25.






「起きて。」





揺さぶられて目覚めた。
確かに瞼を開いたはずなのに、そこには瞼を閉じていた時の景色と何ら変わりない、暗闇が広がるばかりだった。





「起きてくれ。
頼むから、目を覚ましてくれ…」





みじろぎして上半身を起こすと、頭に固いものがぶつかった。





「イテッ」





すぐ耳元で声が聞こえた。どうやら頭突きを食らわしてしまったらしい。





『すみません。』



「いいや、いいんだ。平気だから…その声はナマエだね、目を覚まして良かったよ。
体は平気かい?どこか痛むところは無いかい。」



『平気です。…セドリックさんは。』



「僕も平気だよ。いつも通りだ。」





瞬きを繰り返す。
目を擦る。
何の変化もない。

ここは暗闇だ。
目の前にはセドリックの顔があるはずなのに。





『ハリーはいますか。』



「分からない。近くにはいないみたいだ。」



『…』



「僕の近くで君は倒れていたんだ。
目が覚めてすぐに気付いたよ。触れる距離にいたからね。この暗さだから、誰かまでは分からなかったけど…。
君、杖はある?」



『…』





ローブの懐、ズボンのポケット。
触れてみたが、それらしい感触はない。
何かあると思って握ったものは母の櫛で、衝撃でも受けたのか、ポッキリ折れてしまっていた。





『無いみたいです。』



「そうか。僕も無いんだ。
明かりが欲しいところだけど仕方ないね、このまま動こう。立てるかい?」



『はい。』





手が触れたかと思うと、ぎゅっと握られた。
そして引っ張り上げられる。
そうして引き起こされるかたちで、名前は立ち上がった。





「はぐれたら大変だから、手は繋いだままにしておこう。」



『はい。』



「さて、どこに向かえばいいのかな…」





しばし二人はどちらともなく口を噤み、その場に立ち尽くした。
耳を澄まして音を探し、鼻や肌で空気の流れを探す事に集中したのだ。
しかし聞こえるのは、互いの呼吸と微かな衣擦れの音ばかり。
風も匂いも感じ取れない。
ここが外なのか内なのか。
狭いのか広いのか。
分からない。
息が詰まるような空間だ。





『…』





繋いだ手はしっかりと握られていたが、ふとした時に、震えともふらつきとも感じ取れる振動が伝わってきた。
この状況に恐怖を感じているのか、はたまた普段視覚で補っている平衡感覚が暗闇によって奪われてしまっているせいなのか、理由は分からない。





「よし。こっちに行ってみるよ。…」





このままじっとするのに耐え切れなくなったのか。
とにかく行動しなければならないと思ったのか。
セドリックは言いながら、名前の手を引っ張った。





「慎重にね。」



『はい。』





もしもハリーが倒れていたり、思いがけない障害物がある事を危惧して、手を前方に伸ばし摺り足気味に歩く。





「それにしても、一体ここはどこなんだろう。
僕はどうしてか意識を失ったみたいで、気が付いたらここにいた。
呼び寄せ魔法の後に何が起きたのか分からないんだ。」



『俺も気を失ったようで、ここがどこなのか分かりません。』



「君も僕も状況は同じというわけだね。
そういえば、蛇に咬まれた傷は痛むかい?」



『いいえ。セドリックさんは』



「僕もだよ。痛くも苦しくもない。キレイさっぱり治っているようなんだ。ナマエもそうなんだね。」



『はい。』



「僕達は全く同じ状況なんだ。
でも、ハリーはいない…」





靴越しとはいえ足の裏全体で地面(床かもしれない)を擦るように歩いているが、何の凹凸も感じ取れない。
声も足音も反響しないし、歩けども歩けども壁に突き当たらない。
いくら二人の歩みが慎重で遅いといっても、異常な感覚だ。





「そういえば、」



『…』



「君はどうして墓場にいたんだ?
まるで初めからそうなる事を知っていたみたいだ。」





疑い深くはない。本当に不思議そうな声だった。
ホグワーツから何百kmも遠く離れた地で、起こり得ない場面に偶々遭遇したとは考えにくい。
疑問に思うのも仕方ない話だ。

夢は、所詮夢。
気にするなとムーディが言ったのだから、夢の内容が現実に起きるなんて事は、魔法界でもファンタジーな話なのだろう。
(マグル育ちの名前にとって、そもそも魔法自体ファンタジーだが)
ありのままを素直に話してしまえばご乱心と思われかねない。
しかし名前の場合は現実に起きている。





