26.-1





二人と目がばっちり合ったマダム・ポンフリーは、直後大慌てで来たばかりの部屋を出ていった。
そうして数分も経たない内に、ダンブルドアを連れて戻ってきた。

ダンブルドアがいて、マダム・ポンフリーがいる。
という事は、つまり此処はホグワーツである。





「…」





ダンブルドアはマダム・ポンフリーから燭台を受け取り、二人が横たわる寝台へ静かに歩み寄った。

セドリック。そして名前。
身を屈めて、それぞれの顔を覗き込む。

眼鏡の奥の青い瞳は揺れる蝋燭に照らされ、星のように瞬いて見えた。





「マダム・ポンフリー。
こんな夜更けにすまんが、二人を寝かせるベッドを用意してくれるかの。」



「勿論、構いませんよ。」





マダム・ポンフリーは先程までの取り乱し様が嘘だったかのように、普段の落ち着きを取り戻している。
せかせかと忙しない足取りで部屋を出ていった。

マダム・ポンフリーを見送り、ダンブルドアは二人を見つめる。





「さて。まずはおかえりと言うべきか。
二人とも、よう戻ってきた。」



「先生、…」



「セドリックよ。話すのは、元気になってからじゃ。」





ダンブルドアは懐から杖を取り出すと、空中で掻き混ぜるように一振りした。
すると担架のような道具が一つ、空中に現れた。
ダンブルドアはもう一回、杖を振る。
担架は二つに増えた。





「元気になる為にやる事は沢山ある。
たっぷり眠り、よく食べる事じゃ。
手始めに寝心地の良いベッドへ移動しようかの。」





ダンブルドアが杖を振ると、二人の体が持ち上がり、担架の上へと移動した。
ダンブルドアが歩き始めると、担架は空中に浮いたまま、その後を付いていく。

二人が寝かされていたのは地下だったらしい。
長い螺旋階段を上っていくと、ようやく窓のある廊下に出た。

時間は分からないが、外はすっかり暗くなっている。
第三の課題の夜の時よりも、月は欠けて見えた。





『…』





再び瞼を開くと、太陽の光が差し込む天井が映った。

相変わらず体中が重たく自由はきかなかったが、
視界の端に入り込む四方を囲んだ白いカーテンと、つんとした消毒液の匂いから、ここが医務室だという事が窺えた。

眠っていたのか、気を失っていたのか。
担架に乗せられて移動している途中で、名前の記憶は途切れている。
随分と時間が経っているようだ。





『…』





名前の位置からは見えないが、チクタクと時計の秒針が進む音が微かに聞こえた。
その秒針の音に混じり、忙しない足音が近付いてくる。

躊躇無くカーテンが開かれ、隙間からマダム・ポンフリーが顔を覗かせた。
片手に盆を持っており、吸い呑み器と投薬瓶のような物が載っている。





「あら!目が覚めたのね。ちょうど良かったわ。」





マダム・ポンフリーは言いながら、サイドテーブルの上に盆を置いた。
それから投薬瓶の中身を少し、吸い呑み器の中へ垂らす。
するとたちまち、透明だった液体はどす黒い朱色へ変わった。





「さあ、少し体を起こしますよ。」





枕と頭の間に手を差し込み、そっと持ち上げられる。片手に構えた吸い呑み器を口元に運び、飲むように促された。

見た目に反して味は無味だったが、ビタミン剤のような独特な匂いが口内に広がる。

何度か深呼吸して通り過ぎるのを試みたが、匂いが鼻を行き来するのみで一向に消える気配が無い。





「体に触りますからね。」





それから、首に触ったり、瞳を見たりーーー
手足の関節を曲げ伸ばししたり、体を擦ったりーーー
名前には何を確認しているのかさっぱり分からないが、必要な事なのだろう。

