07.-2


「僕達が何故『例のあの人』が戻ってきたと言うのかって?
僕達はやつを見たんだ。だけど、先学期ダンブルドアが、何が起きたのかを全校生に話した。
だから、君がその時ダンブルドアを信じなかったのなら、僕達の事も信じないだろう。
僕達は誰かを信用させる為に、午後一杯を無駄にするつもりは無い。」





皆じっと、息をするのも憚るように物音を立てず、ハリーを見詰めていた。

この場にいる全員がハリーに意識を集中させている。
集まった生徒も、コップを拭くバーテンも、素知らぬ様子の客も。全員だ。

ザカリアスは腑に落ちないようだった。





「ダンブルドアが先学期話したのは、そこにいるナマエ・ミョウジが『予知夢』を見て、君達を助けに向かった事。
そしてミョウジとセドリック・ディゴリーの二人が『例のあの人』に襲われた事と、君がホグワーツまで意識不明の二人を運んできた事だ。

詳しい事は話さなかった。
二人がどんなふうに襲われたのかは話してくれなかったし、正直、ミョウジの『予知夢』の話も胡散臭い。」





言いながら、ザカリアスは名前を見た。
皆も名前を見ていた。
名前は相変わらず無表情だ。





「君の家系に『予見者』がいるなら、まあ、まだ筋が通るさ。でも何しろミョウジは偽のムーディと親しげだったからな。
あの日、どうして一人で向かったんだい?どうして先生に話さなかった?
兎に角、僕達、皆それが知りたいんだと思うな───。」



『……』



「ナマエは助けに来たんだ。だから僕達は生きている。
それに話さなかったんじゃない。話せなかったんだ。
君が言う通り『予知夢』なんて馬鹿げていると思っていたからさ。でも本当にそうなった。ヴォルデモートが蘇ったんだ。
ヴォルデモートがどんなふうに人を痛め付けるのかをはっきり聞きたいからここに来たのなら、生憎だったな。
僕は、ナマエの事も、セドリック・ディゴリーの事も話したくない。ナマエの口から話させるつもりもない。分かったか!
だから、もし皆がその為にここに来たなら、すぐ出ていった方がいい。」





名前も口を開いたが、ハリーの方が早かった。
苛々するとむっつり黙るが、癇癪玉がいよいよ破裂寸前になると、却ってハリーは流暢になる。
今もその傾向にあった。

激情に駆られたハリーを見て、しかし皆、真剣な表情で座ったままだ。
ザカリアスもハリーをじっと見詰めている。
沈黙が包み込む。

不意に眩しい日の光が射し込む。
光はザカリアスとハリーの間を遮った。
日差しは再びドアが開いた合図だ。
反射的に皆がドアの方を見た。





「やあ。」





彼方此方から言葉にならない驚きの声が上がった。
現れたのはセドリック・ディゴリーだった。





「あまり大声で話さない方がいい。外まで聞こえていたよ。」





皆の顔を見回し、穏やかにそう言った。
それからぎこちない足取りで此方へ歩み寄る。





「遅れて来てしまったけど、僕も参加してもいいかい?」



「勿論よ。」
戸惑いながらもハーマイオニーは即座に答えた。



「バタービールもう一本追加だ。」





フレッドがバーテンに向かって注文した。
バーテンは我に返ったように慌ててフレッドを睨め付け、それからバタービールを取り出した。





「はいよ、セドリック。快気祝いにプレゼント。」



「ええと……」



「フレッド・ウィーズリー。」



「フレッド、有難う。
話の腰を折って悪かったね、どうぞ先を続けてくれ。」





名前が椅子を勧めると、セドリックはお礼を言って腰掛けた。
辺りは暫くざわざわと落ち着きが無かった。
ハーマイオニーは気を取り直し、息を吸い込む。





「それじゃ、
それじゃ……さっきも言ったように……皆が防衛術を習いたいのなら、やり方を決める必要があるわ。会合の頻度とか場所とか───」



「ほんとなの?
守護霊を創り出せるって、ほんと?」





長い三つ編みの女子生徒が遮った。
静まったばかりの生徒がまたどよめく。
ハリーは警戒したように、少し硬い声で答えた。





「うん。」



「有体の守護霊を?」



「あ───君、マダム・ボーンズを知ってるかい?」



女子生徒が微笑んだ。
「私の叔母さんよ。
私、スーザン・ボーンズ。叔母さんがあなたの尋問の事を話してくれたわ。それで───
ほんとにほんとなの?牡鹿の守護霊を創るって?」



