27.-4
「ランチにしよう。」
眼前にサンドイッチが突き出された。
いつの間にか俯いていたらしい、顔を上げると、セドリックは微笑んで見せた。
『ありがとうございます。あの、いくらでしたか。』
「気にしないで。ナマエに元気になってほしいんだ。」
引っ込ませる気は更々無いらしい。
真っ直ぐ突き出されたサンドイッチを受け取ると、追加とばかりにお菓子も乗せられる。
名前の両手で作った皿の上には、瞬く間に小さな山が出来た。
崩れ落ちそうだが絶妙なバランスで形を保っている。
『…』
落とさないように、慎重に腕を曲げる。
何とか膝の上へ持ってくる事に成功した。
手を合わせて、『いただきます』と呟く。
サンドイッチを包んでいる紙を開けて、口へ運んだ。
『美味しいです。』
「良かった。」
これ以上気を遣わせまいと思ったのか、本当に美味しかったのか。それともただ空腹だっただけなのか。
名前は普段よりも沢山食べた。
それでも常人の一人前ほどだが。
ランチを取ってすぐ、名前とセドリックはおやつタイムに突入した。
百味ビーンズを食べ合ったり、蛙チョコに逃げられかけたり、押さえ付けて食べた為に手の熱で溶けてベタベタになったり…。
時間はあっという間に過ぎていく。
ホグワーツ特急は9と4分の3番線に到着した。
「忘れ物はないかい?」
トランクを片手に、松葉杖を支えにセドリックは言った。
『……
無いと思います。』
同じくトランク(プラス、トランクに括り付けられたネス入りの鳥籠)を片手に、松葉杖を支えに、名前は座席をキョロキョロ見渡した。
「それじゃあ行こうか。
段差があるよ、気を付けて。」
『はい。ありがとうございます。』
セドリックを先頭に名前はコンパートメントを出て、人一人がやっとの通路を、ゆっくり進む。
出口を求めて、通路は生徒達で大混雑だ。
途中途中でコンパートメントから出てくる生徒を列に入れたりしたので、中々外へは出られない。
しかしコンパートメントの中でもどかしそうにしている姿を見てしまうと、譲ってしまうのだ。
「あれ。どうしたんだろう?」
セドリックは名前に向けてそう言った。
あまりにゆっくり進むのでぼんやりしていた名前は、セドリックに声を掛けられてから少し遅れて反応した。
セドリックの視線を辿ってみると、コンパートメントの前を大きく避けるようにして、列が進んでいるのが見える。
『何かあるのでしょうか。』
「ここからじゃ分からないね。
誰かジュースでもこぼしたのかな?」
列が進む。
人が避けているコンパートメントの前までやって来て、二人は理由が分かった。
マルフォイ、クラッブ、ゴイルの三人が通路に倒れていたのだ。
それも色んな呪いがかかったかのように、できものやらクラゲの足やら、肌が露出している部分が酷い形相に変化している。
髪や顔の特徴から、何とか誰なのかを判別出来るくらいに。
何故こんな事にーーー
二人の意思がかち合ったのか、お互い顔を見合わせた。
三人も人が倒れているのだ。事件性を感じる。
しかし如何せん魔法使いという立場上、呪文を失敗して結果気を失うという事も少なくはない。
声を掛けるべきか…。
考える時間は二人に与えられない。
列がつかえるからだ。
「…」
『…』
戸惑っている二人の間に、そのコンパートメントから人が出てきた。
栗色の髪の毛と、赤毛の頭。
見覚えのある二色のセットだ。
『ハーマイオニー、ロン。』
見覚えのある二色のセットに、名前はろくに顔も確認せずに名前を口にした。
通路は生徒の談笑する声に満ち満ちていたが、前の人物に、声は届いたらしい。こちらへ振り返った。
ハーマイオニーだ。
名前の顔をしっかりと捉え、目は真ん丸に見開かれていた。
「ーーーナマエ!」
ぽっかり開けた口から、すぐには声が出なかった。
それでも絞り出すように名前を呼んで、ハーマイオニーはトランクを投げ出して名前に飛びつく。
投げ出したトランクは背後にいたロンの脛を強打して、飛びついたハーマイオニーの頭はちょうど名前の鳩尾辺りに食い込んだ。
ほぼ同時に、ハーマイオニーの前後にいた男子が予期せぬ痛みに背中を丸めた。
「何するんだよ、ハーマイオニー!」
「ロン、ナマエよ!ナマエがいたの!」
「えっ、ナマエ?
