08.-2


「最初は『闇の魔術に対する防衛術』の職に応募したのでしたわね?」



「左様。」



「でもうまくいかなかったのね?」



「ご覧の通り。」





ロンが噴き出した。
すぐに咳払いをしてごまかしている。





「そして赴任して以来、あなたは毎年『闇の魔術に対する 防衛術』に応募したんですわね?」



「左様。」



「ダンブルドアが一貫してあなたの任命を拒否してきたのは何故なのか、お分かりかしら?」



「本人に聞きたまえ。」



「ええ、そうしましょう。」



「それが何か意味があるとでも?」



「ええ、ありますとも、ええ、魔法省は先生方の……
あー……背景を、完全に理解しておきたいのですわ。」





会話が途切れ、足音が離れていく。
アンブリッジは誰か生徒に授業について質問を始めた。

大股の足音が近付いてくる。
随分近くでピタリと止まる。





「さて、またしても零点だ。ポッター。
レポートを書いてくるのだ。この薬の正しい調合と、いかにして、また何故失敗したのか、次の授業に提出したまえ。分かったか?」



「はい。」





二人の声はどちらも不機嫌そうで低い。
これはもしかしたらアンブリッジに軍配が上がったかもしれない。
通り過ぎざまに見もせずにロンの頭を引っ叩いたスネイプの行動から鑑みるに、相当腹に据え兼ねている。





「『占い学』をサボろうかな。」





昼食を終えて中庭でのんびりしていると、ハリーは唐突にそう言った。





「仮病を使って、その間にスネイプのレポートをやる。そうすれば、真夜中過ぎまで起きていなくて済む。」



『起きてなくていいように手伝うよ。』



「ナマエったら、また甘やかして……。
いい、ハリー。『占い学』をサボるのはだめよ。」



「何言ってんだい。『占い学』を蹴ったのはどなたさんでしたかね?トレローニーが大嫌いなくせに!」



「私は別に大嫌いなわけではありませんよ。
ただ、あの人は先生として全くなってないし、ほんとにインチキ婆さんだと思うだけです。
でも、ハリーはさっき『魔法史』も抜かしてるし、今日はもう他の授業を抜かしてはいけないと思います!」





三十分後。ハリーは「占い学」の教室にいた。
ハーマイオニーの言葉が正論だった為に無視出来ず、けれどムスッと顔を顰めている。
しかしトレローニーが荒々しく歩み寄り、目の前の机に「夢のお告げ」の本を叩き付けると、瞬時に驚きの表情へ変わった。
普段ならば幽霊のようにスーッと音も立てずに近寄ってきて、壊れ物でも扱うかのように本を置く。
けれどトレローニーは次にシェーマスとディーンに本を放り投げ、最後にネビルの胸に押し付けた。





「さあ、おやりなさい!やる事はお分かりでございましょ!
それとも、何かしら、あたくしがそんなにダメ教師で、皆様に本の開き方もお教えしなかったのでございますの?」





そうヒステリックに叫んで、トレローニーは自分の椅子に戻った。
皆、声を呑んでトレローニーを見詰めた。
それから互いの目を見交わす。

ハリーは二人の方へ顔を寄せた。





「査察の結果を受け取ったんだと思うよ。」



「先生?」
パーバティ・パチルがおずおずと尋ねた。
「先生、何か……あの……
どうかなさいましたか?」



「どうかしたかですって!そんな事はございません!
確かに、辱めを受けましたわ……
あたくしに対する誹謗中傷……いわれのない非難……
でも、いいえ、どうかしてはいませんことよ。絶対に!」





怒りか悔しさか。
トレローニーは小刻みに震えていた。
眼鏡の下から涙が滝のように伝い落ちていく。





「あたくし、何も申しませんわ。
十六年のあたくしの献身的な仕事の事は……
それが、気付かれる事なしに過ぎ去ってしまったのですわ……
でも、あたくし、辱めを受けるべきではありませんわ……ええ、そうですとも!」



「でも、先生、誰が先生を辱めているのですか?」



「体制でございます!
そうでございますとも。心眼で『視る』あたくしのようには見えない、あたくしが『悟る』ようには知る事の出来ない、目の曇った俗人達……
勿論『予見者』はいつの世にも恐れられ、迫害されてきましたわ……
それが───
嗚呼───
あたくし達の運命。」





