01.-2


ついに最後尾の車両だ。
通路の真ん中に男子生徒が立っていて、先頭のハリーは足を止めた。
後ろを歩いていたジニー、名前も順に足を止め、ハリーの背中からひょっこり顔を出して、立ち止まった理由を探る。
男子生徒が此方を見た。





「やあ、ハリー。」





ネビル・ロングボトムだ。
片手にトランク、もう片手にヒキガエルのトレバーを握り締めている。
トレバーはネビルの手から逃れようと、必死にジタバタと手足を動かしていた。
ネビルは息を切らし、顔に汗を光らせ、逃さまいと四苦八苦している。





「やあ、ジニー……それにナマエも……
どこも一杯だ……僕、席が全然見付からなくて……。」



「何言ってるの?」





ハリーを押し退け、ネビルを壁際に追いやり、ジニーは最後のコンパートメントを覗き込んだ。





「ここが空いてるじゃない。ルーニー・ラブグッド一人だけよ───。」





ハリーと名前は顔を見合わせた。
アイコンタクトで「知ってる?」「知らない」というやり取りを済ませ、再びジニーとネビルの方へ向き直る。

ネビルは邪魔したくないといった内容の気乗り薄な返事をしていた。





「バカ言わないで。
この子は大丈夫よ。」





ジニーは不安そうなネビルに笑いかけて、コンパートメントの戸を躊躇い無く開けた。

心の準備をする暇も無かったらしい。
本当に大丈夫かという不安と仲間が一緒にいる安心感に挟まれ、ネビルは複雑な表情でハリーと名前を見た。
助けを求めている表情だ。

ここでまごついても仕方ない。
ハリー、ネビル、名前の順番でコンパートメントに入る。
コンパートメントには立ったままのジニーと、窓際の座席に座って雑誌を読む女の子がいた。
女の子はジニー達の存在に気が付いていないのか、気付いていて無視しているのか、雑誌に顔を埋めたままだ。





「こんにちは、ルーナ。
ここに座ってもいい?」





ジニーがそう声を掛けると、女の子が初めて此方を見た。

見開いた目だ。でもそれが彼女の普通らしい。
落ち着いた雰囲気でネビル、ハリー、名前を見据えた。
濁ったブロンドの長い髪の隙間、左耳に杖を挟んでいるのが見える。
大工のおじさんや競馬新聞を買うおじさんが鉛筆を耳に挟んでいる事があるが、その光景を彷彿とさせた。

やがて女の子は頷いた。
その動作で、バタービールのコルクを繋ぎ合わせたネックレスが、小さく動いた。





「ありがとう。」





ジニーは女の子に微笑みかけ、その隣へ腰掛けた。
男子三人は協力して全員のトランクと鳥籠を荷物棚に上げ、ハリー、名前、ネビルの順番でようやく着席した。
着席してすぐ、ハリーは後悔したようだった。
真向かいの女の子が雑誌の上から見詰めてきたからだ。
瞬きもせず、じっと。

───何だか既視感が……
ハリーは凝視してくる目から逃れつつ考えた。
───ナマエだ……
答えはすぐに見つかった。
この瞬きの少ない、じっと見詰める目。
雰囲気が名前と似ているのだ。
ここまであからさまでは無いけれど……。

ハリーはスッキリした思いで、隣の名前を盗み見た。
名前は女の子の雑誌の表紙をじっと見詰めている。
雑誌は逆さまで、一目見ただけでは何て書いてあるのか分からない。
「ザ・クィブラー」という文字が読めたらしく、少しして名前は目を上げた。
瞬きが遅い。眠たそうだ。





