10.-2


解説を中断してリーは歌声に耳を傾けた。
先程から途切れる事なく流れていた旋律だ。
それはリーの解説が止まると途端に大きく響き渡った。





♪ウィーズリーは守れない 万に一つも守れない
だから歌うぞ、スリザリン ウィーズリーこそ我が王者

♪ウィーズリーの生まれは豚小屋だ いつでもクアッフルを見逃しだ
おかげで我らは大勝利 ウィーズリーこそ我が王者





「───そしてアリシアからアンジェリーナにパスが返った。」





歌声を掻き消すように、リーは負けじと叫んだ。
歌声はスリザリンの観客席から沸き起こっていた。

動揺というよりは怒りでだろう。
ハリーの軌道が逸れてしまった。





「それ行け、アンジェリーナ───あとはキーパーさえ抜けば!───シュートしました───シュー───
ぁぁぁー……。」





スリザリンのキーパーはゴールを守った。
受け止めたクアッフルをワリントンに投げ渡す。
ワリントンはクアッフルを抱え込み、グリフィンドールのゴールポストへ飛んでいく。





♪ウィーズリーこそ我が王者 ウィーズリーこそ我が王者
いつでもクアッフルを見逃しだ ウィーズリーこそ我が王者





ハリーは空中で止まった。
ゴールポストの前にいるロンの方を見ているようだった。





「───そして、クアッフルはワリントンの手に。ワリントン、ゴールに向かう。ブラッジャーはもはや届かない。前方にはキーパーただ一人───」





♪ウィーズリーは守れない 万に一つも守れない……





「───さあ、グリフィンドールの新人キーパーの初勝負です。ビーターのフレッドとジョージの弟、そしてチーム期待の新星、ウィーズリー!
行けっ、ロン!」





ロンが腕を広げてクアッフルに飛び付く。
クアッフルは腕の隙間をすり抜けて、ゴールポストに飛び込んだ。
スリザリンから歓声が上がる。





「スリザリンの得点!一〇対〇でスリザリンのリード───運が悪かった、ロン。」





♪ウィーズリーの生まれは豚小屋だ いつでもクアッフルを見逃しだ……





「───そしてボールは再びグリフィンドールに戻りました。ケイティ・ベル、ピッチを力強く飛んでおります───」





♪おかげで我らは大勝利 ウィーズリーこそ我が王者……





アンジェリーナがハリーに向かって何事か叫んだ。
観客席の歓声や口笛に埋もれて何を言ったのかは分からないが、多分ハリーが動きを止めていたから叱責したのだろう。
ハリーは再び動き始めた。





♪ウィーズリーこそ我が王者 ウィーズリーこそ我が王者……





マルフォイもハリーも競技場を回り続けている。
二人共まだスニッチを見付けられていないようだ。





「───そして、またまたワリントンです。
ピュシーにパス。ピュシーがスピネットを抜きます。さあ、今だ、アンジェリーナ、君ならやれる───
やれなかったか───
しかし、フレッド・ウィーズリーからのナイス・ブラッジャー、おっと、ジョージ・ウィーズリーか。ええい、どっちでもいいや。兎に角どちらかです。そしてワリントン、クアッフルを落としました。そしてケイティ・ベル───
あ───
これも落としました───
さて、クアッフルはモンタギューが手にしました。スリザリンのキャプテン、モンタギューがクアッフルを取り、ピッチをゴールに向かいます。
行け、行くんだ、グリフィンドール、やつをブロックしろ!」





♪ウィーズリーは守れない……





「───さあ、モンタギューがアリシアを躱しました。そしてゴールにまっしぐら。止めるんだ!ロン!」





グリフィンドールの観客席から呻きが漏れた。
反対にスリザリンの観客席からは歓声と拍手が沸き起こる。
これで二〇対〇だ。

ハリーとマルフォイは素早く飛び回っている。
まだどちらもスニッチを探している。
その間にロンはまた二つゴールを許した。





♪だから歌うぞ、スリザリン ウィーズリーこそ我が王者……





「───さあ、ケイティ・ベルがピュシーを躱した。モンタギューをすり抜けた。いい回転飛行だ、ケイティ選手。そしてジョンソンにパスした。アンジェリーナ・ジョンソンがクアッフルをキャッチ。ワリントンを抜いた。ゴールに向かった。そーれ行け、アンジェリーナ───グリフィンドール、ゴール!
四〇対一〇、四〇対一〇でスリザリンのリード。そしてクアッフルはピュシーへ……」





歓声と共にどこからか猛獣が吠えるような声が上がった。
レイブンクローの観客席だ。
一部の生徒が一人生徒を中心に、耳を押さえて身を引くようにしている。
その一人の生徒、よく見るとルーナ・ラブグッドだ。
獅子頭の帽子を被っている。吠える声は彼女の帽子から上がったらしい。





