12.-1






『………』





遠い競技場の方向から、興奮した様子の甲高い叫び声がいくつも混ざりあって聞こえてくる。

誰もいない校舎内。
螺旋階段のある窓辺に、痩せっぽっちの背中を丸めて名前は座っていた。

片手にビデオカメラ。
もう片手には杖が力強く握り込まれて、膝の上に。

手は時折、手持ち無沙汰に杖を撫でた。

名前の目は真っ直ぐ競技場を見つめている。

















そうして、しばらくして。

色めき立った観衆の声が、一段と高くなった。

選手が入場してきたようだ。
そろそろ試合が始まるらしい。

名前はビデオカメラの電源を入れ、レンズを競技場の方向へ向ける。
ズームのボタンを押し、ピントを合わせて、観衆の顔を一通り映していく。
観客席には、ロンとハーマイオニーはもちろん、ネビルやマルフォイもいた。

ゆっくりとカメラを回し続け、やがて教師陣用の観客席まできた。

そこで、名前はぴたりと動きを止める。





『(………ダンブルドア校長先生)』





名前は画面に映る笑顔をじっと見つめた。

観客席には、他の教師達と一緒にダンブルドアが座っていた。

相変わらずブルーの瞳をキラキラと輝かせていて、楽しそうに試合を眺めている。





『………』





名前はその笑顔をしばらく眺め、カメラに収めてから、ようやく競技の方へレンズを向けた。

選手達一人一人にレンズを向けるが、瞬く間に残像を残して消えてしまう。

審判を買って出た(と名前はロンに聞いた)スネイプの眉間の皺は、名前の目にはいつもより深く見えた。





『(………あ)』





一瞬、赤色が画面を横切っていた。

赤色が消えた方向へレンズを向ける。

猛スピードだ。

赤色は急降下をして、真っ直ぐスネイプの方へ向かっていく。





『(…ぶつかる……)』





名前はカメラを強く握り締める。

赤い光は、すれすれでスネイプにぶつからなかった。

そしてぴたりと止まり、高く高く手を挙げた。

その手には、金色のスニッチが握られていた。

ハリーの眩しいほどの笑顔があった。





『………』





ワーッと、観衆の間に歓声が起こった。

(一部からはブーイングが起きたが。)

ある者は立ち上がって手を叩き、またある者は抱き合って喜び、喜び勇んで雄叫びを上げる者もいた。

名前もカメラを手放して拍手をしそうになったが、すんでのところで我に返り、慌ててカメラを持ち直した。

(もしもそのまま拍手をしていたら、カメラは地上へ真っ逆さまだっただろう。)

グランドに降りる選手達に、雨のような拍手が降り注ぐ。





『(………)』





名前はちらりと、録画時間を見る。

試合開始から五分も経っていない。





『………すごい、な。』





思わずぽつりと溢した言葉にはっとして、名前は口を閉じてカメラを回す。

今の名前の独り言は、しっかりビデオに収められたことだろう。

ハリーはいつの間にかグランドに降りているダンブルドアと何か言葉を交わしている。

その後ろで、スネイプが不機嫌そうな顔をしていた。





『………』





そのまましばらくの間、観客席やグランドの様子を撮っていたが、ハリーが更衣室に入っていった際に、名前も撮影を切り上げた。















『………』





湿った芝生の上を静かに歩く。

ズボンの裾が濡れるが、名前は歩みを止めない。

何かを探しているかのように辺りを見渡している。





『(ハリー…いない)』





疲れたように、かくんと俯き、立ち止まる。

てんやわんやの大騒ぎが、今となっては夢のように、辺りはひっそり閑としていた。

昼間と比べてぐんと冷えた風が名前の黒髪を揺らした。

赤い夕日が青白い名前の横顔を照らし、濃い陰影を落とす。

俯き、冷たい風に嬲られる名前の姿は、見ている者へ哀愁を感じさせた。

(しかし幸か不幸か、見ている者は誰一人としていなかった。)

