01.-1


数日後、名前は日本を発った。
当日の天気は台風の接近により大荒れで、見送りにやってきた千堂も柳岡も、今日はやめておけと口を揃えて名前を説得した。
しかし名前は飛行機が飛ぶ限りは出発すると言って聞かない。
何しろ名前の手元には、数日前に手紙が届いていたのだ。

飛行機が到着するその日の日付で、───キングズ・クロス駅で合流、迎えの者が来るまで待つように───と。
だから出発しなければならない。

あわや見合わせかと思われたが、飛行機は予定通り何とか離陸した。
けれど機体は安定せず、危なっかしく上下左右に酷く揺れ、おかげで名前は一睡も出来なかった。
地面を足で踏んだ時は、ホッと肩の力が抜けたものだ。





『……』





空港に着くと気が緩んだのか、急激な眠気が襲ってきた。
しかし、ぼんやりしている暇は無い。
キングズ・クロス駅に迎えの人を待たせているかもしれないのだ。

前に出ようとしない足で地下鉄へ向かう。
それでも眠気が飛ばないので、これは重症である。





『……』





地下鉄では立っていた。
───座ったら絶対に眠る。───
そう確信していたからだ。

しかし立っていたにも関わらず、途中何度も意識が飛び、体が神憑り状態の巫女のように、前後左右にガクガク揺れた。
しまいには地下鉄の扉に頭を打ち付けかける始末だ。
(目撃者はさぞ気を揉んだだろう……)

それでも何とか寝過ごしたり、事故を起こす事も無く、キングズ・クロス駅ホームに電車は辿り着いたのだ。
(居合わせた人々は多分、ホッとしたことだろう)
だが最後まで油断は禁物だ。
電車とホームの段差に足を取られて転びかけ、既の所で乗り込む客が受け止めたのだ。
(乗客の何人かが立ち上がり掛け、またホッとして座席に落ち着いた)
恐縮しきって、名前は平謝りだった。





『……』





涼しげな目元にうっすら浮かぶ隈と、今にも意識を奪ってしまいそうな眠気を携えて、千鳥足で駅構内をさまよい歩く。
立ち止まると眠ってしまいそうだったからだ。

───キングズ・クロス駅で合流、迎えの者が来るまで待つように───

大雑把過ぎる待ち合わせだ。
駅構内の具体的な場所や、細かい時間指定もされていない。
確実に出会えるのはどこだろう。





『……』





ホグワーツ特急に乗るのだから、九番線と十番線の間にでも立っていれば見付けられるだろう。
相手が誰かは知らないが、相手は名前を知っているはずだ。

混雑しているが、周囲の人々と比べて、名前の身長は頭一つ分は飛び出ている。
おまけに日本人なものだから、それだけで目を引く。

九番線と十番線の間の壁を背に、行き交う人々をぼんやり眺める。
すると不意に、足に何かが触れた。
見下ろしてみる。
そこには黒い毛並みの犬がいて、名前を見上げていた。
尻尾を千切れんばかりに振っている。





『シ……』





名前を口に出し掛け、噤む。
特別珍しいわけでもない黒い犬。
名前には見覚えのある犬───シリウス・ブラックの「動物もどき」だ。

何故ここにシリウスが?
まさかシリウスが迎えではあるまい。

周囲を見渡すと、雑踏に紛れながらも真っ直ぐ此方へ向かってくる青年が目に付いた。
眼鏡を掛けた、癖っ毛の───ハリーだ。
最後に会った時よりも身長が伸びていて、大人っぽくなっていた。





「ナマエ!」



『久し振り、ハリー。』



「どうしてここに立ってたんだい?」



『待つように言われていたから。』



「待つって、誰に?」



「ハリー、一人で行かないでちょうだい。」



「ごめんなさい。でも、シ……パッドフットが、急に走り出したから。」





少し遅れてせかせかとやって来るのは、モリー・ウィーズリーだ。
そのまた後ろに老婆が付いてきている。
知らない顔だ。
カールした白髪頭の上に、ポークパイの形をした紫色の帽子を被っている。

二人はハリーの隣に追い付くと、揃って名前を見上げた。





「会えて良かったわ、ナマエ。私達が迎えの者よ。体の調子はどう?」



『元通りです。』



「へええ、この子がナマエか!ふーん。確かに聞いてた通りだ。
私はニンファドーラ・トンクス。トンクスって呼ぶこと。いいね?」



『ナマエ・ミョウジです。よろしくお願いします、トンクスさん。』



「時間が無いわ。とにかく、プラットホームに向かいましょう。」



「オッケー。」





老婆は姿に不釣り合いなくらい活発な話し方で、それが妙にチグハグだった。
一体何が「聞いていた通り」なのかは分からないが、急いでいるらしく聞く暇も無い。
そもそも眠気との戦いで考える元気も無い。
周囲に目を走らせながら一人ずつ柵を通り抜けて、九と四分の三番線に出た。

