26.-2






『…』





封筒の中には便箋が二枚入っていた。
一枚は父親から。もう一枚母親からだ。

ーーー名前へ

二枚とも冒頭はそう始まっている。





ーーー名前へ
ダンブルドアへも同じような手紙を書いたけど、届いたかな。
本当なら親である僕達が、名前に直接話さなければならない事なんだけど、まだ子どもだからって言い訳してきて、ずっと先延ばしにして、結局話す事は出来ませんでした。
こんな手紙を読ませるような事になってしまって、本当にごめんなさい。
名前には隠してる事があります。
それは僕とお母ちゃんの二人だけの秘密で、今までダンブルドアにも教えていませんでした。

名前の魔力が強いって事は、散々聞いてきたと思います。
お母ちゃんのお腹の中にいる頃から分かってて、僕達はとても悩んでいました。
強い魔力は持ち主を殺してしまう事があるからです。
僕達は悩んで、どうしたら名前が生きていけるか考えました。
それが、僕の姿をそっくり写させる事でした。

名前。元々名前は女の子でした。
同じ性別のお母ちゃんを写すより、男の僕を写す方が大変な事です。
僕達は名前に魔法をかけました。自身の魔力を消費しながら、僕の姿になるように。
勿論赤ちゃんだから、コントロールは僕達で行いました。

お父さんにそっくりだね。って、よく言われるんじゃないかな?
だって僕の成長をそのままそっくり写しているからね。ーーー



『…』





ここまで読んだ名前の脳裏に、鏡に映った女の子の姿が過ぎった。
両親の特徴を持ち、無表情にこちらを見つめていた女の子。
あれは本当の自分の姿だったのだ。

制御装置であった両親を失い、均衡を保っていた魔法が一時的に解けた。
年齢を重ね、魔法を学習し、ある程度は自分でコントロール出来るようになってはいたが…。

両親の死に直面し、精神的に余裕が無くなった。
魔法をコントロールするには精神の強さも必要だ。





ーーー本当なら女の子として生きるはずが、親である僕達が壊してしまった。
本当に、ごめんなさい。
突然この事を知ってこの先、名前がどんな気持ちになるか、想像しないわけがありません。
どう生きていくか。
直接話していれば、家族で話し合う事も出来たのに、ごめんなさい。

昔、僕はヴォルデモートを裏切って、お母ちゃんと一緒に逃げ出した。
そのせいで僕の両親も、お母ちゃんの両親も、殺されてしまった。
僕の家系は純血ってやつで、ヴォルデモート側だったから、僕の選んだ道は反対され続けていたけれど…
それでも、僕は家族を守る事が出来ませんでした。
だから、名前とお母ちゃんの事は、守りたかった。
名前も、お母ちゃんも守るって約束したのに、その約束を破ってしまいました。
ごめんなさい。

遊んだり、話したりは出来ないけど、僕達は名前を見守っています。
愛しています。
ーーー父より





最後には日付が書いてあった。
デパートで火災が起きる前日の日付だ。
こうなる事を、父親は見越していたのだろう。

ペラリ。
便箋を捲ると、母からの手紙が現れる。





ーーー名前へ
お母さんです。お父さんの手紙で、名前の体の事については、もう知っていると思います。
この手紙、二人で相談しながら書いたんです。内容が被っちゃうといけないからね。
私から伝えなくちゃいけないのは、お母さんの血筋についてです。
後々教えなくちゃと思っていたんだけど、そうする事が出来ないと知りました。
私もお父さんもどうしたって、死ぬって分かったからです。

お母さんのお家は普通のお家でしたが、いわゆるシャーマンの家系でした。それで霊的な能力とか、漫画なんかで見る超能力みたいな力があったんです。
だからホグワーツに迎えられたのでしょう。
名前。誰かの心の声を聞いたり、死んだ者の声を聞いたりしたでしょう?
それは私の血筋からの影響で、多分この先、もっと色んな、不思議な事が出来るようになります。
杖を使わない、魔法界でも特異な能力です。
私はその力の中に、いわゆる予知夢という能力がありました。
それで私とお父さん、名前が死ぬ事を知ったんです。