「───ピュシーがワリントンにパス。ワリントンからモンタギュー、モンタギューからピュシーに戻す───
ジョンソンがインターセプト、クアッフルを奪いました。ジョンソンからベルへ。いいぞ───
あ、よくない───
ベルが、スリザリンのゴイルが打ったブラッジャーにやられた。ボールはまたピュシーの手に……」





♪ウィーズリーの生まれは豚小屋だ いつでもクアッフルを見逃しだ
おかげで我らは大勝利……





ハリーが急降下した。マルフォイが追い掛ける。
地面スレスレの所を滑るように進む。
ゴールポストの足元へ向かった時、ハリーは向きを変えてマルフォイと並んだ。
スピードを保ったまま右手をファイアボルトから離し、真っ直ぐ空中に───スニッチに向かって手を伸ばす。
その隣でマルフォイの腕も伸びた。

ハリーの手が握り拳に変わる。
マルフォイの手がその拳を引っ掻いた。
スニッチを捕えたのはハリーだった。

グリフィンドールの観客席が喜びに絶叫した。
ホッと肩の力を抜いたのも束の間、名前はハーマイオニーに飛び付かれた。
喜びではなく、恐怖によるものだった。






「危ない!」





ハリーの腰にブラッジャーが命中した。
スニッチを掴んだ瞬間、ハリー目掛けてクラッブがブラッジャーを打ち込んだのだ。

ハリーは押し出されるように箒から落とされた。
空中で体が反転し、背中側から地面に転落する。
まだ地面からそう離れていなかったのが幸いか。

マダム・フーチがホイッスルを鋭く吹き鳴らした。
観客席の彼方此方からの非難の声が上がる。
アンジェリーナが素早く地上に舞い降りた。





「ああ、ハリー……大丈夫かしら……。」





アンジェリーナがハリーを引っ張り起こしている。
ハリーは立ち上がり、マダム・フーチがクラッブの方へ飛んでいくのを、しっかり目で追っていた。





『無防備な状態で背中から落っこちた。外見では分からなくても、もしかしたら……』





「一メートルは一命取る」なんて標語がある。
たった一メートルの高さでも死亡事故に繋がるというものだ。
ハリーの場合は確実に一メートル以上ある。





「ナマエ、怖い事言わないで!」



『ごめん。』





空を見上げるハリー背後に、ドラコ・マルフォイ着地した。
マルフォイはハリーに何か話し掛けているようで、遠くからでも薄い唇が動いているのが見えた。
けれどハリーはマルフォイに背中を向けたまま、勝利を喜ぶチームの選手が降りてくるのを、ただじっと見上げていた。

降りてきた選手は次々とハリーを抱き締めたり、握手を交わしたりして栄誉を讃えている。
ロン一人はゴールポストの足下に降り、誰の顔も見ず、俯いて更衣室に向かって行く。





「何だか様子が変だわ。」





ロンの事では無い。いや、途中までハーマイオニーの目は独りぼっちのロンに向けられていたが。
けれどハリーの方を見てそう言ったのだ。

フレッドとジョージがハリーと握手をしていると、急にマルフォイを見た。
アンジェリーナがフレッドを押さえ付け、ハリーがジョージの腕を掴んだ。

マルフォイは嘲笑を浮かべて何事か捲し立て続けた。
フレッドにアンジェリーナが引き摺られ、押さえ付けるのにアリシアとケイティも加わった。





『……言い争いかな。』



「どうせ負け惜しみよ。」





ハーマイオニーはフンと鼻を鳴らした。
そして心配そうにマダム・フーチを見た。
マダム・フーチはクラッブを叱っている最中だ。





「でも、このままだとまずいわ。あの二人、誰か先生が止めないと……
……あっ!」





再び視線を向けた時、ハリーとジョージが二人がかりでマルフォイを滅多打ちにしていた。
マルフォイの悲鳴か、周囲の誰かの悲鳴か。
甲高い声が聞こえた。

マダム・フーチが気が付き、ホイッスルを吹き鳴らす。
それでもハリーとジョージは暴力を止めなかった。
耳に入らない状態だったのかもしれないし、聞こえていながら無視したのかもしれない。

マダム・フーチは二人に杖を向けた。
「妨害呪文」で二人は仰向けに倒れた。
残されたマルフォイの姿が現れる。
体を丸めて地上に転がり、泣いているようだった。





「ああ、なんてこと……。」





口元を手で覆い、ハーマイオニーは戦慄いた。

マダム・フーチに指示され、ハリーとジョージは競技場を出ていく。

遠くの放送席。
マクゴナガルが大急ぎで階段を降りて行くのが見えた。















夕食後。
競技場での騒ぎの後、どのような事があったのか。
談話室にロンを除いた選手達とハーマイオニー、名前が集まり、ハリーの口から事の顛末を聞いた。

マダム・フーチの指示で寮監の部屋へ向かい、マルフォイに対して何故暴力を振るったのか───ウィーズリーの両親、ハリーの両親を、ことごとく侮辱したのだと───マクゴナガルに説明しようとした。
そこへやって来たのがドローレス・アンブリッジだ。

