29.-2






「忘れ物ない?」



『…はい。
数珠も持っています。』



「それじゃ行こうか。」





早朝。喪服姿の柳岡はハンドルを握った。
父の一周忌を迎え、この日は朝から慌ただしい。
姿は見えないが、当然クィレルも付いてきているのだろう。

昼間に比べて多少、朝は暑さが和らいでいる。
しかしクーラーはかけているし、蝉は元気良く鳴いている。
途中コンビニに寄って水分補給したりして、寺に到着した頃には、暑さは本格的なものになっていた。

お坊さんに挨拶を済ませて、荷物を置き、必要な物だけを持って二人(クィレルを含めば三人)は墓掃除へ向かう。
柳岡は墓前で手を合わせてから、「アチチ」なんて言いつつ金属製の花立を取り外した。





「これキレイにするついでに水くんでくるわ。
目立つやつだけでいいから、雑草抜いててくれる?
抜いたのはそこの隅の方にでも寄せといてくれたらいいからね。」



『はい。』





水くみに向かう柳岡の背を見送り、名前は墓に向き直った。
身を屈めて砂利の隙間から伸びる雑草を取り除いていく。
日光は容赦無く名前を照らし、背中がじんと熱くなった。全身黒色だから余計に。

戻ってきた柳岡も汗をかいていた。
花立を元に戻し、名前に花をお供えするよう指示する。
そして自分は墓の裏に回り、墓と柵との間に蔓延る雑草を抜き始めていった。

花を手に取る。芯を無くしたように、ヘナヘナと折れ曲がっていく。
この暑さでは無理もない。
輪菊、竜胆、百合など───花持ちは比較的良いとされているが、夏場は傷みやすい。





『……』





こんな状態で日光に晒していいものなのだろうか。
包装を解いて花立に飾っていくが、花はみんな頭を下げている。
水に生けたところで元気を取り戻すようには見えない。

ところが生命力の強さとは計り知れないもので。
不思議な事に、名前が形を整え終えた頃には、花は元気を取り戻していた。
花は頭を持ち上げて、花びらも葉も弾けるようにピンと伸びている。





「名前くん、そっちは終わった?」



『はい。』



「あ。花、元気になったね。良かった良かった。
掃除終わったから、お寺の方に戻ろうか。」





水場で手洗いを済ませて寺に戻る。
参列者の為にお菓子を用意したり、お寺からお茶を頂いたり、やって来た参列者に挨拶をしたりしながら、法事が始まるまで過ごした。

時間になるとお坊さんが現れて、お経をあげていただき、一時間ほどの法要。
それが済めば会食が行われる。
座敷へ移動すると、長テーブルに既に料理が並べられていた。
ビール、日本酒、烏龍茶、オレンジジュースなど、各自好きな飲み物を手元に準備する。

名前が立ち上がって参列者に向き直ると、参列者達はそれまでの談笑をピタリと止めた。





『本日はお忙しい中お集り頂きまして、ありがとうございました。』





頭を下げて、上げる。
名前を見る参列者の面々は、柳岡とジムの会長を除いて、知らない人ばかりだ。
パッと見て十数人ほどだろうか。
中年、年配者が多い。

父親には身内がいない。
参列の手配は柳岡に任せていたから、きっと皆、父親の知り合いなのだろう。





『おかげさまで父の一周忌の法要も無事終える事が出来て、父も安心している事と思います。
これからも変わらぬご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。
ほんの形ばかりではありますが、お膳をご用意いたしました。
何もございませんが、故人の思い出話などをご披露いただきまして、お時間の許す限り、どうぞごゆっくりなさっていってください。
本日は誠にありがとうございました。
皆様、お手元のお飲み物を手に取っていただいて、献杯のご唱和をお願いします。
献杯。』





献杯───
それぞれ呟き、静かに飲み物を口に運ぶ。
そうして会食が始まり、集まった人々は食事に舌鼓を打った。
昔話に花を咲かせ、和やかに食事は進む。

一、二時間も過ぎた頃、名前は頃合いを見計らい、
再び立ち上がって、始めと同じように挨拶をし、それを締めの言葉とした。

タクシーに乗る参列者を見送り、名前と柳岡も車に乗る。
クーラーとラジオのスイッチを入れて、カーナビを自宅マンションに設定してから、車を発進させた。





「屋根の無い所に車止めたからだろうけど、すごい熱気やな。」



『少し窓を開けて、空気を入れ換えますか。』



「そうするか。
ちょっと…名前くん、上着持っててくれる?」



『はい。』



「ありがとう。後ろに放っていいから。」





赤信号の時を見計らって上着を脱いだが、早くも青に切り替わる。
慌ててハンドルを握るが、上着を後部座席に置くまでの余裕は無かったらしい。
柳岡の上着は助手席に座る名前の手に渡った。
後ろに放っていいとは言われたが、おそらく、
目には見えないが、クィレルがいる。
投げた先に座っていると考えたら、無闇に放る事は出来ない。
なるべく皺にならないよう畳むと膝に置いた。

