04.-2
「おぉぉぉぉぅ!」
パーバティとラベンダーが二人揃って感心した声を上げた。
胸に手を当てて架台を見ると、積み上げられた小枝が宙に跳ねている。
そしてそれは、木製のピクシー妖精のような姿に変わった。
大きくても二十センチ程度の背丈。
節くれ立った手足に、二本の指が生えている。
顔には昆虫のようなつぶらな瞳が二つ光っていた。
引っ剥がした樹皮に小枝をくっつけたような見た目で、とても生き物には見えない。
「女生徒達、声を低くしとくれ!」
グラブリー-プランクはそう注意しながら、生き物達の頭上に灰色の種子のようなものを振り掛けた。
架台の上で種子が動いている。
よく見るとワラジムシだ。
生き物は我先にとワラジムシに飛び付いた。
「さてと───誰かこの生き物の名前を知ってるかい?Ms.グレンジャー?」
「ボウトラックルです。
木の守番で、普通は杖に使う木に棲んでいます。」
「グリフィンドールに五点。
そうだよ。ボウトラックルだ。Ms.グレンジャーが答えたように、大体は杖品質の木に棲んでる。何を食べるか知ってる者は?」
「ワラジムシ。
でも、手に入るなら妖精の卵です。」
「よく出来た。もう五点。じゃから、ボウトラックルが棲む木の葉や木材が必要な時は、気を逸らしたり喜ばせたりする為に、ワラジムシを用意するほうがよい。見た目は危険じゃないが、怒ると指で人の目をくり貫く。見て分かるように非常に鋭い指だから、目玉を近付けるのは感心しないね。
さあ、こっちに集まって、ワラジムシを少しとボウトラックルを一匹ずつ取るんだ───
三人に一匹はある───もっとよく観察出来るだろう。
授業が終るまでに一人一枚スケッチする事。体の部分に全部名称を書き入れる事。」
そう話が締め括られると、生徒は架台に押し寄せた。
三人一組という話だったが、名前達はやはり四人組である。
知識があるであろうハーマイオニーと名前にボウトラックル選抜を任せ、ロンはワラジムシを取りに行った。
ハーマイオニーと二人、ボウトラックルを持って架台から離れる。
どちらかが掌で皿を作り、どちらかが掌で蓋をしなければ、どうにも元気の良いボウトラックルを抑えてはいられなかった。
両手が塞がっているので水滴も払えないまま(払えたところで気休めにしかならないが)、芝生の上に二人は座った。
ワラジムシを携えたロンがやって来たので早速与えると、すぐに夢中になって、蓋をする必要は無くなった。
「ああ、良かった。ナマエ、ちょっとそのままでいて。」
「うーん。でも、食べる時まで忙しないなあ。
このままスケッチは難しいよ。」
『……』
かといって、名前の両手はボウトラックルとワラジムシで塞がっている。
ロンとハーマイオニーはボウトラックルを宥めつつ、羊皮紙と羽根ペンを構えながら、一瞬の隙を狙った。
そこへハリーがやって来た。
救いの神のご登場である。
「マルフォイはハグリッドの不在について、何か知っているのかもしれない。」
隣に座り込んだハリーの顔はしかめっ面を浮かべて、そう切り出した。
「何かって、何だい?」
「ハグリッドは、ハグリッドにとって巨大過ぎるものに手を出している。それで大怪我を負ったから学校に来られない。さっきマルフォイはそう言ったんだ。」
「ハグリッドに何かあったら、ダンブルドアが分かるはずよ。
心配そうな顔をしたら、マルフォイの思うつぼよ。何が起こっているか私達がはっきり知らないってあいつに知らせるようなものだわ。ハリー、無視しなきゃ。
ほら、ボウトラックルをちょっと押さえてて。私が顔を描く間……。」
腑に落ちない顔をしたものの、ハリーは言われた通り、名前の掌で蠢くボウトラックルを掴んだ。
一瞬、ボウトラックルは弱々しい抵抗を見せた。
