06.-3


「全体的に見て、あなたは、臨時の教員として───
つまり、 客観的な部外者と言えると思いますが───
あなたはホグワーツをどう思いますか?学校の管理職からは十分な支援を得ていると思いますか?」



「ああ、ああ、ダンブルドアは素晴らしい。
そうさね。ここのやり方には満足だ。ほんとに大満足だね。」



腑に落ちない様子でクリップボードにメモを取った。
「それで、あなたはこのクラスで、今年何を教える予定ですか───
勿論、ハグリッド先生が戻らなかった、としてですが?」



「ああ、OWLに出てきそうな生物をざっとね。あんまり残っていないがね───
この子達はもうユニコーンとニフラーを勉強したし。わたしゃ、ポーロックとニーズルをやろうと思ってるがね。
それに、ほら、クラップとナールもちゃんと分かるように……。」



「まあ、いずれにせよ、あなたは物が分かっているようね。」





あなたはと強調したのが気に入らなかったらしい。
ハリーの顔がムッと顰められた。





「さて、このクラスで誰かが怪我をした事があったと聞きましたが?」





アンブリッジはゴイルに向かってそう聞いた。
ゴイルは不気味な微笑みを浮かべ、そばにいたマルフォイも笑みを深めた。





「それは僕です。ヒッポグリフに切り裂かれました。」



「ヒッポグリフ?」



「それは、そいつがバカで、ハグリッドが言った事をちゃんと聞いていなかったからだ。」





ロンとハーマイオニーが揃って唸った。
アンブリッジは緩慢な動作で振り向く。





「もう一晩罰則のようね。」





微笑みを貼り付け、ゆっくりとそう言った。





「さて、グラブリー-プランク先生、有難うございました。ここはこれで十分です。査察の結果は十日以内に受け取る事になります。」



「はい、はい。」





授業はまだ終わっていなかったが、アンブリッジは城へと戻っていった。





「私、あの女に対して、何か行動すべきだと思うのよ。」





夕食後。深夜も近付いた時間帯。
談話室の肘掛椅子に座り、ハーマイオニーは唐突にそう言った。
名前とロンは顔を上げてハーマイオニーをみた。

ロンはハーマイオニーが用意した黄色い液体の匂いを嗅いで顔を顰め、
名前はハリーが戻ってきた時の為に、手当ての道具を整理している所だった。





「ああ、そうだな。毒でも盛るか?」



「そういう意味じゃないのよ。」



「じゃあ、どういう意味だよ。」





背後で足音が聞こえた。
振り向くと、ハリーが戻ってきていた。
談話室に入る瞬間は惨めそうな顔付きだったが、名前達三人の姿を見付けると、ハリーは嬉しそうに笑った。





『おかえり、ハリー。
手当てをさせてくれる。』



「うん、そうだな。ナマエ、お願いするよ。」



『ここへ座って。ハーマイオニー、』



「ええ。ほら。」





日を追う毎に出血が酷くなっている。
巻き付けたスカーフが真っ赤だ。
血染めのスカーフを見詰めながら、ハーマイオニーは小さなボウルをハリーに差し出した。
中には酸っぱい匂い漂う黄色い液体が揺れている。





「手をこの中に浸すといいわ。マートラップの触手を裏ごしして酢に漬けた溶液なの。楽になるはずよ。」



『痛みが楽になってから手当てをしよう。』





ハリーが腰掛けるそばにボウルを置き、そこへ手を浸してもらう。
黄色い液体に赤みがかかり、薄いオレンジへと色が変わった。
溶液の効果は抜群のようで、痛みで強張っていたハリーの体の緊張が解けていく。