「ルーナ、いい休みだった?」



「うん。
うん、とっても楽しかったよ。
あんた、ハリー・ポッターだ。」



「知ってるよ。」
ハリーが言った。



「そっちはナマエ・ミョウジ。」



『……』





話を聞いているのかいないのか。
名前は頷くような仕草を返したものの、それは船を漕いでいるようにも見える。

この一連のやり取りがおかしかったらしく、ネビルがクスクス小さく笑った。
忍び笑いを発端に、ルーナの淡い色の目が、滑るようにネビルへ向いた。





「だけど、あんたが誰だか知らない。」



「僕、誰でもない。」



「違うわよ。
ネビル・ロングボトムよ───こちらはルーナ・ラブグッド。
ルーナは私と同学年だけど、レイブンクローなの。」



「計り知れぬ英知こそ、われらが最大の宝なり。」





歌うようにそう言って、ルーナは雑誌の熟読に戻った。
ハリーとネビルは目を見交わし、ジニーはクスクス笑いを我慢した。

汽車の揺れに任せ、名前はメトロノームのように左右に振れる。





「ナマエ、眠いなら席を変わるよ。」





ついに前のめりに倒れた名前を寸でのところで押し止め、ハリーが言った。

目の前にあるハリーの顔を、名前はぼんやりと見詰めている。
自分の身に起きた事も、何を話しているのかも、理解しているようには見えない。





「さあ、ほら。僕がそっちに座るから、横にズレてくれるかい?」



『……』





ハリーは立ち上がり、名前の肩を押す。
名前は大人しくそれに従い窓際に寄る。
自分の為に席を入れ替わったのだという事は理解していたようで、「ありがとう」だとか何とかムニャムニャ言った。
そして寝惚け眼でローブを引っ張り出し、すっぽり頭まで被ると、壁際に凭れて早々に眠った。

その姿にまたも既視感を覚え、ハリーはしばし名前を見詰める。
以前ルーピンと乗り合わせた時、ルーピンもローブを被って居眠りしていた。
その姿が良く似ていたのだ。
二人は背格好が近い。





「起きて。起きなさい!ナマエ。」





厳しい声と共に肩を揺さぶられ、名前は目覚めた。

目の前にハーマイオニーが立っている。
剥ぎ取ったらしく、片手には名前のローブを持っていた。





『ハーマイオニー、いつ来たの。』



「ずっと前よ、寝坊助さん。
さあ、もう着替えた方がいいわ。」



「僕もいるぜ、おい、ナマエ。」



『ロン。』



「やあ、おはよう。良く寝てたな。
僕ら結構騒がしかったと思うんだけど。」



「会った時からナマエは眠そうにしていたよ。寝不足なのかい?」



『飛行機が揺れて眠れなかった。』





言いながら、名前は掌で欠伸を隠した。
随分と眠っていたようだが、まだ寝足りないらしい。
車内には明かりが点され、窓の外は暗かった。

制服に着替えてローブを羽織ると、汽車が速度を落とし始めた。
荷物棚からトランクと鳥籠を下ろし、降りる準備を済ませる。

ロンとハーマイオニーは監督生の仕事があるからと、クルックシャンクスとピッグウィジョンを皆に任せて、コンパートメントを出ていった。





「その梟、あたしが持ってあげてもいいよ。」



「あ───え───ありがとう。」





ルーナにピッグウィジョンの籠を手渡し、ハリーはヘドウィグの籠を抱えた。
ネビルはトレバーをしっかり内ポケットに入れ、名前はネスの鳥籠を片手に抱える。
抱っこされる気分では無いらしく、クルックシャンクスはジニーの腕の中でもがいていた。

コンパートメントのガラス戸越しに、生徒ですし詰め状態の通路が伺える。
それでも全員コンパートメントを出て、生徒の群れに加わった。
出口から吹き込んでくる外気のせいで、通路は皮膚が粟立つくらいには寒かった。