マンションに着いたのは夕方で、車を出ると少し風が出ていた。
無いよりはマシだが生暖かい風で、ちっとも爽やかではない。





「ネス、大丈夫かな?」



『……何も無ければいいですね。』





自宅の扉を開けると冷気が迎え入れた。
柳岡がネスの熱中症を懸念して、冷房を入れたまま外出したのだ。
だが肝心のネス(クィレル)は今日一日行動を共にしている。
柳岡の思いやりは残念ながら無駄に終わっているだろうが、事情を伝えていないのだから知る由もない。

居間に向かえば真正面に設けられたベランダの窓から、西日が真っ直ぐ入り込んでくる。
その眩しさに目を細めつつ、ケージの方へ歩み寄った。
中にはまるで「大人しくお留守番していました」とばかりに、澄ました様子のネスがいる。
ケージの前に立つと、「外に出せ」と言うふうに扉を突付いた。





『大丈夫そうです。』





ケージの扉を開けると、ネスは直ぐ様ファルコンブロックに飛び移る。
モコモコと羽毛を膨らませてブルリと体を揺すった。
伸びをして、羽繕いを始める。






「よかった。
僕、着替えてくるわ。名前くんも着替えておいで。
そしたらお茶でも飲んで一休みしよう。」




『はい。上着、お返しします。』



「あ、そうか。ありがとう。」





頷きと共に返事をする。
上着を受け取り、柳岡は自室に向かった。

寝室で喪服から私服に着替えて居間に戻れば、既に柳岡の姿がある。
お茶の準備万端だ。





「お疲れさま、名前くん。」




『柳岡さんもお疲れさまです。
お忙しい中、手配から何から任せてばかりで、すみません。ありがとうございました。』



「どういたしまして。でも謝ること無いよ。こういうのは大人に任せなさい。
それに名前くん、色々やってくれたから助かったよ。」



『…でも、本来なら、…
俺一人でやる事ですよね。』



「うーん。名前くんには何ていうか、もう少し甘えてほしいなあ。」



『甘える…』



「うん。」



『…
というのは、どういう……』



「おいおいおい。」



『…』



「名前くん、まさか、いや……
ビックリするわ…」



『すみません。』



「謝る事は無いけど。
うーん…」



『…』


「家族に接するみたいにな、もうちょっと寄り掛かるというか、任せるというか…そんな感じでええねん。」



『家族ですか。
…』



「いやそんな、プレッシャー感じる事は無いよ。
気軽にいこうや。」





苦笑いを浮かべて柳岡は、一口お茶を飲んだ。
それからこの話は終わりとばかりに、別の話題を切り出した。
夏休みだからどこかへ遊びに行くかとか、必要なものがあれば買い物に付き合うとか。
お菓子を食べて、お茶を飲み、まったりと過ごす。

それから夕飯を作り、食べて、また一休み。
柳岡が風呂に行くのを見送って、名前は寝室へ向かった。
風呂場からお湯を流す音を聞きながら、押入れの襖を開く。
布団を取り出して畳の上へ下ろした。

すると今までファルコンブロックに止まって大人しくしていたネスが動き、瞬く間に元の───鳥の姿から人の姿へ戻る。
包帯だらけでミイラのようだが、目と口元で、何となく感情が読み取れる。名前を見る表情は、呆れというか怒りというか、焦りというか…とにかく、良い感情を抱いては無さそうに見えた。珍しい事に。
一体何事か。
布団を敷いていた名前は、中腰のまま動きを止めて、クィレルを見つめた。





「ミョウジ。少しよろしいですか。
夜中に話す時間が取れるかどうか分かりませんので。」



『はい。何ですか。』



「昼間のアレは君が母親から受け継いだという能力ですか?」



『アレ…』





話を聞くべく姿勢を整えた名前は、向かい合わせたクィレルを見つめたまま、カクリと首を傾げた。





『どれですか。』



「萎れかけた花を元気にしましたよね。」



『…』



「供えた花ですよ。」



『ああ…』





納得したのか頷こうとして、途中で止まる。
また首を傾げた。

その様子にクィレルは呆れや焦りという表情から、不思議そうな表情に変わる。





『俺は何もしていません。普通に供えただけです。』



「普通はあんなに萎れていた花が、ものの数秒で元気になる事は、まず有り得ません。」



『植物の生命力が強かったのではないですか。』



「いくら強くても一瞬で元気になったりはしませんよ。」



『一瞬ですか。』



「気が付かなかったのですか。
本当に一瞬でしたよ。見る見るうちに元気になったのです。」



『…』



「自覚が無かったのですね。異常だとは思わなかったのですか?」



『そういうものかと思っていました。
すみません。…』



「いいえ。これからは気を付けてくださいね。ミョウジ、きっと君の意識次第なんです。」





萎れかけた花を元気にした───
目の前にしておいてマヌケな話だが、目の当たりにしてはいないので名前に実感は無い。
萎れた花に何か思うところはあっただろうし、だから変化が起きたのだ。

結果的にこの一件は、名前の可能性という視野を広げる切っ掛けとなった。
ダンブルドアから受け取った、鏡の中から出てきたという両親の手紙にも記されていた事だ。

母親の特異な能力について触れていた。
今後、出来る事が増えていくであろう。
その力をものにすれば、沢山の命を救える。
そしてその力で、自身の死の運命に抗えと。

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