普段はハーマイオニーの膝に丸まるクルックシャンクスが、ハリーの膝に飛び乗った。
気遣うように額を擦り付ける、グルグルと喉を鳴らす。





「ありがとう。」





ハリーは左手でクルックシャンクスの耳の後ろを掻いた。

暫しの沈黙が訪れた。
暖炉で薪が爆ぜる音。
クルックシャンクスの喉の音。
ネスが時折立てる肘掛を引っ掻く音。
それ以外には音が無く、静かなものだった。

ハリーの様子を見詰めていたロンが、おもむろに口を開いた。





「僕、やっぱりこの事で苦情を言うべきだと思うけどな。」



「嫌だ。」



「これを知ったら、マクゴナガルは怒り狂うぜ───」



「ああ、多分ね。
だけど、アンブリッジが次の何とか令を出して、高等尋問官に苦情を申し立てる者は直ちにクビにするって言うまで、どのくらいかかると思う?」





口を開いたものの言葉が出ない。
ロンは口を閉じた。
今度はハーマイオニーが口を開いた。





「あの人は酷い女よ。とんでもなく酷い人だわ。
あのね、あなたが入ってきた時ちょうど二人と話してたんだけど……
私達、あの女に対して、何かしなきゃいけないわ。」



「僕は、毒を盛れって言ったんだ。」



「そうじゃなくて……つまり、アンブリッジが教師として最低だって事。
あの先生からは、私達、防衛なんて何にも学べやしないって事なの。」



「だけど、それについちゃ、僕達に何が出来るって言うんだ?」
欠伸をしながら言った為に、ロンの言葉は所々不明瞭だ。
「手遅れだろ?あいつは先生になったんだし、居座るんだ。ファッジがそうさせるに決まってる。」



「あのね。
ねえ、私、今日考えていたんだけど……。」





珍しく歯切れの悪い言い方だ。
少し不安げにハリーの様子を窺い、次に少し期待を覗かせて名前を見た。





「考えていたんだけど───
そろそろ潮時じゃないかしら。むしろ───
むしろ自分達でやるのよ。」



「自分達で何をするんだい?」
ハリーは怪訝そうだ。



「あのね『闇の魔術に対する防衛術』を自習するの。」



「いい加減にしろよ。
この上まだ勉強させるのか?ハリーも僕も、また宿題が溜まってるって事知らないのかい?しかも、まだ二週目だぜ。」



「でも、これは宿題よりずっと大切よ!」





ハリーとロンが目を見開いてハーマイオニーを凝視した。





「この宇宙に、宿題よりもっと大切なものがあるなんて思わなかったぜ!」



「バカな事言わないで。勿論あるわ。」





ハーマイオニーの声には熱がこもっていた。
表情も真剣そのもので、熱意に輝いている。





「それはね、自分を鍛えるって事なのよ。ハリーが最初のアンブリッジの授業で言ったように、外の世界で待ち受けているものに対して準備をするのよ。
それは、私達が確実に自己防衛出来るようにするという事なの。
もしこの一年間、私達が何にも学ばなかったら───」



『仲間の足を引っ張るかもしれない。
敵にとっては好都合だろうな。』



「でも、僕達だけじゃ大した事は出来ないよ。
つまり、まあ、図書館に行って呪いを探し出したり、それを試してみたり、 練習したりは出来るだろうけどさ───」



「確かにそうね。私も、本からだけ学ぶという段階は通り越してしまったと思うわ。
私達に必要なのは、先生よ。ちゃんとした先生。
呪文の使い方を教えてくれて、間違ったら直してくれる先生。」



『ムーディ先生の事。』



「君がルーピンの事を言っているんなら……。」



「ううん、違う。二人の事を言ってるんじゃないの。
二人は騎士団の事で忙しすぎるわ。それに、どっちみちホグズミードに行く週末ぐらいしか会えないし、そうなると、とても十分な回数とは言えないわ。」



「じゃ、誰なんだ?」





ハリーは顰めっ面を向けて、名前首を傾げた。
ハーマイオニーは大きな溜め息を吐いた。





「分からない?私、あなた達の事を言ってるのよ。
ハリー。ナマエ。」





ハーマイオニーはハリーを、次に名前の顔をしっかり見詰めた。
時が止まったかのようだった。
ハリーと名前は瞬きもせずに固まり、やがて動いたかと思うと、ハリーと名前で互いの顔を見合わせた。
それからハーマイオニーへ向き直った。





