09.-1


深夜の衝撃的なホラー体験について意見を交わすのに「呪文学」の授業は最適だ。
何せ常時物が動き音を立てているのだから。

今日は「黙らせ呪文」の練習台にウシガエルとワタリガラスが用意され殊更に騒がしい。
しかも外は土砂降りの雨で、教室の窓を雨風が叩きつけている。





「アンブリッジはあなたの手紙を読んでたのよ、ハリー。それ以外考えられないわ。」



「アンブリッジがヘドウィグを襲ったと思うんだね?」



「恐らく間違いないわ。
あなた、ほら、カエルが逃げるわよ。」



「アクシオ!」





ハリーがウシガエルに杖を向けて唱えた。
今にもテーブルから飛び下りようとしていたウシガエルは、瞬く間にハリーの手へ吸い寄せられる。





「フィルチが、糞爆弾の注文の事であなたを咎めてから、私、ずっとこうなるんじゃないかって思ってたのよ。だって、まるで見え透いた嘘なんだもの。
つまり、あなたの手紙を読んでしまえば、糞爆弾を注文してない事は明白になったはずだから、あなたが問題になる事は無かったわけよ。すぐにばれる冗談でしょ?
でも、それから私、考えたの。誰かが、あなたの手紙を読む口実が欲しかったんだとしたら? それなら、アンブリッジにとっては完璧な方法よ。
フィルチに告げ口して、汚れ仕事はフィルチにやらせ、手紙を没収させる。それから、フィルチから取り上げる方法を見付けるか、それを見せなさいと要求する───
フィルチは異議を申し立てない。生徒の権利の為に頑張った事なんか無いものね?
ハリー、あなた、カエルを潰しかけてるわよ。」





鳴き声を上げる事も出来ないくらい強く握り締めていたらしい。
ハリーが慌ててウシガエルを机に放すと、再びゲロゲロ鳴き始めた。





「昨夜は、ほんとに、ほんとに危機一髪だった。
あれだけ追い詰めた事を、アンブリッジ自身が知っているのかしら。『シレンシオ』。」





ハーマイオニーの呪文を受けたウシガエルは、突然ピタリと鳴き声が止む。





「もしアンブリッジがスナッフルズを捕まえていたら、たぶん今朝、アズカバンに送り返されていただろうな。」





ハリーが杖を振ると、ウシガエルが風船のように膨れ上がり、高い声で鳴いた。
ハーマイオニーが急いで杖を向けて呪文を唱える。
ウシガエルは黙って元通り萎んだ。





「兎に角、シリウスは、もう二度とやってはいけない。それだけよ。ただ、どうやってシリウスにそれを知らせたらいいか分からない。梟は送れないし。」



「もう危険は冒さないと思うけど。それほどバカじゃない。あの女に危うく捕まりかけたって、分かってるさ。シレンシオ。」





ロンがワタリガラスに杖を向けて呪文を唱えた。
ワタリガラスはカーと鳴いた。





「黙れ! シレンシオ!」
一層大きく鳴いた。



「あなたの杖の動かし方が問題よ。
そんなふうに振るんじゃなくて、鋭く突くって感じなの。」



「ワタリガラスはカエルより難しいんだ。」



「いいわよ。取り替えましょ。」





ロンのカラスとウシガエルを交換する。
ハーマイオニーがワタリガラスに杖を向けて呪文を唱えると、鳴き声はピタリと止んだ。





「大変よろしい、Ms.グレンジャー!」





フリットウィックが現れた。
ハリーとロン、ハーマイオニーが飛び上がる。
名前は本とノートから顔を上げただけで、そこまで驚いた様子は無かった。
まあ、普段から無表情だが。





「さあ、Mr.ウィーズリー、やってごらん。」



「な───?あ───ァ、はい。えー───シレンシオ!」





鋭く突き過ぎて、ロンの杖先がウシガエルの片目に命中した。
悲鳴のような鳴き声を上げてテーブルから飛び降りる。





「Mr.ミョウジ。君はどうかな?」



『やってみます。』





名前はワタリガラスに杖を向けた。
ずっと参考書とノートを読み耽っていたので、これが一度目の挑戦だ。
しかし一発で成功させてしまい、ハリーとロンだけが「黙らせ呪文」の追加練習をするという宿題を出された。

