24.-1






「誰だ!」





咄嗟に放った魔法は緑色の閃光を弾き、空中で霧散させた。
しかし魔法の軌道を辿り、小柄な人影は杖先をこちらに向けると、瞬時に魔法を放った。

墓の影から名前が飛び出すのと殆ど同時に、墓石が粉々に砕け散る。
そのままの勢いでハリーとセドリックの元へ駆け寄ると、素早く杖を構えた。





「君は…」



「…ナマエ?」





戸惑うセドリックと、ハリーの声。
小柄な人影から目を離さないまま、名前はコクリと頷いた。





「…ええ、はい。ナマエです。ナマエ・ミョウジ……」





小柄な人影は何やらボソボソと喋っている。
おそらく、腕に抱えたものを相手に。





「ヤツは、僕を殺そうとした。さっき放ったのは死の呪文だ。」





小柄な人影をじっと見詰めたまま、セドリックはそう言った。





「もしかしたらハリーも、君…ナマエも殺すつもりなのかもしれない。分からないが…
いずれにしても危険人物だって事に変わりないな。

ナマエ、あそこに転がっている優勝杯が見えるかい?」





杖を持つ反対の手で、セドリックは地面を指差した。
金色の優勝杯だ。





『見えます。』



「あれは移動キーになっている。僕らはあれでここに連れてこられたんだ。君がどうしてここにいるのかは、…後で聞くとして。
もう一度優勝杯に触れれば、学校に戻れるはずだ。」



『…』



「ただ、皆で一斉に触れなければならない。
もしくは優勝杯に触れた者が、他の者に触れていなければいけない。
移動キーっていうのはそういうものなんだ。
そうしなければ、誰かを置き去りにしてしまうからね。」





背後にいるハリーを気にしつつ、セドリックはそう言った。
今、ハリーは動ける状態ではない。
額の傷痕が痛むらしく、顔を覆ったまま呻いている。

額の傷痕が痛むということは、ヴォルデモートが関係している。
つまり側にヴォルデモートがいるのだ。





「チャンスは限られてる。けど今は、戦うより逃げた方がいい。」





相手に確実な殺意がある。
こちらには戦う意志があっても殺意は無い。

相手は殺す事が勝ちであり、こちらは倒せば勝ち。
戦闘になれば、殺意のある者と戦意のある者の差が表れるだろう。





「…しかし!」





小柄な人影が悲鳴のような声を上げた。
名前とセドリックの意識が人影へと集中する。





「も、申し訳ございません…
しかし、ご主人様…
………はい、…
はい。……」





仲違いでもしているのか。
焦った声音で返事をしつつ、必死に頷いている。

セドリックがチラリと名前を見た。
杖先を人影から、優勝杯へ向ける。
名前は小さく頷いた。

セドリックは杖を優勝杯へ、片手をハリーの肩へ。
名前は杖を人影へ、片手をハリーの肩へ。





「やれ!」





素早い動作で、人影が杖を振る。
セドリックは優勝杯に、名前は人影へ向かって。こちらも杖を振った。

名前の放った閃光が一瞬早かった。
人影は閃光を避けながら、こちらも閃光を放つ。
避けながら放った為、照準が合わなかったのか、閃光は地面に吸い込まれるようにして消えた。

優勝杯が引っ張られるようにしてこちらに向かってくる。





「うわっ!」





視界の端からセドリックの姿が消えた。
何事かと確認する前に、名前の視界が揺れる。

一瞬の事で、気が付くと地面に座り込んでいた。
足首に蔓が巻き付いている。これに引っ張られたのだ。
地面を蔓延る草が蠢き、足首から膝、膝から腰と、覆うように巻き付いてくる。
横にはセドリックが仰向けに倒れていて、こちらは既に胸の辺りまで草に覆われていた。

