05.-1


深夜の内に淀んだ雲はどこかへ流れてしまったようだ。
いつものようにロードワークへ赴いたのは、早朝とはいえ日の出前。
まだまだ頭上には星が瞬いていたが、連日の陰鬱な天気のせいで星を見たのは久々だ。
朝の空は爽やかに青々と澄んでいた。

太陽が上り始めると、藍色の空に橙色が加わり、二色のグラデーションへと変わる。
日光に照らされ千切れ雲が赤く染まっていく。

梟小屋から一羽の梟が飛び去っていった。
日光に照り映える白い梟。
あれはヘドウィグだった。




















『おはよう。』



「おはよう、ナマエ。」





朝の配達で大忙しの梟が大広間を飛び交う中、名前がのんびり現れた。
ハリー、ロン、少し遅れて「日刊予言者新聞」を読み耽るハーマイオニーが上の空で挨拶を返す。





「何か面白い記事、ある?」





名前が椅子に座り、ゴブレットにミルクを注ぐのを見ながら、ロンはそう言った。





「無いわ。
『妖女シスターズ』のベース奏者が結婚するゴシップ記事だけよ。」





新聞から目を上げて、名前が料理を見回しているのをチラと見た後、ハーマイオニーは再び新聞に埋もれた。
ロンは何故か天井の高窓を見上げている。
けれどハリーは気にせず、食べ終わったばかりのベーコンエッグをおかわりして、また食べ始めた。





「ちょっと待って。ああ、駄目……
シリウス!」



「何かあったの?」





口に持っていこうとしたフォークは宙で自由になった。
手という支えを無くし、フォークは皿へ真っ逆さまに落ちていく。
そこにはベーコンエッグのクッションがあったので、けたたましい音を立てたりはしなかった。

ハリーは自由になった手でハーマイオニーの新聞を引っ張る。
引っ張り過ぎて新聞は、真ん中で半分に裂けた。
しかしハーマイオニーは非難するでもなく、手に残った半分の記事を読んでいる。





「『魔法省は信頼出来る筋からの情報を入手した。シリウス・ブラック、悪名高い大量殺人鬼であり……
云々、云々……
は現在ロンドンに隠れている!』」



「ルシウス・マルフォイ、絶対そうだ。
プラットホームでシリウスを見破ったんだ……。」



「えっ?
君、まさか───」



「シーッ!」





ハリーとハーマイオニーが揃って身を乗り出したので、ロンはちょっと身を引いた。

ハリー達の反応からして、シリウスがロンドンにいるという情報は正しいようだ。
不死鳥の騎士団本部がブラック家だという情報はつい最近ハーマイオニーから教えられたが、シリウスがそこにいるかどうかまでは、名前は知らない。
しかし無遠慮に尋ねるのは憚られる。
不死鳥の騎士団は秘密同盟だ。





「『 二魔法省は、魔法界に警戒を呼びかけている。ブラックは非常に危険で……十三人も殺し……アズカバンを脱獄……』
いつものくだらないやつだわ。」





半分になった新聞をテーブルに置いて、ハーマイオニーは名前達三人の顔を見渡した。
何かを恐れているような怯えた表情だ。





「つまり、シリウスはもう二度とあの家を離れちゃいけない。そういう事よ。
ダンブルドアはちゃんとシリウスに警告してたわ。」





シリウスが再びアズカバンへ収容される。
そんな未来をハリーも想像したのだろう。
鬱然として俯いた。
ところが、カッと目を見開く。





「えーっ!これ見てよ!」





自分が剥ぎ取った新聞の片割れを、名前達が見えるようにテーブルへ置いた。
四人縦に並んでいた為に目白押しとなって新聞を覗き込む。

ページの殆どは広告で埋められていた。
「マダム・マルキンの洋装店───普段着から式服まで」
デカデカとセールの文字が印刷されてある。





「僕、ローブは間に合ってるよ。」


「違うよ。
見て……この小さい記事……。」





一番下の欄をハリーが指差した。
注意して読まなければ気付かないような細かい文字。
それに短い記事だ。



魔法省侵入事件
ロンドン市クラッパム地区ラバーナム・ガーデン二番地に住むスタージス・ポドモア(38)は八月三十一日魔法省に侵入並びに強盗未遂容疑でウィゼンガモットに出廷した。
ポドモアは、午前一時に最高機密の部屋に押し入ろうとしているところを、ガード魔ンのエリック・マンチに捕まった。
ポドモアは弁明を拒み、両罪について有罪とされ、アズカバンに六ヵ月収監の刑を言い渡された。