しかし食事を続けられる事が分かると、掴まれた体勢のままワラジムシをまた食べ始めて、抵抗を止めた。
「そうなんだよ。」
マルフォイの声は思いの外、近くから聞こえてきた。
どうやら名前達四人のそばでスケッチを始めたらしい。
「数日前に父が大臣と話をしてねえ。どうやら魔法省は、この学校の水準以下の教え方を打破する決意を固めているようなんだ。
だから育ち過ぎのウスノロが帰ってきても、またすぐ荷物をまとめる事になるだろうな。」
「アイタッ!」
ハリーはボウトラックルを手放した。
ボウトラックルは森に向かって走り、やがて見えなくなった。
基本的には臆病で大人しい生き物だ。
きっと、ハリーの手に力が入ってしまったのだろう。
それで痛みに耐え兼ねて反撃に出たのだ。
ハリーの手には長い切り傷が二本、血と共に浮かび上がった。
マルフォイの話にクラッブとゴイルが笑い声を上げていたが、ボウトラックルに逃げ出されたハリーを見て、ますます笑っていた。
坂の上の学校から、終業ベルが鳴り響く。
未完成どころか真っ白な羊皮紙を丸めた。
ハリーの手に出来た二本の傷から血が滴っていたのを見兼ねてか、ハーマイオニーがハンカチで手を縛り、それから四人は「薬草学」の授業へ向かった。
ハリーの顔は浮かないままだった。
「マルフォイのやつ、ハグリッドをもう一回ウスノロって呼んでみろ……。」
ハリーは低く唸った。
「ハリー、マルフォイといざこざを起こしてはだめよ。あいつが今は監督生だって事、忘れないで。
あなたをもっと苦しい目に遭わせる事だって出来るんだから。」
「へーえ、苦しい目に遭うって、一体どんな感じなんだろうね?」
ハリーの皮肉に笑ったのはロンだけだ。
ハーマイオニーは顔をしかめ、名前は相変わらず無表情である。
曇天の下、会話もせずに野菜畑を通り過ぎる。
ロンですらハリーの苛々を感じ取って、容易に軽口を叩けなかったのだろう。
温室に着いた時、ハリーが口を開いた。
「僕、ハグリッドに早く帰ってきてほしい。それだけさ。
それから、グラブリー-プランクばあさんのほうがいい先生だなんて、言うな!」
「そんな事言うつもりなかったわ。
あの先生は絶対に、ハグリッドには敵わないんだから。」
温室の戸が開く。生徒が溢れ出てきた。
群れの中にジニーの姿がある。
つまり、この生徒は四年生だ。
「こんちわ。」
ジニーも此方に気が付いたらしい。
擦れ違いざま、朗らかに挨拶した。
此方が「やあ」だの「こんにちは」だの、短い挨拶を返す間に、ジニーは群れの流れに沿って、そのまま学校へ戻っていく。
温室から学校までの群れの流れに沿って、今度はルーナ・ラブグッドが現れた。
ハリーを目指して真っ直ぐ此方へやって来る。
その勢いに周囲が注目した程だ。
「『名前を言ってはいけないあの人』が戻ってきたと信じてるよ。それに、あんたが戦って、あの人から逃げたって、あたしは、信じてる。」
「え───そう。」
何の前置きもせずに、ルーナはそう言った。
あまりに唐突だった為か、ハリーは話の理解に頭が追い付いていない様子だ。
パーバティとラベンダーがクスクス笑った。
見ると、二人はルーナの顔辺りを指差している。
鼻先についた泥か、耳朶にぶら下がるオレンジ色の蕪のイヤリングか。
まさかお団子にした髪型では無いだろう。
それともルーナの発言を笑ったのだろうか。
「笑ってもいいよ。」
ルーナの飛び出た目がパーバティとラベンダーを捉えた。
自分の発言を笑われたと思ったようだ。
二人が笑ったのはイヤリングの事についてだったが、知る由もない。
「だけど、ブリバリング・ハムディンガーとか、しわしわ角スノーカックがいるなんて、昔は誰も信じていなかったんだから!」
「でも、いないでしょう?