唾を飲み込み、ショールの端で涙を拭う。
袖の中から刺繍で縁取られたハンカチを取り出し、勢い良く鼻をかんだ。
その音の大きさにロンが笑うと、ラベンダーが睨み付けた。





「先生。それは……つまり、アンブリッジ先生と何か?」



「あたくしの前で、あの女の事は口にしないでくださいまし!」





そう叫ぶ同時に立ち上がる。
その勢いにビーズがジャラジャラ鳴った。





「勉強をどうぞお続けあそばせ!」





生徒は本を開いたが、勉強に集中するのは難しかった。
トレローニーが生徒の間を忙しなく歩き回りながら、絶えず頬に涙を伝わせ、ブツブツと呪詛のような言葉を呟いているからである。





「……むしろ辞めた方が……この屈辱……停職……どうしてやろう……あの女よくも……」





次の授業は「闇の魔術に対する防衛術」だ。
教室でハーマイオニーと合流した時、席に着いてから、ハリーはヒソヒソ言った。





「君とアンブリッジは共通点があるよ。アンブリッジも、トレローニーがインチキ婆さんだと考えてるのは間違いない。
……どうやらトレローニーは停職になるらしい。」





アンブリッジが教室に入ってきた。
教壇に立って生徒の顔を見回す。
上機嫌な笑顔を浮かべて、歌うように挨拶した。





「皆さん、こんにちは。」



「こんにちは、アンブリッジ先生。」



「杖をしまってください。
『防衛術の理論』の三十四ページを開いて、第三章『魔法攻撃に対する非攻撃的対応のすすめ』を読んでください。それで───」



「───おしゃべりはしないこと。」



『……』





ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が、小さな声で真似をした。

その日の夜。
夕食を終えて談話室に戻ると、見るからに元気の無いアンジェリーナが出迎えた。





「クィディッチの練習は無し。」



「僕、癇癪を起こさなかったのに。
僕、あいつに何にも言わなかったよ、アンジェリーナ。嘘じゃない、僕、」



「分かってる。分かってるわよ。
先生は、少し考える時間が必要だって言っただけ。」



「考えるって、何を?スリザリンには許可したくせに、どうして僕達はダメなんだ?」



「まあね。明るい面もあるわよ。
少なくとも、あなた、これでスネイプのレポートを書く時間が出来たじゃない!」



「それが明るい面だって?
クィディッチの練習がない上に、魔法薬の宿題のおまけまでついて?」





いくら文句を言ったところで練習は無いし、宿題はやらなければならない。
暖炉前の肘掛椅子を四人で占拠して宿題に取り掛かる。
しかし今夜の談話室は、宿題に集中するのに不向きな環境だった。
フレッドとジョージが「ずる休みスナックボックス」を一つを完成させたのだ。
二人交互に自ら完成品の実演をして見せている。

フレッドがオレンジ色の物体の端を噛む。
直後、事前に用意していたバケツへ滝の如く嘔吐する。
紫色の物体の端を飲み込むと、嘔吐はピタリと止まる。
リー・ジョーダンが時々、バケツに溜まった吐瀉物を「消失」させていた。

実演と歓声、予約を取る声が何度も繰り返し聞こえてくる。
気に入らない様子で、時折ハーマイオニーが大きく鼻を鳴らした。





「行って止めればいいじゃないか!」
ハリーが苛々言った。



「出来ないの。あの人達、規則から言うとなんら悪い事をしていないもの。
自分が変なものを食べるのは、あの人達、規則の範囲内だわ。
それに、他のおバカさん達が、そういう物を買う権利がないっていう規則は見当たらない。何か危険だという事が証明されなければね。
それに、危険そうには見えないし。」





今度はジョージが嘔吐している。
紫色の物体の端を噛むと元気に立ち直る。
両手を広げて笑って見せると、見物人は盛大な拍手を送った。





「ねえ、フレッドもジョージも、OWLで三科目しか合格しなかったのはどうしてかなあ。」





実演の方を見ながらハリーはそう言った。
予約殺到で見物人が金貨を差し出して、フレッドとジョージ、リーの三人が集めている。





「あの二人、本当にできるよ。」



「あら、あの人達に出来るのは、役にも立たない派手なことだけよ。」



「役に立たないだって?
ハーマイオニー、あの連中、もう二十六ガリオンは稼いだぜ。」





予約受付が終わるまで暫くかかり、それから、フレッド、ジョージ、リーが儲けを集計するのにもっとかかった。
集めた金貨を箱に詰めてジャラジャラさせながら、三人はようやく男子寮へ引き上げる。