「ああ。」



「すげえぞ、ハリー!全然知らなかった!」
リーが感動している。



「お袋がロンに、吹聴するなって言ったのさ。
ただでさえ君は注意を引きすぎるからって、お袋が言ったんだ。」
フレッドがハリーに向かっていたずらっぽく笑い掛けた。



「それ、間違っちゃいないよ。」
ハリーが言葉に詰まると、何人かが笑った。



「それに、君はダンブルドアの校長室にある剣でバジリスクを殺したのかい?
先学期あの部屋に行った時、壁の肖像画の一つが僕にそう言ったんだ……。」
テリー・ブートが尋ねた。



「あ───まあ、そうだ、うん。」





ジャスティン・フィンチ-フレッチリーが口笛を吹き、クリービー兄弟はキラキラした目で互いを見交わし、ラベンダーは感嘆の声を上げた。
ハリーの顔が少し赤くなった。





「それに、一年の時。
ハリーは『言者の石』を救ったよ。」
ネビルが皆に語った。



「『賢者の』。」
直ぐ様ハーマイオニーが言い直した。



「そう、それ───『例のあの人』からだよ。」



「それに、まだあるわ。
先学期、三校対抗試合で、ハリーがどんなに色んな課題をやり遂げたか───
ドラゴンや水中人、大蜘蛛なんかを色々切り抜けて……。」





チョウの発言に皆がそうだそうだと同調した。
ハリーの目はチョウを捉えていて、ますます顔が赤くなっていく。
口元がムズムズ動いていた。今にもニッコリ笑ってしまいそうなのを、必死に我慢しているらしい。

息を吸い込み、吐く。
口元が勝手に笑い出さない事を確認してから、ハリーは口を開いた。





「聞いてくれ。僕……
僕、何も謙遜するとか、そういうわけじゃないんだけど……僕は随分助けてもらって、そういう色んな事をしたんだ……。」



「ドラゴンの時は違う。助けは無かった。
あれはほんとに、格好いい飛行だった……。」
マイケルがうっとりと言った。



「うん、まあね───」



「それに、夏休みに『吸魂鬼』を撃退した時も、誰もあなたを助けやしなかった。」
スーザンが言った。



「ああ。そりゃ、まあね、助け無しでやった事も少しはあるさ。でも、僕が言いたいのは───」



「君、のらりくらり言ってそういう技を僕達に見せてくれないつもりかい?」
ザカリアスが噛み付いた。



「いい事教えてやろう。減らず口叩くな。」
ザカリアスを睨み付け、ロンが怒鳴った。



ザカリアスは赤くなった。
「だって、僕達はポッターとミョウジに教えてもらう為に集まったんだ。
なのに、ポッターは、本当はそんな事何にも出来ないって言ってる。それにさっきからミョウジはだんまりだ。」



「そんな事言ってやしないし、ナマエは誰かさんみたいに話を遮ったりしない。」
フレッドは低い声でそう言った。



「耳の穴、かっぽじってやろうか?」
ジョージが買物袋から、金属製の耳掻きのような道具を取り出した。



「耳以外のどこでもいいぜ。こいつは別に、どこに突き刺したってかまわないんだ。」
フレッドは今にもザカリアスを押さえ付けそうだ。



「さあ、じゃあ、」
ハーマイオニーが急いで割り込んだ。
「先に進めましょう……要するに、ここにいる二人から習いたいという事で、皆賛成したのね?」



「ちょっと待ってくれ。つまり、お立ち台を用意したらいいんだろう?」
ザカリアスがジョージの道具を気にしながら言った。
「ポッターの功績は理解したよ。でも、ミョウジはどうなんだ?
僕達が彼から習うような優れた点があるのか、教えてくれないか?」





皆の視線が名前に集中した。
目立つ事が苦手。その上口下手だ。
相変わらず涼しげな目元だったが、内心困り果てているのだろう。
それにずっと考えていたが、何故ハーマイオニーが話を持ち掛けたのか、やはり理由が見付からなかった。





