02.-2


「ェヘン、ェヘン。
さて、ホグワーツに戻ってこられて、本当に嬉しいですわ!
そして、皆さんの幸せそうな可愛い顔がわたくしを見上げているのは素敵ですわ!」





可愛いかは置いておいて、幸せそうには見えない。
少なくとも名前の見える範囲にいる生徒は、アンブリッジの話し方と笑顔に度肝を抜かれている者しかいない。





「皆さんとお知り合いになれるのを、とても楽しみにしております。きっとよいお友達になれますわよ!」



「あのカーディガンを借りなくていいなら、お友達になるけど。」





パーバティがラベンダーに額を寄せてそう言って、二人でクスクス笑った。
嘲笑とも取れるクスクス笑いは、何も彼女達だけがもらしたわけではない。
生徒の殆どが互いの顔を見合わせ、鼻で笑ったりした。

アンブリッジはまた咳払いして、少し表情を引き締める。
そして、スーッと息を吸い込んだ。





「魔法省は、若い魔法使いや魔女の教育は非常に重要であると、常にそう考えてきました。
皆さんが持って生まれた稀なる才能は、慎重に教え導き、養って磨かなければ、ものになりません。
魔法界独自の古来からの技を、後代に伝えていかなければ、永久に失われてしまいます。
我らが祖先が集大成した魔法の知識の宝庫は、教育という気高い天職を持つものにより、守り、補い、磨かれていかねばなりません。」





言葉を区切り、アンブリッジは教師陣に会釈をした。
かろうじてダンブルドアのみが会釈し返したように見えた。
他の教師陣は誰も会釈を返さない。

マクゴナガルはますます御冠の様子だ。
眉根が寄せられ、真一文字の唇も相俟って、鷹のようである。
更に何やらスプラウトとアイコンタクトを取っている。

生徒の方へ向いているアンブリッジに、そんな様子が見えるはずも無く。
彼女はまた軽い咳払いをして、話を続けた。





「ホグワーツの歴代校長は、この歴史ある学校を治める重職を務めるにあたり、何らかの新規なものを導入してきました。そうあるべきです。進歩がなければ停滞と衰退あるのみ。
しかしながら、進歩の為の進歩は奨励されるべきではありません。何故なら、試練を受け、証明された伝統は、手を加える必要がないからです。
そうなると、バランスが大切です。古きものと新しきもの、恒久的なものと変化、伝統と革新……」





まるで駅前の街頭演説だ。

生徒が好き勝手お喋りをしているのに、アンブリッジは構うことなく小難しい話を続けている。

彼女の話を聞き漏らさまいとしているのは、少数の生徒と教師陣くらいだろう。





「……何故なら、変化には改善の変化もある一方、時満ちれば、判断の誤りと認められるような変化もあるからです。
古き慣習のいくつかは維持され、当然そうあるべきですが、陳腐化し、時代遅れとなったものは、放棄されるべきです。
保持すべきは保持し、正すべきは正し、禁ずべきやり方と分かったものは何であれ切り捨て、いざ、前進しようではありませんか。
開放的で、効果的で、かつ責任ある新しい時代へ。」





アンブリッジが着席して、ダンブルドアは拍手した。
教師陣も拍手をしたが、一、二回で手を引っ込めていた。
教師陣のこの様子から鑑みるに、アンブリッジは歓迎されていないらしい。

話を聞き漏らさまいとしていた少数の生徒が拍手をして、それに乗っかってお喋りしていた生徒も形だけの拍手をした。

拍手の中、ダンブルドアが立ち上がる。





「ありがとうございました。アンブリッジ先生。まさに啓発的じゃった。」
ダンブルドアがゆっくり会釈した。
「さて、先ほど言いかけておったが、クィディッチの選抜の日は……」