そのままされるがままで数十分。

最後に最初の状態に戻され、何かは分からないが、終わったようだった。





「意識的に体を動かすようにしてください。初めは手を握ったり、足の指を広げたりで結構です。
もちろん無理は禁物です。ですが早く良くなる為には努力が必要ですよ。」





そう言い残し、マダム・ポンフリーは離れた。
最後にきっちりカーテンを閉めて。















手を握ったり、足の指を開いたり。
言われた通り実行したが、思いの外、今の名前には激しい運動になったようだった。

体を動かしている内に疲れてしまい、休憩のつもりが眠りこけてしまったのだ。
次に目を覚ました時には、辺りはすっかり夜の景色に変わっていた。





『…』





四方を囲む白いカーテンに月明かりが反射して、少しだけ辺りは明るく見える。

とはいえ、薄暗い事には変わりない。

何度か瞬きを繰り返して、夜の闇に目が慣れてくると、そこで初めて、人の存在に気が付いた。





『…』





ベッドの横に誰かがいる。
視界の端にぼんやりと、白いシルエットが映り込んでいる。
起きたてで半醒半睡だった名前の頭は一気に覚醒し、脈拍が跳ね上がった。

幸か不幸か、動揺による震えは起こらず、相手は名前が目覚めた事に気が付いた様子は無い。
相手は椅子に腰掛けて、ベッドからはみ出た名前の手を触っていた。

様子を窺っていると、どうやら相手は、名前の手をマッサージしているようだった。
手を触れる感触は、肌ではない。
ザラザラしていて、体温を感じられない。





『…』





そっと目を動かして見ると、そこには包帯を巻いた人がいた。
ぱっと見て顔や首など、少なくとも露出した部分は包帯が巻いてある。

名前に触れる手にも、指先まできっちり包帯が巻いてあった。
ザラザラした感触も、温もりを感じなかったのも、これが理由だろう。

体つきから男だという事は見て取れた。
しかしその人の特徴を表す顔は包帯で隠れている。
かろうじて見えるのは、瞳と唇くらいだ。





『…』





包帯の隙間から覗く瞳は、怪我の後遺症か、
所々異なる色が混じっていて、元が何色だったのかは分からない。
緑青色の部分、灰色の部分、金泥色の部分…年季の入った金属のような鈍い色だ。
その瞳を、名前はじっと見つめた。

無遠慮に見つめた為か、近距離だったせいか。
相手は視線に気が付いた。
名前の手に向けられていた瞳が、名前の顔へと移動する。

視線がばっちり合う。
驚いたのか、瞳孔が一瞬開いて閉じた。





「お、起こしてしまいましたか。」





今まで体が自由に動かなかったのが嘘のように、
握られている手とは反対の手で体を支え、名前は自然と上半身を起こせた。

けれどそれは一瞬の事で、次の瞬間には肘がガクリと力無く折れる。

慌てた様子で、包帯のその人は名前の体を受け止めた。
危なくベッドから転げ落ちるところだった。





『すみません。
クィレル先生。』





あれほど喉の奥に詰まって出てこなかった声は、昼間にマダム・ポンフリーから飲まされた薬のおかげか、驚くほど簡単に出た。

受け止められた胸から顔を上げて、名前はじっと、先程よりもずっと近くにある瞳を見つめる。

瞳孔がまた一瞬、開いて閉じた。
やがてゆっくりと目尻が下がり、唇は三日月状に弧を描く。





「こんな姿でも、君は私だと気が付くのですね。」





肩で押さえて支えていた手が、するりと背中に回る。
二本の腕が体に絡み付き、ぎゅっと力が込められた。
あっと言う間の出来事である。

何が起きたのか分からない名前は、数秒間瞬きを繰り返した。
消毒液と洗濯石鹸の匂いが混じりあい、鼻を掠めていく。

抱き締められていると気が付いた時、体を石のように固まらせた。
ホグワーツでの学生生活が四年ともなろうが、未だにスキンシップには不慣れである。





「す、す、すみません。起こすつもりはありませんでした。」





言いながら、クィレルは慌てた様子で体を離した。
いきなり離されたものだから、支えを失った名前の体は前のめりになって、ベッドから落ちそうになる。
そこでまた慌てたクィレルは名前を受け止めて、慎重な手付きで体を寝かせた。