人影が放った魔法はこれが狙いだったらしい。





『…』





セドリックが魔法で呼び寄せた優勝杯は、受け止める者を無くし、弧を描いて再び地面に転がった。

絡み付く蔦を引きちぎり、杖を構える。
倒れ込んだ衝撃はあったが、幸いな事に杖を手放していなかった。

フードを被った人影は、名前の動きに直ぐ様反応して、こちらも杖を構える。
名前の手から杖が弾き飛んだ。





『…』





人影はゆっくりとした足取りで近付いてくる。
しつこく絡み付く蔦から逃れようと、名前とセドリックは体を動かした。
しかし引きちぎろうが踏みつけようが、蔦は次から次へと体へ這い上ってくる。
次第に蔦同士で絡み合い、強度は増すばかりだ。
引きちぎるのも困難になってきた。





「ハリー、君だけでも……
学校へ……戻って……
先生方に……」





息も絶え絶えに、セドリックはそう言った。
蔦が体に絡み、呼吸もままならないのだ。

ハリーは目を開けているのも辛そうだった。
しかし今のこの状況から逃れるには動かなければならない。
セドリックの言葉に、微かに頷いたように見えた。
手を顔をから離して、地面に落ちた杖へと伸ばす。
痛みからか、恐怖からか、手はブルブルと小刻みに震えていた。

しかし、人影の方が早かった。
名前とセドリックを見向きもせず素通りして、ハリーの首根っこを掴み、墓石の方へ引きずっていく。





「どこへ…連れていくつもりなんだ。
ヤツは、何をする気なんだ……。」





蔦によって地面に縫い付けられた体を必死に持ち上げ、ハリーの方を見る。
闇に包まれた視界。月明かりだけが頼りだった。

五、六メートル先の墓石の前で、人影は立ち止まる。
胸に抱いたものを地面に置いて、杖に灯りを点けたらしい、闇の中で小さな光が動いていた。

人影は、ハリーを墓石に縛り付け始めた。
人影か、ハリーか。荒い息遣いが名前とセドリックの元まで届く。
唐突に鈍い嫌な音と、ハリーの呻き声が聞こえて、ハリーが人影に殴られた事を感じ取った。





「お前だったのか!」





不意に、ハリーの叫び声が響いた。
以前この叫びで、名前は夢から目覚めた。
だがこれは現実だ。
これから何かが起ころうとしている。
しかしそれが何かは分からない。

人影はハリーを縛り終えるとどこかへ立ち去った。
墓石に縛り付けられたハリーと、目が合ったようだった。





「ナマエ、君、動けるかい。」



『……』





かろうじて動く頭を名前に向けて、セドリックはそう聞いた。
名前はチラリとセドリックを見て、それから手足に力を込めて持ち上げる。

蔦の繊維が引っ張られて伸びていく。
その分蔦は細くなっていって、キリキリと肌に食い込んだ。
蔦は負けじとばかりに蠢き、地中から新たに現れて、名前の体を這い上る。





『……少しは、動けそうです。』





限界まで引っ張られた蔦は、ついにプチンと千切れた。
自由になった腕を動かし、這い上る蔦を片っ端から千切っていく。
そして首や胸を覆う蔦を握り、指先に力を込めて引きちぎった。
ようやく上半身が起こせるまでになる。





『……』





いざ体を起こそうとした時だ。
耳元で空気が抜けるような音がした。
次いで、ガサガサと草が掻き分けられる音。
動くのをやめて、名前は地面に横たわったまま周囲を見た。

蛇だ。
顔すれすれの場所に蛇がいた。
それも一体ではない。名前とセドリックの周囲を取り囲むように、数え切れないほどの蛇がいる。
月明かりのみの薄暗い中、蛇がウネウネとうごめくのが見えたのだ。

動こうとすれば蛇は牙を剥き、猫の威嚇のような音を出した。
鎌首をもたげ、狙いを定めるかのようにユラユラと揺れる。
「おかしな動きをすれば噛み付くぞ」と言っているかのようだった。