ダンブルドアの話声を背景に、ハーマイオニーが口を開いた。
低い声だった。





「ええ、本当に啓発的だったわ。」



「面白かったなんて言うんじゃないだろうな?
ありゃ、これまでで最高につまんない演説だった。パーシーと暮らした僕がそう言うんだぜ。」



「啓発的だったと言ったのよ。面白いじゃなくて。
色んな事が分かったわ。」



「ほんと?
中身のないムダ話ばっかりに聞こえたけど。」



「そのムダ話に、大事な事が隠されていたのよ。」



「そうかい?」



「たとえば、『進歩の為の進歩は奨励されるべきではありません』はどう? それから『禁ずべきやり方と分かったものは何であれ切り捨て』はどう?」



「さあ、どういう意味だい?」



「教えて差し上げるわ。
魔法省がホグワーツに干渉するという事よ。」





周囲がにわかに騒がしくなり、皆が立ち上がって移動を始めた。
ダンブルドアの話は終わって、今日はお開きになったようだ。

椅子を蹴飛ばす勢いでハーマイオニーが立ち上がった。





「ロン、一年生の道案内をしないと!」



「ああそうか。
おい───おい、お前達、ジャリども!」



「ロン!」



「だって、こいつら、チビだぜ……。」



「知ってるわよ。だけどジャリはないでしょ!───
一年生!
こっちへいらっしゃい!」





そういえば二人は監督生だった。
名前はまだ「おめでとう」が言えずにいる。
けれどその言葉は今では無いだろう。
集まってきた新入生のつむじを見下ろしつつ、名前はハリーの横へ体を寄せた。

長身痩躯の東洋人の先輩を物珍しそうに、新入生はチラチラ見上げる。
相変わらずの無表情で迎え入れるので、新入生は怯えて隣にいるハリーの方へ視線を流した。
ハリーは愛想良く微笑みかけた。

新入生の一人であるブロンドの少年の顔が恐怖に引き攣った。
隣のユーアン・アバクロンビーを突っついて、耳元で何やら囁いている。
ユーアン・アバクロンビーはハリーを見上げた。
その目が恐怖に染まっていた。
ハリーの顔から表情が抜け落ちた。





「またあとで。」



『先に行ってる。』





ハリーはこの場から早く離れたいようだ。
一人で足早に大広間を横切っていくので、名前は監督生の二人と別れ、慌てて後を追い掛けた。
追い掛けたと言っても、名前の長い足では数歩で追い付いてしまうが。

大広間を出るまでの数メートル。
視線がどこまでも付いてきた。
指を差され、ひそひそと囁く声も聞こえてくる。

ハリーは真っ直ぐ前を向いて歩いていた。
気が付かないはずが無い。
見ないようにしているだけだ。





『ハリー、大丈夫。』



「大丈夫さ。こうなる事は分かっていた。」



『分かっていても、つらい事はつらいままだ。』



「……
ナマエこそ大丈夫なの?君は注目されるのは苦手だろう。」



『苦手。だけど友達が一緒だと、少し気が楽。』



「そうかい?僕は……」





玄関ホールを抜けて大理石の階段を上り、廊下を進む。
生徒の気配がずっと遠ざかり、今は二人しかいない。

ハリーは何か言いたげに名前を見詰めた。
名前はハリーを見つめ返した。相変わらずの無表情だ。

名前の言葉にどうにか逆らおうと、ハリーは捻くれた顔付きだったが、やがて毒気を抜かれたらしく口籠った。





「僕は……
……ナマエが一緒だと気が抜けるよ。」



『そう。』
首を傾げる。



「うん……。」





好奇に晒され、煽り立てられ、理不尽に弄ばれ。
ハリーの感情は揺さぶられ続け、ストレスにささくれている。

けれど───隣を歩く名前を見る。
すぐに名前は視線に気が付いて、ハリーの目を見つめ返した。
そうするとハリーは、何だか勢いが削がれるのだった。

名前が自分と似たような状態にあるから、仲間意識からくる安心感かもしれない。
それに名前はどんなに喜ばしい事があろうと、死にそうなくらい酷い目にあおうと、相変わらず無表情だ。
それがちょっと憎らしくもあり、妙な安心感もある……。





「えーと……。」


『……』





二人は「太った婦人」の肖像画の前に辿り着き、はたと互いの顔を見た。

中に入る為には合言葉が必要だ。
けれど新しい合言葉を知らない。

まごつく男子二人を前に、「太った婦人」はドレスの襞をゆっくり整えた。
それから厳しい一瞥を投げ付ける。





「合言葉がなければ入れません。」



「ハリー、ナマエ!
僕、知ってるよ!」





背後から何者かの声が響いた。
二人揃って振り向くと、声の主であろうネビルが走り寄ってくる。
胸にサボテンのような植物を抱えているので、とても走りにくそうだ。





「何だと思う?僕、これだけは初めて空で言えるよ───」
息を乱しながら、胸抱えた鉢植えを振って見せた。
「ミンビュラス ミンブルトニア!」



「そうよ。」





満足そうにそう言うと、「太った婦人」の肖像画は扉のように開いた。
開いた先には、グリフィンドール塔の談話室に通じる横穴が現れる。
ハリー、ネビル、名前の順番で、現れた穴に潜った。





『ありがとう、ネビル。』



「えっ。何がだい、ナマエ?」



『入れなくて困っていた。』



「ああ、ううん。どういたしまして。
これぐらい、なんてことないさ。」





穴を潜り抜けて、談話室に足を下ろす。
談話室には疎らに生徒がいた。
談笑を楽しんだり、暖炉の前で体を温めていたりしている。
掲示板の前にフレッドとジョージがいた。
二人で何か貼り付けているようだったが、名前達の存在に気が付いたらしく、手を止めて此方を見た。

