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