09.
名前はベッドに横たわり、天井の木目をぼんやりと見詰めている。
部屋には、名前以外誰もいない。
『………ゴホッ、』
咳き込み、布団を被る。
談話室の方からは笑い声が聞こえてきた。
「大丈夫?ナマエ。」
額がひんやりしたことで目を覚ました名前の視界に入ったのは、ハリーとロンの心配そうな顔だった。
ぱちくりと何度か瞬きをして、曖昧に頷く。
「クリスマス休暇早々に風邪ひいて寝込むなんて、ナマエもついてないな。」
「君宛にプレゼントが届いていたよ。持ってこようか?」
名前が頷くのを確認して、ハリーが談話室に向かう。
ゆっくり身を起こす名前に、ロンが水を渡した。
「なんだか痩せたなあ、ナマエ。ちゃんと食べてる?」
『………』
「ナチュラルに目をそらすなよ。
本当に医務室行かなくていいのかい?薬は持ってるって言ってたけどさ…」
『………大丈夫。』
「…ナマエがいいならいいけど、あんまり熱が下がらないようだったら行くんだぞ。」
『………』
頷いて、コップに入った水を飲む。
一口飲んだだけで机に置いた。
それを見ていたロンが口を開きかけるも、プレゼントの山を抱えたハリーが現れたので、閉じざるをえなくなる。
プレゼントの量に、名前はピキンと固まった。
「これ全部、ナマエのなんだぜ?」
ロンがニヤニヤして言う。
「これがナマエのパパとママからで、これは僕たちから。あとは女の子からみたい。」
「ナマエってモテるんだなあ。…あ、これ、僕のママから。
ナマエにも"ウィーズリー家特製セーター"を贈るなんて…。」
ロンが頬を赤くしてモゴモゴと言う。
ロンは栗色の、ハリーはエメラルドグリーンのセーターを着ていた。
大きく膨らんだ包みを一番に開けると、萌黄色のセーターが出てきた。
広げて羽織ってみると、だいぶ大きい。
「あ、なんだかナマエ、爽やかに見える。」
「セーターの色のせいかな?」
『……へん、かな。』
「別に変じゃないよ。ただ、ナマエはいつも暗い色のばっかり着てるから、なんだか新鮮な感じ。」
「でも、ちょっと…大きすぎたな。ウン…。
ママったら、ナマエのことそんなに大きいと思ってるのかな。」
尻が隠れ、指先まで隠れるセーターは、肩からずり落ちそうだった。
それからは順番にプレゼントを開けていく。
ハリーとロンからはお菓子、ハーマイオニーからは本で、両親からは日本のお菓子が贈られてきた。
ハリーとロンが興味深そうに見るので、名前はお菓子を二人に分けた。
女の子たちからのプレゼントはじっと見つめるだけで手をつけない。
「開けないの?」
どら焼きを頬張ったまま、モゴモゴとロンが言う。
『…お礼、するべきなのか…』
「…うーん……」
ハリーが腕を組み唸り、名前は残ったプレゼントの山を見つめ、ロンはモゴモゴとお菓子を食べている。
名前が頭を痛くして寝込むまで、それは続いた。
『……』
ふと名前が目を覚ます。
辺りは真っ暗だった。
ロンのイビキが聞こえてくる。
枕元に置いた時計を見ると、もうすぐで二時になるところだった。
名前は布団に潜り、瞼を開けたり閉じたりを繰り返す。
しばらくして身を起こすと、ベッドの脇に腰掛けて俯く。
月明かりに照らされた横顔は赤く、いつもより健康的に見えた。
『………』
やがてふらりと立ち上がると、ゆっくりと部屋から出ていった。
月明かりさえ差し込まない真っ暗な廊下を、壁伝いにふらふらとさ迷い歩く。
階段まで来ると、手すりに掴まり、一段一段指先で確かめながら踏み締め下りていく。
だが、途中で頭を抱えて座り込んでしまった。
呼吸は浅い。
いつもは涼しげな目元を、今はぼんやりとさせている。
じっと座っていると、前方からコツコツと足音が聞こえてきた。
誰かが上ってきたようだ。
「…そ、そこにいるのは誰ですか?」
『………』
「…あ、な、Mr.ミョウジ?」
『……先生、…』
急に目の前に光が現れた。
名前が目を細める。
光の後ろに、目を見開いたクィレルがいた。
足音の主はクィレルだったのだ。
クィレルが少し腕を下げる。
それに従い、光も移動する。
どうやらこの光は、クィレルの杖先から出ているようだ。
「と、図書館に、い、いたのは、ミョウジ君だったのですか?」
『……』
首を傾げる。
「ち、違いましたか?」
『……』
ややあって、頷く。
「そ、そうでしたか。じゃ、じゃあ、他に抜け出した生徒が、い、いるということですね。
し、しかし…こ、こんな夜中に、りょ、寮を抜け出すのは、い、いけないことです。」
『………』
「な、なぜ抜け出したのですか?