雨は激しくなる一方だった。
こんな大雨の中生徒達を放り出す事は流石にしない。
休憩時間を校内で過ごす事を許され、四人は二階の教室に向かった。

どこの教室も混み合ってはいたが、この教室にはピーブズが現れていたせいか空席があった。
ピーブズの魔の手から逃れつつ、見付けた席に座ろうとすると、アンジェリーナが生徒の群れを掻き分けて生き生きと近付いて来た。





「許可をもらったよ!
クィディッチ・チームを再編成できる!」



「やった!」
ロンとハリーが叫んだ。



「うん。
マクゴナガルのところに行ったんだ。多分、マクゴナガルはダンブルドアに控訴したんだと思う。兎に角、アンブリッジが折れた。ざまみろ!
だから、今夜七時に競技場に来てほしい。ロスした時間を取り戻さなくっちゃ。
最初の試合まで、三週間しかないって事、自覚してる?」





そう言ってアンジェリーナは来た時と同様、ピーブズの放つインクつぶてを躱しながら、生き生きとした足取りで立ち去った。
インクつぶてが当たった一年生が慌てている。

ロンが窓の外へ目を遣った。
雨風の影響で景色が霞んでいる。





「やめばいいけど。
ハーマイオニー、どうかしたのか?」





ハーマイオニーは顔を顰め、窓の外を見詰めていた。
しかし意識は目の前にある景色ではなく、どこか別のところへ向いているようだった。





「ちょっと考えてるの……。」



「シリ───スナッフルズの事を?」
ハリーが尋ねた。



「ううん……ちょっと違う……。むしろ……もしかして……私達のやってる事は正しいんだし……考えると……そうよね?」





男三人は顔を見合わせた。
支離滅裂な話で要領を得ない。





「なるほど、明確なご説明だったよ。
君の考えをこれほどきちんと説明してくれなかったら、僕達気になってしょうがなかったろうけど。」





ロンがそう言うと、ハーマイオニーはロンを見た。
存在を初めて認識したような目付きだ。
再びハーマイオニーが口を開くと、普段のしっかり芯が通った調子に戻っていた。





「私がちょっと考えていたのは、
私達のやっている、『闇の魔術に対する防衛術』のグループを始めるという事が、果たして正しいかどうかって事なの。」



「えーッ?」
ハリーとロンが叫んだ。



「ハーマイオニー、君が言いだしっぺじゃないか!」
ロンが怒った。



「分かってるわ。」
ハーマイオニーは指をもじもじさせた。
「でも、スナッフルズと話した後で……」



「でも、スナッフルズは大賛成だったよ。」
ハリーが言った。



「そう。そうなの。だから却って、この考えが結局間違っていたのかもしれないって思って……。」





頭上にピーブズが腹這いになって浮かび、インク入りの鉄砲を構えていた。
四人は鞄を頭の上に持ち上げる。
次の標的を探しにピーブズが通り過ぎると、鞄を床の上に下ろした。
ピーブズからハーマイオニーに視線を戻し、ハリーが怒ったように言った。





「はっきりさせようか。
シリウスが賛成した。だから君は、もうあれはやらない方がいいと思ったのか?」





ハーマイオニーは緊張した顔で自分の両手を見詰めていた。
自ら計画して行動した事を後悔するというのも、ハーマイオニーにしては中々珍しい出来事だったが。
昨年はシリウスを頼りにしていたのに、この短期間でどのような心境の変化があったのだろう。





「本気でシリウスの判断力を信用してるの?」



「ああ、信用してる!
いつでも僕達に素晴らしいアドバイスをしてくれた!」





ハリーの答えを聞いた後暫く、ハーマイオニーは黙り込んだ。

インクのつぶてがケイティ・ベルの耳に当たった。
椅子を弾き飛ばす勢いでケイティが立ち上がり、ピーブズへ手当たり次第に物を投げ付ける。
ピーブズはケラケラ笑って、空中を泳ぐように避けている。





「グリモールド・プレイスに閉じ込められてから……シリウスが……ちょっと……無謀になった……そう思わない?
ある意味で……こう考えられないかしら……私達を通して生きているんじゃないかって?」



「どういう事なんだ?『僕達を通して生きている』って?」
ハリーが尋ねた。



「それは……つまり、魔法省直属の誰かの鼻先で、シリウス自身が秘密の防衛結社を作りたいんだろうと思うの……
今の境遇では、殆ど何も出来なくて、シリウスは本当に嫌気がさしているんだと思うわ……
それで、なんと言うか……私達をけしかけるのに熱心になっているような気がするの。」