ハリーが軽く手を振った。
のんびり談笑する気分では無いようで、それっきり、真っ直ぐ寝室に向かう。
名前は控えめに会釈をして、ハリーの後を追った。
ネビルも寝るらしく、その後に続いた。

寝室に近付くにつれ、楽しげな話し声が漏れ聞こえてきた。
先頭のハリーが寝室のドアを開く。
その途端、ピタリと話し声が止んだ。





「……」



「……」





同室のディーン・トーマスとシェーマス・フィネガンは、入ってきたハリーを黙って見詰めていた。
その視線に気後れしたのか、ハリーは扉を開いた姿勢で固まった。

立ち止まった理由を探ろうと、ハリーの背後から名前が顔を覗かせる。
ディーンとシェーマスの全身が強張った。

名前もハリーと同じく、奇妙な反応をされる理由は色々と持ち合わせているが、
今回はただ単純に、暗がりから現れた名前に驚かされただけかもしれない。





「やあ。」





ハリーは自分のトランクに近付きながら、つとめて明るく振る舞った。





「やあ、ハリー。
休みはどうだった?」





話し声に耳を傾けつつ、名前もネビルも、自分のトランクへ近付く。
トランクの取手にネスが止まっており、近付いてきた名前を見上げて、ゆっくり瞬いた。

ディーンの声は普段通りだ。
シェーマスの方は黙ったまま、ポスターを壁に貼り付けている。





「まぁまぁさ。
君は?」



「ああ、オッケーさ。
兎に角、シェーマスよりはましだったな。
今聞いてたとこさ。」



「どうして?シェーマスに何があったの?」





控えめな声でネビルがそう聞いた。
シェーマスはポスターを貼り付けるのにやけに熱心で、すぐに返事は返ってこない。

ベッド脇の戸棚の上にネスを移動させて、トランクを開ける。
パジャマと、明日の朝に着るトレーニングウェアを取り出した。





「ママに学校に戻るなって言われた。」



「えっ?」



「ママが、僕にホグワーツに戻って欲しくないって。」



「だって───どうして?」



「えーと。」





口籠るシェーマスは、ようやくポスターから離れ、トランクからパジャマを取り出していた。

ハリーはシェーマスの言葉に驚いて、着替える手を止めてまで、シェーマスの方を見詰めていた。
けれどシェーマスは頑なにハリーを見ようとしない。

シェーマスは着替え終えてやっと、再び口を開いた。





「多分……君のせいで。」



「どういう事?」



「えーと。
ママは……あの……えーと、君だけじゃない。ダンブルドアもだ……。」



「『日刊予言者新聞』を信じてるわけ?
僕が嘘吐きで、ダンブルドアがボケ老人だって?」



「うん、そんなふうな事だ。」





そこで初めてシェーマスはハリーを見た。
その時にはハリーは目を逸らしていて、目が合う事は無かった。
今度はハリーが頑なに目を合わせようとしないのだ。

ベッド脇の机に杖を投げ、脱いだローブをトランクに押し込み、パジャマに着替える。
動作が投げやりで乱暴で、怒っているのは明らかだった。
ベッドに潜り込み、荒々しく四方のカーテンを閉じていく。





「ねえ……あの夜一体何があったんだ?……
ほら、あの時……セドリック・ディゴリーとか色々?」





カーテンを閉じ切る前に、シェーマスがそう聞いた。
聞きながら、シェーマスはチラリと名前を見た。

墓場での出来事がシェーマスの脳内で、どのように解釈されているかは分からない。
名前の行動は「予知」によるものだと公言された。
そうでなければ、何故あの場所に名前が居合わせたのか説明がつかない。
けれどダンブルドアがボケていると信じているのであれば、ダンブルドアの発言は真剣に受け止められてはいないのだろう。

つまり半信半疑なのだ。
その目が物語っている。





「どうして僕に聞くんだ?
『日刊予言者新聞』を読めばいい。君の母親みたいに。読めよ。知りたい事が全部書いてあるぜ。」



「僕のママの悪口を言うな。」



「僕を嘘吐き呼ばわりするなら、誰だって批判してやる。」



「僕にそんな口のききかたするな!」



「好きなように口をきくさ。」





ハリーはベッド脇のテーブルから杖をさらい、素早くシェーマスに向けた。

一触即発の雰囲気に名前の体が強張る。
睨み合う二人を見比べ、いつでも止められるようにと態勢を整えた。





「僕と一緒の寝室で困るなら、マクゴナガルに頼めよ。変えてほしいって言えばいい……ママが心配しないように───。」



「僕の母親のことは放っといてくれ、ポッター!」



「何だ、何だ?」





騒ぎを聞き付けたらしい。
ロンが戸口に現れた。

拳を振り上げるシェーマス。
杖を向けるハリー。
ベッドから片足を下ろしたまま、奇妙な体勢で固まる名前。
三人を見比べ、ロンの脳内でストーリーが一瞬にして出来上がった。