私はお父さんに相談して、死を回避してきました。
夢に出てきた場所は避けたし、なるべく離れてきました。
けれど何度死を回避しても、夢は終わりませんでした。ーーー





愛する者が死に続ける。
たとえ夢であっても、避け続けていても、つらい事だ。
いつか現実になる。
夢で死を見て、現実でも同じ死を見なければならない。





ーーー夢の通りになれば、お父さんも私も、名前も死ぬ。
念の為に身代りとして、櫛を用意しました。本当に使うか、うまくいくかどうかは、分からなかったけど。
でも、名前がこの手紙を読んでるという事は、うまくいったんだね。
この手紙は私の鏡の中に、櫛が壊れた時だけ割れるように、魔法をかけました。
身代りによって蘇った名前が、ダンブルドアの元で保護されるように。
この鏡や櫛が、あなたの手元にあるように。
多分、私の血を受け継ぐあなたは、そうするでしょう。

でも、きっと、名前の死は免れない。
その時の私はもう、名前の未来を見る事は出来ないから、分からないけれど。
かろうじて生きていても、普通の状態ではないかもしれないし。

名前。あなたの持つ力は、とても強い。
ヴォルデモートにも負けない力です。
強い力というのは制御が難しいけれど、ものにすれば、あなただけではなく、たくさんの命を守れます。
その力で、どうか死の運命を変えてください。

本当なら、親である私達があなたを守り、立ち向かわなければならない事です。
私達の隠し事は直接伝えなければならないし、あなたの未来に寄り添ってあげたい。見ていたい。
そばにいて、生きてこの目で確かめたい。
それが出来ない事を、許してとは言いません。
でも私は、名前の事を愛しています。
ずっと、私のかわいい子どもです。
ーーーお母さんより



『…』





読み終えた便箋を畳み、封筒にしまう。
視界の端ではクィレルの白い影がそわそわと動いていた。
ダンブルドアと名前を交互に見比べて、様子を窺っているようだ。

一拍置いて、ダンブルドアは口を開いた。





「ご両親を恨んでおるかね?」



『…
分かりません。まだ、現実味が無いです。』



「そうか。」



『…』



「何も知らぬ赤子の未来を捻じ曲げてしまうより、他の方法を勧めたじゃろう。
二人はわしに相談すれば止められると分かっておったのじゃ。」





道徳的には赦されない行為だ。
だが名前は生きていける。

だから両親は間違いだと知りながら、それを選択した。





「ナマエ。君がこの先どんな選択をするかは、君の考え次第じゃ。
その時はわしも、クィリナスも、協力しよう。
これは、この場にいる三人だけの秘密じゃ。今はのう。」



『…』



「君が元の姿で生きていく事を選ぶのならば、有り余る魔力を消費する手段を用意しなければならない。

ナマエ、君は常に空気を送られる風船のようなものじゃ。
いつ破裂してしまってもおかしくはない。呼吸をするように、空気を抜く事を覚えなければならない。
心と体は互いに影響し合う。
強い力をコントロールするには、それに耐える精神や肉体の強さ、柔軟さなどが必要じゃ。
ナマエの場合、他の人以上に必要となる。

お父さんが君に体を鍛えるよう言ったのは、君が自分の力に負けないようにする為じゃろう。」



『ダンブルドア校長先生。魔力が強いから、消費しなければ命に関わると仰られますが、…
魔力を消費しなければ、どうなるのですか。』



「魔力は魔法を扱う為に必要なものじゃ。そして魔法というものは、自分自身に、誰かに、向けられるものじゃ。
膨れ上がった魔力で、魔法はコントロールを失う。それが自分に向かうか、誰かに向かうかは、その時になってみなければ分からぬ。
ただその暴走した魔法の大体が、攻撃的なものなのじゃ。」