…ナマエだ!セドリックも!」
『…』
ハーマイオニーだけしか目に入らなかったのか、言われてようやく、ロンは名前とセドリックの存在に気が付いた。
ハーマイオニーと同じく目を真ん丸に見開いて、ぽっかり口を開けた。
しかし名前を呼ばれても、名前に返事をする余裕は無い。
「生きてたのか!良かったー!」
「ちょっと、ロン!もっと他に言い方があるでしょう!」
「いやあ、だってさ。ずぅっと面会謝絶だったし。僕、てっきり目も当てられない姿になっちまったんじゃないかって心配してたんだ。
でも、想像より元気そうだし、なーんだって、安心したっていうか…もう、良かったとしか言えないよ。」
「私だって安心したわ。二人とも元気そうで…あっ、中にハリーがいるの!顔を見せてあげて。
私達、外に出ているから。」
通路に倒れている三人を隅に寄せて、ハーマイオニーは二人をコンパートメントに押し込めた。
男三人を隅に寄せるーーー
あの細身にどんな力が秘められているのか、二人の意識は一瞬遠退いたが、
コンパートメント内にいたハリー、フレッド、ジョージの三人の視線を感じて、すぐに現実へ帰ってきた。
「ナマエ!セドリック!」
三人はほぼ同時に、しかし少しずつズレて名前を叫んだ。
フレッドとジョージは笑顔を浮かべて、セドリックの背中を叩き、名前の肩を抱いた。
「いやあ、驚いたなあ。」
「無事だって事は知ってたけど。」
「セドリック、ナマエ。
二人とも杖をついているけど、体は大丈夫なの?」
「ああ。一時的なものだからね。
すぐに元通りになるさ。」
「ナマエも?」
『…』
頷く。
『ハリー、怪我は。』
「僕はもう平気。」
『そう。……
…
ハリー。一人で戦わせて、ごめん。』
「いいんだ。二人とも生きているし、こうして会えたんだから。
それに、ナマエ。僕は謝ってほしくなんかない。」
『…
ありがとう、ハリー。』
「うん。どういたしまして、ナマエ。」
それからハリーは、「あっ」と何か思い出したかのように声無き声を上げた。
きっちり閉められたトランクを開いて、巾着袋のような物を取り出してみせる。
「セドリック。駅に出る前に、君に会えて良かったよ。これを……」
「これは?」
「対抗試合の賞金。
君のご両親に渡そうとしたんだけど、受け取ってもらえなかったんだ。」
ずいと差し出された袋を見つめ、次にハリーを見つめ、セドリックは頭を左右に振った。
「それは君のものだ、ハリー。受け取れないよ。」
「どうして?セドリックが一番先に着いたんだ。
君が勝ったんだ!」
「ハリー。僕は何度も君に助けられた。第三の課題の時だけじゃない。
言っただろう?第一の課題の時も、第二の課題の時も、僕は人に助けられたんだ。」
「ああ聞いた。それなら僕だってそうさ。言ったよね?