───おそらく、何らかの理由でハリーとシェーマスが喧嘩して、名前が止めようといざ動いたタイミングだったのだろう───
と……。





「こいつ、僕の母親の悪口を言った。」



「えっ?
ハリーがそんな事するはずないよ───僕達、君の母さんに会ってるし、好きだし……。」



「それは、腐れ新聞の『日刊予言者新聞』が僕について書く事を、あの人が一から十まで信じる前だ!」



「ああ。
ああ……そうか。」



「いいか?
そいつの言う通りだ。僕はもうそいつと同じ寝室にいたくない。そいつは狂ってる。
ああ、狂っているのはもう一人いたな……。」





小さくそう付け加え、シェーマスは名前を見た。
名前はやはり無表情だった。
代わりにロンの変化は顕著で、両耳がじわじわ赤く染まっていく。




「シェーマス、そいつは言い過ぎだぜ。」



「言い過ぎ? 僕が?
こいつが『例のあの人』に関してつまらない事を並べ立ててるのを、君は信じてるってわけか?
こいつが夢で「予知」していただなんて馬鹿げた話を信じるのか?
こいつらがほんとの事を言ってると思うのか?」



「ああ、そう思う!」



「それじゃ、君も狂ってる。」



「そうかな? さあ、君にとっては不幸な事だがね、おい、僕は監督生だ!」
胸の監督生バッジを見せ付けた。
「だから、罰則を食らいたくなかったら口を慎め!」





シェーマスとロンは睨み合った。
引いたのはシェーマスの方だった。

勢い良くをベッドに飛び込み、四方のカーテンを乱暴に閉じる。
スプリングがギシリと嫌な音を立て、カーテンの一部は破れて床に落ちた。

少しの間カーテン越しに、ロンはシェーマスの方を睨んでいた。
それから睨み付ける目付きのまま、ディーンとネビルを見た。





「他に、二人の事をごちゃごちゃ言ってる親はいるか?」



「おい、おい、僕の親はマグルだぜ。
ホグワーツで誰が死ぬような目にあっても、僕の親は知らない。
僕は教えてやるほどバカじゃないからな。」



「君は僕の母親を知らないんだ。誰からでも何でもするする聞き出すんだぞ!」
カーテンの中からシェーマスが叫んだ。
「どうせ、君の両親は『日刊予言者新聞』を取ってないんだろう。校長がウィゼンガモットを解任され、国際魔法使い連盟から除名された事も知らないだろう。まともじゃなくなったからなんだ───」



「僕のばあちゃんは、それデタラメだって言った。
ばあちゃんは、『日刊予言者新聞』こそおかしくなってるって。ダンブルドアじゃないって。ばあちゃんは、購読をやめたよ。僕達、二人を信じてる。」





いつものオドオドした雰囲気は欠片も無い。
ネビルは落ち着いた口調でそう言って、自分のベッドに横たわった。





「ばあちゃんは、『例のあの人』は必ずいつか戻ってくるって、いつも言ってた。ダンブルドアがそう言ったのなら、戻ってきたんだって、ばあちゃんがそう言ってるよ。」





それ以上シェーマスは食って掛からなかった。
杖を取り出し、破れたカーテンを直すと、黙ってベッドに潜った。
ディーンも黙っているし、ネビルは愛おしそうにミンビュラス・ミンブルトニアを眺めている。
ハリーは枕に凭れ掛かり、ロンは寝る準備を始めた。

この場は何とか静まったようだ。
けれどきっと、その場しのぎでしかない。
シェーマスの考えが改められた様子は無かったし、大勢の生徒も、おそらく世間も同じような状態にある。
一人一人に説明して納得させるなど骨が折れるし、到底不可能だ。
同室で友人であるシェーマスと仲違いをするほど、「日刊予言者新聞」には影響力があるのだから。

四方のカーテンを閉じて、名前もベッドに横たわった。
戸棚の上からネスが舞い降りて、枕元に降り立った。
名前の顔を覗き込み、金泥色の瞳を瞬かせている。
心配しているようだ。
布団の下から手を出して、指先で嘴を撫でた。

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