ホームに降りる。
暗いせいで分かりくいが、雨が降ったらしい。
濡れた地面が明かりを反射していた。





「一年生はこっちに並んで!
一年生は全員こっちにおいで!」





声に顔を向けると、カンテラを揺らしながら人影が近付いてくる。
ゆらゆら揺れる灯りに見え隠れする面相。
じっと目を凝らした。

突き出した顎。
刈り上げた髪。
昨年しばらくの期間、ハグリッドの授業を代行したグラブリー-プランクだ。





「ハグリッドはどこ?」



「知らないわ。
とにかく、ここから出た方がいいわよ。私達、ドアを塞いじゃってる。」



「あ、うん……。」





生徒と荷物で混雑したホームを抜けるのは至難の業だ。
日が落ちて辺りは暗いし、生徒のローブは暗闇に同化してしまっている。

トランクをぶつけ、人にぶつかり───駅を出た頃には、ハリーと名前の二人だけになっていた。
ジニーもネビルも、ルーナの姿も無い。
どうやらはぐれてしまったらしい。

けれどそれよりも何よりも、ハリーの意識は別の事へ向いていた。





「ハグリッドはどこだろう?ナマエ、見掛けたかい?」



『ううん。』





周囲を見回すハリーに倣い、名前も目を凝らした。
他の生徒よりも背の高い名前は、こういう時に便利である。
けれどハグリッドの姿は見当たらなかった。

ホームに降りればたとえ姿が見えなくても、ハグリッドの大きな「イッチ年生はこっち……イッチ年生……」の声は、聞こえてくるはずだ。
けれどその役目はグラブリー−プランクが務めている。

先生でも友人でもあるハグリッドの姿がどこにもない。
ハリーの心配はもっともだろう。





「どうしたんだろう……どうしてグラブリー−プランクが?」



『分からない。』



「いなくなるはずはない。
風邪をひいたかなんかだろう……ねえ、ナマエ。」



『……』





名前に話し掛けるというより、自分に言い聞かせているようだ。
大変失礼ではあるが、ハグリッドが風邪をひくような玉にはとても見えない。
そりゃあ生きている限り、病気も怪我もするだろうが。

よりによってヴォルデモートの復活後、この時期にハグリッドが不在。
きな臭い。
しかし憶測でそんな事を言うわけにもいかない。
言えば、ハリーはますます不安がるだろう。

名前達は駅の外へ出た。
雨でぬかるむ道路へ進む。
百台余りの馬車が待っている。





「……ナマエ、ロンとハーマイオニーが来てから……
……」



『……』





馬車をチラリと見てから名前を見上げ、ハリーはそう言い掛けて、また馬車を見た。
二度見である。





『どうしたの。』



「ナマエ、あれ、何だろう。」



『……』





ハリーの視線を辿り、馬車を見る。
馬車馬にあたるのだろう、生き物が繋がれていた。

骨の浮いた体に黒い皮が張り付き、背中に黒い大きな翼が生えている。
ドラゴンのような頭に、どこを見ているのか分からない白濁した目。

暗闇に溶け込むような黒い姿に、白濁した目だけがぼんやりと浮かんで見えた。





『馬じゃないかな。』



「……」



『……馬じゃないけど。』





馬と呼ぶには少々不気味な容貌ではある。

ハリーはジロと名前を見た。
目が「言われなくてもンな事分かっとるわい」とでも言いたげだ。





「そうじゃなくてさ、何て生き物なのか───君、知らない?」



『……』



「ピッグはどこ?」





背後でロンの声がした。
ハリーと名前は揃って振り返る。





「あのルーナって子が持ってるよ。
一体どこに───」



「ハグリッドがいるかって? さあ。
無事だといいけど。」





少し離れたところ。
数人がかりで、下級生を押し退ける上級生の姿があった。
よく見てみればドラコ・マルフォイといつものメンバー、クラッブ、ゴイル、パンジー・パーキンソンだ。
馬車を一台を独占しようとしている。

しばらくして何だか怒った様子のハーマイオニーが、生徒の群れから現れた。





「マルフォイのやつ、あっちで一年生に、ほんとにむかつくことをしてたのよ。
絶対報告してやる。ほんの三分もバッジを持たせたら、嵩にかかって前より酷いいじめをするんだか
ら……クルックシャンクスはどこ?」