「シリウスの言う通りだ。
君って、ほんとにママみたいな言い方をする。」





戸惑ったようにロンがそう言うと、ハーマイオニーは唇を噛み、そのまま黙り込んだ。
背後でピーブズがケイティに襲いかかる。
インク瓶を引っくり返して頭に撒き散らすと同時、始業ベルが鳴り響いた。

夜七時。雨は振り続けている。
降り頻る雨の中、ハリーとロンはクィディッチの練習へ向かった。
残された名前とハーマイオニーはというと、談話室の暖炉前に集まっている。
いつもの肘掛椅子だ。当然ネスとクルックシャンクスも一緒である。
クィディッチ練習の為に選手がいなくなると、談話室は幾分閑散とした。





『……』





「魔法薬」のレポートを進める手を止め、参考書に手を伸ばす。
ふと気が付くと、向かいに座るハーマイオニーが此方をじっと見ていた。
ハーマイオニーの顔の横で、休み無く編み棒が動いている。





『何か間違ってる。』



「あ、……ううん。レポートは大丈夫。」



『……
どうしたの。』



「うん……。」





曖昧な返事だ。
まだ此方を凝視している。
ペンスタンドに羽根ペンを置いて、名前はハーマイオニーに向き直る。





『昼の事。』



「ううん……ああ……それも考えてるけど。……でも違う。
あなたの事。」



『……』





名前は目をパチパチさせた。
首を傾げる。





『おかしな夢は見ていないよ。』



「そう……それは良かったわ。……うーん。でも……
私が考えてたのは、そうじゃないの。」



『……』



「ナマエは……まだ……ふと思い立ったんだけれど……
まだ、気にしているわよね。スネイプの事。」





ハーマイオニーは名前のレポートに視線を落とした。
書きかけの「魔法薬」のレポートだ。
これを見て連想したのだろう。





「私、あれからあなたの事をよく見るようにしていたのよ。だって心配だったんですもの。
そうしたら、ナマエもそうだけど、意外とスネイプの方も此方を見ている事が多いのね。まあ、主にハリーかもしれないけど。」



『……』



「それでね……私、授業の時も見ていたわ。それで……
……ナマエはスネイプの事をよく見てる。
食事の時は分かるわ。だってそれが指摘された事だし、見られているし。でもそれ以外でも、廊下で擦れ違う時とか、階段でちょっと見掛けた時とか、あなたは気にしてる。
それって、どうしてかしら。」



『そんなに……見てるかな。』



「見てるわよ。」





名前は視線を右斜め上に向けた。
考えてみているようだ。
しかし記憶に無いのか自覚が無いのか、首を傾げるだけだ。





「私、解決すべきだと思う。だってもう一ヶ月近くそんな調子なのよ。
注意された他に、きっと何か理由があるはずだわ。」



『……』
確かに理由がある。父親の事とか……。



「それでね、私、考えたんだけれど。」





ハーマイオニーは自説を準備していたらしい。
早速話を続けた。
ネスが興味深そうに此方を見ている。





「前に私、あなたに聞いたわよね。スネイプに対して嫌な感情が無いみたいだもの。そうでしょう?って。そうしたらナマエは頷いてた。
それでさっきの話では、ナマエはスネイプを目で追ってる事に対して、自覚が無かったわね。」



『……』
頷く。



「誰かを目で追うって事は、普通はね、気になる人にやるものなの。それも好意を抱いた人に。
まあ、嫌いな人には出来ない事よね。だって、見ないようにするのが普通じゃない。
でもその自覚が無いって、相当じゃない?」



『……』



「だから、つまりね。
あなたは相当スネイプが好きって事よ。」



『……
俺は男だよ。』



「見れば分かるわよ。」



『……』



「でもすぐに恋愛へ結び付けるのなら、案外そうかもしれないわ。後は、そうね。憧れかしら?
まあ確かにね。技術は認めざるを得ないわ。
ナマエ、誰かを好きになった事は無いの?」