「すみません…ゆっくり休んでください。」





名前をベッドに寝かせると、クィレルはクルリと身を翻す。
一刻も早く、この場を立ち去りたいようだった。





『クィレル先生。』





呼び止めれば、クィレルはピタリと立ち止まった。
首を捻って一瞬、此方を見たが、すぐに前を見てしまう。





『クィレル先生は、動いても、大丈夫ですか。
体は痛みませんか。』





返事は、すぐには返ってこなかった。
一呼吸、二呼吸。
数秒置いて、クィレルは口を開いた。





「ああ、大丈夫。痛みはありません。
治療は続いているので、こんな姿ではありますがね。」



『痛みが無いのは、良かったです。
治療中にも関わらず足を運んで下さって、ありがとうございます。』



「…」





ゆっくりと、クィレルは体ごと振り返った。
包帯の隙間から覗く目は、名前をじっと見つめる。





「私はこの一年、ずっと君のそばにいましたよ。
君がネスと呼んでいる、シロオオタカの姿でね。」



『…』





唐突に出てきたネスという言葉は、すぐにあの真っ白な鷹と結び付かなかった。
言葉を飲み込み、理解した上で、名前はじっとクィレルを見つめる。

包帯だらけのクィレルの姿と、ネスの白い羽毛が重なった。
よくよく見れば、金泥色の目も似ている。
神経質そうなところも…。





『『動物もどき』ですか。』



「いかにも。そう、『動物もどき』…
君にとっては身近な言葉でしょう?」



『…』





過去にハーマイオニーの猫、クルックシャンクスが、『動物もどき』の魔法によってネズミに変身したピーター・ペティグリューを素早く見抜いた事がある。

その時はクルックシャンクスは、ハーマイオニーが止めてもしつこく追いかけ回し、飼い主であるロンと度々衝突していた。
そのクルックシャンクスが、今までネスに対して追い掛け回すなど敵対視した事は一度もない。

それに何より、ネスはダンブルドアから受け取ったのだ。
あのダンブルドアが、命を狙われている名前に対し、怪しいと思われるものを早々手渡したりはしないだろう。





『あの、俺は、…クィレル先生だとは知りませんでした。色々とご迷惑をおかけしたと思います。
まだ怪我も治っていないのに、無理をさせてしまいました。すみません。』



「いいえ。君には伝えないよう、私がダンブルドアにお願いしたのです。動物の姿とはいえ、元々は人だと知っていれば、ずっと付いて回られるのは落ち着かないでしょうから。
それに無理はしていませんよ、こんな姿では説得力に欠けるでしょうけども。」



『…
お聞きしたいのですが、どうして動物の姿になって俺のそばに付いてくださったのですか。』



「…」





すぐに答えは返ってこなかった。
暗鬱な表情を浮かべて、クィレルは言い淀んだのだ。
包帯で覆われているので、雰囲気でそう感じ取れただけだが。





「償いです。」





やがてクィレルは、呟くようにそう言った。





「私の過ちは、何をして埋め合わせられるのか。
私の意志を知るとダンブルドアは親身になってくださいました。魔法省の裁判で取り計らってくださった。その結果、私は自由の身となったのです。」



『…』



「ダンブルドアは仰られました。私を助けたのはナマエ・ミョウジだと。
ミョウジの影響で私の考えが変わり、だからダンブルドアも私を助けられたのだと。
君を守る事が、君にも、ダンブルドアにとっても、それが償いになると。…そう仰られました。」



『…』



「しかし君を守ると言っても、私はもう教師ではない。
ダンブルドアが許しても、周囲の人々は私の存在を許さないでしょう。
…それで考えられたのが『動物もどき』でした。
動物の姿を借りれば、もっとも身近な位置で君を守る事が出来る。」



『…』



「当初は杖も握れない状態でしたから、時間がかかりましたが、出来るようになりました。
しかし私は姿を見せるつもりは無かったんです。
こんな事になるなんて…」





クィレルは静かに息を吐き出した。

それが溜め息に聞こえたのか、名前は小さな声で謝った。





『クィレル先生の事は誰にも話しません。』



「…ああ、すみません。これは、そうではなくて……
ミョウジ、覚えていますか?」



『……何をですか。』



「君がどうして医務室にいるのか。」



『…』





それは、ダンブルドアが地下室から医務室に運んだからだ。
しかし何故、地下室に寝かされていたのか。

ハリーを背にして、名前はセドリックと共に、ヴォルデモートと死喰い人と対峙していたはずだ。
それなのに気が付けば暗い場所にいて、セドリックと共に迷い歩いた。ハリーは見付からなかった。