ブリバリング・ハムディンガーとか、しわしわ角スノーカックなんて、いなかったのよ。」
現実的なハーマイオニーにとってルーナの発言は眉唾物もいいところだったらしい。
頑固な性格も相俟って、思わず口を挟んでしまった。
ルーナはそんなハーマイオニーを、黙ってジーッと見詰め返す。
ハーマイオニーがその視線に怯んだところで、ルーナは立ち去っていった。
その後ろ姿を目で追って、居合わせた多くの生徒が笑う。
夢見がちなルーナと現実的なハーマイオニー。
真逆の性質だ。
二人は反りが合わないのかもしれない。
「僕を信じてるたった一人の人を怒らせないでくれる?」
「何言ってるの、ハリー。あの子よりましな人がいるでしょう? ジニーがあの子の事を色々教えてくれたけど、どうやら、全然証拠がないものしか信じないらしいわ。
まあ、もっとも、父親が『ザ·クィブラー』を出してるくらいだから、そんなところでしょうね。」
「言っておきたいんだけど。」
良く通る声が割って入ってきた。
アーニー・マクミランだ。
「君を支持しているのは変なのばかりじゃない。僕も君を百パーセント信じる。
僕の家族はいつもダンブルドアを支持してきたし、僕もそうだ。」
「え───ありがとう、アーニー。」
アーニー・マクミランは普段から気取り屋で、周囲に良い印象を与えようと、いかにも実直な人間らしく振舞うのが常だ。
そういった性格は皆理解していたが、そのアーニーの言葉が少なからず状況に変化をもたらしたのは事実である。
ラベンダーは笑いを消したし、シェーマスの表情には迷いが窺えた。
「薬草学」ではお決まりの如くOWLの重要性について語られ、当然のように宿題が出された。
誰もが疲れ果ててお喋りする元気も無く、静かに城へ帰路を辿る。
五時からハリーはアンブリッジの罰則がある。
グリフィンドール塔へ鞄を置きに戻るのは止めて、食事を優先させ大広間へ直行する事となった。
「おい、ポッター!」
「今度は何だよ?」
大広間の扉を目前にして、何者かが怒気を含んだ大きな声でハリーを呼んだ。
疲れ果ててその上これから罰則を控えている。
ハリーはすっかりうんざりした様子で、それでも声の主を探した。
アンジェリーナ・ジョンソンが真っ直ぐ此方へ向かってくる。
鬼のような形相だ。
「今度は何だか、いま教えてあげるよ。」
目の前までやって来ると、アンジェリーナはハリーの胸を指で押した。
「金曜日の五時に罰則を食らうなんて、どういうつもり?」
「え?何で……ああ、そうか。
キーパーの選抜!」
「この人、やっと思い出したようね!
チーム全員に来て欲しい、チームにうまくはまる選手を選びたいって、そう言っただろう? わざわざその為にクィディッチ競技場を予約したって言っただろう?
それなのに、君は来ないと決めたわけだ!」
「僕が決めたんじゃない!
アンブリッジのやつに罰則を食らったんだ。『例のあの人』の事で本当の事を話したからっていう理由で。」
「兎に角、真っ直ぐアンブリッジのところに行って、金曜日は自由にしてくれって頼むんだ。
どんなやり方でも構わない。『例のあの人』は自分の妄想でしたと言ったっていい。何がなんでも来るんだ!」
それだけ言うと、アンジェリーナは去っていった。
その後ろ姿をちょっとだけ見送った後、大広間に入りながらハリーは口を開いた。
「あのねえ。
パドルミア・ユナイテッドに連絡して、オリバー・ウッドが事故で死んでないかどうか調べたほうがいいな。アンジェリーナに魂が乗り移ってるみたいだぜ。」
グリフィンドールの長テーブルに沿って歩く。
四人分の空席を見付けて、それぞれ腰掛けた。
腰掛けてすぐ、皿の上に次々骨付き肉を装いながら、ロンは暗い声で問い掛けた。
「アンブリッジが金曜に君を自由にしてくれる確率はどうなんだい?」
「ゼロ以下。
でも、やってみた方がいいだろうな。二回多く罰則を受けるからとか何とか言ってさ……。」
子羊の骨付き肉を食べ、ポテトを頬張り、ハリーは話を続けた。
よっぽど空腹なのか、それとも時間が無いからか。
吸い込むように凄い量の食事を平らげていく。
名前は思わず見詰めてしまったが、自分の皿にまだ何も装っていないのを思い出し、テーブルの上の料理を見回した。
「今晩あんまり遅くまで残らされないといいんだけど。ほら、レポート三つと、マクゴナガル『消失呪文』の練習と、フリットウィックの反対呪文の宿題をやって、ボウトラックルのスケッチを仕上げて、それからトレローニーのあのアホらしい夢日記に取りかかるだろ?」
「その上、雨が降りそうだな。」
「それが宿題と関係があるの?」
「ない。」
ハーマイオニーが切り掛かるとロンはすぐ否定したが、耳が赤く染まった。