「僕とナマエの、何の事を?」



「あなた達が『闇の魔術に対する防衛術』を教えるって言ってるの。」





名前もハリーも生徒だ。先生ではない。
知識も経験も乏しい子どもが教鞭を執るなど無茶な話だ。

名前はネスを、ハリーはロンを見た。
二人共助け船を期待して視線を遣ったのだろうが、その対象は満更でもない風である。





「そいつはいいや。」



「何がいいんだ?」



「君達が、僕達にそいつを教えるって事がさ。」



「だって……
だって、僕達は先生じゃないし、そんな事僕には……」



『……』
ウンウン頷いている。



「ハリー、ナマエ。
あなた達は『闇の魔術に対する防衛術』で、学年のトップだったわ。」



「僕が?」



『いつの話。』



「違うよ。どんなテストでも僕は君に敵わなかった───」



「実は、そうじゃないの。
ハリー、三年生の時、あなたは私に勝ったわ───
あの年に初めてこの科目の事がよく分かった先生に習って、しかも初めて三人共同じテストを受けたわ。
でも、ハリー、私が言ってるのはテストの結果じゃないの。
あなた達がこれまでやって来た事を考えて!」



「どういう事?」



「あのさ、僕、自信が無くなったよ。こんなに血の巡りの悪いやつらに教えてもらうべきかな。」





ロンはニヤニヤ笑みを浮かべてハーマイオニーにそう言った後、未だ話が飲み込めない二人の方を見た。





「どういう事かなぁ。」





ロンはいかにも難題だという表情を作った。





「うう……一年生───
君は『例のあの人』から『賢者の石』を救った。」



「だけど、あれは運がよかったんだ。
技とかじゃないし───」



「二年生。
君はバジリスクをやっつけて、リドルを滅ぼした。」



「うん。でもフォークスが現れなかったら、僕───」



「三年生。
君は百人以上の吸魂鬼を一度に追い払った───」



「あれは、だって、まぐれだよ。もし『逆転時計』がなかったら───」



「去年。
君はまたしても『例のあの人』を撃退した───」



「こっちの言う事を聞けよ!」





ハリーは怒鳴ったが、ロンとハーマイオニーはニヤニヤ笑っていた。
それが余計にハリーの怒りを煽った。





「黙って聞けよ。いいかい? そんな言い方をすれば、何だかすごい事に聞こえるけど、みんな運がよかっただけなんだ───
半分ぐらいは、自分が何をやっているか分からなかった。どれ一つとして計画的にやったわけじゃない。偶々思い付いた事をやっただけだ。それに、殆どいつも、何かに助けられたし───」





チラと名前を見て、もう一度ロンとハーマイオニーの方へ向き直った。
二人はまだニヤニヤ笑っていた。





「分かったような顔をしてニヤニヤするのはやめてくれ。その場にいたのは僕なんだ。
いいか?何が起こったかを知ってるのは僕だ。それに、どの場合でも、僕が、『闇の魔術に対する防衛術』が素晴らしかったから切り抜けられたんじゃない。何とか切り抜けたのは───」



『……』



「それは、ちょうど必要な時に助けが現れて、それに、僕の山勘が当たったからなんだ───
だけど、ぜんぶ闇雲に切り抜けたんだ。自分が何をやったかなんて、これっぽちも分かってなかった───ニヤニヤするのはやめろってば!」





ハリーが立ち上がった。
手を突っ込んだままだったボウルを引っ掛け、その拍子に床へ落ちて割れた。

膝から転げ落ちたクルックシャンクスはソファーの下に身を隠した。
ロンとハーマイオニーの笑いが凍り付いていた。

ハリーは怒気を込めた目で二人を見下ろした。





「君達は分かっちゃいない!君達は───
どっちもだ───
あいつと正面きって対決した事なんか無いじゃないか。まるで授業なんかでやるみたいに、ごっそり呪文を覚えて、あいつに向かって投げつければいいなんて考えてるんだろう?
ほんとにその場になったら、自分と死との間に、防いでくれるものなんか何にもない。
───自分の頭と、肝っ玉と、そういうものしか───

ほんの一瞬しかないんだ。殺されるか、拷問されるか、友達が死ぬのを見せつけられるか、そんな中で、まともに考えられるもんか───
授業でそんな事を教えてくれた事はない。そんな状況にどう立ち向かうかなんて───。