「僕は君を信じているよ。奴らが何と言おうとね。
だけど君があの場に居合わせたのは不思議だ。だから教えてくれないか。」





口を閉ざしたままの名前が不安を抱いていると思ったらしい。
セドリックは優しい、穏やかな声でそう言った。





「それとも、もしかして、誰かに話してはいけ
ない事なのかい?」



『いいえ。ただ、誰にも話してはいない事です。
詳しくは…。』



「じゃあ、ちょっとだけ誰かに話したのかい。」



『はい。ムーディ先生です。』



「ムーディ先生に?…」



『墓場で起きる事を、夢で見たのです。』



「夢で?それは、予知夢ってやつかな。」



『そうなるのでしょうか。』





あっけらかんと返されてしまった。
乱心認定覚悟で話していた名前としては肩透かし食らったようなものだ。





『初めての事で分からないのです。
ですから、魔法使いにとって夢がどんな意味を持つのか、ムーディ先生に相談しました。』



「ムーディ先生は何て?」



『夢は所詮夢だと仰いました。』



「気にするなって事かな。」



『…はい。』



「どうしてムーディ先生を選んだの?君の寮にはマクゴナガル先生がいらっしゃるだろう。」



『ムーディ先生とは、お会いする機会が多かったのです。』



「なるほどね。確かに思い返してみれば、君とムーディ先生、セットで見掛ける事が多かったな。
だけど全部は話せなかったのか。」



『ただの夢だと…』



「ああ、悪夢だ。」





溜め息のような音が聞こえた。





「それが現実になるなんて考えたくもないな。
でも君はあの場にいた。そして僕は助けられた。」



『助けられていません。
この状況で、助けられたとは思えません。』



「忘れたのかい?あのフードを被っていた男に、僕は危うく殺されるところだった。
君が呪いを弾いてくれなかったら、僕は死んでいたよ。だから、ありがとう。」



『…』



「学校に戻ったら罰則かな、僕達。事故みたいなものだけど、勝手に抜け出しちゃったからね。
君はどうやって墓場に行ったの?」



『箒です。』



「飛んで行ったのかい?君がクィディッチの選手じゃなくて良かったよ。」





少しおどけたような口調に、名前も気が緩んだのか、僅かに頬を緩めた。
この暗闇では誰にも分からないが。

不意にセドリックの歩みが止まった。
必然的に名前も立ち止まる。





「何の音だろう。
ナマエ、聞こえる?」





口を閉ざして耳に神経を尖らせる。
微かに音の振動を感じ、更に耳を澄ましてみる。
音は移動をしているのか、立ち止まる二人の元へ近付いたり遠退いたりする。





ーーーリン。



『…』





しばらくして名前の耳が捉えたのは、聞き覚えのある鈴の音だった。
繋いでいる手とは反対の手で、名前は胸の辺りを触れた。小さくて硬いものがある。
指先で形を確かめれば、丸いことが分かる。
母から受け取った鈴は、しっかりと名前の首に掛かっている。





「ベル?」





ぽつりと、セドリックはそう呟いた。
名前に投げ掛けているのか、思わず零れた独り言だったのか、判断が難しい声量だ。
どちらでも、何よりも。
重要なのは、二人とも同じ音が聞こえているという点である。
鈴の音は、鈴の持ち主にしか聞こえない。
では何故セドリックにも聞こえているのだろうか。
似ているだけで、全くの別物なのだろうか。





「だんだん近付いてきているように聞こえない?」



『…そうですね。』



「離れるべきか、待つべきか…。」





繋いだ手に力がこもる。
セドリックの緊張が伝わってくるようだ。
鈴の音は次第に大きくなっていく。
何が目の前にいるのか。
暗闇の中では見えるはずもない。





『離れましょう。』





音の発生源が目の前に迫り、名前はようやく決心したらしい。
セドリックの手を引っ張って、音のしない方へ誘導する。





『多分、俺はこの音を知っています。』



「このベルの音を?」



『はい。母から受け取った鈴の音によく似ているのです。
その鈴は持ち主に危険を知らせます。』



「警告音ってわけだ。だから離れた方がいいんだね。」



『はい。ただ、』





音の発生源は複数存在しているらしい。
鈴の音は四方八方で響いている。





『ただ……
鈴の音は、持ち主にしか聞こえないはずなのです。』



「僕も聞こえているよ。
もしかして君の鈴とこの音は似ているだけで、別物なんじゃないか?」



『それは、俺も考えました。
けれどよく似ているのです。』



「…分かった。ナマエを信じるよ。」





音を避け、蛇行しながら歩き続ける。
初めとは逆で、今は名前がセドリックを引っ張っていた。
音は四方八方で鳴り響き、遠退いたり近付いたり、速さもまちまちで、移動しているのか分からないほどゆっくりなもの、二人のそばを駆け抜けていくものもあった。
暗闇で正体は不明である。生物なのか、はたまた生きたものではないのかも分からない。
音は二人の恐怖を煽ったが、歩くのは止めなかった。