「スタージス・ポドモア?
それ、頭が茅葺屋根みたいな、あいつだろ? 騎士団───」



「ロン、シーッ!」





御法度とばかりに押し止め、ハーマイオニーは周囲を気にした。
ハリーは未だ記事に釘付けである。





「アズカバンに六ヵ月!
部屋に入ろうとしただけで!」



「バカな事言わないで、単に部屋に入ろうとしただけじゃないわ。
魔法省で、夜中の一時に、一体何をしていたのかしら?」



「騎士団の事で何かしてたんだと思うか?」



「ちょっと待って……。」





何やら思い当たる節があるらしい。
ハリーは尚も考えながら、三人の顔を見回した。





「スタージスは、僕達を見送りにくるはずだった。憶えてるかい?」
三人は顔を見合わせ、再びハリーを見た。
「そうなんだ。キングズ・クロスに行く護衛隊に加わるはずだった。憶えてる?
それで、現れなかったもんだから、ムーディが随分やきもきしてた。
だから、スタージスが騎士団の仕事をしていたはずはない。そうだろ?」





キングズ・クロス駅での待ち合わせは初めての出来事だったが、護衛の一環だったようだ。
居合わせる大人の大多数が見送りに来る生徒の家族である。
それだけにムーディやルーピンは異質な存在だ。

───それでも、スタージスの事はダンブルドアに報告しておこう。
───やつはこの一週間で二回もすっぽかした。
確かムーディはそう言っていた。





「ええ、多分、騎士団はスタージスが捕まるとは思っていなかったんだわ。」



「ハメられたかも!いや───
分かったぞ!」





閃いたとばかりに声を高くさせると、直ぐ様ハーマイオニーが鋭く睨んだ。
途端にロンは体を縮こまらせて、声もずっと小さくなった。





「魔法省はスタージスがダンブルドア一味じゃないかと疑った。それで───
分かんないけど───
連中がスタージスを魔法省に誘い込んだ。スタージスは部屋に押し入ろうとしたわけじゃないんだ!
魔法省がスタージスを捕まえるのに、何かでっち上げたんだ!」





突拍子も無い話だ。
常識あるまともな人間であれば濡れ衣を着せるような事はしない。
突拍子も無い話だが残念ながら、有り得ないとは言い切れないのが現状だった。





「ねえ、納得出来るわ。その通りかもしれない。」





感心した様子でハーマイオニーは考えに耽り、新聞の片割れを畳んだ。
そして少ししてから、ふと顔を見回した。





「さあ、それじゃ、スプラウト先生の『自然に施肥する灌木』のレポートから始めましょうか。
上手くいけば、昼食前に、マクゴナガルの『無生物出現呪文』に取りかかれるかもしれない……。」





しかしハリーとロンはクィディッチの練習へ行ってしまった。
仕方無いのだ。
窓から見える空は雲一つ無い快晴だったのだから。





「だからって今日やる必要は無いわ。だって二人共とっても宿題が遅れているのよ。
宿題を提出しなかったらどうなるか考えてないのかしら?」



『きっと考えている。今まで提出してきたし、夜遅くまで頑張っていた。』



「それにしては授業態度が不真面目じゃない。
ちゃんとやろうと思っていたら、きちんと先生の話を聞いて、しっかりノートを取るものよ。」



『……』
これには言い返せない。




「いいこと、ナマエ。いくら二人が可哀想でも、絶対に手伝ったら駄目よ。
いつも私達に泣きつくんだから、少しは自分の力でやらせなきゃいけないわ。」





談話室に戻る道すがら。
そして談話室に到着してからも、ハーマイオニーは刺々しい口調で愚痴をこぼした。

宿題の遅れから始まり、次いで授業態度、最終的には普段の会話に渡り、矢継ぎ早に愚痴を浴びせる。
ついには「大体ナマエは甘い」やら、「その甘さは二人の為にならない」などと名前の姿勢に飛び火した。

暖炉前のラグの上で正座をして、ひたすらに名前は耐え忍ぶ。
肘掛椅子の肘掛部分に止まったネスから、物悲しい視線を送られながら。
そんな状態が三十分程続いただろうか。
話題の当人であるハリーとロンが帰ってきた。
談話室に戻ってきてすぐ目の前にあった光景がそれだったから、二人は一瞬目を見張っていた。