僕だって受け取れない。欲しくない。」
ハリーは袋を持った手を真っ直ぐ伸ばしたまま下ろさなかったし、セドリックは受け取ろうとしない。
二人は一歩も譲らない。頑なだ。
喧嘩でもないのに緊張が増していく。
こういった空気を苦手とする名前は見動き出来ないまま、成り行きを見守るしかない。
フレッドとジョージは家族間の喧嘩で慣れているのか、案外と平気そうである。
間に挟んだ名前の様子を見て、面白がる余裕くらいはあるのだから。
生徒が外に出たのか、通路の喧騒が少しずつ静かになっていく。
先に口を開いたのはセドリックだった。
「…
そうだ、ハリー。
君は優勝杯を取る時、一緒に取ろうと言ってくれたね。」
「ああ。それが何?」
「僕も君も受け取る気が無いなら、二人で受取先を探そう。寄付でも何でもいい。それでどうかな?」
「…それなら、…
フレッド、ジョージ。」
「え?」
全く他人事で呑気にしていた二人。
ハリーはセドリックから、名前達の方へ向き直った。
ジョージの手に、ハリーは賞金の入った袋を押し付ける。
「この二人に渡すよ。
受け取って。」
「何だって?」
フレッドの声が途中引っくり返った。
「受け取ってよ。聞いてただろ?僕達、要らないんだ。」
「狂ったか。」
ジョージはハリーに袋を押し返そうとしている。
「ううん。狂ってない。
君達が受け取って、発明を続けてよ。これ、悪戯専門店の為さ。」
「やっぱり狂ってるぜ。
いいのか?セドリック。寄付とか何とか言ってたじゃないか。」
「いいかい。」
ハリーは遮るように強い声音で言った。
「君達が受け取ってくれないなら、僕、これを溝に捨てちゃう。僕、欲しくないし、要らないんだ。
でも、僕、少し笑わせてほしい。僕達全員、笑いが必要なんだ。僕の感じでは、間も無く、僕達、これまでよりもっと笑いが必要になる。
…だから二人に渡したい。いいかい、セドリック。」
「ああ。それは名案だね。」
「二人ともおかしいよ。」
フレッドの声は脅えたように小さかった。
「ハリー。
これ、一千ガリオンもあるはずだ。」
「そうさ。
カナリア・クリームがいくつ作れるかな。」
ニヤリと、ハリーはいたずらっぽく笑った。
フレッドとジョージは目を見開いて、まじまじとハリーを見た。
「ただ、おばさんにはどこから手に入れたか、内緒にして……
もっとも、考えてみれば、おばさんはもう、君達を魔法省に入れる事には、そんなに興味がないはずだけど……」
「ハリー、」
「さあ」
ハリーは杖を出した。
「受け取れ、さもないと呪いをかけるぞ。今ならすごい呪いを知ってるんだから。
ただ、一つだけお願いがあるんだけど、いいかな?ロンに新しいドレスローブを買ってあげて。君達からだと言って。」
何か言いたそうにするフレッドとジョージを見ないようにして、ハリーはさっさとコンパートメントから出ていった。
残された四人はお互いに顔を見合わせた。
「僕達も外に出ようか。」
「ああ。荷物持つよ。汽車を出るくらいまでは。大変だろ?」
「ありがとう。」
「ナマエも。」
『ありがとうございます。』
通路にはまだマルフォイ、クラッブ、ゴイルの三人が転がっていた。
縦に一列。隅に寄せてはあるので、そこまで通行の妨げにはならないが。
それでも通路が狭い事に変わりはないので、フレッドとジョージがセドリックと名前を間に挟む形で、四人は縦一列になって進んだ。
「なあ、セドリック…本当にいいの?」
「何のこと?」
「その…袋の中身のことだよ。」
「もちろん。必要としてくれる人の手に渡ったんだから。」
穏やかな声で言うものだからか、フレッドもジョージも、それ以上突き詰めるような事は言わなかった。
ただ「ありがとう」と呟くような小さな声でお礼を言った。
汽車を出てプラットフォームに下りると、辺りは生徒とその家族で溢れ返っていた。
早くもセドリックは両親を見つけたらしい。フレッドから荷物を受け取り、「またね」と簡単な挨拶をして、人混みの中へ消えていった。
遠くでセドリックの名前を呼ぶ女性の声や、男性の声も聞こえる。友達もいたようだ。
セドリックの姿を見送って、名前はジョージから荷物を受け取ろうと手を伸ばした。
しかしひょいと避けられてしまう。
「ナマエはこれから日本に帰るんだろ?