『正直に話すと、教える立場は相応しく無いと思います。
誰かに何かを教えられるほど、知識も経験もありません。』



「ナマエはハリーと同じくらい『闇の魔術に対する防衛術』に優れているわ。
先学期、ハリーとナマエだけが『服従の呪文』を完全に退けた。」
ハーマイオニーは素早く言った。



「彼の魔法は正確だよ。それに素早く、強力だ。
ナマエは『死喰い人』の攻撃に対抗した。だから僕は死なずに済んだんだ。
僕はナマエが教える立場であるべきだし、それが相応しいと思う。」
セドリックが口添えをした。





セドリックの言葉に集まった生徒の内何人かは驚嘆し、何人かは「あいつ喋れたんだ……」と名前が発言した事に驚いた様子だった。

皆、詳しい話を知らされていない。
名前とセドリックが呆気なく襲われたと想像していたようだ。
戦闘があったなどと夢にも思わなかったのだ。

続々と支持する声が上がる。
ザカリアスも反論しなかった。
ハーマイオニーは安堵の胸を撫で下ろす。





「いいわ。それじゃ、次は、何回集まるかだわね。
少なくとも一週間に一回は集まらなきゃ、意味が無いと思います。」



「待って。私達のクィディッチの練習とかち合わないようにしなくちゃ。」
アンジェリーナが素早く言った。



「勿論よ。私達の練習ともよ。」
チョウが同意した。



「僕達のもだ。」
ザカリアスも言った。



「どこか、皆に都合の良い夜が必ず見付かると思うわ。
だけど、いい?これはかなり大切な事なのよ。ヴォ、ヴォルデモートの『死喰い人』から身を護る事を学ぶんですからね───」



「その通り!」





突然アーニー・マクミランが大きな声を出した。
無表情のまま名前はそっと胸を押さえる。
驚いたらしい。





「個人的には、これはとても大切な事だと思う。今年僕達がやる事の中では一番大切かもしれない。
たとえOWLテストが控えていてもだ!」





アーニーはゆっくり皆の顔を見回した。
そして再び口を開く。





「個人的には、なぜ魔法省があんな役にも立たない先生を我々に押しつけたのか、理解に苦しむ。
魔法省が、『例のあの人』が戻ってきたと認めたくない為に否定しているのは明らかだ。
しかし、我々が防衛呪文を使う事が積極的に禁じようとする先生をよこすとは───」



「アンブリッジが私達に『闇の魔術に対する防衛術』の訓練を受けさせたくない理由は───
それは、アンブリッジが何か……
何か変な考えを持ってるからよ。ダンブルドアが私設軍隊のようなものに生徒を使おうとしてるとか。
アンブリッジは、ダンブルドアが私達を動員して、魔法省に楯突くと考えているわ。」