「ナマエ。
あっちの方、明るいように見えない?」





不意にセドリックがそう言って、名前の手を引っ張った。
あっちと言われてもどこを指しているのか分からない。ぐるりと見回してみると、何となく明るく見えるところがあった。





『はい。何となく、明るいように見えます。』



「行ってみよう。」





再びセドリックが主導権を握り、明るいように見える方へ歩を進める。
坂も凹凸も無い平坦な道を進み続けるにつれ、目指していた明かりは白さを増し、小さいながらはっきりしていく。





「行き止まりだ。」





辿り着いたそこは壁だった。
壁の下部にある隙間から光がもれていたのだ。
二人は身を屈めて、恐る恐る隙間を覗く。
ごろごろと積み上げられた石の壁が見えた。





「ここを潜れば外に出られそうだ。
僕が先に出てみるよ。合図したら君も出るんだ。」



『分かりました。』





繋いだ手が離れ、セドリックが隙間に体を通していく。
一瞬暗闇になり、また光が差し込む。





『…』





セドリックの合図を待って、名前は隙間の前で身を屈めていた。
数秒、数十秒。
待っていたが何の動きもない。





『セドリックさん。』





名前を呼んでみたが返事はない。
セドリックの身に何か起きたのだろうか。
それとも、周囲を警戒していて合図が遅れているのだろうか。
一分、二分。
静かに時間が過ぎていく。





「ナマエ。こっちだ。」





セドリックの声だ。
それを合図と受け取ったのか、名前はにじり口のように這って隙間を通った。
そうして立ち上がると、目の前に石の壁が広がる。
自分を呼んだセドリックを探そうと目を動かして、名前は異変に気が付いた。





『…』





体が横たわっていた。
今まさに隙間から這い出て、立ち上がったはずなのに、体は横になっていたのだ。
この一瞬に一体何が起きたのか。
周囲から情報を得ようとしたのだろう、名前はまず体を起こそうとした。





『…』





しかし出来なかった。
妙に体が動かしにくく、重たいのだ。
幸い目は思い通り動かせたので、辺りをぐるりと見渡した。
周囲一面石で出来ていて、窓は無く、足が向いた方向に木製の扉が一つあるだけだ。
その扉の両端に、ぽつんと蝋燭の灯りが点されている。
薄暗く、肌寒い場所だ。





「ナマエ。」





弱々しい、掠れた声だ。
先程までは芯のある、良く通る声だったのに。
だが確かに名前を呼ばれた。
名前はそちらに目を遣った。





「ナマエ、……
目を…覚ましたか、い。」





セドリックが横たわっていた。
名前と同じく、体をうまく動かせないらしい。
顔は天井を向いたままだ。





『…、……』





返事をしようとするが、唇も喉もまともに動かせない。
動かそうとするが力が入らない。
どうにか声を出そうと四苦八苦していると呼吸が乱れ、数秒も経たない内にどっと疲れが押し寄せた。





「ナマエ…目…覚めた、ね……」





どうやら呼吸の乱れで気が付いたらしい。
たどたどしい話し方だったが、セドリックの声は安堵に満ちていた。
ここがどこで、自分達の身に何が起きているのかは分からないが、仲間が生きてそばにいる事は、少なからず気持ちを落ち着かせた。





ーーーカツン



ーーーカツン





しかし、安らぎは長く続かない。
足音だろう。部屋の扉の向こうから、踵を踏み鳴らす音がする。
それは真っ直ぐ二人のいるこの部屋へと向かっていた。





ーーーカツン

ーーーカツン

ーーーカツン





足音は扉の前で止まった。
鍵の束でも持っているのだろう、微かにカチャカチャと金属の擦れ合う音が聞こえる。
鍵穴に鍵が差し込まれ、錠はおろされた。





「…」



『…』





軋む音と共に扉が開かれる。
二人とも身じろぎ一つ出来ない体だ。
目だけを動かして、何とか視界の端に映る扉を見る。





「…」





そこには燭台を持ったマダム・ポンフリーが立ち竦んでいた。
蝋燭の灯りに照らされた顔は二人を見つめ、零れ落ちそうなほどに目を見開いている。

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