光を見付けて出てみれば、そこは地下室で、何故か自分は横たわっていた。
セドリックもそばにいたが、ハリーはいなかった。





「覚えていないのですね?」



『…はい。』



「…最近の出来事で、何か覚えている事はありますか。」






地下室から運ばれた事、暗い場所の事…
少し躊躇したが、墓場でヴォルデモート達と対峙した事も、名前は話す。
クィレルはベッドの脇にあった椅子に腰掛けて、黙ってその話に耳を傾けていた。

そうして話し終えた後も、クィレルは黙ったままだった。
名前の所業に怒っているのか、何か考えているのか、返答に困っているのか…。

包帯の下にある表情を窺いながらも、名前は口を開いた。





『ハリーは無事ですか。』



「はい。君よりもずっと元気ですよ。」





返ってきたクィレルの声が怒った感じではないので、名前は安心した。





「しかし、君とセドリック・ディゴリーは同じ状況のようですね。二人とも記憶に曖昧な部分がある。

君とディゴリーはポッターに連れられて、墓場から帰ってきたのですよ。死体となって。」



『…死体、』



「ヴォルデモート卿に殺されたのです。
君はディゴリーを庇い、ディゴリーはポッターを庇って。
ポッターが、そう話してくれました。」



『…』





そのような記憶は欠片も無い。
クィレルが言ったように、記憶に曖昧な部分があるらしい。

それにしてもこうして生きているのだから、殺されたのだとは信じられない。
現実味の無い話だ。





『ハリーには、つらい思いをさせてしまったのですね。』





目の前で殺されたのだと言うのだから、もしかしたら彼に生涯治らない心の傷を負わせてしまったかもしれない。
大事な人が死んでしまう事がどんなにつらい事か、名前は身を以て知っている。
知っている自分自身が、友人に同じ思いをさせてしまったのだ。





「…そうですね。話せるよう落ち着くまで時間がかかりました。ずっと落ち込んだままでしたが…
二人が生きていると知って、すごく喜んでいました。
面会謝絶なので、顔は合わせていませんがね。」



『…面会謝絶ですか。』



「…私の事は話さないでいてくださるのでしたよね。」



『はい。…』





言われなくても話す気は無い。
釘を刺してくるあたり、クィレルはマダム・ポンフリーが怖いのかもしれない。
夜中に忍び込んでいるところへバッタリ遭遇してしまったら、それこそものすごい勢いで怒りそうなものだが。





「お二人さん、秘密のお話かね。」





四方を囲む白いカーテンの向こうから、第三の声が二人へ投げ掛けられた。

突然の事で二人はとても驚いたし、誰の声か判断も出来なかった。
特にクィレルは飛び上がって椅子から転げ落ちたほどで、名前の心臓は早鐘を打っていたものの、クィレルの身を案じるくらいには冷静でいられた。




「シーッ。静かに。
わしじゃ。」





カーテンが開かれ、隙間からひょっこり、ダンブルドアが顔を覗かせた。
いたずらっぽく笑っている。





「ダ、ダ、ダンブルドア…」



「こんばんは。クィリナス、ナマエ。」



『こんばんは。ダンブルドア校長先生。』



「こ、こんばんは。ダンブルドア…どうか驚かさないでください…
どうぞお掛けください。私はもう一つ椅子を持ってきます。」



「すまんな。」





今まで腰掛けていた椅子をダンブルドアに譲り、クィレルはカーテンの向こうへ消えた。
ダンブルドアがしずしずと近付いて、ゆっくり椅子に腰掛ける。
月明かりに照らされた顔は影が濃く刻まれており、疲れているように見えた。





「体の具合はどうじゃ?」



『どこも痛くはないですが、体がうまく動かせません。』



「聞いておるじゃろうが、ナマエ。君は一度死んだ。心肺停止による後遺症で軽度の麻痺があるのじゃろう。リハビリを重ねれば元のように動かせるようになる。
直前の事を忘れておるのもそのせいじゃ。記憶障害とういうのは珍しい話ではない。」