「ヤツの蛇か?」





大勢の蛇に囲まれ、セドリックはゴクリと唾を飲み込んだ。
動けば、この沢山の蛇に噛み付かれる。
それも、身動きの取れないこの状態でだ。

蛇に意識を取られている内に、千切った蔦が再び体を這い上がっていく。

荒い息遣いが近付いてきた。どこかへ去った人影が戻ってきたようだ。
何かを引き摺る音。それと一緒に水が跳ねる音もしている。





「何を…
するつもりなんだ…。」





不安か緊張か。はたまた恐怖か。掠れた声は微かに震えていた。
月明かりだけの薄暗い中でも、だんだんセドリックの顔色が青ざめていくのが、名前の目にはっきりと映る。

人影はハリーが縛り付けられている墓の前までやって来ると、運んできた物に杖で火をつけた。
一瞬、炎が燃え上がり、運んできた物の姿を映す。





「あれは、大鍋か?」





魔法薬の授業でも使った事が無いような、とても大きな石の鍋だ。
火をつけられた鍋の中身は、ボコボコと音を立てて瞬時に沸騰した。
火花が舞い上がり、とても中に液体が入っているとは思えない。

今この場にいる名前にも、セドリックにも、ハリーにも。
人影が何をしようとしているのかは理解出来ていない。
ただ、何かの儀式だという事は分かる。
そしてハリーだけがあの場へ連れていかれたという状況下で、ハリーが儀式に必要だという事も予想出来た。

しかし、何故セドリックと名前は捕らわれたまま生かされているのか。それが分からない。
二人を始末するよりも先に儀式を優先した訳があるというのだろうか。





「急げ!」





気味の悪い妙に甲高いあの声が、再び辺りに響いた。
声の主である姿はどこにもない。しかしこの場にいる全員がしっかりと聞いていた。
人影は声に怯えたようで、ビクリと一瞬体を震わせ、より一層忙しなく動き回っている。
だから幻聴などではないのだ。

妙に甲高い掠れた声。
その声に従う怯えた人影。
額の傷を痛がるハリー。
地面を這う無数の蛇。

これらが一体何を示すのか。





『ヴォルデモート……』



「何だって?」





小さな呟きを拾い、セドリックは人影から名前に目を移した。
信じられないといった声音だった。





「ナマエ、君は今……」



「準備が出来ました。ご主人様。」





人影が発した声に、セドリックは再びそちらに顔を向けた。

人影は身を屈めて、地面に置いた包みに手を伸ばしている。





「さあ……」






掠れた声が急かすように言葉を発した。
人影は包みを開き、中にあったものを取り出して胸に抱く。

月明かりのみの薄暗い視界。
いくら闇に目が慣れたところで、セドリックと名前に、取り出したものが何かは分からない。
それどころか、人影が「そうしたように見えた」だけで、不確かなものだ。
だが、間近でそのものの姿を捉えたらしいハリーには、取り出したものが何か分かったようだった。
くぐもった悲鳴が、二人の耳へ微かに届いた。

人影が大鍋の元まで移動する。
大鍋から放たれる火の粉が光源となり、名前達から見ると逆光だが人影のフードが無くなっているのが分かった。
天辺の毛髪は薄く、ボサボサに乱れている。落武者のようだ。





「父親の骨、知らぬ間に与えられん。
父親は息子を蘇らせん!」






人影は抱えていたものを、その大鍋の中へと落とした。
そして杖を掲げ、震えた声で何やら唱え始めた。
すると、ハリーが縛り付けられている墓の地面から、細かい砂のようなものが舞い上がった。

砂は竜巻のように舞い上がり、大鍋の中へと入っていく。
大鍋から放たれる火花は先程より激しくなった。

液体の色が青へ変化したらしい。
辺りに反射する光が、青色に変わった。





「しもべの―――肉、
―――よ、喜んで差し出されん。―――
しもべは―――ご主人様を―――
蘇らせん。」





尋常ではない絶叫が辺りに響いた。

何が起きたのか、名前とセドリックには分からない。
ただ、人影の悲鳴と苦しむ声、そして言葉の意味から、人影自らが身体を傷付けた事は想定出来た。
それもちょっと程度ではない。おそらくどこかを切り落とすとか、抉り出すとか、それほどのものだ。