「ジニーが持ってる。
あ、ジニーだ……。」





ハリーがそう言った直後、ジニーが群れから現れた。
先程と変わらずクルックシャンクスがもがいている。

ハーマイオニーは素早くクルックシャンクスを受け取った。





「ありがとう。
さあ、一緒に馬車に乗りましょう。満席にならないうちに……。」



「ピッグがまだだ!」





ハーマイオニーにロンの訴えは届かなかった。
一番近い馬車に向かっていたからだ。

ピッグウィジョンを待つロンと一緒に、ハリーと名前もその場に留まった。

三人の横を生徒達が追い越していく。





「こいつら、一体何だと思う?」



「こいつら、って?」



「この馬だよ───」



「はい、これ。」





ハリーの言葉がピッグウィジョンの籠に遮られた。
ルーナに抱えられてきたピッグウィジョンは、いつものように元気良く囀っている。





「可愛いチビ梟だね?」



「あ……うん……まあね。」
ロンは妙に無愛想だ。
「えーと、さあ、じゃ、乗ろうか……ハリー、何か言ってたっけ?」



「うん。この馬みたいなものは何だろう?」





そう話しながら名前達四人は、ハーマイオニーとジニーが乗り込んだ馬車の方に歩き始めた。





「どの馬みたいなもの?」



「馬車を牽いてる馬みたいなもの!」



「何の事を話してるんだ?」



「これの事だよ───見ろよ!」





一向に話が噛み合わない。
ハリーは苛立ち紛れにロンの腕を掴んで、馬のような生き物と対面させた。

一瞬、ロンの目がそれを直視したように見えた。
けれどすぐ視線が逸れて、ハリーの方へ振り返る。





「何が見えてるはずなんだ?」



「何がって───ほら、棒と棒の問!馬車に繋がれて!君の真ん前に───」





ハリーが分かるように説明する間も、ロンの表情は変わらなかった。
驚いたような、困惑したような表情。

不自然に言葉を切って、ハリーはその表情を見詰めた。
やがてゆっくりと、躊躇うようにしながら口を開いた。





「見えない……君、あれが見えないの?」



「何が見えないって?」



「馬車を牽っ張ってるものが見えないのか?」



「ハリー、気分悪くないか?」



「僕……ああ……」





この生き物が、ロンには見えていない。
ハリーの言葉に驚いたような顔をして、心配するのがその証拠だ。
理解してハリーは愕然とした。
そして、助けを求めて目をさ迷わせた。

名前と目が合う。
名前の言動からして、ハリーと名前はおそらく同じものが見えている。
それなのにロンには見えていない。

ロンはハリーの視線を辿って名前を見た。
相変わらずの無表情を浮かべ、涼しげな目元がロンを見据える。
ロンはハリーに視線を戻して、怖怖口を開いた。





「それじゃ、乗ろうか?」



「うん。
うん、中に入れよ……。」





がっくり肩を落とすハリーをチラチラ見遣りつつ、ロンは馬車に足を掛けた。
乗り込むと内側の暗がりに姿が消えて、あっという間に見えなくなる。





「大丈夫だよ。
あんたがおかしくなったわけでもなんでもないよ。あたしにも見えるもン。」



「君に、見える?」



「うん、見える。」





狼狽えながらもハリーはルーナを見詰めた。
ルーナの声は夢見心地で、見開いた目が本当にハリーへ向けられているのか分からなかった。
ハリーを見ているのか、背後の生き物を見ているのか。
はたまた、ここには無い別のものかもしれない。





「あたしなんか、ここに来た最初の日から見えてたよ。こいつたち、いつも馬車を牽いてたんだ。心配ないよ。あんたはあたしと同じぐらい正気だもン。」





そう言って微笑むと、ルーナはさっさと馬車に乗り込んでしまった。
残されたハリーと名前は顔を見合わせる。

ハリーはますます不安そうな顔になっていた。





『学校に着いたら、この生き物について調べてみる。』



「……うん。」



『三人揃って同じ幻覚なんて、きっと見ない。』



「……
……うん。」





落ち込むハリーの背を押して、馬車に乗るよう促した。

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