『死んだ人間が生き返る事は、よくあるのですか。』



「いいや。どんな呪文をもってしても、死者を呼び覚ます事は出来ぬ。
何か対策をしない限り。」





含みのある言い方で、ダンブルドアは名前を見つめた。
名前自身、何か対策をした覚えはない。そもそも考えも付かない。

カーテンが開かれた。クィレルが椅子を抱えて戻ってきたのだ。
ダンブルドアの横に椅子を置き、腰掛ける。





「ナマエ。君にはたくさん話す事がある。
知る必要がある事じゃ。」



『…はい。』



「まずは君がどうして蘇ったのかを話そうかの。
ナマエ、これに見覚えは?」





そう言ってダンブルドアは懐から、割れた櫛と鈴を取り出して、名前に見えるようにした。





『はい。鈴は以前、母から受け取ったものです。
櫛は母のものです。』



「ふむ。もしかしたら君のお母さんは、こうなる事を見越していたのかもしれんな。ナマエ。
君が蘇ったのは、これらを肌身離さず持っていたからじゃ。」



『…』



「昼間にセドリックと話をしたのじゃが、暗い場所を君と彷徨い歩く夢を見たそうじゃ。
ナマエ、君も同じ夢を見たのかな?」



『はい。』



「君とセドリック・ディゴリーは死の呪いを受けた。そうすると君達の魂は、呪文を使った杖へ取り込まれる。けれどそうはならなかった。
君が持っていた、お母さんの形見である櫛が身代りとなって、それを阻止したのじゃ。

しかし完全ではなかった。本来ならば持ち主だけに効果を発揮する身代りじゃ。それが君とセドリックの二人…
そばにいたせいか…
死が同時だったのか…
理由は分からんが、身代りは二人に作用した。
効果は半分になり、魂までは囚われなかったが、君達の体から出てしまった。」



『…』



「暗い場所とはおそらく、死んだ者の魂が向かう場所じゃろう。君達の魂はそこへ行ったのじゃ。
しかし君達は幽体離脱のような状態で、呼吸も無かったし、心臓も動いてなかったが、本当に死んだわけではない。まだ戻ってくる事が出来る、可能性があったのじゃ。
死者達に引き摺り込まれないよう、危険の無い方へ鈴が導いた。そこがこの世へと繋がっていた…
そして君達は蘇ったのじゃ。」





いわゆる臨死体験と呼ばれるものを、名前は体験してしまったらしい。
地下室で寝かされていたのは、そこが霊安室代わりになっていたのだろう。





「君達は十日近く目覚めなかったが、奇妙にも腐敗が起こらなかった。
櫛と鈴の事もあるしのう、わしはもしやと希望を抱いて待っておったよ。
ここにいるクィリナスも、君の友人達も、ディゴリー夫妻も、先生方も、皆…目覚める事を信じていた。」



『…』



「なんとなく君がそうする事は分かっておった。時々クィリナスが君の事を教えてくれたからのう。
君がやった危険な事だが、ヴォルデモート卿が戻ってきたのにも関わらず、そのおかげで失わずに済んだ。
もっともハリーが君達の体を連れ戻さなければ、こうも上手くはいかなかったじゃろう。」





本来なら学校にいるはずが、第三の課題の選手でもないのにハリーと共に戻ってきたのだから、周囲の人々は大変混乱した事だろう。
それも死体となってだ。
二人を抱えてヴォルデモートと戦ったのだから、ハリーには本当に迷惑を掛けてしまった。





「此度の騒動には暗躍した者がいる。
ナマエ。君にはショックかもしれんが…。」





そうしてダンブルドアは、ぽつりぽつりと話して聞かせた。

死んだと思われていたバーティ・クラウチの息子が実は生きており、ヴォルデモートの為に策動していた事を。
クィディッチ・ワールドカップで「闇の印」を打ち上げたのは、その息子だと。