『…』



「自分自身に向かうか、誰かに向かうか。
精神的なものか、身体的なものか。
どれにしても良い結果にはならぬ。
命に関わるとは言ったが、その時に命を落とすのは君ではないかもしれん。
それに死とは、身体的なものだけではない。」



『…
俺が今のままで生きていけば、その可能性は無くなるのでしょうか。』



「それは分からぬ。魔法を習いコントロール出来るようになっても、切っ掛けがあれば暴走する。魔法使い誰でもじゃ。

その話を抜きにしても君が今のままでいたいと望むのなら、それは可能じゃよ。
お父さんが亡くなられた年齢までは、体はその通りに変化する。その先はシュミレーションによる変化になる。
ある程度魔法に慣れれば君自身でコントロール出来るようになるじゃろうが、それまではクィリナスが補助を受け持つ。」



『…』





チラリ。名前はクィレルを見る。
クィレルは名前と目が合うと、引き攣った笑みを浮かべた。
何だか気まずそうだ。




「クィリナスでは不満かのう、ナマエ。
クィリナスは君の事を心より慕っておるし、この事は自ら志願したんじゃ。」



『いいえ、不満は無いです。
とても有難いですが、でも、…俺がコントロール出来るようになるまで、何年かかるか分かりません。
もしかしたら、一生コントロール出来ないかもしれません。』



「私はずっと一緒でも構いませんよ。」



『…』



「あ……い、い、いや。
君が気にしなければ、ということです。もちろん。」





両手を胸の前で激しく振り、それからクィレルは数歩下がって静かになった。





「クィリナスもこう言っておるし、君が気にならなければ、それが最善の選択じゃ。互いに望んでいるのに離れるのもおかしな話じゃからの。
それに、どちらにしても、今は既にクィリナスが君の魔法を補助している状態じゃ。
君の体は衰弱していて、コントロール出来るほどの体力が無いからのう。」



『そうだったのですか。
すみません、ありがとうございます。クィレル先生。』



「い、いいえ。ミョウジ、気にしないでください。」



「二人とも堅苦しいのう。」





名前とクィレルを交互に見比べて、ダンブルドアはそう言った。





「クィリナスはもう先生ではないし、ナマエは生徒ではない。
これから長い付き合いになるのじゃ。家族や友人のように、名前で呼び合ってみたらどうじゃ。」



「し、しかし、ダンブルドア…」



『名前で呼び合うのは…』



「なんじゃ。二人そろって。
礼儀は大切じゃが、気を遣い過ぎては疲れてしまうぞ。」



「…」



『…』



「まあ、よい。すぐにとは言わぬ。二人のペースがあるからのう、ゆっくり歩み寄りなさい。

さて、そろそろわしは自分のベッドに戻るとしよう。
長々と話をしてすまんな、ナマエ。ゆっくり休むのじゃ。
クィリナス、ナマエを頼むぞ。」



「はい。」





ダンブルドアは座ったまま手を伸ばして、名前の頭を優しく撫でた。
白いフサフサのヒゲに隠れて口元は見えないが、笑っていたのだろう。
眼鏡の奥のブルーの瞳は、三日月状に弧を描いていた。





『ダンブルドア校長先生。』



「ん?」



『先生は、俺が両親を恨んでいるか、聞かれました。』



「うむ。」



『俺は、二人に生きていてほしかった。生きて一緒にいてほしかった。死んでも守るなんて事は、してほしくなかったのです。
これは、恨むということですか。』



「ナマエ。君にとって二人はとても大切な人だったのじゃ。大切な人を失えば、誰もがきっと、そう思う。
それは、悲しいということじゃ。」



『…』



「君がそう思えるのならば、ナマエ。君が大切だと思う者を、生きて守りなさい。
大切だと思う者に、今の君と同じ思いをさせない為に。」



『…はい。』



「おやすみ、ナマエ。」



『お休みなさい、ダンブルドア校長先生。』





それからゆっくり腰を上げて立ち上がると、ダンブルドアはカーテンの向こうへと消えた。

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