柵の向こうまで荷物を持ってやるよ。」
「じゃ、俺はエスコートでもしてあげようかね。
お手をどうぞ。」
「うーん。姫と王子にしちゃあ、ナマエの方が背が高くて様にならないな。」
「坊ちゃんと爺やだからいいんだよ。」
フレッドは腰を折って恭しく手を差し出し、「お足元にお気を付けくださいましぇ」と、わざとらしく嗄れた声を出してみせた。
ジョージは笑っているが、こういったノリにどう返していいか分からない名前。
考えた末に、差し出された手を握手のように握った。
するとフレッドは噴き出した。
「そうじゃない。俺がナマエの腰をこう…抱えるから、ナマエは俺に体重かけて。杖は反対の手に持って…」
「あ…歩きづらくないか?」
『大丈夫です。』
笑いを堪えて話しているせいで呼吸がおかしい。
「そんなにおかしな事をしたのだろうか」と、思ったのかはどうかは不明だが、フレッドに寄り掛かって歩きながら、名前は人知れず首を傾げた。
突如として手に渡った大金は、二人の精神を大きく揺さぶったらしい。
予想だにしない大金のせいか。
そう遠くない暗い未来を前に、人を笑顔にしてくれと重大な役割を頼まれたせいか。
二人のテンションは異様だった。
些細な事でも大笑いして、緊張や不安を吹き飛ばそうとしているのだ。
酔っ払いと、それを介護する同僚のように、
名前とフレッドは、前を歩いていたジョージの後に、くっつき合って柵を抜けた。
「ジョージにーーーフレッドと、
ーーーあら、まあ!」
柵を抜けた先にはモリー・ウィーズリー、ハリー、ロン、ハーマイオニーが待ち構えていた。
モリーのそばに口髭を蓄えた、恰幅の良い中年男性が立っていたが、こちらは見覚えが無い。
その場を動かない事と、此方をしかめっ面で見ている辺り、無関係な人間では無さそうだ。
「あれ、見たことないか?ダーズリーさ。ハリーの保護者だよ。
まあ、保護者っていうか…保護はしてないけど。」
『初めてお会いしました。』
「魔法使いを良く思ってない連中さ。」
不思議そうに見えたのか、フレッドは小さな声で、名前にそう教えてくれた。
二人が腹話術のようにこっそり密談を交わしていると、真っ直ぐモリーが名前の前まで小走りでやって来る。
「まあ、まあ、まあ!
ナマエ!」
その勢いに名前は若干気圧されていたが、フレッドに掴まっているし体がまだ自由がきかないので、そう簡単に身動きが出来ない。
モリーもモリーで名前の様子には気が付かず、天辺から爪先まで確認するのに夢中だ。
「会えて良かったわ。ああ、こんなにやつれて…体は大丈夫なの?」
『大丈夫です。モリーさん、心配をお掛けしてすみません。』
「やだ、謝ることないのよ!」
「ママ、ナマエは時間が無いんだ。お喋りしてるヒマは無いんだよ。
これから飛…
飛行…」
「飛行機!よ!」
「ソレ。時間決まってて、乗らなきゃ日本に帰れないんだから。」
「あら、そうなの。でも一人で大丈夫なの?」
『何とかなります。』
「無理しないでね。」
モリーはフレッドごと名前を抱き締める。
力強く、隣で「ぐぇっ」と呻き声が上がった。
「日本に帰ったらしっかり食べて、ゆっくり休むのよ。それで、元気になったらいらっしゃい。
私達はいつでもあなたの事を歓迎するわ。」
『はい。』
ジョージから荷物を受け取り、フレッドから離れて、松葉杖を支えに立つ。
『ありがとうございます。』
「気にするなよ、ナマエ。」
「そうさ。友達なんだから。」
『…
ありがとうございます。』
「堅苦しいねぇ。」
「真面目だねぇ。」
「じゃあな、ナマエ。足元に気を付けろよ。」
『気を付けるよ、ロン。』
「夏休みにロンの家で会うの、僕、楽しみに待ってるからね。」
『ハリー。俺も楽しみしている。』
「ナマエ。ちょっと屈んでくれる?」
順に挨拶を済ませていると、ハーマイオニーはそう言った。
不思議に思わない事はないが、名前は言われた通り、背中を丸めた。
するとハーマイオニーは背伸びをして、頬に啄むようなキスをしたのだ。
一瞬の事で何が起きたのか瞬時には理解出来ず、名前はハーマイオニーの顔を見つめた。
ハーマイオニーは少し照れ臭そうに頬を赤く染めていて、ニッコリと白い歯を見せて笑った。
「さよなら、ナマエ。
また夏休みに会いましょう。」
『……うん。
またね、ハーマイオニー。』
荷物を持って、覚束ない足取りで歩き始める。
人混みの中へ消えていく長身痩躯を、残された人々は(バーノンおじさんを除いて)心配そうに見つめた。
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