それなのに、君達は暢気なもんだ。
まるで僕がこうして生きているのは賢い子だったからみたいに。ナマエとディゴリーはバカだったからしくじったみたいに───。
君達は分かっちゃいない。紙一重で僕が殺られてたかもしれないんだ。ヴォルデモートが僕を必要としてなかったら、そうなっていたかもしれないんだ───」





これまでの鬱憤が堰を切ったように流れ出た。
度々癇癪を起こして流暢になる事はあったが、ハリーの口から墓場での出来事に関してどういう思いを抱いていたか、聞いた事が無かった。

ハリーの目の前で、名前とセドリックは死んだ。
いくら生還したのだと理解していても、あの夜の出来事はハリーの心に深く傷を残していったのだ。





「なあ、おい、僕達は何もそんなつもりで、
何もナマエとディゴリーをコケにするなんて、そんなつもりは───
君、思い違いだよ───」





ロンは困ってハーマイオニーを見た。
ハーマイオニーはハリーの心の内を知り、話を持ち掛けた当初の態度を悔いた様子だった。
それでも恐る恐る口を開き、ハリーの様子を窺いながら慎重に言葉を選んだ。





「ハリー。分からないの?だから……

だからこそ私達にはあなたが必要なの……私達、知る必要があるの。
ほ、本当はどういう事なのかって……あの人と直面するって事が……
ヴォ、ヴォルデモートと。」





ハーマイオニーがヴォルデモートの名前を口にしたのは初めてだった。
今まで名前やハリーが名前を口にすると、ハーマイオニーとロンは揃って竦み上がっていたからだ。

その変化はハリーの気持ちを落ち着かせた。
息を弾ませたままだったが、静かに椅子へ座った。





「ねえ……考えてみてね。いい?
ナマエも……」



『……』





考えろと言われても、名前は自分の必要性が見出せていない。
先にロンが話した通り、ハリーはヴォルデモートと戦ったし、それ以外にもバジリスクや吸魂鬼を退治している。
対して名前に何があるだろう。

一年生の時は攫われ、二年生の時は逃げ出し、三年生の時は途中退場。
四年生の時は助けるどころか足を引っ張る結果となった。
何一つ良い結果を残していない。
そんな自分が人様へ一体何を教えられるのか。

しかしハーマイオニーは縋るような目で名前を見詰めていた。
ハリーは頷き、少し遅れて名前も微かに頷いた。
ハーマイオニーは席を立った。





「じゃ、私は寝室に行くわ。」



「あム……おやすみなさい。」



「行こうか?」





ロンも席を立つと緊張した面持ちで、ハリーと名前に誘い掛けた。
ハーマイオニーもロンも、普段通りの雰囲気を取り戻そうと焦っていた。





「うん……。
すぐ……行くよ。これを片付けて。」



『手当てをしたら行く。』





二人の返事を聞くとロンは頷き、男子寮へ続く階段を上って消えた。
ハリーはポケットから杖を取り出して、床に散乱したボウルの破片に向ける。





「レパロ!」





破片は飛び上がり、杖を向けた所を中心に集まっていく。
パズルのようにくっつき合って、傷一つ無いボウルが床の上に鎮座した。
溶液までは元通りにならなかった。





『……
手当てをしてもいい。……』



「うん……。」





疲労困憊のハリーを引き止めるのは気が引けるようで、名前は遠慮がちだった。
しかし出血し続ける怪我を無視は出来ない。
それにハリーも承知したのだから、今更辞退するわけにもいかない。





『寝てもいい。その時はベッドに運ぶ。』



「手当ての数分くらい起きてるさ。」





しかしハリーは眠ってしまった。
止血の為に手を押さえている間に、気が付けば肘掛椅子に凭れて目を閉じていた。

名前は静かに手当ての道具を片付けて、ハリーを抱える。
片手に救急箱をぶら下げて、男子寮へ続く階段を上った。
ネスは飛んで付いて来た。





『……』





手探りで寝室のドアノブを捻り、中へ入る。
とっくに消灯時間を過ぎていたので真っ暗だ。
記憶を頼りに摺り足で進み、ベッドへハリーを寝かせる。
さすがに着替えさせまではしなかったが、ローブとネクタイ、眼鏡は取り除いた。

そして、軽く額を撫でた。
せめて眠る時くらい安らかでいられるよう願って。

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