「騒動を起こしたのは、アズカバンを免れた他の死喰い人だったらしい。じゃがヴォルデモートに対して不誠実だと怒り、そういった者を憎んでおった。
自分こそが忠実なしもべであると『闇の印』を打ち上げた。背いた者が罰せられる事を望んでおったじゃよ。
ナマエ。…

君のご両親を殺めたのは彼じゃ。」



『…』



「そして、君の訓練を受け持っていたアラスター・ムーディ。
偽物じゃ。彼に成り代わっていたのじゃ。
ポリジュース薬を使ってな…。」





今まで訓練を受け持ち、親身になって面倒を見ていたムーディが偽物で、両親を殺した犯人だった。

父親は死喰い人に裏切り者だと憎まれていたし、裏切り者の一族は根絶やしにされると聞いている。
母親は自殺ではなかった。殺されたのだ。

残ったのは名前一人。
けれど、ムーディに成り代わったバーティ・クラウチの息子が、憎悪を感じさせるような素振りは少しも見せなかった。
警告を知らせる鈴は鳴っていたので、表面上は取り繕えても、腹の中では怒り狂っていたのかもしれない。





『本物のムーディ先生は無事なのですか。』



「うむ。長い間『服従の呪文』で従わされて、閉じ込められていた為に衰弱しておったがのう。
ポリジュース薬には対象の髪が必要じゃ。生かしながらそばに置いておかなければならなかった。
本物のムーディのようになる為に、性格や癖も身につけてな。だが、最後に油断をしたのじゃ。」





墓場から戻ってきたハリーをダンブルドアの目の届かない場所へ連れて行った。
それが切っ掛けとなったと言う。
本物のムーディならばあの状況下で、ダンブルドアの目の届かない場所へハリーを連れて行くわけがない。

アラスター・ムーディーーー改め、バーティ・クラウチJr。その正体を捉えたのである。
ダンブルドアは真実薬を用いて、Jrに話をさせた。

バーティ・クラウチJrはヴォルデモート卿に陶酔していた。
父親であるバーティ・クラウチを自らの手で殺害した。
ゴブレットにハリーの名前を入れて勝ち進むよう誘導した。
優勝杯を移動キーに変えて墓場へ連れて行った。





「バーティ・クラウチJrの事はコーネリウス・ファッジに伝えた。そうしたら彼は護衛として、城に入るのに吸魂鬼を付き添わせてしまってのう。
バーティ・クラウチJrのいる部屋に入った途端ーーー」





吸魂鬼はバーティ・クラウチJrに死の接吻を施したのだ。
証言できる者はいなくなった。

それについてコーネリウス・ファッジは開き直っていた。死んで当然だと。
それどころかいくら説き伏せようが、ヴォルデモートが蘇った事を受け入れなかった。






「ファッジがあのような態度を取ると、予想していなかったわけではない。真実から目を背ける者もいる。目の当たりにした時、どうするかじゃ。
ナマエ。」




『はい。』



「我々は真実を知っている。事態は深刻じゃ。早急に行動しなければならぬ。
その為には協力が必要じゃ。
それからーーー」






ダンブルドアは懐から、白い封筒を取り出した。





「これを渡しておかなければならぬ。
君が知らなければならない、真実じゃ。」





横になった名前の手に、ダンブルドアは白い封筒を握らせる。
力の入らない手でゆっくりと顔の前に持っていくと、そこには日本語で宛名が書かれていた。
名前の名前と、両親の名前だ。
この手紙は両親が名前に宛てて書いたものらしい。





「寝室に置いてあった君の鏡が割れて、中から手紙が二通出てきたらしい。それをクィリナスが届けてくれたのじゃ。
一通はわし宛に、もう一通は君宛に。
櫛が身代りになる事や、鈴が警告を教える事は、手紙を読んで知ったのじゃ。」



『…』





母の形見である鏡が割れたのは、同じく母の持ち物であった櫛が壊れた事が影響しているのかもしれない。
予想に過ぎないが。

動かしにくい手で封を開けるのも、手紙を広げるのも、何をするにも時間がかかり、もどかしくて仕方が無い。
クィレルはそわそわと落ち着きなく手助けしたそうだったが、その度にダンブルドアが目で制した為、行動には移さなかった。

(移さなかったというより、移せなかったのかもしれないが)

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