プラットホームは生徒とその家族で過密状態だ。
準備万端のホグワーツ特急が既に停車していたが、皆まだ乗り込んでいない。
家族との時間をギリギリまで惜しんでいるらしい。





「他の人達も間に合えばいいけど。」




今しがた自分達が通り抜けたばかりのアーチを振り返って、モリーは心配そう見詰めている。
名前の他にも誰かと待ち合わせているようだ。
通行人の邪魔にならないよう隅に寄ると、皆で固まって待った。

欠伸を手で覆い隠す名前を、隣のハリーがじっと見つめた。
何か話したそうだった。けれど周りを気にして、中々言い出せないようだ。

まごまごしているハリーの目の前を、背の高い男子生徒が通りがかった。
リー・ジョーダンだ。





「いい犬だな、ハリー。」



「ありがとう、リー。」





そのまま通り過ぎていくリーのそばで、シリウスは残像が見えるほど尻尾を振った。
正体がシリウスだと知っていても、ついつい撫でたくなるぐらいに可愛らしい。
名前はちょっとだけ目が覚めて、じっとシリウスを見詰めた。





「ああ、よかった。
アラスターと荷物だわ。ほら……。」





モリーの声に、名前はシリウスを見詰めるのを止めた。
顔を上げてモリーの視線を辿って見る。
視線の先には、ポーター帽子を目深に被った男性がいた。
荷物を積んだカートを押しながら、片脚を引き摺るようにして、確実に此方に近付いている。

近くに来ると男性は、モリーとトンクスに顔を向けた。
不揃いの目にひん曲がった口元。
アラスター・ムーディだ。





「全てオーケーだ。
追跡はされておらんようだ……。」





昨年は偽物のムーディと顔を突き合わせて訓練をしたり、授業を受けたりしたわけだが、喋り方も表情も、ちょっとした仕草もよく似ている。
しかし本物のムーディを目の前にしても、母親から受け取った鈴は静かなままだった。

ムーディはチラリと名前を見たが、すぐに目を逸らす、カートから荷物を下ろそうとしている。
名前はその場にトランクとネスの入った鳥籠を置いて、荷物を下ろすのを手伝った。

その後ろに、ロンとハーマイオニー、アーサー・ウィーズリーが現れた。
(三人とも名前を見付けると嬉しそうに笑顔になった)
そのまた後ろに、フレッドとジョージ、ジニーがルーピンと一緒に現れた。





「異常なしか?」



「全く無し。」



「それでも、スタージスの事はダンブルドアに報告しておこう。
やつはこの一週間で二回もすっぽかした。マンダンガス並みに信用出来なくなっている。」





全員集合したらしい。
それぞれに荷物を行き渡らせると、別れの時間となった。
ルーピンが一人一人の前にやって来て、「気を付けて」と声を掛けたり、しっかり握手したりしている。
名前の前までやって来て、ルーピンは正面から名前を見据えた。





「やあ、ナマエ。また大きくなったな?」



『お久し振りです、ルーピン先生。』



「おっと、私はもう教師じゃない。まあ、好きに呼んでくれて構わないがね。
ナマエ、君と再会する事が出来て嬉しいよ。体は大丈夫かい?」



『はい。』



「そうか。だけど無理をしてはいけないよ。いいね?
ああ、時間が無いのは残念だ。もっと話したかったんだが……。
今君に言える事は、とにかく気を付けること。それだけだ。
君もだ、ハリー、気を付けるんだよ。」
名前の隣に立つハリーの肩を軽く叩いた。



「そうだ、目立たぬようにして、目玉を引ん剥いてるんだぞ。」
ムーディはハリー、次いで名前と握手した。
「それから、全員、忘れるな───
手紙の内容には気をつけろ。迷ったら、書くな。」



「皆に会えて、嬉かったよ。」
トンクスが、ハーマイオニーとジニーを抱き締めた。
そして名前に向き直り、握手した。
「またすぐ会えるね。
ナマエ、また今度ね。会ったら沢山話そう!君の話だ。勿論、私の事も。」



『はい、トンクスさん。
またお会い出来るのを楽しみにしています。』





プラットホームに警笛が鳴り響く。
いよいよ汽車が出発する。
生徒達が家族に別れを告げて、続々と汽車に乗り込んでいく。





「早く、早く。」





乗り込んでいく生徒を横目に、モリーは皆を抱き締め回った。
焦っているのか順番も回数もめちゃめちゃで、ハリーは二度も捕まり、名前はハーマイオニーと合わせて抱き締められた。





「手紙ちょうだい……いい子でね……忘れ物があったら送りますよ……汽車に乗って、さあ、早く……」





皆の周りをうろちょろしていた黒い犬が、サッと素早く立ち上がった。
そして戯れるように前脚をハリーの両肩に掛けた。

モリーが慌てて二人を引き離し、ハリーを汽車へ押し込む。





「まったくもう、シリウス、もっと犬らしく振る舞って!」





小さな声に怒りを込めて、そう言ったのが聞こえた。
けれど馬耳東風。
シリウスは懲りずに、今度は名前の背中に飛び掛かった。

汽車に足を掛けたところで油断しきってはいたが、大きな黒い犬に飛び掛かられても、名前はびくともしない。
汽車の床に荷物を置いて、振り返り、飛び掛かった犬の頭を撫でるくらいには余裕があった。