「でも、それ、辻褄が合うよ。だって、結局コーネリウス・ファッジだって私設軍団を持ってるもン。」





殆どの生徒が仰天して言葉を失う中、ルーナ・ラブグッド一人だけが、平然と言って退けた。
この発言に狼狽えて最初に反応したのは、ハリーである。





「え?」



「うん、『ヘリオパス』の軍隊を持ってるよ。」



「まさか、持ってるはずないわ。」
ハーマイオニーが言った。



「持ってるもン。」



「『へリオパス』ってなんなの?」
ネビルが誰とも無しに尋ねた。



「火の精よ。大きな炎を上げる背の高い生き物で、地を疾走し、行く手にあるものを全て焼き尽くし───」
目を爛々とさせたルーナが答えた。



「そんなものは存在しないのよ、ネビル。」
ハーマイオニーが素っ気無く言った。



「あら、いるよ。いるもン!」



「すみませんが、いるという証拠があるの?」



「目撃者の話が沢山あるよ。ただあんたは頭が固いから、なんでも目の前に突きつけられないとだめなだけ───」



「ェヘン、ェヘン。」





聞き覚えのある特徴的な咳払いだ。
皆が一斉に声の聞こえた方を見た。

ジニーが笑っている。ジニーの物真似だったのだ。
あんまりそっくりだったので、皆驚くと同時に笑った。





「防衛の練習に何回集まるか、決めるところじゃなかったの?」



「そうよ。
ええ、そうだった。ジニーの言うとおりだわ。」



「そうだな、一週間に一回ってのがグーだ。」
リーが言った。



「ただし─── 」
アンジェリーナが言い掛ける。



「ええ、ええ、クィディッチの事分かってるわよ。」
ハーマイオニーが素早く言った。
「それじゃ、次に、どこで集まるかを決めないと……」





しかし、ハーマイオニーはどこか当てがあるわけでは無いらしい。
皆の顔を、両隣のハリーと名前の顔を、期待を込めて見回す。

返事は無い。無理も無い。難しい問題だ。
学校ではアンブリッジの監視が厳しい。
かといって校外で集まり魔法を練習出来るような場所も無い。

暫くしてケイティ・ベルが口を開いた。





「図書館は?」



「僕達が図書館で呪いなんかかけてたら、マダム・ピンスがあんまり喜ばないんじゃないかな。」
ハリーが答えた。



「使ってない教室はどうだ?」
ディーンが言った。



「うん。
マクゴナガルが自分の教室を使わせてくれるかもな。ハリーが三校対抗試合の練習をした時にそうした。」





ロンがそう答えたが、ハリーは同意しかねている。
今回の目的でマクゴナガルが理解を示すかどうか、期待を望めないのだ。





「いいわ、じゃ、どこか探すようにします。
最初の集まりの日時と場所が決まったら、皆に伝言を回すわ。」





言いながらハーマイオニーは、鞄から羊皮紙と羽根ペンを取り出した。
それらを胸に抱き、忙しなく瞬く。
何かを決意するかのように深く息を吸い込んだ。





「私───私、考えたんだけど、ここに全員名前を書いて欲しいの、誰が来たかわかるように。それと───
私達のしている事を言い触らさないと、全員が約束するべきだわ。
名前を書けば、私達の考えている事を、アンブリッジにも誰にも知らせないと約束した事になります。」





一番手はフレッドだ。羊皮紙に羽根ペンを走らせる。
その後も次々と押し合いへし合い、自分の名前を書いていく。

その光景を数人が遠目に眺めていた。
気乗り薄な様子だ。





「えーと……
まあ……アーニーがきっと、いつ集まるかを僕に教えてくれるから。」





ジョージが差し出した羊皮紙をチラと眺めただけで、ザカリアスは受け取らなかった。
名前を出されたアーニーも同様である。
ついさっき啖呵を切った時の威勢は無く、怯んだように羊皮紙を見詰めている。

ハーマイオニーがアーニーを睨んだ。
アーニーは口をぱくぱく、苦し紛れに言った。




「僕は───あの、僕達、監督生だ。
だから、もしこのリストがばれたら……
つまり、ほら……
君も言ってたけど、もしアンブリッジに見付かったら───」



「このグループは、今年僕達がやる事の中では番大切だって、君、さっき言ったろう。」
ハリーが確認した。



「僕───うん。
ああ、僕はそう信じてる。ただ───」



「アーニー、私がこのリストをそのへんに置きっ放しにするとでも思ってるの?」



「いや、違う。勿論、違うさ。
僕───うん、勿論名前を書くよ。」





それを聞いて安心したようだった。アーニーは名前を書いた。
そして残った数人も、同じように名前を書いた。
(チョウの友達は、少し恨みがましい目でチョウを見たが)
最後にザカリアスが署名すると、ハーマイオニーは羊皮紙を鞄へしまい込む。





「さあ、こうしちゃいられない。
ジョージやリーと一緒に、ちょっとわけありの買物をしないといけないんでね。また後でな。」





フレッドの離席を皮切りに他の生徒も立ち上がり、入って来た時と同様に騒がしく「ホッグズ・ヘッド」から出て行って、店内は徐々に静けさを取り戻していく。
皆を見届けてから出ようとしているのか、ハリー達が動かなかったので、名前も座って皆を見送った。

何人かが座ったままのセドリックに声を掛けていたが、立ち上がる気配が無い。
言葉を交わしたっきり、そのまま見送っている。
チョウは鞄の留め金を掛けるのに時間をかけていたが、チョウの友達が威圧たっぷりに腕組みをして隣に立ち、ついに舌を打ったので、やっと席を離れた。