「練習はどうだった?」





名前から二人へ目を移し、冷え切った声と視線で出迎える。
ブリザードである。
三十分という思いの外短時間だったせいで、ハーマイオニーの苛々はまだ治まってはいなかった。

尻込みしたのか一瞬、二人は口籠る。
先に口を開いたのはハリーだった。





「練習は───」



「めちゃめちゃさ。」





ハリーの声を遮って、ロンはそう言った。
言いながら勇敢にも、ハーマイオニーの脇の椅子に腰掛ける。
三十分前は楽しそうだったのに、今は一切の感情が抜け落ちた虚ろな表情だ。
気力を失ったロンを見て、ハーマイオニーの冷え切った表情に優しさが滲み出した。
もういいだろうと思ったのか、名前は足を伸ばそうと動く。
しかし痺れているのに気が付き、体勢が崩せないまま固まった。





「そりゃ、初めての練習じゃない。
時間がかかるわよ。そのうち───」



「めちゃめちゃにしたのが僕だなんて言ったか?」



「言わないわ。
ただ、私───」



「ただ、君は、僕が絶対ヘボだって思ったんだろう?」



「違うわ、そんな事思わないわ!
ただ、あなたが『めちゃめちゃだった』って言うから、それで───」



「僕、宿題をやる。」





勢い任せに席を立ち、ロンは男子寮の階段を上って見えなくなった。

ハーマイオニーはハリーを見た。
すっかり苛々を忘れた様子だ。





「あの人、めちゃめちゃだったの?そうなの?」



「ううん。」





空々しい否定だ。
ハーマイオニーが片方の眉をちょっと上げる。
ハリーは目を泳がせた。
ラグの上で微動だにしない名前を見詰める。





「そりゃ、ロンはもっと上手くプレイできたかもしれない。
でも、これが初めての練習だったんだ。君が言ったように……。」





それだけ言うとハリーも宿題を片付ける為にロンの後を追って談話室から姿を消した。
今日一日でどれほど宿題を片付けられるかは、名前には見当が付かない。

けれど明日もあるし、ハーマイオニーの機嫌は元に戻ったようだし、足の痺れが取れるのを待ってから図書館へ向かい、名前は食事以外の時間をそこで過ごした。
だから宿題の進捗は分からない。

けれど食事時に見たハリーとロンの顔色は芳しくなく、言葉数も少なく、とても順調に進んでいるようには見受けられなかった。
それも時間が経過する度に悪化していく。





「ハリーとロンは?」



『宿題の続き。』



「まあ、そうよね。」





夕食後に談話室へ現れたのは名前とハーマイオニーの二人だけだった。
約束した通り編み物の手解きを受ける為だ。

声を掛けるのも憚られる程、ハリーとロンは男子寮で宿題に集中している。





「ナマエ、編み物は初めてだったわね。」



『……』
頷く。



「じゃあ必要な道具の説明からするわね。
これが毛糸。こっちは編み針。どちらも適切な種類とサイズがあるの。指で編む事も出来るけど……」





説明するハーマイオニーは実に生き生きとしている。
編み物仲間が増えて嬉しいのか、SPEWの活動を誰かと行えるのが嬉しいのか。どちらもかもしれない。
ハーマイオニーに手解きは日付が変わってからも暫く続いた。

日曜も朝から快晴だ。
談話室の窓から校庭を見下ろすと、多くの生徒が遊んだり談笑したりと休日を満喫している。
今日はハリーとロンが二人共談話室に現れて、ひたすら宿題に立ち向かっていたが、外から聞こえてくる楽しそうな声が気になって仕方無いようだった。
日が暮れると校庭に出ていた生徒が戻ってきた。
談話室が一気に騒がしくなる。
これにはハリーが頭を押さえる仕草を見せた。
あわや緊張の糸が断ち切れるかと思われたが、何とか乗り切ったらしい。
しょぼついた目で宿題を続けていた。

何度も名前は向かいたそうに見詰めていたが、ハーマイオニーが付きっきりで編み物を教えてくれている。





「わあ!この帽子、とっても可愛いわ。」



「そうでしょう?ナマエが作ったのよ。」



『ハーマイオニーの教え方が上手だから作る事が出来たんだ。』



「まあ……ありがとう、ナマエ。」





しかも今日はジニーが一緒だ。それは良しとして。
名前が編み上げた帽子はポンポンが付いたものや、熊や猫の耳付きだったり、ヘタや葉っぱが付いた果物モチーフだったり、色合いもなかなか可愛らしい仕上がりだった。
ジニーが可愛い可愛いと絶賛するので、ハーマイオニー先生はご機嫌である。
褒められ慣れていない名前は手元が少々覚束ない。
ハーマイオニーも魔法でソックスを編んでいたが、ジニーと会話する余裕があるのだから器用なものである。
膝に乗ったクルックシャンクスもグルグル喉を鳴らしてご満悦だ。