アンブリッジは新しく出来た教育令───高等尋問官は、ホグワーツの生徒に関する全ての処罰、制裁、特権の剥奪に最高の権限を持ち、他の教職員が命じた処罰、制裁、特権の剥奪を変更する権限を持つものとする───これを元に、ハリーとジョージ、フレッドの三人を、クィディッチ終身禁止と命じたのだ。





「禁止。」





アンジェリーナがハリーの言葉を繰り返した。





「禁止。
シーカーもビーターもいない……一体どうしろって?」



「絶対不公平よ。クラッブはどうなの?ホイッスルが鳴ってからブラッジャーを打ったのはどうなの?
アンブリッジはあいつを禁止にした?」
アリシアが急き込んで言った。



「ううん。」
ジニーが惨めそうに小さく頭を振る。
「書き取りの罰則だけ。モンタギューが夕食の時にその事で笑っていたのを聞いたわ。」



「それに、フレッドを禁止にするなんて。何にもやってないのに!」
アリシアは拳で膝を叩いた。



「俺がやってないのは、俺のせいじゃない。
君達三人に押さえられていなけりゃ、あのクズ野郎、打ちのめしてグニャグニャにしてやったのに。」





ハリーは遠い眼差しを窓に向けた。

皆はスニッチの姿を追って宙を見詰めている。
ハリーが掴んだまま持ってきてしまったのだ。
クルックシャンクスが目を真ん丸にさせて、スニッチを追い掛けている。
ネスはクルックシャンクスの動きを目で追っている。

おもむろにアンジェリーナが立ち上がった。





「私、寝るわ。
全部悪い夢だったって事になるかもしれない……明日目が覚めたら、まだ試合をしていなかったって事に……」





アリシアとケイティが後に続いた。
それを皮切りに一人、また一人。
寝室へ引き上げていく。
暫くして談話室にいるのは、ハリーとハーマイオニー、名前の三人となった。





「ロンを見かけた?」





控え目な声でハーマイオニーが切り出した。
ハリーと名前は首を横に振る。





「私達を避けてるんだと思うわ。
どこにいると思───?」





三人の背後で軋む音が聞こえた。
見ると、ロンが談話室に現れた所だった。

着たままのユニフォームと髪の毛に雪を積もらせ、顔は血の気が無い。
目が合った。途端、怯えたように顔を強張らせる。
ピタリと動きを止めてしまった。

ハーマイオニーが立ち上がった。





「どこにいたの?」



「歩いてた。」
小さな声だ。



「凍えてるじゃない。こっちに来て、座って!」





俯いたままゆっくりと歩み寄り、ハリーから一番離れた椅子に腰掛けた。
名前は鞄に潜ませていた大判の膝掛けを取り出して、ロンの体を包むように肩へ掛ける。
ロンはボソボソとお礼らしき言葉を言ったが、決して顔を上げない。
誰の顔も見ようとしない。





「ごめん。」



「何が?」
ハリーが聞いた。



「僕がクィディッチが出来るなんて考えたから。
明日の朝一番でチームを辞めるよ。」



「君が辞めたらチームには三人しか選手がいなくなる。
僕は終身クィディッチ禁止になった。フレッドもジョージもだ。」



「ヒェッ?」





競技場での騒動も、その後の禁止令も、ロンは目にも耳にも入らなかったようだ。

二度も三度も話したい内容ではない。
説明はハーマイオニーが請け負った。

ロンはますます自責の念にかられたらしく、体を縮こまらせた。





「みんな僕のせいだ。」



「僕がマルフォイを打ちのめしたのは、君がやらせたわけじゃない。」



「僕が試合であんなに酷くなければ、」



「それとは何の関係もないよ。」



「あの歌で上がっちゃって、」



「あの歌じゃ、誰だって上がったさ───おい、いい加減にやめてくれ!
もう十分に悪い事ずくめなんだ。君が何でもかんでも自分のせいにしなくたって!」





それでもロンは落ち込んだまま、黙って足下を見詰めている。

不意にハーマイオニーは席を離れて窓際に立った。
雪で月も星も無い。辺りは山や川で光源も無い。
何も見えるはずが無いのだが、ガラス越しにじっと何かを見詰めている。

ロンが重々しく口を開いた。





「生涯で、最悪の気分だ。」



「仲間が増えたよ。」



「ねえ。
一つだけ、あなた達を元気づける事があるかもしれないわ。」



「へー、そうかい?」



「ええそうよ。
ハグリッドが帰ってきたわ。」





窓ガラスから目を離し、ハーマイオニーが振り返る。
満面に笑みを浮かべていた。

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