母から受け取った鈴から発せられる音。
蛇の這いずる回る音、威嚇の声。
聞いたこともない大きな悲鳴。
拘束された身では、耳を塞ぎたくても出来ない。





「敵の血、……力ずくで奪われん。……
汝は……敵を蘇らせん。 」





人影の声を聞きながら、名前は周囲に目を走らせた。

優勝杯は、ハリーが踞っていたあたりに転がっている。
弾き飛ばされた名前の杖もそのあたりに落ちていた。
蔦に引っ張られた衝撃で取り落としたらしい、セドリックの杖は太ももの横付近に落ちている。
少し手を伸ばせば届きそうな距離だ。

しかし、少しでも動けば周囲を這う無数の蛇が襲い掛かってくるだろう。
それにセドリックの杖を、名前が扱えるのだろうか。
たとえ扱えたところで、蛇を避けるのは困難だ。噛まれる事は避けられないだろう。
優勝杯を使い学校へ戻るとしても、ハリーとの距離が離れていて連れていく事が難しい。
蛇に噛まれた状態で、人影を倒し、セドリックとハリーを連れて学校に戻れるのだろうか。





『……』





大鍋の液体は閃光を放ちながら沸騰し、眩い白へと変わった。
これまでとは比べ物にならないほどの煌々とした光が、闇に慣れた目を突き刺す。

カメラのフラッシュを連続で焚かれたような、断続的に明滅する世界。
不意に光は消えて、辺りはまた闇に包まれた。

生暖かい、湿った空気が頬を撫でる。
その空気に触れた途端、名前の耳元で大きな鈴の音が鳴り響いた。
悪いものが近付いてきた時だけ鳴るという鈴が、これまでになく激しく鳴っている。





『……』






ゆっくりと指を動かせば、コツンと固いものに触れる。
セドリックの杖だ。蛇を刺激しないよう、そっと握り締めた。

あとは体を起こして、まずはあの人影を動けないようにしなければならない。
問題は蛇だ。しかし、この大量の蛇に反射神経で勝てるのだろうか。名前が動けば刺激となって、セドリックやハリーに被害が出るかもしれない。

視界に霞がかかり始めた。
何度瞬いても消えない。目の問題ではないらしい。
辺りを見回せば、側にいるセドリックすら見えないほどの霧が立ち込めていた。





「ローブを着せろ。」





掠れた声が聞こえた。
次いで慌てたような足音と、衣擦れの音。
這いずり回る蛇達が、興奮したように蠢いている。

暫しの間があり、突如何かがぶつかるような鈍い音が響いた。
人影が大声で泣いている。
掠れた声は楽しそうに笑い声を上げた。





「ご主人様……

ご主人様……あなた様はお約束なさった……
確かにお約束なさいました……」



「腕を伸ばせ。」



「おお、ご主人様……有り難うございます。ご主人様……」



「ワームテールよ。別な方の腕だ。」



「ご主人様。どうか……それだけは……」





闇と霧に包まれた視界で音だけが頼りだ。
掠れた声が発した名前に、名前は確信を得た。
夢で見た通り、あの人影はワームテールーーーピーター・ペティグリューだったのだ。

そしてワームテールが「ご主人様」と呼ぶ者は、おそらくだが、これまでの状況から考えられる人物は、ヴォルデモート。
体の無い幽霊のような状態のヴォルデモートが、何らかの方法で生身を持って甦ったのだ。





「戻っているな。

全員が、これに気付いたはずだ……
そして、今こそ、分かるのだ……
今こそ、はっきりするのだ……」




苦痛に喚くワームテールの声が、闇夜にこだまする。

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