真夜中過ぎ。
やっと談話室にいる者は、名前達四人だけになった。





『……』





欠伸をもらす。しかし眠るわけにはいかない。
今夜はシリウスが現れる予定だ。
談話室には名前達四人だけになったし、そろそろ現れる頃だろう。

ハリーが宿題を片付け始めた。
羊皮紙は殆ど空白で進んでいない様子だったが、今夜は諦める事にしたようだ。





「シリウス!」





肘掛椅子で船を漕いでいたロンが突然声を上げた。
暖炉の炎にシリウスの生首が現れていた。
目が合うとにっこり笑い掛けてくれた。





「やあ。」





四人は挨拶を返し、暖炉マットに座る。
肘掛け部分にいたネスが名前の肩へ移動し、クルックシャンクスは喉を鳴らしながら暖炉へ近付いた。





『シリウスさん。長居はしない方がよさそうです。
ヘドウィグが負傷しました。見張られている可能性があります。差し出がましいようですが……。』



「ああ、注意しているとも。必要な事を話したら引っ込むさ。」





ハーマイオニーはクルックシャンクスを手元に戻した。
放っておけば火に突っ込んでいた事だろう。





「それで、どうだね?」



「まあまあ。」
ハリーが言った。
「魔法省がまた強引に法律を作って、僕達のクィディッチ・チームが許可されなくなって」



「または、秘密の『闇の魔術防衛』グループがかい?」





暫しの沈黙。
四人は目を見交わし、再びシリウスを見る。





「どうしてその事を知ってるの?」
ハリーが尋ねた。



「会合の場所は、もっと慎重に選ばないとね。
選りに選って『ホッグズ・ヘッド』とはね。」
シリウスはいたずらっぽく笑った。



「だって、『三本の箒』よりはましだったわ!
あそこはいつも人がいっぱいだもの。」



「という事は、その方が盗み聞きするのも難しいはずなんだがね。
ハーマイオニー、君もまだまだ勉強しなきゃならないな。」



「ナマエの不安が的中したな。」
ロンが呟いた。



「誰が盗み聞きしたの?」
ハリーが尋ねた。



「マンダンガスさ、勿論。
ベールを被った魔女があいつだったのさ。」



「あれがマンダンガス?『ホッグズ・ヘッド』で、一体何をしていの?」
ハリーが驚いて問い詰めた。



「何をしていたと思うかね?
君を見張っていたのさ、当然。」



「僕、まだ追けられているの?」
ハリーはちょっと怒っている様子だ。



「ああ、そうだ。
そうしておいて良かったというわけだ。週末に暇が出来た途端、真っ先に君がやった事が、違法な防衛グループの組織だったんだから。」





台詞の割にシリウスは、誇らしげな目でハリーを見詰めた。





「ダングはどうして僕達から隠れていたの?会えたらよかったのに。」
ロンは不満そうだ。



「あいつは二十年前に『ホッグズ・ヘッド』 出入り禁止になった。
それに、あのバーテンは記憶力がいい。スタージスが捕まった時、ムーディの二枚目の『透明マント』も無くなってしまったので、ダングは近頃魔女に変装する事が多くなってね……」
チラリと名前を見る。



『……』
名前は無表情だったが、談話室のドアや窓を気にして落ち着きが無い。



シリウスは短い溜め息を吐いた。
「それはともかく……
まず、ロン───君のお母さんからの伝言を必ず伝えると約束したんだ。」



「へえ、そう?」
ロンは不安そうだ。



「伝言は、
『どんな事があっても違法な『闇の魔術防衛』グループには加わらない事。きっと退学処分になります。あなたの将来がめちゃめちゃになります。もっと後になれば、自己防衛を学ぶ時間は十分あるのだから、今そんな事を心配するのはまだ若すぎます』
という事だ。それから、
ハリーとナマエ、ハーマイオニーへの忠告だ。ナマエ、聞いているか?グループをこれ以上進めないように。
もっとも、この三人に関しては、指図する権限がない事は認めている。ただ、お願いだから、自分は二人の為によかれと思って言っているのだという事を忘れないように、とのことだ。
手紙が書ければ全部書くのだが、もし梟が途中で捕まったら、皆がとても困る事になるだろうし、今夜は当番なので自分で言いに来ることが出来ない。」