「さよなら!」





扉が閉まり、汽車が動き出す。
開けた窓から顔を出して、ハリーが叫んだ。
ロンとハーマイオニー、ジニー、そして最後に乗り込んだ名前が、そばで手を振った。

プラットホームに残された五人の姿が遠ざかっていく。
けれど黒い犬は、汽車と平行して走り、尻尾を振りながら付いてきた。
主人を追い掛ける健気な犬に見えるのだろう。
プラットホームに残った生徒の家族が、犬の姿を目で追って、和やかに笑っていた。





「シリウスは一緒に来るべきじゃなかったわ。」





プラットホームの端を過ぎると、汽車がカーブを曲がった。
プラットホームも黒い犬も見えなくなったが、ハーマイオニーはまだその方向を見詰めたままだった。

ロンは肩を竦めた。





「おい、気軽にいこうぜ。
もう何ヶ月も陽の光を見てないんだぞ、かわいそうに。」



「さーてと。」
フレッドが手叩いた。
「一日中無駄話をしているわけにはいかない。リーと仕事の話があるんだ。また後でな。」





自分の荷物を持って、フレッドとジョージは通路を右に曲がって立ち去った。

進むにつれて汽車はどんどん速度を増していく。
窓の外を景色が流れ、ガタンゴトンと左右に揺れる。
立っている皆は衝撃にたたらを踏んだが、名前だけは彫像のように動かなかった。

その為、皆バランスを崩す度に、咄嗟に名前を掴んだ。
吊り革状態である。





「それじゃ、コンパートメントを探そうか?
ずっとナマエに掴まってるわけにもいかないし。」





名前の腕に掴まりながら、ハリーは皆の顔を見回した。
これでも一応、夏休み前は衰弱していた身である。
いつまでも吊り革にしておくわけにはいかない。

ハリーの発言はもっともだ。
ロンもハーマイオニーもジニーも、当然同意するであろうと思われた。
しかしロンとハーマイオニーは頷かない。
意味ありげに互いの目を交わし、周囲に奇妙な空気が漂った。





「えーと、」
ロンはもごもごと何か言いかけたが言葉にならない。



「私達───
えーと───
ロンと私はね、監督生の車両に行く事になってるの。」
ハーマイオニーが慎重に言葉を繋いだ。



「あっ。
そうか、いいよ。」



「ずーっとそこにいなくともいいと思うわ。
手紙によると、男女それぞれの主席の生徒から指示を受けて、時々車内の通路をパトロールすればいいんだって。」



「いいよ。
えーと、それじゃ、僕、───
僕、また後でね。」



「うん、必ず。
あっちに行くのは嫌なんだ。僕はむしろ───
だけど、僕達しょうがなくて───
だからさ、僕、楽しんではいないんだ。僕、パーシーとは違う。」



「分かってるよ。」





にっこりと笑顔を浮かべて、ハリーは二人を見送った。
しかし二人の姿が見えなくなると、その笑顔が寂しげなものへ変化する。

汽車の旅は、今までロンとハーマイオニーが一緒だったのだ。
名前とジニーがいる。
ロンとハーマイオニー同じく、二人は友達だ。
けれどハリーは、皆で過ごしたかった。
今までそうだったのだから。





「行きましょ。
早く行けば、あの二人の席も取っておけるわ。」



「そうだね。」



『……』





三人はそれぞれ荷物を持って移動を始めた。
先頭はハリー、次にジニー、最後に名前という順番だ。

汽車に乗り込んだ最終メンバーだった為、コンパートメントはどこも満席である。
たった三人。
その空席が見付からない。
三人は揺れる車両を渡り歩く。
鳥籠が擦れ合い、トランクがガタガタ喧しく音を立てた。

この喧しい音のせいだけではないだろう。
コンパートメントのガラス戸越しに、妙に生徒の視線を感じた。
好奇の目。
名前だけではない。
その目はハリーにも向けられている。





『……』





前に立つ二人へ理由を聞こうとしたのか、名前は口を開きかけた。
しかし、車両の揺れと荷物の騒音、二人との距離に、すぐ諦めて口を閉じる。

まあ、焦る必要は無い。
大方、夏休み前の騒動が原因だろう。
夏季休暇中名前は魔法界の情報から締め出されていたが、そう目星を付けた。
これは当たりといえば当たりである。

この夏中「日刊予言者新聞」が、ハリーは嘘吐きの目立ちたがり屋だと喧伝していたのだ。
一方名前に関しては触れられていない。
だが終業式でダンブルドアが、名前に「予知」のような能力があると全生徒に伝えた。
「占い学」の教鞭を執るシビル・トレローニーの存在でさえ、多くの生徒は鼻で笑う。
一介の生徒である名前が予知能力があるだなんて妄想もいいところだ。

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