主人公がダンスパーティーに参加していたら・・・(3/3)
パーティ会場は大広間で、八時に開放される。
悠長にしていられない。
名前達はパートナーと待ち合わせている、大広間前の玄関ホールへ向かった。
「そんなのいいから。」
ガタガタの袖口を引っ張って気にするロンを諭しつつ、大広間へ繋がる階段を下りる。
玄関ホールは生徒で混雑していた。
皆、色とりどりのきらびやかな衣装で身を包んでいる。
ホグワーツ生、ボーバトン生、ダームストラング生、それぞれ見分けられるぐらいには特徴が残ってはいたが。
パートナーを待っているのか探しているのか、落ち着きなく辺りを見回す者。
壁際に集まり、友達同士でドレスを褒め合ったり、談笑している者もいる。
楽しそうな生徒達を見下ろして、ロンは見えもしないグリフィンドール寮の方へ顔を向けた。
「可哀想に。今頃部屋でワンワン泣いてるぞ。」
「誰が?」
「ハーマイオニー。誰に申し込まれたか言わないだろ?」
「僕らがからかうからさ。」
「相手なんかいないんだよ。つんけんしてなきゃ誘ってあげたのにさ。」
『……』
困ったものだとでも言う風に話すロンの隣。
長身痩躯のこの男が、ハーマイオニーに相手がいて、その相手が誰だかを知っているとは、まさか夢にも思っていないようだ。
二人には申し訳無いが、ハーマイオニーとの約束だ。
名前は真っ直ぐ前を見て歩き続けた。
今日まで隠し通せた。しかし、突っつかれたら白状しかねない。
玄関ホールに下り立つ。
すると人混みの影から三人の女性が現れて、此方へ近寄ってきた。
パーバティ・パチルとパドマ・パチル、ラベンダー・ブラウンだ。
「ハーイ、こんばんは。」
男子三人が一瞬瞠目するぐらいには、三人は見事にドレスアップされていた。
パチル姉妹は二人ともハーフアップにして、サリーのようなドレスローブを身に着けている。
パーバティはピンク色、パドマはオレンジ色だ。
ラベンダーはシニョンに結い上げて、リボンのついたカチューシャをしていた。
藤色の長いドレスで、チュールスカートがフワフワ揺れている。
笑顔で近寄ってきた三人は、ロンの姿を一目見るなり笑顔を消し去った。
「その格好……
粋ね……」
パートナーであるパドマは何とかフォローの言葉を紡いだ。しかし口が引き攣っている。
ロンは「やあ」と挨拶を返したものの上の空で、やたら周囲を気にしていた。
「あっ、まずい……」
小声でそう言うと、ロンはハリーと名前の背後に隠れた。
体のラインを強調するようなシルバーグレーのドレスを着た女性が通り過ぎていく。
フラー・デラクールだ。
その横にはレイブンクローのクィディッチ・キャプテン、ロジャー・デイビースを従えている。
「おー!ポッター、Ms.パチル、用意はいいですか?」
人混みからマクゴナガルが現れた。
ビーズ飾りがついた三角帽子にキルティングのようなドレスローブだ。
男子三人はマクゴナガルを見たが、女子三人はロンの格好を凝視したまま固まっている。
「用意って、何の?」
困惑した様子のハリーが聞いた。
「ダンスです。代表三人が最初に踊るのが伝統ですよ。今回は四人ですが。言ってあったでしょう?」
「いいえ……」
「では、今言いました。」
放心したハリーから、マクゴナガルは名前を見て、そしてロンの方を見た。
小さく「おおう……」と呻いたのが聞こえた。
マクゴナガルも目を疑うように、素早く、ロンを天辺から爪先まで見た。
ロンのドレスローブに手を伸ばし、整えるフリをしてちょっと捲って見ている。
「Mr.ウィーズリー、Mr.ミョウジ、Ms.パチルとMs.ブラウンをエスコートして大広間へお行きなさい。」
言って、マクゴナガルは階段を見上げた。
「ああ!来ましたね。此方です。……」
マクゴナガルの姿が人混みに紛れて、声が遠ざかっていく。
「行こう……。」
『……』
呟くロンに、名前は頷いて応えた。
パドマとラベンダーの方へ進み出ると、女性二人も進み出た。
『お手をどうぞ。』
言いながら手を差し出す。
ラベンダーが照れ笑いでその手を取った。
初めて使った言葉と動作ではあったが、何とか上手くいったようだ。
パドマは羨ましそうにラベンダーを見て、次にロンを見て、顔をしかめた。
その衣装が気に入らないのか、態度が気に入らないのか、理由は分からない。
大広間に入る直前。
ロンとパドマは揃って振り返り、ハリーとパーバティを見た。
心中の思いは違うだろうが、ロンとパドマは似たようなうんざり顔だ。