「何の当番?」
ロンが聞いた。



「気にするな。騎士団の何かだ。
そこで私が伝令になったというわけだ。私がちゃんと伝言したと、母さんに言ってくれ。どうも私は信用されていないのでね。」





再び沈黙が訪れた。
ハーマイオニーの腕の中にいたクルックシャンクスがジタバタ暴れている。
ついにニャアと鳴いて、シリウスの方へ手を伸ばした。





「それじゃ、僕が防衛グループには入らないって、シリウスはそう言わせたいの?」





いじけたようにロンが言った。
暖炉マットの穴を見詰めいじっている。





「私が?とんでもない!
私は、素晴らしい考えだと思っている。」



「ほんと?」
ハリーの声が明らかに高くなった。



「勿論、そう思う。
君の父さんや私が、あのアンブリッジ鬼ばばぁに降参して言うなりになると思うのか?」



「でも……先学期、おじさんは、僕に慎重にしろ、危険を冒すなってばっかり……」



「先学年は、ハリー、誰かホグワーツの内部の者が、君を殺そうとしてたんだ!
今学期は、ホグワーツの外の者が、私達を皆殺しにしたがっている事は分かっている。だから、しっかり自分の身を護る方法を学ぶのは、とてもいい考えだと思う!」



「そして、もし私達が退学になったら?」



「ハーマイオニー、全ては君の考えだったじゃないか?」
ハリーはハーマイオニーを見た。



「そうよ。ただ、シリウスの考えはどうかなと思っただけ。」
ハーマイオニーは肩を竦めた。



「そうだな、学校にいて、何も知らずに安穏としているより、退学になっても身を護る事が出来る方がいい。」





そうだ、そうだと、ハリーとロンが熱く支持した。





「それで、グループはどんなふうに組織するんだ? どこに集まる?」



「うん、それが今ちょっと問題なんだ。
どこでやったらいいか、分かんない。」
ハリーが答えた。



「『叫びの屋敷』はどうだ?」



「ヘーイ、そりゃいい考えだ!」





名案だとロンが喜んだ。
けれどハーマイオニーは真逆の反応である。
男四人はハーマイオニーに注目した。





「あのね、シリウス。あなたが学校にいた時は、『叫びの屋敷』に集まったのはたった四人だったってこと。
それに、あなた達は全員、動物に変身出来たし、そうしたいと思えば、窮屈でも多分全員が一枚の『透明マント』に収まる事も出来たと思うわ。
でも私達は三十人で、誰も『動物もどき』じゃないし、『 透明マント』」よりは『透明テント』が必要なくらい───」



「もっともだ。」
シリウスは少々しょんぼりした。
「まあ、君達で、必ずどこか見つけるだろう。五階の大きな鏡の裏に、昔はかなり広い秘密の抜け道があったんだが、そこなら呪いの練習をするのに十分な広さがあるだろう。」



「フレッドとジョージが、そこは塞がってるって言ってた。」
ハリーが首を横に振った。
「陥没したかなんかで。」



「そうか。」
この提案も否決され、シリウスは顔を顰めた。
「それじゃ、よく考えてまた知らせる───」





不自然に言葉を切った。目を見開き、顔が強張っている。
素早く横を向いた。そこには暖炉の煉瓦壁しかない。





「シリウスおじさん?」





心配そうにハリーが聞いた。
けれどシリウスは消え、今は薪が音を立てて燃えている。





「どうして、いなく───?」





いきなりハーマイオニーが立ち上がった。
目を見開いて炎を凝視している。

炎の中に手が現れ、何かを探すように蠢いていた。
小柄で太く短い指で、いくつも派手な指輪が光っている。

何を言うまでもない。
蜘蛛の子を散らすように四人は逃げた。

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