名前はまだ料理を見回しているようだった。
五時五分前になると、ハリーは暗い顔で三人に「さよなら」を言い、大広間を出ていった。
夕食を終えた名前達三人は、ハリーの身を案じつつもグリフィンドール塔に戻った。
早めに夕食を始めたせいか、談話室に人は疎らだ。
『……』
寝室に戻ると同室の者はいなかったが、ベッド近くの窓辺にネスがいた。
ネスは名前を見付けると、ピューッと飛んできて肩に止まる。
名前はベッドの側にしゃがみ込むと、ベッドの下からトランクを引きずり出した。
トランクを開けて、中から文字盤を引っ張り出す。
床の上に文字盤を置いて、文字を指し示すハート型の道具を、そのまた上に置いた。
ネスは肩から床の上へ舞い降りる。
名前は扉の方を気にしてから、ハート型の道具を動かした。
『(こんばんは。調子はどうですか。)』
ハート型の道具をネスに渡す。
───こんばんは。まあまあです。
そんな言葉が返ってきた。
『(ハリーは傷跡が痛むようです。)』
───ヴォルデモート卿の影響でしょうね。彼の精神状態も関係しているかもしれませんが。
『(精神状態が安定すれば、多少なりとも痛みは和らぐという事ですか。)』
───彼が普通にしていても、要因はヴォルデモート卿にあります。存在する限り、それは難しいと思います。
『……』
───ミョウジ。
『……』
───よくない事を考えてはいないでしょうね。
ネスは名前をじっと見上げた。
名前の目はネスからハート型の道具、文字盤、床、壁───と、泳ぎ回る。
図星だったらしい。
ネスが再びハート型の道具へ嘴を伸ばす。
その時、寝室の扉が開いた。
一人と一羽はピタリと動きを止める。
『……』
息を潜めて耳をそばだてる。
ローファーの踵がコツコツと床を踏み鳴らしている。
足音は真っ直ぐベッドに向かった。
何やらゴソゴソと音を立て、また足音は扉に戻っていく。
名前はベッドからちょっと頭を出して、扉の方を覗き見た。
箒の柄と、赤毛の後ろ頭が見える。
『箒を持ってどこに行くんだ。』
ロンは飛び上がって勢い良く振り返った。
見開いた目から目玉が零れ落ちそうだ。
名前がいるとは夢にも思わなかったらしい。
慌てて新品のクリーンスイープ11号を背中に隠したが、名前はバッチリ目撃している。
「ナマエ───あの、僕───」
『……』
「僕───あの───あのさ。金曜日のやつ───
出てみようかと思って。それで、練習しとこうと思って。」
『……
クィディッチか。』
「うん。」
何とか言い繕おうとしたロンだったが、名前のじーっと見詰める視線に耐え切れず、早々に降参してしまった。
合点がいったらしい、成る程と頷く名前。
箒を両手で握り締めながら、ロンは縮こまった。
顔が真っ赤だ。
「僕───僕、ほら───今度はちゃんとした箒を持ってるし。クィディッチ好きだし、やってみるのも悪くないかなって。」
『うん。いいと思う。』
「本当かい?」
『うん。』
「それじゃ───練習に行ってくるよ。」
『気を付けてね。』
「うん。ナマエ……」
『何。』
「この事、ハリーとハーマイオニーには言わないでくれる?笑われるかもしれないし……話す時は、僕が直接話すから。」
『分かった。』
二人とも笑ったりはしないと思うが、名前は頷いて承諾した。
ロンが寝室を出て扉を閉めた後、文字盤をトランクにしまい込む。
そろそろ夕食を終えた生徒が戻ってくる頃合いだ。
鞄を持って立ち上がる。
ネスが肩に飛び乗った。
「あら。ロンは一緒じゃないの?」
『……。』
談話室に下りると殆ど同じタイミングで、ハーマイオニーがクルックシャンクスと一緒に女子寮からやって来たところだった。
目を他所へ向けながらも頷いて肯定を返す。
ハーマイオニーはぐるりと談話室を見回した。
そこそこ生徒はいるが、ロンの姿は無い。
「どこに行ったのかしら……まあいいわ。ナマエ、宿題は何が残ってるの?」
『スプラウト先生のレポートと、トレローニー先生の夢日記。』
「そう。じゃあ、レポートをやりましょう。」
『……』
頷く。
暖炉前の肘掛椅子へ向かう。
肘掛椅子へ腰掛けると、ネスは肩から下りて、肘掛部分に落ち着いた。
クルックシャンクスはハーマイオニーの膝の上へ飛び乗って、いそいそと丸まる。
鞄の中から羊皮紙と羽根ペン、インク壷を取り出して、テーブルの上へ置いた。
教科書を開いたり、参考書を開いたりしつつ、二人は黙々とレポートを進める。
「ねえ、ナマエ。最近スネイプと何かあったの?」
『……』
羊皮紙から顔を上げて、ハーマイオニーの顔をじっと見詰める。
ハーマイオニーは真面目な顔で此方を見ていた。
ハリーやロンが一緒の時なら無駄話なんていつもの事で、あんまりにも脱線するとハーマイオニーが怒ったりする。