き、君がこ、校則を破るようなことを、す、するようには、思えませんが…」
『………』
頬をヒクヒクとさせて笑うクィレルの顔を、ぼんやりと見つめていた名前の顔が、急に顰められた。
うっすら眉根を寄せて、指でこめかみを押さえる。
そして、
―――医務室に―――
と、掠れた声で言った。
クィレルの目がさらに見開かれる。
「き、気分が悪いのですか?ミョウジ君…」
杖を持っていない方のクィレルの手が、名前の額に触れた。
クィレルの目は大袈裟なほどに見開かれている。
溢れ落ちそうなくらいに。
名前は目を伏せてじっとしている。
「ね、熱がありますね…と、とても高い、ね、熱が…た、大変だ。ミョウジ君、た、立てますか?」
『……』
名前が手すりを掴んでゆっくりと立ち上がる。
クィレルは慌てた様子で名前の体を支えて、来た道を辿り始めた。
だが、医務室に向かっているようではないらしい。
名前は首を傾げてクィレルを見遣る。
名前の視線に気付いたクィレルが、神経質そうな笑みを向けてきた。
右の瞼がピクピクと痙攣している。
「ま、マダム・ポンフリーは、ね、寝ていますので…こ、今夜はわ、私の部屋で、や、休みなさい。く、薬は私が調合しましょう。」
『…………先生が、』
「お、おや?ふ、ふふ、不思議そうな、か、顔ですね。わ、私は、や、や、闇の魔術に対する、ぼ、防衛を教えて、い、いますが、ま、魔法薬も、ちょ、調合できますよ。」
「ほう。
闇の魔術に対する防衛は我輩も得意としている、クィレル教授。」
突如暗がりに響いた声に、クィレルから笑顔が消え失せた。
パッと白い光が、もう一つ現れる。
クィレルは青白い顔で、呆然と前方を見ている。
「セ、セ、セブルス…」
「お互いに鞍替えも良いかもしれませんな。
もっとも、クィレル教授の場合はそのまま離任という可能性も、少なからずあるかもしれませんが…」
スネイプが目を細める。
クィレルはヒッと小さな悲鳴を上げた。
その拍子にクィレルの体がビクリと揺れたので、支えられていた名前の体も一緒に揺れた。
「魔法薬の担当が誰だかお忘れのわけではあるまい。
Mr.ミョウジは我輩が引き取ろう。
クィレル教授はゆっくりお休みになられるといい。」
「し、し、しかしだね、セブルス…」
「…」
「ヒィッ…!!わ、わかった…では、た、頼むよ……」
クィレルはガタガタ震える両手で名前をスネイプに預けると、足早に去っていった。
その背中を、ぼうっと名前が見つめている。
すると、急に頬に冷たいものを感じた。
スネイプの手だった。
「熱に浮かされでもしたのかね、Mr.ミョウジ。」
『……』
スネイプが名前の目をじっと見る。
秘密を見破ろうとでもするように、すっと目を細めて。
名前はスネイプの右目と左目を交互に見つめて、首を傾げる。
『…っくしゅん。』
「………」
『………』
「………」
『………ごめんなさい。』
くしゃみを一つして、ズズッと鼻をすする。
スネイプの眉間の溝が深くなった。
(ような気がした)
突如手首を掴まれる。
そして、ぐいぐい引っ張られた。
名前は逆らうこともせずに、引っ張られるままに歩く。
そうして連れてこられたのは、地下牢―――
つまり、スネイプの教室だった。
しかしスネイプは歩みを止めない。
止めずに、奥の部屋のドアを開けた。
「…今夜はここで休みたまえ。」
『………』
掴まれていた手首を離され、名前はぐるりと周りを見た。
見覚えのある、落ち着いた雰囲気の部屋だ。
本がたくさんあり、薬草の匂いがする。
そして一拍遅れて、名前はかくんと首を傾げる。
棚に陳列された小瓶を見るスネイプに向かって、名前が問う。
『………ここで、休むのですか。』
「…………」
スネイプがぐるりと振り返る。
名前は首を傾げた格好のままだ。
「今から一人で医務室に向かうかね?それもよかろう。我輩の手間も省けるというものだ。君が辿り着けるのならば、の話だが。…
歩けるのかね。」
言われて、名前は少し間を置き、ゆるりと微かに首を振る。
それに反応するように、スネイプが片眉をくいっと上げた。
名前は少し俯いた。
靴の先を見て微動だにしない。
その様子を数秒ほどじっと見つめていたスネイプは、やがてすたすたとテーブルまで歩くと、杖を一振りして紅茶を出した。
湯気が上がっていく。
摘むように持った小瓶の中身を、数滴紅茶に垂らす。
「飲みたまえ。飲んだ後は大人しく眠ることだ。」
『…ありがとうございます。』
差し出されたカップを両手で受け取って、名前はペコリとお辞儀をする。
長めの前髪が鬱陶しそうに目にかかるが、払い除けることはしない。
そのまま一口、二口、立ったままこくりこくりとゆっくり紅茶を飲む。
「寝るときは脇にあるベッドを使え。」
名前が紅茶を飲む様を見ていたスネイプが言う。
名前はぴたりと飲むのをやめると、カップを口から離して、じっとスネイプを見た。
『…スネイプ先生はどこで眠るのですか。』
「…君は生徒に教師のベッドを使わせると思うかね。」
『………』
ゆるりと首を振る。
「いらぬ心配をしなくていい。さっさと眠りたまえ。」
曖昧に頷き、残りの紅茶を飲み干す。
途端に手元にあったカップは消える。
スネイプが杖をしまう姿を確認した。
―――魔法というものは、本当に便利だ―――
と、名前が思ったのかどうかはわからないが、納得したように一人ふんふんと頷いていた。
怪訝そうな目で見られ、名前は顔をそらししずしずベッドに向かう。
靴を脱いで揃えて、ベッドに横たわる。
厚手の布団を口元まで引き上げると、スネイプが横に立って見下ろしてきた。
長い前髪から覗く両目には光がない。
「クィレルには近付くな。」
呟くような音量で、しかしはっきりとスネイプはそう言った。
名前は枕の上で首を傾げる。
口を開きかけるが、さっとスネイプはマントを翻し、視界から消えてしまった。
名前は口を閉じてしばらく木目のない天井を見つめていたが、やがてゆっくりと瞼を閉じた。
ほどなく、控えめな寝息が聞こえ始める。
スネイプが二冊目の本を開いた頃だった。
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