「でも、ナマエも飲み込みが早いわ。それに手先が器用だもの。
これからもっと色んな物に挑戦出来るわよ。」



「それだったら、ショールは出来る?」




「ええ。出来るでしょうね。ジニー、欲しいの?」



「ママが毎年クリスマスになると、皆にセーターをプレゼントするでしょう。ナマエがプレゼントしたら、ママ、きっと喜ぶわよ。」



「それは良い考えね。本来はしもべ妖精の為だけれど……沢山毛糸を用意しなくちゃ。」





作成担当の名前当人は置いてけぼりで、二人は大いに盛り上がっている。
───お世話になっているし、ハーマイオニーの言う通り、良い考えかもしれない……
と、名前が思っているかどうかは分からないが、否定はしない。
基本的には無抵抗である。

二人の会話は途切れず続き、話題が尽きない。
時折相槌を打ちながら、名前は黙々と手を動かし続けた。

就寝の為にジニーが席を立った時、気が付けば腕時計の針は十一時三十分を指していた。





『……』





ずっと伏せていた顔を上げる。
硬直していたらしい。
そのまま首を左右に曲げたり、伸ばしたりした。

窓の外は真っ黒である。
真っ黒だが、何やら蠢くものがあった。





『ハーマイオニー。』



「なに?」



『誰宛てだろう。』





名前の視線を辿り、ハーマイオニーは窓を見た。
正体を確かめるべく目を細めてすぐ、驚いたように目を見開く。





「ヘルメスじゃない。きっとロン宛てよ。」





ハーマイオニーは席を立った。
未だ宿題を続けるハリーとロンの方へ近付いていく。





「もうすぐ終る?」



「いや。」





顔も上げずに、無愛想にロンが答えた。
ハーマイオニーはロンの肩越しにレポートを覗き込んでいる。





「木星の一番大きな月はガニメデよ。カリストじゃないわ。
それに、火山があるのはイオよ。」



「ありがとうよ。」
指摘された箇所を荒々しく消した。



「ごめんなさい。私、ただ───」



「ああ、ただ批判しにきたんだったら───」



「ロン───」



「お説教を聞いてる暇は無いんだ、いいか、ハーマイオニー。僕はもう首までどっぷり───」



「違うのよ───ほら!」





注意を引く為に一際大きな声を出し、大袈裟な身振りでハーマイオニーは窓を指差した。
これは大成功だった。
机に齧り付いていたハリーロンは顔を上げて、指し示す方へ目を遣ったのだ。
窓ガラス越しにコノハズクと目が合った。





「ヘルメスじゃない?」



「ひぇー、ほんとだ!
パーシーが何で僕に手紙なんか?」





握っていた羽根ペンを放り出して、ロンは窓を開けた。
いつからいたのだろう。
待ち切れないとばかりに隙間へ滑り込み、談話室へ侵入する。
真っ直ぐテーブルの方へ飛んで行ったかと思うと、静かにロンのレポートの上へと着陸した。

着陸してクルリと振り向くと、少し態勢を整える。
それから手紙を括り付けられた方の脚をヒョイと持ち上げて、じっとロンを見上げる。
ロンが手紙を外すと、ヘルメスはすぐに飛び立った。

後に残ったレポートは踏み荒らされてしわくちゃ。
おまけに鳥の足跡がスタンプされている。





「間違いなくパーシーの筆跡だ。」





レポートよりも手紙が気になるようだ。
ロンは取り上げた手紙から目を離さないまま椅子に座った。





「どういう事だと思う?」



「開けてみて!」





ハーマイオニーの言葉に、ハリーと名前も頷く。
ロンは巻紙を開いて読み始めた。

上から下へ。
目を通していく内に、ロンの表情はみるみる顰められていく。
最後まで読み終えて、此方を見たロンの表情は渋面だった。
何も言わずに手紙を突き出す。

一瞬、戸惑うように名前達は目を交わした。
結局名前が受け取り、ハリーとハーマイオニーは名前を挟んで手紙を覗き込んだ。

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