『うーん…………
ハーマイオニーの事は好きだよ。ハリーとロンも好き。マクゴナガル先生も、』



「そうじゃないでしょ。」
ピシャリと言う。


『……』
縮こまる。



「いいわ。恋をした事が無いって分かったから。
兎に角、私は解決すべきだと思うの。まずはその気持ちがどういう意味か調べましょう。」



『どういう意味か……。』
首を傾げる。



「好きだって事は明らかだわ。
その好きがどういう好きか、調べるのよ。」



『そんなにいくつも、』



「あるの。いっぱいある。」



『……
何をするんだ。』



「そんなに難しくないのよ。その人の事を考えるとドキドキするとか、触れたいとか、独占したいとか。
そういった事を思うかどうかよ。」



『……』



「今すぐ答えなくてもいいわ。私が言った事を自覚をして、実際に接してみてちょうだい。
それでどう思ったか、私に教えて。いい?その結果で今後どうするか考えるから。
ああ、ハリーとロンには黙っておいて、私達二人だけの秘密にしておきましょう。これはデリケートな問題よ。」





まるでハリーとロンはデリカシーが無いと言っているようだが、名前は頷く。
スネイプ関連の話題になると、大抵二人は良い顔をしない。



ハーマイオニーは自分の考えに随分自信がありそうだった。
しかし残念ながら名前は既に答えを導き出している。

名前がスネイプを意識するのは「後ろめたさ」に起因する。
しかしながら、全くの的外れというわけでもないのだろう。

勿論名前の性格も関係があるだろうけど、少なからず好意を抱いているからこそ気が咎めるのだ。
まあ名前の場合、敵意や悪意を抱く方が珍しい。





『……』





何はともあれ、何故好意を抱くのか。
その理由を探すのは良い考えかもしれない。
考えに集中すれば、緊張や自覚の無い視線も多少は改善されるかもしれないからだ。

レポートを書き終えて読書に勤しむ。
しっかり読んでいるかどうかは分からないが、傍目にはそう見えた。

途中でクィディッチ練習を終えた生徒が戻って来たが、ハリーとロンの姿が無い。
名前は二人を待つつもりでいたが、ハーマイオニーは編み物を切り上げ、おやすみの挨拶をして女子寮へ戻っていった。
ハーマイオニーが座っていた後にはクルックシャンクスが残され、丸まって寝ている。





『……』





夜も更けて談話室には名前だけだ。
いや、ネスとクルックシャンクスも一緒だが。

ネスは肘掛部分を横歩きに移動すると、にゅっと首を伸ばし、名前が読んでいる本のアルファベットを嘴でトントン指した。





───本当にスネイプが好きなのですか





あんな話を聞いていたのだから気になるのも当然である。
名前は首を傾げた。
「好き」はいっぱいあるのだとハーマイオニーに教えられたばかりだ。
クィレルがどの「好き」を指しているのか分からない。
けれど「好き」な事には変わりない。
首を元通り真っ直ぐにしてから、名前は頷く。
ネスは項垂れた。





───すみません。君にあの話をしたのは軽率でした
───私が君の父親の話を出さなければ、君は今まで通りでいられた
───君がそんなに気に病むとは思わなかった



『……』



───あれは私の憶測です。セブルスの口から聞いた話ではない。だからどうか気にせずに



『……
あながち間違いでは無いと思います。』





誰もいない談話室を見回してから、暖炉の薪を凝視する。
それから、名前は静かにそう言った。
ネスは名前を見上げる。
そしてまたアルファベットを突つく。





───何故



『父の名前を呼んだ事があります。』



───いつ



『三年生の時です。その時スネイプ先生は意識が朦朧としている状態でした。それで、俺を見て、父の名前を呼んだのです。』





背後で物音が聞こえた。
振り向くと、ロンとハリーが談話室に入ってきたところだった。





『おかえり。』



「あ、うん。ただいま。ハーマイオニーは?」



『寝た。』



「あ、そう……。」



「ナマエ、今、誰かと話してた?」



目を逸らす。
『ネスと……』



「……ああ、そうなんだ。」





名前は前々からネスに話し掛けていたから、知っている者にとってはそう珍しい事でもない。
答える時に目を逸らしはしたが、恥ずかしがっているのだろうと認識したようだ。

声を聞いた程度で話の内容までは聞いていないのだろう。
ハリーとロンは肘掛椅子に座り、鞄から宿題を取り出していた。
追求されずに済み、名前とクィレルは肩の力を抜いた。

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