ロンがパドマの腕を掴み、大広間へ引き摺っていった。
「わあぁ……」
大広間に入ると、ラベンダーとパドマは顔を輝かせた。
普段の大広間とは全く様子が違う。
まるで氷の城のようだったからだ。
壁は霜で覆われ、頭上には数えきれないほどの氷柱が垂れ、チラホラと雪が降ってくる。
明かりに照らされ、どこもかしこも宝石のような輝きを放っていた。
壁には蝋燭の代わりだろうか、一角獣の形をした燭台があった。
普段の置いてある寮ごとの長テーブルは取っ払われ、代わりに丸テーブルと丸椅子が設置されていた。
テーブルの縁にはテーブルクロスのように氷柱が垂れている。
正面奥の教職員テーブルも取っ払われ、代わりに大きなツリーが三本、雪を積もらせて聳え立っていた。
その前に演奏を控えた楽団、そのまた前に丸テーブルと、教職員、審査員が並んでいる。
「あの席に座りましょう。」
ラベンダーは正面奥のテーブルを指差し、名前の腕を引っ張った。
『ああ。』
「そうね、あそこなら代表が良く見えるわ。」
「僕はどこでもいいよ。」
投げやりな様子のロンにパドマは膨れっ面だ。
教職員テーブルを前に着席すると、間もなく代表選手が列になって入場し始めたらしい。
扉近くの席から拍手が沸き起こり、さざなみのように広がっていく。
先頭はフラー・デラクールとロジャー・デイビースのペアだ。
次はビクトール・クラム……つまり、その隣にいる女の子はハーマイオニーである。
「あれ、ハーマイオニー・グレンジャー?
クラムのパートナー。」
パドマは拍手をしたままハーマイオニーの姿を目で追った。
ハーマイオニーが目の前を通り過ぎると、ロンは拍手の手を止めて目を見開いた。
まるで絵本に登場するお姫様のようだった。
アップにした髪型で、少し残した後ろ髪をキレイに巻いていた。
化粧もしているようだ。耳には白い花のような控え目なイヤリングをつけていた。
ピンク色の足下まであるドレスで、歩くと袖のフリルが優雅になびいた。
ハーマイオニーが通り過ぎていくのを、ロンを首を伸ばして見つめた。
口がぽかんと開いている。
次にセドリック・ディゴリーとチョウ・チョウ、最後にハリーとパーバティが続いた。
見るからにハリーは緊張した面持ちで、口元を強張らせ、ゴクリとツバを飲み込んでいた。
対するパーバティは手を振って、周囲の拍手に応えている。
「まさか。そんなわけない。」
ぽかんと開けていた口を閉じると、ロンは口をへの字に曲げた。
正面奥の審査員テーブル近くの席に選手達が着席すると宴会が始まった。
テーブルの上には空っぽのグラスと金色の皿、小さなメニューが置いてある。
好みの料理を読み上げると、その料理が現れる仕組みだ。
「まあ、今日はいつもと違うのね?」
ラベンダーは一通りメニューに目を通している。
『そうだね。』
名前もメニューを見ている。
「ううーん……どれも美味しそうだけど……
あんまり食べると踊れなくなりそう……」
悩むラベンダーとパドマの女性陣をさておき、ロンは早くも食事に手を付けていた。
それもターキーやローストビーフ、ポークチョップなど、ガッツリ系を次々平らげている。
(名前はこんな時でもサラダとデザートで、のんびりと食事を進めていた)
食事が終わると審査員テーブルのダンブルドアが立ち上がり、生徒達に起立を促した。
生徒が全員立ち上がると、ダンブルドアは杖を取り出して一振りする。
テーブルはひとりでに滑るようにして動き、壁際に寄った。
生徒と教職員が円形状に並び、その中央に代表選手とパートナーが位置につく。
楽団の前にフリットウィックが立ち、指揮棒をトントンと叩いた。
集められた楽団がそれぞれ楽器を構える。
フリットウィックが振り返った。
演奏が始まると同時、代表選手のダンスも始まった。
緊張した面持ちながらも楽しそうなパーバティ、ガチガチに固まって楽しむ余裕など無いハリーのペアが、目の前をクルクル回りながら通り過ぎていく。
『……』
教職員側からダンブルドアとマクゴナガルが進み出たので、反射的に名前の視線は教職員の方へ引っ張られた。
女性教職員はドレスローブを身に着けているが、男性教職員はあまり変化がないように見える。
いつもの落ち武者ヘアスタイルだが、フィルチも正装していた。
ミセス・ノリスを抱えて、演奏に合わせて揺れ動いている。
ダンブルドアとマクゴナガルを筆頭にして、教職員側からも続々とダンスに加わり始めた。