長いローブが、カーテンのようにはためき、捲れ上がる。

ぶるりと身震いをして、風をはらむローブを体に巻き付けた。

ふう、と吐いた息は、ほのかに白い。

名前はやがてすっと顔を上げ、また歩き出した。





『(………ハリー)』





それからしばらくしない内に目的の人を見つけた。

箒置き場の木の扉に寄りかかり、ホグワーツを見上げている。

全てをやり遂げた、満足そうな顔をしながら。

名前もつられてホグワーツを見上げる。

ホグワーツの窓が夕日に照らされ、眩しく輝いていた。

名前は目を細めてハリーに視線を戻す。

すると、ハリーはまた別の事へ気を取られているようだった。

名前はまたまたつられてハリーの視線が向かう先へと目を移す。





『………』





城の正面の階段から、誰かが降りてくる。

顔を見られたら困るのか、深くフードを被っているので"誰なのか"は認識できない。

しかし、人目を避けているのは明らかだ。

急いでいるらしく、早足で禁じられた森に向かっていく。

名前はただボーッと、禁じられた森に消えていく人物を眺め、首を傾げた。





『………あ、』





が、ハリーが箒に乗ってその人物を尾行し始めたので、名前は慌てて二人の跡を追った。

忍び足で走り、森の中に二、三歩足を踏み入れてから、不意にぴたりと立ち止まり、名前は自我を取り戻す。

「これって跡を追う必要無いんじゃないだろうか」
という疑問と、

「しかも禁じられた森って入っちゃダメなんじゃなかったっけ」
という名前の中の生真面目な部分が顔を出し、

しかし
「だけど二人が気になるんだ!」
と好奇心旺盛な部分が叫ぶ。

悪魔と天使が悩む名前に囁きあって、名前は走り出す体勢のまま銅像のように固まって考え込んだ。

だが、「まあいいや」と瞬時に考えを放棄することを決断した。
その間およそ三秒。
名前は遅れを取り戻すために全速力で走った。





『……』





禁じられた森は、奥へ進めば進むほど樹々が茂り合い、辺りはどんどん暗くなっていった。

走りながら上を見るが、樹々の葉が隙間が無くなるほど重なりあっており、太陽の光は届かない。

空を箒で飛んできているであろうハリーの姿も、もちろん見えない。

ハリーの姿が見つからないのに、これ以上尾行を続ける必要があるのか疑問だったが、名前はとりあえずフードを被った人物を追うことにした。

辺りが真夜中のように暗くなり、静まり返り、深い霧がかかり始めた頃、フードを被った人物はぴたりと立ち止まった。





『………』





名前は息を潜めてしゃがみ、大柄の自分を容易に覆えせそうな雑草の根元に身を隠した。

草の隙間から様子を窺う。

フードを被った人物は太い木の辺りに立っている。

すると、ぼそぼそと声が聞こえてきた。
声の感じからして、一人ではないらしい。

名前は耳をそばだてた。





「……な、なんで……よりによって、こ、こんな場所で……
セブルス、君にあ、会わなくちゃいけないんだ。」



「このことは二人だけの問題にしようと思いましてね。」





吃り、時々裏返る声。
おそらくこれはクィレルだろう。

そしてもう一人の低い声。
セブルス、と呼ばれているし、こっちはスネイプだろう、と名前は思った。





「生徒諸君に"賢者の石"のことを知られてはまずいのでね。」



『………(……賢者の石…)』





何か引っ掛かるぞ、と名前は思った。

クィレルがスネイプの言葉に、モゴモゴと何か返している。

声が小さくて聞き取れない。

名前はその間、考えることに徹した。





『(賢者の石……ニコラス・フラメル…ハリー…スネイプ先生………狙う…)』





スネイプの声がクィレルの声を遮り、名前は再び二人の話に耳を傾ける。

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