12.-2






「あのハグリッドの野獣をどう出し抜くか、もうわかったのかね。」



「で、でもセブルス……私は……」



「クィレル、我輩を敵に回したくなかったら、」



「ど、どういうことなのか、私には……」



「我輩が何がいいたいか、よくわかってるはずだ。」





そうスネイプが言い、それっきり、二人の間には長い沈黙が訪れた。

梟がホウ、と鳴く。





「……あなたの怪しげなまやかしについて聞かせていただきましょうか。」



「で、でも私は、な、何も……」



「いいでしょう。」
スネイプが遮る。



「それでは、近々、またお話することになりますな。もう一度よく考えて、どちらに忠誠を尽くすのかを決めておいていただきましょう。」





そう言って、スネイプはくるりと踵を返す。

二、三歩進んでから不意に立ち止まり、振り返った。





「ああ、言い忘れておりましたが。」





まだ何かあるのだろうか。

名前はスネイプの黒い背中辺りを見つめる。





「むやみやたらに生徒に近付くのはよしたほうがいい。
あの生徒は何も考えてないように見えるでしょうが、存外鋭い。
感付くかもしれませんぞ。」



「な、なんのことだか…」



「とぼけるおつもりですかな?あなたが常々ミョウジに熱い視線を送っているのは知っている。
生徒一人が消えたら周りも騒ぎ出すでしょう。教師として、こればかりは譲りようがありませんな。」



「……」



「此度の件、よく考えてもらいましょう。早々に答えをお聞かせ願いたい。それでは失礼。」





そう言って、スネイプはまたくるりと前を向いて足早に歩き始めた。

今度こそ、スネイプは振り返ることもなく去っていく。

フードを被った黒い背中は深い霧の中へ消えていく。
瞬く間に消えてしまった。
足音だけが遠ざかっていく。

クィレルは木の根元に一人取り残され、呆然としている。





『………』





ホウ、ホウ、と梟が鳴いた。

名前はハッとして我に返り、屈んだ体勢のまま後ずさる。

クィレルから見えない位置まで来ると、そっと体を起こし、忍び足でその場を離れた。

そうして距離をとった後に、全速力で走る。

地面から出ている木の根っこや切り株、生い茂った草木や濡れた地面に足をとられながら、森を出た。





『ッ…ハァ…ハァ…』





眼前にそびえ立つホグワーツに、名前は無意識に安堵する。

名前自身意識はしていないが、スネイプとクィレルの会話や禁じられた森の雰囲気は、少なからず精神的な影響を与えていたのだろう。

浅い呼吸を繰り返す。

だんだんと静まる胸に手を置いて、やっと落ち着いてきたようだった。

名前はぐるりと周りを見渡す。

辺りは既に暗い。

早く校内に戻った方が良さそうだ。





『………
(スネイプ先生…クィレル先生………いいひと…どっちも…でも…二人の話、よくわからない…)』





校内は静かだった。

皆夕食を終え、寮に戻っているのだろう。

名前一人分だけの足音が、廊下に響く。





『(クィレル先生は、俺を見ているらしい…何でだろう…)』





すぐぼんやりしてしまう頭を必死に働かせ、二人の会話を思い出す。





『(まず…クィレル先生は、あまり喋らなかった)』





右手の人差し指で、指折り確認しつつ考える。

始終怯えていたようだったが、スネイプに半ば脅されたような形だったから、怯えても仕方ない話かもしれない。

しかし、クィレルは
「なんで、よりによって、こんな場所で」
と言っていた。

何故クィレルが禁じられた森にいたのか。
何故"よりによって"と言ったのか。

それではまるで、クィレルが後ろめたいことをしていて、それをスネイプが知っているようではないか。

名前は首を傾げる。





『……(……スネイプ先生は…)』





とりあえずクィレルの事は置いておき、次はスネイプの言葉を思い出す。

首を傾けて右斜め上を見つめる。

名前の考えるときの癖だった。





『("賢者の石"を、生徒に知られたくない…ハグリッドの野獣…が守っているのは、たぶん、それ……)』





いつの間にか寮に着いた。

談話室はどんちゃん騒ぎだ。

クィディッチの試合に勝ったからだろう。

しかし、名前は真っ直ぐ自室に戻り、シャワーを浴びる準備をする。





『(……クィレル先生の、怪しげなまやかし…なんだろう)』





脱衣場で服を脱ぐ。

そこかしこに泥がついていた。

洗濯カゴに放り込み、風呂場に入る。

熱いお湯を頭から浴び、シャンプーの入ったポンプを押す。

手のひらに垂らして泡立てた。





『(……どちらに、忠誠……)』





頭を擦る手を止める。

シャボン玉が弾けた。

"どちらに忠誠を尽くすのか"とスネイプは言っていた。

"どちら"の一方がダンブルドアだと仮定する。
魔法界では偉大だと有名だし、何よりこの学校の校長だから、そう仮定することにした。

だが、そうだとして、もう片方は誰だと言うのだろう。

そしてスネイプは、どちら側なのだろう。

あっちか、こっちか。

あっちだとしたら…?

眉間に力がこもる。

頭を振って、その考えを無くした。

シャンプーが辺りに飛び散る。

スネイプが敵だとは、名前は考えたくなかった。
クィレルが敵だとも、もちろん考えたくない。

しかし、どちらかが裏切ろうとしているのは確かなことだろう。





『(…スネイプ先生は、クィレル先生には"近づくな"…って、言っていた…………それに…)』





去り際、スネイプは意味深なことを言っていった。

苗字には近付くな、と。

はっきり口にしていたものだから、名前は
「まさかクィレル先生は、自分に何かするつもりなんだろうか?」
と思ってとても驚いた。

「えーっ」と叫びたいくらいだった。

実際は驚きすぎて固まっていたのだが。

盗み聞きがバレてしまうので好都合だったかもしれない。





『(スネイプ先生……クィレル先生……)』





会話の流れとあの状況からして、悪役はスネイプだ。

しかし最後の捨て台詞と、前聞いた"クィレルには近付くな"という言葉のせいで、はっきり断言できない。

だが、"ハグリッドの野獣をどう出し抜くか"とか、ハリーを妙に嫌っていて、前回のクィディッチの試合中、ハリーの箒がおかしくなったことを思い出すと、悪役寄りに思えてしまう。

名前は固く目を瞑って考える。

ひたすら考える。





『………ねむ、い。』





ふあ、とあくびが出た。

シャンプーを再開し、考えることをやめる。

とりあえず、スネイプもクィレルも灰色なことには変わりはない。

それに、二人だけがこの話に関わっているわけではないかもしれない。

そもそも、自分の考えすぎなのかもしれない。

可能性はいくらでもある。
だからいくら考えても仕方ない。

全ての考えを放棄しそう決断した。

ぶっちゃけ名前は「まあいいや」と思ったのだ。

珍しく考えに耽ったせいか、名前はとても眠かったからである。

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