けれどのんびり眺める暇は無く、名前の腕がラベンダーに引っ張られる。
「ナマエ、私達も行きましょう。」
『ああ。』
気が付けば観客だった生徒もダンスに参加し始めていた。
ラベンダーの手を支えてダンスの輪へ加わると、まだ観客気分の生徒から、チラホラと歓迎の拍手で迎えられる。
ダンス中の人々はクルクルと回りながら移動し続ける。
この輪に入ったからには止まっていられない。
素早くラベンダーと向かい合い、手を握り、腰に手を回す。
身を寄せ合ってステップを踏んだ。
ダンス中、ラベンダーはずっと名前を見つめ続けた。
熱に浮かされたような眼差しを受けて、名前は逸らしたくても逸らせないようだった。
現実離れで、情熱的で、優美なひととき。
しかしそんな時間も、「妖女シスターズ」の登場で終わりを告げる。
───キャアアアァァァ……───
女子生徒が黄色い声を上げた。
男子生徒も甲高い声を上げた。
生徒は伝統や品位などかなぐり捨て、若者らしくはしゃいだ。
三校どの生徒もだ。
拳を振り上げ、曲に合わせて小刻みにジャンプして、甲高い歓声を上げる。
整えられた髪型も小奇麗なドレスローブも何のそのだ。
楽団の演奏の指揮をとっていたフリットウィックが役目を終えて退場しようとしているところ、どこからともなく手が伸びてきて、ステージ上にいたフリットウィックの体を掴んだ。
胴上げされている。
「おろしなさい!もういい!もういいと言ってるでしょう!」
歓声にフリットウィックの悲鳴が混じって掻き消された。
ステージ近くにいたのが悪かった。
「妖女シスターズ」の登場により、生徒がステージ前に殺到してきたのだ。
おかげで名前とラベンダーはもみくちゃにされた。
けれどラベンダーは多くの生徒がそうであるように、黄色い声を上げて、リズムに合わせて体を動かしている。
一方名前は潰されそうになっていた。
皆のように周りを気にせず体を動かして、自分の場所を確保する事が出来なかったのだ。
ダンスは習ったからどうにか出来たが、自己流で体を動かすなんて、名前には経験が無い。
というか、スペース的に動かす余裕が無い。
けれど楽しそうなラベンダーを目の前にして、抜け出すなんて出来やしない。
前後左右から押されに押され、名前の足は勝手にステップを踏んでいた。
「とっても良い曲だったわ。私、すっかり楽しんじゃった。」
『それは良かった。』
演奏が終わり一区切り、休憩時間となったらしい。
「妖女シスターズ」が舞台裏に引っ込んでいくのを、生徒は歓声と拍手で見送った。
「妖女シスターズ」の姿が見えなくなると、生徒はトイレに行ったり、飲み物を飲んだり、寮に戻ったりと、各自好きなように動き始める。
上機嫌のラベンダーは、名前の腕に掴まって、生徒の群れから抜け出した。
「暑いわね。」
『……ああ。』
乱れた髪やドレスを直しつつ、ラベンダーが名前を見上げて言った。
ダンスのせいか、熱気のせいか、その顔は赤い。
熱中する人々のエネルギーは凄まじい。
今が真冬だなんて嘘のように暑い。
いつもは青白い顔をした名前も、今回ばかりは湯上がりのように頬を赤くさせていた。
『何か飲みながら休もうか。』
「ええ、そうね。ええ……
ねえ、ちょっと外に出て涼まない?飲み物持って。」
『いいよ。でも、ラベンダー。君の体が冷えそうだ。』
「あら。ちょうどいいわ。」
片手にグラスを持って、もう片方は腕を組む。
隅のテーブルにハリーとロン、パドマがいた。
三人とバッチリ目が合った。
けれどラベンダーに引っ張られて、その視線も流れていく。
皆が飲み物を取ったり、椅子に腰掛けて休んだりするのを横目に、二人は大広間の扉へ近付いていった。
「こっちよ。」
大広間を出ると幾分気温が下がったようだった。
玄関ホールには身を寄せ合う男女や、ダンスの余韻を楽しむ者がチラホラいる。
何だか見てはいけないような、気まずい光景だ。
そんな人々のそばを通り過ぎて、ラベンダーに導かれるままに歩き続ける。
玄関ホールを抜けると、開きっぱなしになった正面の扉の景色が見えた。
扉すぐ前の芝生が、薔薇の洞窟になっている。
そばにはサンタクロースとトナカイの石像。
洞窟の中にはまるでイルミネーションのように、妖精が明滅しながら飛び回っていた。
『どこまで行くんだ。』
「もう少し。いいところがあるの。」
二人は扉を潜り、石段を下りた。
薔薇の隙間から外の景色が見える。
雪が降っている。冷気がにじり寄る。