けれど名前とハーマイオニーが二人で宿題や勉強をしている時に、無関係な話を持ち掛けるのは珍しい事だ。
「食事時よく先生のいるテーブルの方を見るから、ちょっと気になったのよ。それとも他の先生だった?」
『……』
首を傾げて右斜め上を見詰める。
名前の考える際の癖だ。
『多分、スネイプ先生。』
「多分?」
『よく見ているって意識は無かった。』
「まあね、確かに不自然な感じは無かったわ。何かの拍子に、ふと見る感じよ。ハリーもロンも気にしていないし。
でも、やっぱりスネイプを見ていたのね。最初の授業の事?」
名前を気遣ってだろう。
周囲に聞こえないよう、ハーマイオニーは声を落としていた。
しかしすぐ側にネスがいる。
ネスがジーッと此方を見ているのが視界の端に映り込む。
「ほら、『安らぎの水薬』よ。ナマエ、あなた、提出してから昼食に来るまでに、随分と時間が掛かったじゃない。
その時あなたは遅れた理由を、スネイプと話をしたって言ってたわ。」
『……うん。』
「二ヶ月前のお礼だって。それ以外は?何か話した?」
『……』
そもそもの始まりは「安らぎの水薬」を置く場所が無かったから、直接受け取ってくれたのだ。
それで、すぐにお礼を言ったわけではない。
確か、スネイプの方から話し掛けてきたはずだ。
『体調はどうだって。』
「体調?……」
驚いたように目を見開いた。
徐々に怪訝そうに目を細める。
「……それで、あなたは何て答えたの?」
『元通りです。』
「スネイプは?」
『それは何より。』
「……
それで?」
その後でお礼を言ったはずだ。
それから、それが引き金になって、お説教が始まったのだ。
『俺の少食が目に余ると仰った。人並みに食べるようにしなさいって。』
「まあ、そうね。私も心配よ。」
訝るような顔のまま、全くだと頷く。
「でもスネイプがそう言ったの?」
『……』
頷く。
『だから、そんなに見られているのかって、それで、……多分、……だから……スネイプ先生の視線が気になる。』
「成る程ね。そう、スネイプが……。」
ハーマイオニーは顎を指で撫で、熟考の態勢に入る。
ブツブツつ呟く様は、さながら名探偵ハーマイオニーという感じだ。
「授業態度は真面目だし、反抗的でもない。成績も良いはず……ナマエ個人に注目する理由……二ヶ月前の事が切っ掛け?でももう毎年の事じゃない……我慢の限界?それにしてはハリーみたいにあからさまじゃないわ……粗探しの上の難癖?……というよりは、ナマエの身を案じているようなセリフだわね。でも、スネイプが?……」
『……』
「……まさかね。
ナマエ、そんなに気に病む事は無いわ。だってあなた、以前に比べたらずっと食べるようになったもの。そりゃあ、それでも少ないけど。
でもあなたが努力してるって、私は分かってるわ。」
『でも、』
「ねえ、ナマエ。誰かに悪く言われるのは嫌になるわよ。でも相手はスネイプなの。スネイプがスリザリン以外の誰かに対して、嫌味じゃなかった事なんてあった?気にしなくていいのよ。」
『……』
名前は首を傾げる。
嫌な気持ちになったわけではない。
見られていると分かって気になったのだ。
嫌な気持ちではない。けれど落ち着かない。
ハリーやロン、ハーマイオニーだったらどうだろう。
フレッドやジョージ、ジニーだったら。
マクゴナガルだったら。ハグリッドだったら。
やっぱり少し落ち着かないかもしれない。
でもスネイプだと、これが奇妙な程に落ち着かない。
相手がスネイプだと、どうして落ち着かないのだろう。
「まあ、気にするなって言うのは無理があるわね。だってナマエって、スネイプに対して嫌な感情が無いみたいだもの。そうでしょう?」
『……』
首を傾げ、やがて頷く。
『多分。』
「そうよね。わざわざお礼を言うくらいだもの。ロンやハリーだったら絶対にしないわね。」
『ハーマイオニーは。』
「どうかしら。直接は伝えないかもしれないわね。マクゴナガル先生を通して伝えてもらうとか……。」
視線を気にする。体を襲う異様な緊張。
以前はこうはならなかった。今学期になってからだ。
思い当たる節といえば、二ヶ月前にクィレルが口にした事だろう。
けれどその言葉は喜ばしい事であって、悩むようなものではない。
───セブルスは君の父親に憧れているんです
それはクィレルの憶測に過ぎないが、事情を良く知らない名前はそれを真実だと受け取るしかない。
それが真実であれば喜ばしい事だ。
父親は尊敬されるような人だった。誇らしい事だ。
なのに何故その喜ばしいはずの言葉が、精神的重圧になるというのだろう。
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