27.-3






「着られたかい?ナマエ。」



『ボタンに手間取っています。』



「ああ、細かい作業は難しいね。」





名前とセドリックの二人は、久方振りに制服の袖に腕を通した。

学期を締めくくる式も終盤に近い時間だ。
沢山の生徒が大広間に集まって、ダンブルドアの話を聞いているのだろう。

だが二人はその中にはいない。
マダム・ポンフリーのお許しが得られなかったのだ。





「もうそろそろかな。」



『廊下で声が聞こえますね。』



「…ああ、本当だ。皆に会うのは久し振りだな。
何だか緊張するよ。君はどう?」



『俺もです。』



「よかった。仲間がいると心強いな。」





白いカーテンの向こう側で、セドリックは照れたようにクスリと笑った。
親しい人に会える事が嬉しいようだ。

廊下では誰かの話し声が響き、混ざり合い、何を言っているのか分からない。
それでもだんだんと近付いてきているのは分かった。

ガチャ。
ついに医務室の扉が開かれて、数人分の足音が床板を踏み鳴らした。





「二人とも、着替えは終わりましたか?」





カーテン越しにマダム・ポンフリーがそう声を掛けた。
セドリックが先に、一拍遅れて名前も返事をする。

少し離れたところで、シャッと勢い良くカーテンが開かれる音が聞こえた。
おそらくセドリックのいるベッドだろう。





「スプラウト先生。」



「こんにちは、ディゴリー。」



「こんにちは、お久しぶりです。でもどうしてここへ?」



「一目あなたの元気な姿を見たかったのです。」





そんな会話が聞こえてきたと思うと、名前の周囲を囲んでいたカーテンが開かれた。

そこにはマダム・ポンフリーとマクゴナガル、ハグリッドの三人が立っていた。





「ミョウジ。元気そうで何よりです。」



『ご心配おかけしてすみません、マクゴナガル先生。それに荷造りもしていただいて、お手数おかけします。ありがとうございました。』





椅子に腰掛けたまま、名前は頭を下げた。
数秒後に顔を上げてみると、ぱっちり目があったマクゴナガルの瞳に、きらりと光るものがある。

厳格な教師の、それも女性の涙に、名前は少なからず動揺したのだろう。
脇に抱えた松葉杖で立ち上がりかけた。

けれどマクゴナガルはそれを手で制し、すぐに顔を引き締めると、厳しい顔付きで名前を見据えた。





「ミョウジ。あなたのした事は決して褒められる事ではありません。
いくつも校則を破りました。本来なら処罰は避けられない事態です。」



『はい。』



「けれどダンブルドアの意向で処罰はありません。
勇気ある行動で命を救った者に罰をすべきではないと、ダンブルドアはお考えになられています。
しかし、良いですか。ミョウジ。今後は私達教師に頼ると約束してください。あなたは一人ではありません。決して、抱え込まないことです。」



『分かりました。』





マクゴナガルは手を伸ばして、名前の肩に置いた。
何か言いたそうに唇を動かしたが、するりと離れていく。





「さあ、汽車に向かいなさい。足元に気を付けて…
ハグリッド、二人を頼みますよ。」



「へえ、もちろんです。」





マクゴナガルの後ろから、ハグリッドがのっそりやって来た。
そのまた後ろにはセドリックとスプラウトが、此方へ歩いてくるのが見える。

ハグリッドは既に(たぶんセドリックのものであろう)トランクを掴んだ手で、ベッドの脇に置いてある名前のトランクも掴んだ。
大きなトランクも、ハグリッドが持つと小さく見えるものだ。

今度こそ、名前は松葉杖を使って立ち上がる。





『すみません、ハグリッドさん。』



「ん。あ、いや、ナマエーーー」





ハグリッドは名前を見ると、へにょりとモサモサの眉毛を八の字に寄せた。
つぶらな瞳に涙が浮かび、あっという間にこぼれ落ちる。





「いや、いや。気にすんなや、ナマエ。
お前さんが生きていて、元気で、良かった。」





ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、ハグリッドはポケットからハンカチを取り出して、チーンとかんだ。
それをポケットに戻して、空いた手で目元をゴシゴシ拭う。
真っ赤に充血した目で名前とセドリックを交互に見た。






「さあ移動するぞ。
モタモタしてたら汽車に乗り遅れちまう。」





とは言え、松葉杖をついて歩く二人がそう早く移動出来るはずもなく。
ハグリッドは二人分の荷物を持ち、覚束ない足取りの二人を気遣いながら、慎重に慎重を重ねてゆっくりと歩いた。
苦労したのは階段で、一度階下に下りたハグリッドに戻ってきてもらい、一人ずつ補助しながら階段を下りる。
転がり落ちては大変なので、時間がかかっても慎重にならなければいけない。

そうして時間を掛けてやって来たのにも関わらず、玄関には誰もいなかった。
まだ寮で時間を潰しているか、ちょうど動き始める頃なのだろう。

玄関を出てみると、雲一つない快晴が広がっていた。
石で出来た階段を滑りそうになりながらも下りて、待機していた馬車に乗る。
プラットフォームに着くと、ホグワーツ特急は白煙を吐きながら準備万端の状態だ。
親切にもハグリッドはコンパートメントまで送ってくれたので、二人はそろってお礼を言った。