チョウは友達と一緒にセドリックの方へ向かった。
何か話していたが、それでもセドリックは動かなかった。
チョウは友達と二人でドアへ向かい、出て行く直前に振り返って、ハリーに手を振った。





「セドリック。」



「やあ。皆、久し振りだね。」



「ええ、本当に。」





一人になっても動かないセドリックを気にしてか、名前達は率先して近付いた。
店内にいる学生はもうこの五人だけだ。





「僕達に何か用があるの?」



「ああ、ハリー。ナマエに話がある。
この後の予定は?良ければ話に付きあってもらいたいんだけれど……。」



『俺は何も無いです。』



「君達は?ナマエを借りても?」





どうやらセドリックは二人きりで話とやらがしたいらしい。
三人は目を見交わして、ハリーが頷いた。





「それじゃ、ナマエ。また後でね。」



『ああ。』





三人が出て行った後少し間を置き、名前とセドリックも店を出た。

慣れとは恐ろしいものだ。
外に出て新鮮な外気を吸い込むまで、あの異様な臭気を忘れていた。

路地は薄暗かったが店内よりはずっと明るい。
未開封のバタービールを日に透かして見ると、パッと見中身に異常は見られず、印字された数字も消費期限内だった。





「いずれにしても、まずは路地を出よう。」



『はい。
お節介かもしれませんが、お手伝いしましょうか。』



「そうだな。足場が悪いから、そうしてくれると助かるよ。腕を借りてもいいかい?」



『どうぞ。』





セドリックは名前の肘の辺りを掴んだ。
石畳の狭い道を、ゆっくりとした足取りで歩く。
まだ動作がぎこちない。





「ナマエは元気そうだな。」



『はい。元通りです。』



「僕は中々そうはいかないみたいだよ。」



『何にしても個人差があります。』





遠くに目を遣ると、ハリー達の後ろ姿が見えた。





『セドリックさん。
今まで見掛けませんでしたが、学校にいらっしゃらないのは知りませんでした。』



「ああ……家にいた。体が元通りにならないから、両親が心配してね。僕は皆と一緒に新学期を迎えたかったんだけれど。
でも無理を言って、今朝学校に来たんだ。
君とハリーがあんなふうに扱われているのに、家でじっとなんかしていられないよ。」



『……
それで、ホグズミードへ……』



「うん、まあ……ここに来たのは偶然だった。皆が路地に入るのを見て、後を付いて来た。
でもまだこの通り、本調子じゃなくてね。素早く動けなくて、遅れてしまった。」



『……
本当に俺で良かったのですか。』



「何がだい。」



『久し振りに戻ってこられたのに、折角のホグズミードをご友人と過ごされなくて、良かったのですか。』



「僕は君と友達だと思っているけどな。」





名前は目をパチパチさせた。
セドリックは困ったように微笑んだ。





「君と話したい事は、まあ、色々あるんだ。
新しい先生が入っただろう。授業の感じとか、今の学校の様子とか……」



『……』





セドリックはますます八の字に眉を寄せて困った顔になった。
そして、横目で名前を見る。
すぐに前を向いて、躊躇いがちに言葉を続けた。





「こうして二人で歩いていると、あの暗い世界での事を思い出すよ。」





名前は首を傾げた。
何の話かよく分かっていない。





「その時、ナマエは、その……夢に見た、そう言っただろう。」





その言葉を聞いてようやく頷いた。
合点がいったらしい。





「その夢って、どういうふうに見たのかな。」



『……』



「僕はあの日の出来事を、全くそのまま夢に見たんだろうと思っていた。だからダンブルドア先生にもそう伝えた。でも、後で不思議に思って考えたんだ。
それなら君はもっと先を読んで行動するはずだし、展開が分かっているんだから、怪我は避けられたはずだって。
だけど、君は闇雲に必死だった。」



『……』



「だから、実はそれは思い違いだったんじゃないかって思い始めた。
本当はもっと最悪な結末を見て、ナマエはそれを回避しようとしたんじゃないかって。」



『……』



「どういうふうに見たのかっていうのは、つまり、一人称とか、三人称とか……
君が見た夢に、君はいたのかい。」



『……
いいえ。』



「君がいない夢はどう結末を迎えた?」



『結末は見ていません。途中で目覚めてしまったので。』



「そうか。違いはあったかい?」



『……』





これは答えにくい質問だ。
何しろセドリックは死の呪文を受けて殺されたのだ。
本人を目の前にして「あなたは死にました」などと軽々しく口に出来ない。
たとえ夢の話であっても良い気分ではないだろう。





『……
……セドリックさんが……
……』



「……僕が?」



『……
……』



「いいよ。はっきり言ってくれ。」



『……』





言えと言われても答えにくい。
名前はすぐには答えなかった。

唇を真一文字に引き結び、真っ直ぐ前を見ていたが、目は忙しなく泳いでいる。
どこを見ようと当然答えは無いし、隣から視線が突き刺さる。





『セドリックさんが殺害されました。
ヴォルデモートの部下の手によって。』





ついに名前はハッキリ答えた。
遠回しな言い方も、オブラートに包みもせず。
今までのだんまりは何だったのかと思うほどアッサリと。

沈黙が訪れた。
歩くのは止めなかった。
石畳を踵が叩き、路地に足音が反響している。





「そうか。」





暫くして、セドリックは一言そう言った。
呟くような、独り言のような、小さな声だ。





「そうか。」



『ごめんなさい。』



「どうして謝るんだい。」



『死ぬと言われて気分が良い人はそうはいません。』



「覚悟はしていたよ。そうじゃないかって。
それに、謝るのは僕の方だ。つらい事を聞き出してごめん。それと、教えてくれてありがとう。」





そう言って、セドリックは困ったように微笑んだ。





「僕はますます君に感謝しなきゃいけないな。」



『俺じゃなくて、ハリーのおかげです。』



「勿論ハリーもだ。でもナマエが動かなかったら、僕は死んでいた。そうだろう。」



『それは分かりません。セドリックさんは優れた魔法使いです。』



「ありがとう。でもね、ナマエ。
君の行動は誇っていいものだよ。」



『……』



「夢と相違する点について、ダンブルドア先生に話したのかい。」





それでも名前が申し訳無さそうに見えたのか、セドリックは話を切り替える作戦に出た。
名前は肯定も否定も、それらしい仕草を見せない。
多分、考えているのだろう。

ダンブルドアに会ったのは先学期の医務室でだけだ。
その時ダンブルドアは、名前がそう行動すると予想していたと言っていた。
それで名前は伝えた気になっていた。

よくよく思い返してみれば、名前の口から予知したと思われる夢を見たと伝えたのは、恐らくセドリックだけだ。
名前は首を横に振った。





『いいえ。伝えるべきでしょうか。』



「そうだね。夢の通り行動して今があるのと、夢に干渉して変化が起きたのと、大きな違いがある。
そうなるはずの未来を変えたって事なんだから。

最近はどう。気になる夢を見てる?」



『……』
微かに首を傾げた。
『知らない廊下を進む夢を何度も見ています。』



「知らない廊下?……」
真剣な表情で悩んでいる。
「何か特徴は覚えてる?置いてある物とか、掛かっている絵画とか、登場人物とか……。」



『……』
また首を傾げる。
『暗い廊下です。行き止まりに黒い扉があって、そこまで行くと目覚めます。登場人物はいません。
参考になりますか。』



「うーん……
暗い廊下に黒い扉……ありきたりな夢なようにも思えるけど……
でも、何度もっていうのが気になるな。同じ夢を繰り返しているって事だよね。」



『そうですね。』



「うーん……どういう意味なんだろう……。」



『……何も意味は無いかもしれません。』



「そうだといいけど。だけどナマエ、君は前例があるよ。
気になる事や何か変化があったら、マクゴナガル先生やダンブルドア先生に伝えた方がいい。」



『でも、先生方はお忙しいです。』



「確かにね。だけど君は伝えなきゃいけない。」



『……』



「気が引けるのなら僕でもいい。ハリーや他の友達でもいいさ。兎に角、誰かに知ってもらうんだ。
そうすればそれが現実になった時、協力してくれるだろう。少なくとも僕は……
その……
僕は力になりたい。ナマエ、君の……
お節介かもしれないけど……。」





二人は路地を抜けた。
雑踏が蘇る。

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