薔薇の園にはいくつもの散歩道があった。
迷いない足取りで、ラベンダーはその中の一つへ進む。
「ここがいいわ。」
しばらく進むと、ラベンダーが立ち止まった。
散歩道に沿うように石のベンチが設置されている。
『待って。』
ラベンダーが腰掛ける前に、名前は引き止めて、ポケットからハンカチを取り出した。
それを広げて、石のベンチへ敷く。
折角のドレスが汚れてしまう可能性があるし、石のベンチは冷たいだろうと考慮したのだ。
汚れはとにかく、冷たいのはハンカチ一枚で遮断出来るレベルでは無いだろうけど。
『ここに座って。』
「ありがとう。」
けれどラベンダーは感激したように頬を染めてそこに座った。
名前も隣に座る。
石のベンチはひんやりと冷たい。
「ここからの眺め、とっても素敵でしょう?」
言われて景色を見渡す。
薔薇が咲き乱れ、妖精が飛び回り、その上に雪が降り積もっている。
薔薇の茂みの向こうで噴水が高々と水を上げて、キラキラと輝いていた。
『ああ、綺麗だ。』
「そうなのよ。」
ラベンダーは頬を赤らめたが、腕を擦っていた。
暑いとはいえ真冬の外気に晒されると、さすがに寒いようだ。
胸元と背中が露出しているし、薄着のドレスなのだから、それも当たり前の事である。
『ラベンダー。俺の物で悪いけど、着ていて。』
「まあ。ありがとう、ナマエ。
でもナマエが寒いんじゃない?」
『俺は暑いくらいだから。』
ベンチにグラスを置いて、長いローブを脱いでラベンダーの肩に掛ける。
肩に掛けると、自然と肩を抱くような格好になり、ラベンダーの顔が近くにあった。
「ナマエ……」
ラベンダーの声の調子が変わった。
囁くようで、甘えた響き。
見ると、潤んでいる瞳が、じっと名前を見詰めていた。
『何……。』
異様な雰囲気を感じ取ったのか、名前は身を引こうとして、膝にラベンダーの手が添えられているのに気が付いた。
グラスはベンチの上だ。
ラベンダーが顔を近付けてくる。
「あなたって、とっても素敵……」
『……』
ちょっと視線をさまよわせたが、ラベンダーを見据えた。
『君も素敵だ。』
「本当?」
『ああ。いつも笑顔で、それが魅力的だと思っていた。それに、今日はとっても綺麗だ。』
「ナマエはいつも無表情ね。
どんな時でも……
今も……。」
膝の上に置かれた手に体重が掛かってきた。
体ごとラベンダーが近付いてくる。
どんどん近付いて、吐息がかかるくらいに。
その顔に、不意に影が掛かった。
「グリフィンドール、二十点減点。
ブラウン、ミョウジ。」
真横から低い声が聞こえて、ラベンダーが勢い良くそちらを見た。
石化の魔法が解けたかのように、名前もゆっくりと同じ方向を見る。
セブルス・スネイプとイゴール・カルカロフが仁王像のように立っていた。
チラリ。スネイプの視線がラベンダー、名前の顔を見たあと、ベンチの上に置かれたグラスに止まった。
「それから飲み物を会場の外に持ち出してはならん。もう十点減点。
分かったらさっさと大広間へ戻りたまえ。今すぐにだ。」
二人はグラスを持って立ち上がり、足早に散歩道を戻った。
背後にまだスネイプの視線を感じる。
「ぶち壊しだわ!いいところだったのに……
私達が羨ましくて、規則をでっち上げたのよ!」
ラベンダーは声を潜めて、しかしいきり立った声で言った。
肩に掛けられた名前のローブを胸元に集め、名前を見上げた。
「だって、あの人ってモテなさそうですもの。
ねえ、ナマエ。朝まで踊りましょう。見せ付けてやる!」
ラベンダーが闘志に燃えた。
手付かずだったグラスをグイッと煽り、名前の腕を組む。
朝まで踊る猛者は中々いなかった。
時が経つにつれて疎らになっていく大広間で、ラベンダーと名前は踊り続けた。
.
主人公がダンスパーティーに参加していたら・・・というifストーリーでした。
リクエストしていただいて、本当にありがとうございました。
半年近くかかってしまい申し訳無いです。
それも詰め込み過ぎて何だか長くなってしまいました……。
お相手はラベンダーでという事でしたが、如何でしょうか。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
稚拙な文章の上、遅筆ではありますが、どうか今後ともよろしくお願いいたします。
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