「気にせんでいい。それよりセドリックよ、」





ハグリッドは二人の荷物を動かないように座席の隣に置いてから、セドリックに向き直る。





「お前さん、キングズ・クロス駅に親御さんが迎えに来るんだったな。」



「はい。二人とも心配性で…」



「いんや、それが普通だ。危なっかしくて一人にさせられん。
ナマエはどうだ?誰か来てくれるのか。」



『いいえ。』



「何…」
ハグリッドは面食らったような顔をした。
「お前さん、その、アレ…飛行機ってのに乗るんだろう。一人で大丈夫なのか?」



『何とかなると思います。』



「今からでも誰か連絡出来ねえのか。」



『…』



「…よし。なら、俺が付いていってもいいか、ダンブルドアに聞いてくる。」



『いや、あの……大丈夫です。
日本に着いたら、誰か頼れる人に連絡してみます。』



「本当か?」



『はい。』



「一人で大丈夫なんだな?」



『はい。』



「分かった。そんなら俺は何も言わねえ。だが、気を付けるんだぞ、ナマエ。」





席に座らせた名前の前で背中を丸めて、ハグリッドは名前を抱き締めた。
モジャモジャのヒゲと髪が頬を掠めて擽ったそうだが、当人はそれどころではないようだ。
ハグの経験が無いに等しい名前は動揺してしまって、石像のように固まってしまったのだ。
抱き締めたのは一瞬で、ハグリッドはセドリックも同じように抱き締めた。
こちらは少し照れ臭そうに微笑んだくらいで、抱きしめ返せるくらいの余裕がある。





「他の生徒の引率があるから俺はもう行くが、二人とも、駅に着くまでじっっっとしているんだぞ。
友達に会えて嬉しいだろうが、はしゃいで怪我したら 大 変 だからな。」





所々語気を強めたのはわざとだろう。
言いながらハグリッドはコンパートメントから出ていった。扉をしっかりと閉めて。

コンパートメントの扉の左右に設けられた小窓からハグリッドの姿が見えなくなると、セドリックは名前をチラリと見た。





「じっっっと、って……
ここから出てはいけないという事かな。」



『…そうかもしれませんね。』





ハグリッド退出から数十分も経つと、生徒が到着したらしい。談笑する声が近付いてきた。
コンパートメントの窓から外を見ると、生徒が続々と車内に乗り込み始めている。

扉側の小窓からは、空いているコンパートメントを探して通り過ぎていく生徒の姿がひっきりなしに見えた。
その姿を見送るセドリックの目は寂しげだ。
目を離さないまま口を開く。





「意外と皆、僕達の事に気が付かないね。」



『事前に先生方が注意したのかもしれません。』



「ああ、そうかも。狭い所に人が集まったら危ないからね。
…僕は思っていたより、皆に会いたいみたいだ。」






通り過ぎていく生徒から視線を外して、こちらを見る。
先程よりも寂しげな雰囲気は薄れており、目が合うと、照れ臭そうにはにかんだ。

それからは、勉強の事とか、両親の事とか、ヴォルデモートの事とかーーー
盛り上がりには欠けたが、途切れる事なく、ぽつりぽつりと会話が進んだ。

汽車が動き始め、車窓の景色が流れ始める。





「そういえば、さっき君は、
日本に着いたら、誰か頼れる人に連絡するって言っていたけど…」





ガタンゴトン。
汽車の走る音を背景に、セドリックは思い出したようにそう言った。





「その人は、魔法使いなの?」



『いいえ。』



「君が魔法使いだってことは?」



『伝えていません。』



「……難しいところだね。」





自身の顎に触れて、セドリックは眉間に皺を作った。





『何がですか。』



「君のその格好を見たら驚かないか?」



『…』





日本で頼れる人といえば、ボクシングジムのトレーナーである柳岡、そしてジム生の千堂である。
千堂の連絡先は知らない。
その点で言えば、実質、頼れるのは柳岡一人だ。
どちらにしても、あの二人ならオーバーリアクションで驚くだろうが。
問い詰められるだろうし、怒られる可能性もある。
もしかしたら学校に殴り込みに行くと言い出すかもしれない。
特に千堂は面倒見が良く、気性が荒い。手が出やすい質だ。
プロボクサーという立場上、一般人に暴力を振るうようなことはしないが、容易に想像出来てしまう。





『話した方がいいのでしょうか。』



「ヴォルデモートが復活した今、何かあった時に、知っていた方が行動は移しやすいだろうけど、
知っていたから、悪い方向へ行くかもしれない。」



『…』



「危険が生じるって伝えた上で、聞いてみたらいいんじゃないかな。話すか話さないか。
でもきっと、相手からしたら、知りたいだろうと思うよ。僕だったら知っていたい。」



『…
危険にさらされるかもしれないと、知っていてもですか。』



「ああ。だって友達が危ない目に合っていて、それを黙って見ることも、見ないフリも出来ないよ。
力になりたいし…
その人は君の友達?」



『両親の友人です。
俺が小さな頃からお世話になっている人です。』



「家族のようなものだね。」



『そうですね。』



「ならきっと、話して欲しいと思うだろうな。
…僕がそうだからってだけだけど。」





セドリックの気持ちは大いに共感出来る。
たとえ名前の身を案じて秘密にしているのだとしても、名前は知りたいと思うだろう。
柳岡の性格から考えても、おそらく彼も同じだ。

大事な人が苦しんでいたら、何か力になりたい。
けれどそれが災いして、更にその人を苦しめる結果になったら。
しかし知らないままでいる事が、安全だとは言い切れない。

知りたいという気持ちを汲むか。
気持ちを無視して、身の安全を取るか。
どちらを選んでも結果は分からない。

- 198 -


[*前] | [次#]
ページ:




×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -